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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.081:波乱の序章

 律花りっかとのセッション込みでのスタジオリハを終えた、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバーは、いつもどおり、奏屋に集まっていた。

 やはり、話題は律花のことになった。

「おシオちゃん。律花のギター、どうだった?」

「気持ち良かったです。それに、すごく楽でした」

「そりゃあそうだろうな。でも、律花の性格からいうと、うちには合わないって感じかな」

 奏屋の飲み会では、詩織しおり琉歌るかが話すことは、あまりなかったが、二人が無口だという訳ではなく、玲音れおかなでが二人にしゃべる時間を与えることなく、しゃべりまくっているからだ。しかし、律花は、しゃべる時間を与えても、何も話さない感じであった。

「やりたい音楽は特になくて、ギターを弾けさえすれば、どんな音楽でもするって言ったのに、私、驚きました」

「確かにな。アーティストというより、職人的ギタリストになりたいみたいだな」

「それに、あれだと、ここに来ても、一言も話さずに、ジュースを飲んでるって感じね」

「いや、そもそも、ここにも来ないだろ」

「そうかもね。人見知りなのか、あまり、人と話したり、騒いだりするのが好きじゃないのかもね」

「でも、バンドメンバーである以上は、このバンドを良くするための意見くらいは言ってほしいけど、どうでも良いみたいな反応されそうだよな」

 メンバー全員が、律花のギターには感動させられたが、バンドメンバーとして一緒に活動するには、いろいろと問題があると感じたようだ。

「カホが言ってた、『静かなる破壊者』とかいうあだ名も気になるよな。でも、律花自身は、同じような感じで、自分の意見は言わないようだしな」

「でも、メンバー全員が気合いを入れている時に、一人、ああいう態度でいられたら、ちょっと、がっかりしちゃうかもね。もっとも、それが、バンドが解散する直接の理由ってこともないとは思うけど」

「まあ、良い刺激にはなったけど、バンドメンバーとするには、今日の律花の態度からいって、アタシも消極だな」

「そうね。詩織ちゃんが言ったみたいに、この四人が良いわね」

 結局、その結論に落ちついた四人だった。

「それはそうと、おシオちゃん。今日、何か良いことがあったのかい?」

 ローテーブルの正面に座っている玲音が、ニヤニヤしながら尋ねてきた。

「ど、どうしてですか?」

「今日、ずっと、顔がにやけていたぜ。律花と会う前からな」

 詩織もその時々の気持ちが、すぐに顔に出てしまうようだ。

「今日、午前中で学校が終わったので、その後、ひとみさんとずっと遊んでいたんです」

「ああ、桜小路さくらこうじ先生の妹さんの?」

「はい」

「また、桜小路先生のご自宅に招かれたの?」

 奏が少し羨ましげな顔で訊いた。

「いえ、学校帰りに池袋で遊んでました」

「そうなんだ」

「何だ、何だ? 奏は、また、桜小路先生の家に行きたいのかよ?」

 早速、玲音に突っ込みのネタを与えてしまった奏だった。

「それはやっぱり、ほら。桜小路先生って素敵じゃない?」

「それに、お金持ちだから、たかられることもないよな」

「そうよ! って、もう、その話は止めなさい! それに、別に玉の輿を狙っている訳でもないから! 純粋に、桜小路先生がタイプなだけよ。物腰も柔らかいし、すごく優しそうじゃない?」

「それは認める」

「でしょ?」

「じゃあさ。おシオちゃんから妹さんに頼んでもらって、先生と個人的に会う時間を作ってもらったら?」

「先生と二人きりで? そ、そんな……、どうしよう?」

「あれっ、本気にしちゃったよ、この人」

「……玲音! あんたこそ閻魔様に会わせてあげるわよ!」

 奏に首を絞められて嬉しそうな玲音に、琉歌が「ねえ、お姉ちゃん~、ライブの話は~?」と呆れた顔で尋ねた。

「おお! そうだった! 奏! また、後で遊んであげるから」

「本気で地獄に送ってやろうと思ってたわよ! それで、ライブの話って?」

 玲音と奏も態度をコロリと変えて、詩織と琉歌と向かい合った。

「十三日に横浜でやる次のライブのことだけど」

「確か、異人館って名前のライブハウスだったよね?」

「そうそう。実は、今日、連絡先として知らせていたアタシの携帯に、そこのマスターから電話が掛かってきてさ」

「な、何? 悪い話?」

 奏が心配そうに玲音を見た。

「うんにゃ! 逆さ! その日のライブに行きたいんだけど、前売りチケットはどうすれば手に入るんだって、そのライブハウスに問い合わせの電話が、けっこう、掛かってきてるらしんだ。マスターが確かめたところ、お目当ては、どうやら、アタシ達らしい」

