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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.078:壮絶な人生

 共演のバンドメンバーが、リハの際の衝撃を自分達の観客に伝えてくれたのか、普通は、自分達が応援するバンドの演奏が終わると、どんどんと観客が入れ替わる、完全趣味のアマチュアバンドのライブにもかかわらず、何割かの客が帰らずに居残ってくれた結果、最後トリを務めるクレッシェンド・ガーリー・スタイルの演奏時間には、会場が超満員の状態になっていた。

「リハの時は取り乱しちゃいましたけど、本番はちゃんとします」

 詩織しおりが、いつもの優等生の雰囲気に戻って、既にステージ上でセッティングを終えているメンバーに告げた。

「あの時の気持ちさえ失ってないのなら、きちんと暴れようが、取り乱して暴れようが、アタシらはどっちでも良いぜ」

 玲音れおの言葉に、詩織も少し吹き出したが、すぐに気持ちを切り替えて、客席正面を向いた。

 多くの人の目が詩織を見ていたが、もう、ステージの上で、昔の自分のことがばれても、平気だった。

 しかし、詩織がそう吹っ切れて、歌い、演奏すると、逆に桜井さくらい瑞希みずきのイメージから遠ざかることは確かで、今、客席にいる者の中で、桜井瑞希を連想している者は誰一人いないのではないだろうか?

 結局、その日のライブも、クレッシェンド・ガーリー・スタイルは、会場を興奮のるつぼにして終えた。



 二回連続でライブを大成功に収めたクレッシェンド・ガーリー・スタイルの公式ツイッターも、八月二十八日のライブが終了してから九月一日までのわずか五日間に、一気に二百人もフォロワーが増えて、三千人を越えていた。

 公式ツイッターでは、ライブの予定やPV動画の宣伝の他にも、日々のちょっとした出来事を、管理人の「おシオ」こと詩織が感性豊かに呟いており、じわじわとフォロワー数は増えてきていたが、アルバートでの共演メンバーや観客がその感動を拡散してくれたのだろう。

 そして、九月一日は、詩織の学校の二学期が始まる日だった。

 写真週刊誌フレッシュに詩織の写真が掲載されてしまったが、その顔はもちろん、眼鏡を掛けていることすら、掲載された写真では分からなかったことから、詩織が桜井瑞希だと分かることないと思っていたが、やはり、実際に学校に行くとなると、少し不安を感じた。

 人前で演奏する以上、ステージでばれてしまうことは仕方がないと、詩織も吹っ切れることができた。

 しかし、学校で昔の詩織のことがばれると、今まで二年間以上、只の女子高生「桐野詩織」としてすごしてきた平穏な日々は、もう、続けることはできないだろう。

 また、クラスメイトにしてみれば、自分達を騙してきた詩織に良い感情を抱く訳もなく、残りの学校生活を、ギクシャクした関係ですごすことになるのも避けたかった。

 もちろん、クラスメイトには、卒業の前にはすべてを打ち明けて、謝罪するつもりではあったが、学生生活も残り半年ほど残っている今は、このまま平穏に過ぎていってほしいというのが、詩織の本音であった。



 池袋駅で電車を降りた詩織は、ひとみとの待ち合わせ場所に向かった。

 池袋駅の地下通路は、冷房が効いているはずなのに蒸し暑く、夏用の半袖セーラー服でも暑さをやわらげてくれなかったが、地下からエスカレーターで地上に出ると、少しだけ秋を感じさせる風が吹いていて、心地良かった。

 スクールバッグを肩に掛けて、姿勢良く立っていた瞳は、詩織の姿を認めると、凛とした表情が途端に破顔した。

 小走りに近づいて来た瞳と挨拶を交わすと、並んで学校に向かった。

 学校が近づいてくると、同じ学校の生徒が多くなってきたが、詩織は、三年生の生徒達から自分達が見られている気がした。

「ごめんね、詩織」

「な、何ですか?」

 突然、瞳から謝られた詩織は面食らったが、すぐに理由が分かった。

 兄が人気作家で、自らが部長を務める文芸部は、その兄の私設応援部のような活動をしているとの陰口を叩かれるなど、瞳は、学校では、いろんな意味で有名人であって、文芸部員と一部のクラスメイト以外の生徒は、できるだけ距離を置こうとしていた。

