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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.075:新たなリンク

 ひびきひとみを招いての、スタジオリハ転じたスタジオライブが終わった後、バンドメンバーは揃って響の家に招待された。

 響の家は、スタジオビートジャムからも歩いて十分ほどだった。

 しかし、まだ、芸能記者が張っている可能性もあったことから、一緒には行かずに、響と瞳が先に家に帰り、五分ほど時間をずらしてから、詩織しおりの案内で、メンバーが響の家に向かった。

「たけ~」

 響の部屋がある高層マンションを見上げながら、玲音れおが言った。

 玄関を入っても、豪華な造りの玄関ロビーや、自分達の生活空間ほどもありそうな広さの屋内廊下に、いちいち感嘆しながら、響の部屋のドアの前まで来ると、詩織が呼び出しボタンを押した。

「いらっしゃい!」

 瞳がすぐにドアを開けてくれて、詩織達はリビングに案内された。

 そこにいた響が、携帯で誰かと話をしていたが、すぐに電話を切って、詩織達にいつもの魅力的な笑顔を見せた。

「みなさん。せっかく、来ていただいたのに申し訳ありませんが、十五分ほど席をはずさせてください。残った仕事をかたづけますので」

「先生、お忙しかったのではないのですか?」

 詩織が心配したが、響は穏やかな顔のまま、首を横に振った。

「本当に忙しかったら、皆さんをご招待しませんよ。桐野さんと約束したことを実行するための第一歩を踏み出そうとしているだけです」

 響は、新作「キミダレ」の不振を受けて、小説家を引退しようかと考えていたが、詩織の涙ながらの説得で、それを押し止まり、詩織とともに夢を追い掛けようと誓った。もしかして、新たな作品の執筆に取り組むための準備があるのかもしれない。

「瞳。しばらく、皆さんをお願いするよ」

「分かった。皆さん、どうぞ」

 響がリビングを出て行くと、四人は瞳に勧められて、応接セットのソファに座った。

 応接セットには、一人掛けのソファと二人掛けソファがお洒落なローテーブルを取り囲むように置かれていて、詩織とかなで、玲音と琉歌るかが、それぞれ二人掛けソファに向き合って座った。

「どうぞ、おくつろぎください」

 そう言って、瞳はキッチンに向かった。

 ここに来たことがある詩織以外のメンバーは、しばらく、物珍しそうに部屋を見渡していた。

 このリビングだけで奏屋全体よりも広く、調度品も高価そうであった。

「実際、こんな部屋に住んでる人もいるんだな。ファッション雑誌の中だけの、偽りの世界だと思ってたけど」

 部屋を見渡していた玲音が、詩織に顔を向けた。

「でも、この広い部屋に二人だけなのかい?」

 そういえば、詩織は、響や瞳の両親のことを聞いてなかった。人見知りで出て来ないのではなく、このマンションには響と瞳が二人きりで、親と一緒には暮らしていないようだった。

「たぶん、そうだと思います」

「それって、もったいなくね?」

「そもそも、もったいないなんて考えないんじゃないの?」

 売れっ子小説家の家に来ていて、さっきから緊張しまくりの奏が突っ込んできた。

「そっか。でも、小説家って儲かるんだな」

「ちょっと! 声が大きいわよ、玲音!」

 玲音の言葉が瞳に聞こえたのではないかと、奏が焦ったが、瞳はキッチンでの作業に集中しているようで、どうやら、瞳の耳には届かなかったようだ。

「玲音! もうちょっと、お行儀良くしなさいよ!」

「そういう奏は、何で、そんなに緊張してんだよ?」

「だって、作品も容姿も超人気の桜小路先生のご自宅なのよ! 緊張しない方がおかしいわよ」

「こっちにだって、元超人気アイドルがいるんだぜ。おシオちゃんにも緊張してたのか?」

「桜井瑞希として会ってたら緊張してたかもね。でも、詩織ちゃんとはバンドのメンバーとして会ったから、そんなことなかったのよ」

「そんなもんかねえ」

 玲音の辞書には「緊張」という言葉は掲載されていないのかもしれないと、詩織も思った。

「お待たせしました」

 瞳が、お盆に紅茶を五人分載せてやって来ると、四人の前に紅茶を置き、一つをキッチンに近い方の一人掛けソファの前に置いた。

 そして、一旦、キッチンに戻ると、今度は、チーズや生クリームなどをトッピングしたクラッカーが彩りも鮮やかに盛りつけされている大皿を持ってきて、ローテーブルの真ん中に置いた。

