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Act.004:出会いはいつも突然に

 長い黒髪の一筋を赤くメッシュに染めている背の高い女性は、通路の手前で詩織しおりが立ち尽くしていることに気づかなかったようで、手にしていたソフトギターケースを廊下で尻餅を着いたままの男性に投げつけた。

「お姉ちゃん、これ」

 すぐにスタジオの中から、別の人の手が伸びてきた。

 ギターとエフェクターケースを持ったその女性は、アニメ柄のTシャツにダメージ仕様のオーバーオールジーンズ、足元は黒のスニーカーという格好をして、金髪プリンのショートヘアをしていた。

 金髪ショートの女性からギターとエフェクターケースを受け取った黒髪ロングの女性は、それを男性に突きだした。

「てめえのような奴はこっちから願い下げだ! 二度と顔を見せるな!」

 男性は女性を睨みながら立ち上がると、女性からギターとエフェクターケースをひったくるようにして取り、ソフトギターケースと一緒に持って、待合室の方に肩を怒らせながら歩いていった。

「ったく! 結局、女と仲良くなりたいから音楽をやってるだけかよ!」

「お姉ちゃん、今朝もやっちまったんじゃなかったっけ?」

「しゃあねえじゃん!」とカリカリとしている「お姉ちゃん」と呼ばれた黒髪ロングの女性とは対照的に、金髪ショートの女性は、終始、柔らかい物腰だった。

 二人が、呆然と立ち尽くしている詩織と目が合った。

「ああ、ごめんね。邪魔しちゃったね」

 黒髪ロングの女性が謝った。

「い、いえ」

 詩織が会釈をして、スタジオの前を通り過ぎようとすると、「ねえ、ちょっと~」と呼び止められた。

 呼び止めたのは、金髪ショートの女性の方だった。

「それ、ギターでしょ?」

「は、はい」

 振り向いた詩織は、金髪ショートの女性のいつも微笑んでいるような表情とゆったりとしたしゃべり方にその警戒レベルを下げた。

「もう、バンド練習、終わったの~?」

「い、いえ、今日は個人練習で」

「じゃあ、一人なんだ~」

「はい」

「ねえ、お姉ちゃん」

 金髪ショートの女性が黒髪ロングの女性の肩を揺すった。

「もったいないから、残りの時間、一緒にやってもらわない?」

 黒髪ロングの女性は、少し戸惑った表情で金髪ショートの女性を見ていた。

「琉歌が知らない人に声を掛けるなんて珍しいな」

「へへへ、だって、彼女、可愛いし~」

「……ねえ、あんた」

 ジト目で金髪ショートの女性を一瞥した黒髪ロングの女性が、詩織に顔を向けて話し掛けてきた。

「時間あるなら、ちょっと一緒にやっていかない?」

 黒髪ロングの女性が立てた親指で肩越しにスタジオの中を指した。

「はい?」

「いや~、さっき追い出した男がギターだったんだけど、見られていたとおり、帰しちゃったからさ。ギターがいなくなって、バンドの練習ができなくなっちまったんだよ」

「……」

「残り一時間、もったいないからさ」

「えっと、何の曲をされているのですか?」

「いつもはオリジナルだけど、何かセッションでもしないかい? それともセッションなんてしたことない?」

 いつも一人で練習をしていた詩織は、セッションどころか、バンドとして演奏をしたこともなかった。

「えっと、まだ、バンドも組んだことなくて」

「ああ、初心者さんだったか。じゃあ、無理かな」

 詩織は、少しだけ女性に近づいて、スタジオの中をのぞいて見たが、中には誰もいなかった。

「あ、あの、お二人だけなんですか?」

「そうなんだよ。ベースとドラムだけじゃ、あんまり面白くないからさ」

 バンドの中で音を出してみたいという詩織の要望が思わぬ形で実現しようとしていた。しかも女性だけのメンバーという状況が唐突に目の前にぶら下がってきて、詩織はその衝動を押し止めることができなかった。