 そんな自分と並んで登校している詩織も注目させてしまっていることを、瞳は謝ったのだろう。

 しかし、詩織は瞳を遠ざけようとは思わなかったし、むしろ、初めて腹を割って話せる友人となった瞳を大切にしたいと思っていた。

「ねえ、詩織。帰りも一緒に帰っても良い?」

「良いですけど、部活は?」

「もう引退だよ。受験に忙しくなるからね」

 進学をしないのは、詩織を含め、ごく一部の生徒だけで、ほとんどの生徒が進学をするアルテミス女学院高等部では、文化系も体育系も、三年生の二学期が来ると、ほとんどの生徒がクラブ活動を引退して、受験勉強に専念することが一般的であった。

「瞳さんは、どこに進学希望なんですか?」

「一応、お兄ちゃんと同じ大学の文学部を狙ってるんだけど、何か無理っぽい。まあ、小説を書くのに高い学歴は必須じゃないって思ってるから、アルテミス女子大でも良いかな」

「でも、挑戦はされるんですよね?」

「うん! 少しでもお兄ちゃんに近づきたいからね」

 二言目には、ひびきのことが出てくる瞳の話に、詩織は響との約束を思い出した。

 ――瞳を桜小路響の妹という呪縛から解き放してほしい。

 しかし、具体的にどうすれば良いのか?

 これといった考えが浮かばなかった詩織は、何かしらのヒントはないかと、瞳に趣味のことを訊いた。

「瞳さんは、小説を書くことの他には、何か趣味をお持ちなんですか?」

「何、いきなり?」

「い、いえ、瞳さんと一緒に楽しめることが、何か、ないかなあって思ったので」

「……ある! 一人じゃ行けない所だから、詩織が一緒に行ってくれるのなら、行きたい所がある!」



 この日、学校は二学期の始業式と進学に関する三者懇談会があっただけで、お昼前には、懇談が終わった生徒から順次、下校することになっていた。

 瞳同様、それぞれ所属していたクラブを引退した、同級生の優花ゆうか美千代みちよ珠恵たまえから一緒に帰ろうと誘われたが、詩織が、瞳と約束をしていると正直に話すと、優花達は詩織を心配する言葉を掛けてくれた。

 優花達の瞳についての印象は、「桜小路響の妹だということを鼻に掛けて、傲慢な物言いをする問題児」という、大部分の生徒が抱いている印象と同じなのだろう。

 詩織は、「そうじゃない!」と反論をしたかったが、「そうすることで詩織自身の友達が減ってしまうから言わないで良い。というか、言っちゃ駄目!」と瞳に言われていたし、優花達は好意で言ってくれているのだから、それに反論することは、入学以来、ずっと同じクラスで仲良くしてくれた優花達を切り捨ててしまう気がして、できなかった。

