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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.079:昼下がりのトラブル

 詩織しおりひとみがボーリング場の受付に行くと、平日の昼間ということもあり、すぐにレーンを案内された。

 詩織達のレーンは第二レーンで、そのレーンと椅子が向かい合っている第一レーンでは誰もプレイしていなかった。

 隣の第三レーンでは、白い開襟シャツに黒いズボンという格好の、高校生らしき男子四人のグループが既にプレイしていたが、椅子に座っていると、その四人の男子生徒には背中を向けるようになり、男子生徒からの視線を真正面から浴びることはなかった。

 しかし、詩織は背中から男子達の視線を感じた。

 もっとも、背中を向けて座っている自分ではなく、そんな詩織と向き合うように立っている瞳に視線が集中しているような気がした。女子校だから、学校で瞳が異性からモテている場面に遭遇することはなかったが、何と言っても、ひびきの妹だけあって、瞳も整った顔立ちをしている美少女なのは違いなかった。

「じゃあ、私から行くよ」

 瞳は、隣のレーンからの視線など気にしているようではなく、ボールを持って、前に進み出ると、綺麗なフォームで投球した。

 ボールは滑らかなカーブを描いて転がっていき、ピンを全部なぎ倒した。

「やった!」

 いきなりのストライクに、瞳が無邪気に飛び跳ねながら、詩織とハイタッチをした。

「瞳さん、上手いです!」

「まぐれ、まぐれ! でも、次も狙っていくよ!」

「よーし! じゃあ、次は私ですね」

「詩織も頑張れ!」

 小学生の時に、親と一緒にプレイした経験もあり、中学の時、バラエティ番組の中でプレイしたことが最後だと記憶しているボーリングだったが、もともと運動神経が良い詩織は、体に残っていた投球フォームに逆らわないようにして投げた。

 真ん中に入ったボールは八本のピンを倒した。

「惜しい!」

 瞳が自分のことのように残念がった。

 詩織は、「普通の」女子高生として、学校帰りに「普通に」友達と遊べていることに、少し、感動すら覚えていた。

 その後、瞳が終始リードを守り抜き、そのまま勝利して、第一ゲームが終わった。

「ねえ、ねえ」

 詩織達のゲームが終わるのを待っていたのか、隣のレーンの男子学生が声を掛けて来た。

「一緒にやらない? こっちは四人いるから、二プラス一の三人ずつで遊べるじゃん」

 詩織は、怖くて、男子学生達に背中を向けて椅子に座ったままだったが、瞳は立ち上がり、男子学生達と向き合った。

 その顔は、もちろん、怒っていた。

「友達と二人で楽しんでるんだから、邪魔しないでくれる!」

 相手が男性だろうと、瞳は物怖じすることはなかった。

「大勢の方が楽しいって! ねえ!」

「きゃっ!」

 背を向けていた詩織の肩に男子生徒の手が置かれて、驚いた詩織は小さく悲鳴を上げた。

 男子生徒も、そんな過敏な反応をされるとは思ってなかったようで、驚いて、すぐに手をどけたが、瞳がすっ飛んできて、その手を払うようにして叩いた。

「ちょっと! 何、勝手に女の子の体に触ってるのよ! 痴漢!」

 ボーリング場のざわめきにも埋もれることなく響いた瞳の声が聞こえたようで、ボーリング場のスタッフが駆け寄って来た。

「何か、ございましたか?」

 大学生のアルバイトらしき若い男性のスタッフが、瞳に尋ねた。

「こいつらがちょっかいを出してくるんです! すごい迷惑なんです!」

「声を掛けただけだろうが!」

 四人の男子学生の中で一番背が高い男子が、瞳に食って掛かってきた。

 背中越しに聞こえていた男子達の会話からすると、この背が高い男子がこのグループのリーダー的な存在で、詩織達に声を掛けるのも、この男子がそそのかしていたようだった。

 瞳は、「キモいんだよ!」と男子生徒に言い返した後、スタッフの男性に「もう、帰りますから」と告げた。

「あ、あの、ボールは、私が片付けておきますから、どうぞ、シューズの返却コーナーへ」

 ボーリング場スタッフも、これ以上、いざこざを招くことのないように、早く二つのグループを分けたかったのだろう。

「分かりました。詩織、行こう!」

 詩織が立ってから、瞳は、背が高い男子を見上げるようにして睨んだ。

「せっかく、楽しくやってたのに台無しだよ! 馬鹿!」

 怒りを腹にため込むことができない瞳は、男子生徒に罵声を浴びせた。

「俺達は、ただ、一緒に遊ぼうって、声を掛けただけじゃねえか! それなのに何で馬鹿呼ばわりされなきゃいけないんだよ!」

「私達があんたらと一緒に遊びたいって視線を送ってた? そんな空気も読めない馬鹿だからだよ!」

「何だと!」

 レーンから出ようとした瞳の腕を、背が高い男子がつかんだ。しかし、瞳は、その腕を振り払って、更にその男子を睨みつけた。

「だから、キモいって、言ってるだろ!」

 瞳と同じくらいの身長の詩織は、瞳の背中に隠れるようにしていたが、このままでは本当に喧嘩が始まってしまうかもしれないと思い、瞳の背中を人差し指でツンツンと叩いてから、背中越しに、「瞳さん、出ましょう」と言った。