「こんなものしかありませんけど、よろしければどうぞ」

「いやいや、こんなものって、すごく美味しそうなんですけど」

「れ、玲音! はしたないわよ!」

 そもそも、響が人気作家だということもピンときていなくて、早速、大皿に手を伸ばそうとした玲音を、奏がたしなめた。

「どうぞ、遠慮なさらずに」

 キッチンに近い一人用ソファに座った瞳が勧めると、「じゃあ、瞳さん、いただきます」と、詩織が率先して、クラッカーを一つ手に取り、口に入れた。

 それを見て、他の三人も手を伸ばした。

「うっめえ~! このチーズ、ただもんじゃねえぞ」

 玲音が言ったとおり、詩織も今まで食べたことのない風味のチーズだったが、くせになりそうな旨味があった。

 四人がそれぞれ一枚目のクラッカーを食べ終えた頃、響がリビングに戻って来た。

 ゆっくりとした足取りで、瞳と反対側の一人掛けソファの所まで来ると、「席をはずして申し訳ありませんでした」と、四人に頭を下げた。

 響が、ゆっくりとソファに座ると、瞳は黙って席を立ち、キッチンに向かった。そして、すぐに紅茶を一つ持って来て、響の前に置いた。

「ありがとう、瞳」

 響は瞳に礼を言ってから、カップを取り、一口飲んだ。まるで目が見えているようにスムーズな仕草だったが、きっと、瞳が紅茶を置く位置や、カップの取っ手の向きなども、あらかじめ決めているのだろう。

「急に皆さんをお招きしてしまったのですが、わざわざ、お越しいただいて、ありがとうございます。とにかく、今日は、皆さんの演奏と桐野さんの歌に心を奪われてしまいました。そんな素晴らしい音楽を聴かせていただいたお礼と言っては質素すぎますが、せめて、気持ちをお伝えたかったのです」

「本当だよ! 動画よりも何十倍も何百倍も良かったよ!」

 瞳も年上の奏達には丁寧な言葉遣いで話していたが、詩織に対しては普段どおりだった。

「ありがとうございます。私達も観客として、お二人がいていただいたので、明明後日しあさってのライブに向けて、良い調整ができたと思います」

「ねえ、詩織。その話し方は、嘘を吐いてない?」

 瞳が首を傾げて詩織を見た。

「つ、吐いてません! バンドのメンバーにも、こんな話し方をしてますよね?」

 焦ってメンバーを見渡した詩織に、玲音達もうなずいて、詩織の言葉が嘘ではないことを認めてくれた。

「アルテミス女学院に入学したから、目立たないように、あえて、そんな話し方をしてるのかと思った」

「中学の時は、周りは大人の人ばかりでしたし、高校に入ってからは、瞳さんもおっしゃったとおり、こういう話し方の人が多かったですから、自然と、こんな話し方になったんだと思います」

「そっか。じゃあ、それは偽りのない詩織なんだね?」

「はい」

「でも、詩織ちゃん。学校の友達にも、こうやって、洗いざらい話せる人ができて良かったわね」

 奏が、詩織に微笑んだ後、瞳に顔を向けた。

「瞳さんは、以前、桜小路先生のツイッターで、私達の動画のことを呟いてくれたのですよね? あれで、すごく評判になって、最初のライブは大盛況で終わったんです。本当にありがとうございました」

 奏が瞳に丁寧に頭を下げた。

「いえ。あれは、友達の詩織の紹介だからって言うんじゃなくて、あの動画を見て、そして聴いて、私、本当に感動したんです。それは、今日、直に聴いて間違いじゃなかったって思いました」

 瞳が奏から詩織に視線を移した。

「だから、詩織のバンドのライブには、絶対、お兄ちゃんと一緒に行きたかったんだけど、今、お兄ちゃんがそんな所に行くと、また、芸能記者の餌食になりそうだったから、どうしようかって話してたの。でも、今日、詩織の演奏を聴けて良かった」

 金髪で目立つ響が、フレッシュの記事で更に注目されている今、ライブハウスに出没すると、大騒ぎになることは必至で、桜井瑞希ではなく桐野詩織との関係を嗅ぎつけられるかもしれない。詩織は、そこまで考えて、響と瞳をスタジオリハに招待した訳ではなかったが、結果として、響と瞳の願いは叶えられたことになる。

「僕も瞳も、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのファンになりました。瞳が言ったみたいに、すぐには、ライブに行くことはできないと思いますが、そのうち、ライブにもお邪魔させていただきます」

「ぜひ! 大歓迎っす!」

「詩織! これからのライブの予定も全部教えてよ。ほとぼりが冷めた頃にお邪魔するから」

「分かりました」



 その後も和気藹々とおしゃべりが続いたが、終電が近いということで、メンバーはおいとますることにした。

「本当は、外までお見送りしたいけど、まだ、芸能記者が張ってるかもしれないから、ここで」

 響と瞳が玄関先でメンバーを見送った。二人が一緒でなければ、マンションの他の住民の客かもしれず、しかも女性四人組ということで、もし、記者が張っていたとしても、声を掛けることなどしないだろうし、実際、誰にも声を掛けられることなく、メンバーは池袋駅まで戻った。

「詩織ちゃん、今日はどうする?」

 奏が、今日も泊まるかどうかを訊いた。

「今日は家に帰ります。桜小路先生と瞳さんに全部吐き出しちゃって、何だか気が楽になった気がするので、家でまったりしたいと思います。今度のライブの後、泊めてください」

「分かった。じゃあ、今日はここで解散ね」

「そうだな。じゃあ、お疲れ!」

 詩織と琉歌と一緒に江木田駅まで帰る玲音が、池袋の自宅に帰る奏に声を掛けた。

 奏も嬉しそうにみんなに手を振ると、人混みの中に消えて行った。


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