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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.080:刺激的なギター

GWで執筆する時間が取れましたので更新します。次回はいつもどおり土曜日の午前0時すぎに更新します。

 ひとみとボーリングをした後、ケーキを食べながら、いっぱい、おしゃべりもして、すごく気分が晴れた詩織しおりは、その夜、バンドのスタジオリハにも気分良く臨んだ。

玲音れおさん! 今度のPVも絶好調じゃないすか?」

 スタジオが空くまでの間、待合室で待っていた玲音達に、スタジオ「ビートジャム」の自称看板娘のミミが言った。

「今度のPV」とは、また、椎名しいなに協力してもらって、スタジオライブ風に仕上げた「シューティングスター・メロディアス」のPVだ。十月に山梨である野外フェスの応募のために撮ったもので、完成した次の日には、動画サイトにも上げていた。

 一作目のバラード曲「涙にキスを」のアクセス数も引き続き好調で、そろそろ五万アクセスを超えようかとしていた。そして、それとは打って変わって、ノリノリのナンバー「シューティングスター・メロディアス」のアクセス数も順調な滑り出しを見せていた。

「でも、今度も、おシオちゃんは後ろ向きなんだね?」

 ミミが不思議そうな顔をして詩織に言った。

 ライブに来てくれた人に、昔の自分のことがばれても仕方がないと、本気で吹っ切れていたが、ネットで世界中に発信される動画は、ライブに来てくれるバンドのファンだけではなく、アイドルオタクの目にも触れる訳で、それに詩織の顔を出すことは、まだ止めた方が良いと、メンバーの方から言ってくれたのだ。

「ふっふっふ、この可愛いおシオちゃんの顔を只で見せる訳にいくかい!」

「な~るほど」

 玲音が言った、よく分からない理由に、ミミは何も疑問を持たずに納得した。ミミも詩織が可愛い顔をしていることは分かっていたようだ。

「あっ、いらっしゃいませ~」

 カウンターから出て来て、玲音達が座っている待合室のテーブルの近くで話していたミミが、来客に対応するため、急いで受付カウンターに戻った。

 入って来た者を何気なく見ると、解散したはずのマーマレード・ダンスでギタリストをしていた律花りっかだった。

 一方だけを刈り上げた特徴的なプラチナブロンドの髪に、赤いカラコン、耳にはいくつものピアス、黒いTシャツに黒のパンツという、以前に見た時と同じようなスタイルで、見間違いようもなかった。

 メンバーも全員、律花を憶えていて、入り口からカウンターに向かった律花を目で追った。ミミと受付の手続を終えると、律花は、待合室にやって来て、詩織達の隣のテーブルに座った。

 詩織達がジロジロと見ていたからか、律花も詩織達が何者か分かったようで、詩織達に向かって、座ったまま、軽く会釈をしたが、詩織達には話し掛けて来ず、そのまま瞑想しているかのように目を閉じた。

「今日はバンドの練習かい?」

 玲音が、律花の瞑想の邪魔をするように声を掛けた。目を開けた律花は、無表情で「今日は個人練習です」とだけ答えた。

「確か、マーマレード・ダンスは解散しちゃったんだっけ?」

 玲音の問いに、律花はうなずいただけだった。

「今、バンドは?」

「やってないです」

「そりゃ、もったいないな」

 詩織も律花のギターセンスには一目置いていただけに、バンドで活躍できていないのは、玲音が言うように、確かに、もったいないと思った。

「あ、あの、律花さん」

 律花が詩織の顔を見た。

「個人練習だと一時間だけですよね?」

「そうだけど」

「その後、一時間ほど、お時間をいただけませんか?」

「かまわないけど?」

「私達とセッションしませんか?」

「お、おシオちゃん、良いのかい?」

 律花ほどのギタリストであれば、メンバーにしても良いのではないかと、以前に玲音が言った時、今の四人以外のメンバーを迎え入れることを詩織が強硬に反対したことを憶えていたメンバーも、律花に声を掛けた詩織の考えが分からなかったようで、少し驚いた顔をしていた。

「メンバーどうこうという話は別にして、私、律花さんのギターは、すごく好きなんです。一緒に演奏したら、どんな刺激ををもらえるのだろうなって思ったんです」

 個人練習を延々と続けていた頃には、それほど辛いとは思わなかったが、一度でもバンドで演奏することの楽しさを知ると、個人練習はそんなに楽しいことではないと分かった詩織も、せめて、律花に、バンドとして音を出してもらって、その鬱憤を晴らしてもらいたいという気持ちもあった。