「あ、あの、ご、ご迷惑じゃなければ、やらしてください!」

「へっ?」

「スタジオ代も負担します! 私、バンドで音を出してみたかったんです!」

 女性達も詩織の勢いに少し腰が引けていたが、ある意味、テンパっている詩織は気づかなかった。

「そ、そっか。まあ、アタシ達も残りの時間をキャンセルするよりも良いし。じゃあ、一緒にやろうか?」

「はい!」

 スタジオに戻った二人の跡に続いて、詩織もスタジオに入った。

「アタシは萩村はぎむら玲音れおってんだ。ベースやってるよ。よろしく!」

 スタジオのドアを閉めると、黒髪ロングの女性がウィンクをしながら名乗った。

 近くで見ると、本当に綺麗な女性だった。

「こっちは、アタシの妹でドラムの萩村はぎむら琉歌るかだよ」

「よろしく~」

 金髪ショートの女性が嬉しそうに両手を振りながら言った。

 近くで見ると、ますます似ていなかった。姉の玲音はクールビューティという言葉がぴったりの美人で、妹の琉歌は癒やし系とでも表現できる可愛い人だった。

「私は桐野きりの詩織しおりと言います」

 詩織はキャップを取りながら名乗った。

「詩織ちゃんかあ。まだ若いよね? 高校生?」

 玲音が興味津々という顔で訊いた。

「はい。高三です」

「へえ~、じゃあ、ギターは始めたばかり?」

「ギター自体は何年かしてるんですけど、まだ、バンドで音を出したことがなくて」

「そうなんだ。じゃあ、お姉さんが厳しく教えちゃおうかな」

「よ、よろしくお願いします!」

「あはは、詩織ちゃん、そんなにかしこまらなくても良いよ」

 玲音はスタンドに立て掛けていたベースを持った。

 フェンダージャズベース。

 定番のサンバーストカラーでピックアップフェンスの付いていないモデルだ。

 アンプの電源を入れると、玲音はスラップのフレーズを少しだけ演奏した。

 詩織は、久しぶりに聴いたエレキベースのお腹に響く音と、玲音のテクニックに素直に感動をした。

「すごい! すごいです!」

「いやいや、まだまだだよ~」

 玲音は、詩織のことを楽器初心者だと思っているようで、その詩織から誉められて照れていた。

「琉歌! 適当に叩いて!」

 いつの間にかドラムセットに座っていた琉歌が軽いフィルインから十六ビートを刻みだした。

 話す時の雰囲気とは全然違う、図太い音だった。

 玲音がスラップで合わせ始めた。

 琉歌が刻む粒が揃った十六分音符に、玲音のベースが絡みつくように一体となり、ドラムとベースだけなのに、思わず腰が揺れてしまうほどのグルーブを生み出していた。

 自分の脳内バンドのメンバーが現実世界に飛び出してきたかのような錯覚を覚えた詩織は、自分のギターをセッティングすることも忘れて聞き惚れていた。

 玲音と琉歌がうなずきあって、演奏を終えると、ぼけ~と突っ立ていた詩織は、我に返って、思わず拍手をした。

「すごい! すごいです! 感動しちゃいました!」

「ははは、ありがとう」

 玲音は、瞳に星を輝かせて玲音と琉歌を見つめている詩織に、少し呆れた顔を見せた。

「そろそろ、詩織ちゃんのギターも聴かせてよ」

「あっ!」

 自分がギターを弾くつもりだったのをすっかり忘れていた詩織だった。

「すぐ準備します!」

 詩織は、ソフトギターケースからギターを出してセッティングを始めた。

「へえ~、ストラトかあ。渋いじゃない」

「はい。このボディがお気に入りなので」

「あ、ははは……、そうなんだ」

 音色のことではなく外見がお気に入りと言う詩織の台詞に、玲音も人選を誤ったと思ったのか、自嘲気味な笑顔を見せた。

 セッティングを終えて、素早くチューニングを済ませると、詩織は、玲音と琉歌に向かって頭を下げた。

「よろしくお願いします!」

「うん! それじゃあ、何をしようかな?」

 玲音が琉歌の方を向いたが、琉歌はのほほんとした微笑みを玲音に返しただけだった。

「詩織ちゃんは何を練習してるの? 詩織ちゃんがやってる曲をやろうか?」

 自分達がやっているレベルの曲の演奏は詩織には無理だろうからと、玲音が気を遣って言ってくれたのだろうが、詩織は、そんな玲音の心配りに気づく精神状態ではなかった。

「な、何でも良いです!」

「何でもって言われてもなあ。さっきまで練習していたのは何?」

 詩織は、さっきまでの個人練習で弾いていた曲を思い出しながら、ギターメインの曲の中で、自分が一番好きな曲を選んだ。

「そ、それじゃ、ピーター・イングドラルの『スウィートナイト』は?」

 ピーター・イングドラルはアメリカのロックスターでギターの名手として有名だ。そして「スウィートナイト」は、彼の代表曲で、イントロと間奏の超絶ギターテクと、それに負けないインパクトを持った力強いボーカルが聴かせどころの曲で、ギターとボーカルを同時に鍛えることができる、詩織のお気に入りの練習曲だった。

「はあ? ……マジ?」

 思いもしなかった曲名が出たようで、玲音は唖然としていた。

「あ、あの、無理でしょうか?」

 アマチュアバンドで、この曲ができるバンドは少ないのではないかと思われ、詩織は選曲を誤ったかと思った。

「い、いや、アタシも琉歌も何度かやったことあるけどさ」

「そうなんですか!」

「あ、ああ。でも、あんた、スウィートナイトを弾けるのかい?」

「大好きなんです!」

「……そう。ま、まあ、やってみようか?」

「はい!」

 詩織は、ギターを構えて、マイクスタンドの前に立った。

 

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