 瞳も、詩織と一緒だということを忘れていたようだったが、すぐに「そうだね」と言うと、詩織の手を取って、レーンから離れようとした。

「あんたら、アルテミス女学院の生徒だよな?」

「それがどうかした?」

 せっかく、離れようとしていたのに、言い返さないといられない瞳が、また、背が高い男子に向き直った。

「その袖に付いているのはクラス証だろ? 三年B組とE組か?」

「だから、それがどうしたのよ? あんたには関係ないでしょ!」

「少なくとも、俺を馬鹿扱いしたことには、ちゃんとお返ししてやるからな」

「学校にチクられたって、私ら、別に困ることなんて無いわよ! チクりたければチクれば良いじゃない!」

 と、瞳は大見得おおみえを切ったが、背が高い男子は、瞳のその態度に更に腹を立てたようで、「じゃあ、そうさせてもらうぜ!」と興奮して言った。

 しかし、瞳は、まったく動じていないようで、「勝手にしろ!」と捨て台詞を吐いて、詩織の手を取って、シューズの返却コーナーに連れて行った。



 ボーリング場から出ると、詩織は、瞳に「本当に大丈夫でしょうか?」と尋ねた。

「私達、何も悪いことしてないじゃん! 学校帰りにボーリングしちゃいけないって校則だってないはずだし」

「それはそうですけど、他の学校の生徒と喧嘩してしまったのは」

「詩織は気にしなくて良いよ。詩織が絡まれて腹を立てた私が、一方的に食って掛かっただけだって言うから」

「瞳さんが一人で叱られることはないですよ!」

「うふ」

 瞳が小さく吹き出した。

「詩織なら、そう言うと思った。でも、今回は、そういうことにしよ! ていうか、本当にそのとおりだし」

「でも」

「はいはい! この話はもう終わり! 詩織が心配することは何もないから!」

 瞳がそう言い出すと、もう、詩織を巻き込むようなことは、絶対にしないし、言わないだろう。

「ねえ、詩織。気分直しに、何か甘いものでも食べてから家に帰ろうよ?」

「そうですね。私も甘いものが食べたいです」

「うん! そうだな~、あっちにシフォンケーキが美味しいお店があったと思う。そこで良い?」

「はい!」

 二人は並んで歩き出した。

「でも、あの人達、どこの学校の人なんでしょう?」

 こうやって、放課後に街をうろつくことがなかった詩織は、他の学校の制服など、まったく知らなかった。それに、まだ、夏休みが終わったばかりで、先ほどの男子生徒達も白い開襟シャツ姿で、襟に校章は付いていたが、そもそも、校章だけでどこの学校か、詩織に分かるはずもなかった。

「たぶんだけど、蒼天学園じゃないかな」

 瞳が言った「蒼天学園」とは、アルテミス女学院と同じ池袋にある、質実剛健をモットーにしている私立の男子校だった。冬服は、最近では珍しい学ランで、それを着ていれば、一目で分かったはずだ。

「質実剛健がきいて呆れるわよ、まったく!」

 瞳は、まだ、怒りが完全には収まっていないようだった。

「でも、詩織は、男性に対して、まだ慣れてないみたいだね?」

「えっ? そ、それはその……」

「まあ、仕方ないよね。今は女子校だし、中学の時は、それどころじゃなかっただろうしさ」

「そ、そうですね。瞳さんは大丈夫なんですか?」

「小学校の時とかは、けっこう、男の子とデートもしたよ」

「そんなに早くからですか?」

「うん。その頃は、私が同級生から馬鹿にされるのは、全部、お兄ちゃんのせいなんだって思ってて、ずっと、お兄ちゃんが嫌いだったから、家に居たくなかったんだ。お兄ちゃんのことを知っている同級生とは、いつも喧嘩してたから、仲良くなったのは、街をうろついていて知りあった子ばかりだった。そんな友達は女の子が多かったけど、中には男の子もいて、その子とはお互い好きになって、交際していた時期もあったよ」

「瞳さんて、何か、大人です」

「ただの不良だよ」

「でも、今は、桜小路先生のことが大好きなんですよね?」

「うん。お兄ちゃんが高校生になった頃から、次第に目が見えなくなってきているのに、原稿用紙に顔をくっつけるようにして、手書きで執筆している姿を見ちゃって、私なんかより、ずっと辛いはずなのに、どうして、そんなに頑張れるんだろうって、最初は不思議だった。でも、やっぱり、そんな姿を見ていると、お兄ちゃんに対する嫌悪感が消えていって、何か、私も頑張ってみようかなって気持ちになってきたんだ」

「……」

「両親がいなくなってからは、本当に兄妹きょうだい二人だけで暮らして、一体感というか、連帯感というか、運命共同体というか、とにかく、普通の兄妹よりは強い結びつきが生まれたと思う」

「先生も、瞳さんが協力してくれて書き上げた作品が賞を取った時には、本当に嬉しかったって言ってましたよ」

「私も! 頑張れば絶対に報われるって、その時に思った。でも、その時からもう五年以上経っていて、そんな気持ちをお兄ちゃんも私も忘れてたよ。詩織に励ましてもらえて、また、そんな気持ちになれて良かった。詩織のお陰だよ」

「お互い様ですよ」

「そっか。じゃあ、そういうことにしとこうか?」

「そうしましょう! それより、ケーキ屋さんに早く行きましょうよ!」

「詩織は、ほんと、甘いものに目がないなあ」

「瞳さんもでしょ?」

「そうなんだけどね」

 二人は声を上げて笑いながら、池袋の街を歩いた。

 

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