 詩織の説明にメンバーも納得したようで、三時間のスタジオリハのうち、中間の一時間を、律花とのセッションの時間にすることは、律花の意見を訊くことなく決まってしまった。

「確かに、良い刺激になるかもしれないな」

「面白そうね」

「おシオちゃんとギターバトルしてみれば~」

「あ、あの」

 四人で勝手に盛り上がるメンバーに、律花が控え目に声を掛けた。

「まだ、やるって言ってはないんだけど」

「でも、やるだろ?」

 脅迫じみた迫り方をする玲音に、律花は、目を見開いたまま、こくりとうなずいた。



 律花がスタジオに入ってくると、素早く準備を済ませた。

 虎目模様も鮮やかなギブソンレスポールを構えて、詩織の隣に立った。

 律花の独特な雰囲気から、何気に背が高くてスタイルが良いように思い込んでいたが、いざ隣に立つと、詩織より少し高いくらいであった。

 また、派手なメイクをしているが、顔立ちは整っていて、すっぴんでは可愛い人なのではないかと、律花を初めて近くでじっくりと見た詩織は思った。

「さて、何をするかな? 律花、何が良い?」

 バンド仲間のカホからの情報で、律花が琉歌るかと同い年だと聞いていた玲音が、いきなり律花を呼び捨てにしたが、律花はまったく気にしているようではなかった。

「何でも」

「ほ~う、言ったな。じゃあ、『サイケデリック・ラバー』はどうだ?」

「分かった」

「サイケデリック・ラバー」は、アメリカのロックバンドのヒット曲で、超絶ギターテクてんこ盛りの曲で、詩織も個人練習をしていた頃には夢中で弾いていた。

 琉歌のカウントで曲が始まった。

 いつもは、ギターを一人で担当して、時にはサイドギターのフレーズを、時にはリードギターのフレーズを切り分けながら弾いている詩織だったが、今日は、リードを律花が担当してくれることで、いつもより楽に演奏できていることは確かだった。そして、その余力を歌に注入することで、よりパワフルな歌声を響かせることができた。

 そして何より、歌のポイントポイントで入れてくる律花のフレーズが気持ち良かった。

 一番の歌が終わり、律花のギターソロパートとなった。

 単に早く指が動いているだけではなく、ひとつひとつの音が綺麗に響いて、まるで、ギターで歌っているかのような錯覚に陥るほどだった。

 テクニック的には、プロ以上とも言える腕前だが、律花自身は派手なアクションをするでもなく、淡々と弾きこなしているという感じであった。

 今までのクレッシェンド・ガーリー・スタイルにはない音で、メンバー全員が新鮮な驚きと感覚を覚えて、曲が終わった。

「やっぱ、すげえな」

 玲音も素直に感心していた。

「律花は、いつから、ギターをやってるんだ?」

「小学校四年の時から」

「へえ~、誰か身近な人が、ギターをしてたのか?」

「いや」

「じゃあ、何でギターをやり始めたんだ?」

「何となく」

「……そうか」

 玲音の問いに一言くらいでしか返さない律花とは、話が続かない玲音だった。

「律花さんは、どんな音楽が好きなんですか?」

 詩織が代わって、律花に訊いた。

「特に」

「やりたい音楽ってないんですか?」

「ギターが弾けるのなら、どんな音楽でもやる」

「そ、そうなんですか」

 詩織との会話もあっさりと終わった。



 その後、いくつかの曲をセッションしたが、どの曲でも律花のギターは正確で、それでいて機械的ではなく、不思議な感情が込められていて、聴いていて耳が幸せだった。

 そして、一時間後、後片付けを始めた律花に玲音が声を掛けた。

「律花! アタシら、もう一時間、練習をしてから、キーボードのかなでの家で、ちょっとした飲み会をするんだけど、お前もどうだ?」

「お酒は飲まないんだ」

 そう言って、片付けを終えた律花は、「スタジオ代は?」と玲音に訊いた。

「良いよ。アタシらの方から一緒にやろうって頼んだんだし」

「そう。それじゃ」

 軽く頭を下げて、律花はスタジオを出て行った。

「しかし、おとなしいというか、無口な奴だな」

「ほんとだね~。お姉ちゃんと奏さんと律花ちゃんを足して三で割ると、ちょうど良くなるのにねえ~」

「ちょっと待って、琉歌ちゃん! 何で私が入ってるかな?」

「いや、奏も割ってもらった方が良いぜ」

「あんたと一緒にしてもらいたくないわね!」

 

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