 進学の予定がなく、父親も懇談会に出席できない詩織は、ホームルームが終わると、教室を出て、校舎の玄関横で瞳を待っていたが、瞳もすぐにやって来た。

「瞳さん、三者懇談はもう終わったんですか?」

「お兄ちゃんが、どうしても今日、予定が取れなかったので、別の日にセットしてもらった」

「桜小路先生が保護者になっているんですか?」

「そうだけど? 何か変?」

「いえ、あ、あの、ご両親は?」

 訊いてはいけないことなのかと、詩織は控え目に尋ねた。

「お空の上だよ」

「えっ? そ、それって」

「うん。六年前に二人とも死んじゃった。自らね」

「ご、ごめんなさい。辛いことを思い出せてしまって」

「気にしてないって。でも、まだまだ、お互いに知らないことってあるんだね」

「そうですね。でも、これから理解しあうようにすれば良いんですよね?」

「そうだよ。私達、まだ、つきあい始めたばかりだもんね」

「はい」

「一応、両親のこと、話しておくよ。詩織だって、秘密を全部、打ち明けてくれたし、私も詩織に隠し事はしたくないから」

「……はい」

「お兄ちゃんが高校三年、私が小学六年の時だったけど、お兄ちゃんがこのまま失明してしまうって分かって、お兄ちゃんの将来を悲観したんだろうね。夜、みんなが寝静まっている頃に、家に灯油をまいて、火を着けたんだよ。でも、私がいち早く気づいて、お兄ちゃんの手を引いて逃げたんだけど、初めから死ぬつもりだった親は、そのまま行っちゃったよ」

 まるで、さっき見た映画のシーンを語るかのように、深刻さを微塵も感じさせずに、瞳が話した。

「馬鹿だよ。その次の年には、大学生になったお兄ちゃんが小説の新人賞を取って、作家の道を歩み出したのにさ」

「……」

「やっぱ、聞きたくないことだよね?」

「い、いえ。そんな辛いことがあったのに、先生も瞳さんも全然話してくれないんですもの」

「積極的に話すようなことじゃないしね。お兄ちゃんのプロフィールにも載せていないし」

「でも、まだ、学生の頃だと、いろいろと困ったんじゃないんですか?」

「学生だった私達は、よく分からなかったけど、自殺でも契約後何年か経ってたら保険金が出るみたいなの。だから、両親の保険金で、お兄ちゃんも大学に行くことができたし、私達も何とか生活することができたんだ。もっとも贅沢なんかできないから、焼けてしまった自宅から小さなボロアパートに引っ越して暮らし始めたけど、お兄ちゃんも小説家を目指して一生懸命になっていたし、私もそんなお兄ちゃんの夢を何とか叶えさせてあげたいって思って、何でも協力してた。考えてみれば、あの頃が一番、充実してた気がするな」

「桜小路先生も瞳さんもすごいです! そんな状況でも負けずに頑張ってこられているんですもの!」

 自分では想像もできないような壮絶な体験をしてきている響と瞳なのに、そのことを「売り」にして、お涙頂戴的な人生を歩んでいないことに、詩織は本当に感動してしまった。

「詩織だって、あの人気絶頂の時に、スパッと芸能界を引退しちゃうんだから、もっと、すごいんじゃない?」

「それは、私のわがままにすぎないことです。でも、桜小路先生と瞳さんは、辛い思いや逆境を跳ね返しているんですから、やっぱり、瞳さんの方がすごいです」

「まあ、お互いに褒め合ってても仕方ないし、そろそろ行こうよ」

 詩織と瞳は顔を見合わせて苦笑をし、並んで歩き出した。



 瞳が詩織を案内した所は、ボーリング場だった。

「瞳さん、ボーリングが趣味だったんですか?」

「趣味ってほどじゃないけど、友達と一緒に来たかったんだ」

「文芸部の皆さんと来なかったんですか?」

「何で、文芸部でボーリングをするかな?」

「あっ、それもそうですね」

「あははは、ほんと、詩織って、シャキッとしているようで、ときどき、抜けてるよね」

「そ、そんなこと、ありませんよぉ」

「その、ほっぺをぷ~って膨らますの、可愛いすぎだから!」

 瞳が、詩織の膨れた頬を人差し指一本で押し込んだ。

「でも、どうして、ボーリングなんですか?」

「思い切りボールを投げて、パキーン! って、ピンが倒れるのって、けっこう爽快じゃない?」

 瞳がボールを投げるアクションをしながら言った。

「ああ、何となく分かります」

「でしょ? それはそうと、詩織は、ボーリングは上手いの?」

「実は、あまり、したことがないんです。瞳さんと同じで、一緒に行く友達も作ってなかったから」

「じゃあ、そんな、ぼっち同士の対決といきますか? 詩織! 勝負だよ!」

「分かりました! 受けて立ちましょう!」


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