「本当に?」

「ああ! それで、異人館のマスターが言うには、六バンド中、三番目の出演だったんだけど、最後トリにしてもらって良いかって言うんだ。悪い話じゃないから、アタシの判断で良いって言ったんだけど?」

「特に問題はないんじゃない? そのライブハウス的には、多くの集客を見込めるウチのバンドを最後にして、できるだけ、お客さんに滞在してほしいという狙いがあるんでしょ?」

「そういうこと! おシオちゃんは?」

「私も特に意見はないです。どの順番でも、パワー全開で行くだけです!」

「おお! 心強い一言が出たね」

「でも、ネットや口コミの力って、本当、馬鹿にならないわね」

 奏が言ったように、バンドとしては、まだ、二回しかライブをしていない。もっとも、その二回とも、バンドのパワーを見せつけて、観客を熱狂させたから、ライブに来ていた観客は、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのファンになってくれたことは間違いないだろう。そして、その人達が自分達の感動を、口コミ、あるいはネットを通じて拡散してくれているはずで、クレッシェンド・ガーリー・スタイルの公式ツイッターアカウントのフォロワー数が増加の一途をたどっていることが、その何よりの証拠だった。

「本当、嬉しいわね」

「本当にそうです! 皆さんに『ありがとう!』って言いたいです! というか、ツイッターでは何度も言ってますけど、それでも足りないって感じです」

 詩織の率直な気持ちであった。

「それから、十月にある野外フェスだけど、一昨日、『シューティングスター・メロディアス』のPVを追加で事務局宛てに送ったぜ。出演できるかどうかの発表は、今月の十五日だよ」

「そっちも受かれば良いわね。開催は十月だったよね?」

「十月の十二日と十三日の二日間だよ」

「十月の山梨って、もう寒いのかな? コートとかいらないよね?」

「何だよ、もう行く気になっているのか?」

「何事も前向き思考だ! って、言ったのは玲音じゃない!」

「あはは、そうだった。てか、観光で行くんじゃねえから!」

「あ、あの、受からなくても、私は行きたいです!」

「そっか。ホットチェリーが出るんだったね」

「はい! 絶対、ライブを見たいです!」

「詩織ちゃんもこう言ってるんだから、受からなくても行きましょう」

「いや、受かる前提で行くぜ。もし、受からなかったら、運営に文句を言いに行って、ついでに、ホットチェリーのライブを見ようぜ」

「あんたねえ」

 奏がジト目で玲音を見た後、顔を緩ませて、みんなを見渡した。

「ねえ、せっかくだから、みんなでどこかで泊まらない? 石和温泉とか、いろいろと良い所もあるじゃない」

「いや、アタシら、そんなお金はないな」

 玲音の言葉に、琉歌もうなずいた。琉歌のネットトレーディングも、こまめに利益を積み上げていくやり方で、一攫千金を得るような大きな取引はしていなかったから、大きな損を出すことはない一方で、贅沢ができるほどの儲けも出ていなかった。

 また、詩織も、最近は、バンドに掛かるお金が多くなってきていて、余裕はなかった。

 母親が送ってきた大金は、父親に通帳と印鑑を預けていたし、そもそも、手を付けようとは思わなかった。

「奏が、みんなの分を出してくれたら良いんだよ」

「ごめん。さすがにそれは無理」

 自分が悪い訳でもないのに、癖で謝ってしまう奏だった。



 次の日の朝。

 詩織は、この日も池袋駅で待ち合わせをした瞳と一緒に、学校までの道のりを歩いていた。

 瞳は、前日のボーリング場でのいざこざのことは何も言わなかった。詩織も、そのことには触れずに、二人は他愛のない話をしながら、学校に向かった。

 正門の前に、年配の男性教諭である飯田が腕組みをして立っていた。

「服装チェックかな?」

 瞳が詩織に尋ねたが、生活指導担当の飯田が校門に立っている理由は、それ以外に考えられなかった。

 お嬢様学校で校則違反の服装をしている生徒はほとんどいなかったが、少しでも可愛く見せたいのは、女の子のさがというもの。ばれない程度にスカートを短くしたりする生徒が、ごくまれにいて、学校もたまに抜き打ちで服装チェックを実施していた。

 詩織も瞳も校則どおりの制服を着ていたから問題はなかったが、やはり、ジロジロと見られるのは気分が良いものではなかった。

 しかし、飯田は、他の生徒には目もくれず、詩織と瞳を見つけると、怖い顔のまま、声を掛けてきた。

「桜小路と桐野! 校長先生がお呼びだ! これから校長室に来い!」

 強い言葉遣いで言った飯田は、俺についてこいとばかりに、背を向けて校舎に向かった。

 

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