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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.074:すべてをさらけ出して

 新宿にあるライブハウス「アルバート」でのライブを、その週の木曜日に控えた八月二十五日の月曜日。

 まだ夏休み中の詩織しおりは、自宅で朝食のパンをかじりながら、朝のニュース番組の芸能コーナーを見ていた。

「今日は、いきなり、ビッグニュースが飛び込んできました! あの人気作家と元超人気アイドルが交際していたと、今日発売のフレッシュが報じています」

 椎名しいなが、フレッシュの発行元である講英社の社長をしている父親に電話をしていたことから、詩織も少しは期待をしていたが、いくら社長でも、これほどニュースバリューがある記事を掲載するなとは言えないだろう。

 覚悟はしていたが、実際にニュースになっているのを見ると、少し力が抜けた。

 テレビの芸能リポーターが話を続けた。

「人気作家とは『恋人たちの風』がベストセラーになり、その容姿から、今、若い女性に大人気の盲目の作家、桜小路さくらこうじひびきさん。そして、元超人気アイドルとは、約二年半前に、突然、引退して、その後、まったく消息が分からなかったキューティーリンクの桜井さくらい瑞希みずきさんです」

 画面には、最近の響の写真と、キューティーリンク時代の詩織の写真が映し出されていた。

「私も、フレッシュを見てみましたが、桜小路さんの隣に立っている女性が桜井瑞希さんなのかどうかは、よく分からなかったですね」

 番組のキャスターが芸能リポーターに問い掛けた。

「そうなんですね。フレッシュに掲載されている写真を、今、お見せすることはできませんが、ちょうど、桜小路さんの影になっているように写っていて、顔はほとんど見えていません。しかし、その女性が桜井瑞希さんに似ていると感じた記者が『桜井瑞希さんですか?』と問い掛けたところ、何も言わずに走って逃げていってしまったそうなんです」

 あの時、手で顔を隠してはいたが、詩織の正面からも何枚かは写真を撮られたはずだ。今のリポーターの話だと、フレッシュに掲載されている写真は、詩織を正面から撮ったものではないということになる。

「この件について桜小路さんは、『彼女は確かに桜井瑞希さんで、知人の紹介で知り合った。しかし、自分の小説を読んでくれているファンの一人として、また、妹さんがキューティーリンクの大ファンだったということで、自宅に招いただけだ』とコメントをし、交際していることは否定しています。しかし、記事は、桜小路さんの新作が不評なのは、桜井瑞希さんと交際し始めたことで、小説に対する情熱が削がれてしまったからではないか、と結んでいます」

 マスコミが根も葉もないことを記事にすることは珍しいことではない。

 しかし、響やひとみは、マスコミが描いたシナリオに、あえて反論をしないことで、桜井瑞希と桐野詩織をつなげる事実からマスコミを遠ざけてくれたのだろう。



 その後、詩織は、近くのコンビニでフレッシュを買うと、再び、家に戻ってから、問題の写真を見てみた。

 詩織の顔は、詩織を庇うように前に出ている響の肩に隠れていて、その髪型がショートだと分かるくらいで、眼鏡を掛けているのかどうかすらも分からなかった。だから、この写真に写っているのが、詩織だと気づく者はほとんどいないだろう。

 さすがに記事の差し止めまではできないにしても、椎名の父親への口利きで、写真を差し替えさせることができたのかもしれない。それは椎名に訊いてみないと分からないが、椎名は積極的には話さないだろう。次のバイトの際に、それとなく尋ねてみようと考えた詩織の頭に、今度は、瞳の顔が浮かんだ。

 気持ちの整理がついたら、瞳に連絡すると約束していたことを思い出し、詩織は瞳に電話を掛けた。

 瞳はすぐに電話に出た。

「おはよう、詩織」

「おはようございます」

 自分から電話を掛けたが、話すことをまったく整理してなかった詩織が、言葉を選んでいると、瞳の方から話し始めた。

「フレッシュ、見た?」

「は、はい」

「詩織の顔が、思ったほどはハッキリとは写ってなかったから、少しは安心したんだけど」

「そうですね」

「それで、詩織って、本当はやっぱり、桜井瑞希なの?」

「……そうです」

 瞳には、もう言い逃れはできない。

「黙ってて、ごめんなさい」

「どうして? いや、やっぱり良い。それが言えるんだったら、世間に公表してるよね」

 瞳が質問を自己完結させた。

「詩織は、本当に嘘ばっかり吐いてたんだね」

 そう言った瞳だったが、怒りの感情も軽蔑の感情もこもってなかった。

「ごめんなさい」

「もう、嘘を吐いてることはない?」

 冗談でも言っているみたいに、瞳が軽く言った。

「たぶん」

「あははは、嘘が多すぎて、分からなくなってるとか?」

「そうかも……です」

「嘘を吐きすぎていて、神様のバチが当たったんだよ」

「……」

「でもね、詩織」

 瞳の口調が変わった。

「私、詩織が大好きだって言ったの、本当だから! 詩織が嘘吐きだからといって、その気持ちは変わらないから!」

「瞳さん……」

「詩織が嘘を吐いていたことには、きっと、そうしなければいけない理由わけがあったんでしょ? だから、詩織が桜井瑞希だってことも、バンドをしていることも、学校には内緒にしてるんでしょ?」

「はい」

「だったら、私もその秘密を守るから!」

 フレッシュの記者に写真を撮られて、家まで走って帰った日。

 昔の自分を隠してバンドをやりたいという自分のわがままで、響や瞳をも巻き込んで迷惑を掛けていると思い至った詩織は、響や瞳に、これ以上、偽りの自分を見せていることが辛くなってきた。

 バンドメンバーと同じように、二人には、本当の自分をさらけ出したくなった。

「瞳さん。今夜六時頃から、時間、ありますか? できれば、先生も一緒に」

「私は大丈夫。お兄ちゃんも何も予定はなかったはず」

「私のすべてをお話しします! そして、お見せします!」



 月曜日は、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのスタジオリハの日だ。

 玲音れお琉歌るか、そしてかなでは、既にスタンバイを終えて、詩織を待っていた。

 詩織は、玲音と琉歌と一緒に池袋駅まで来たが、「今日は、スタジオリハを見せたい人がいるので迎えに行ってくる」と言い、玲音達と分かれていた。

「でも、バンドをしていることを秘密にしている詩織ちゃんが、スタジオリハを見せたい人って誰かしら?」

 玲音と琉歌も思い当たる人物がまったくおらず、奏の問いに首をひねるだけだった。

 スタジオの防音扉が開いた。

「お待たせしました」

 詩織の跡に続いて、帽子をかぶった金髪の男性と黒髪をツインテールにしている女性がスタジオに入って来た。

 三人は、それが誰か、すぐには分からなかった。



 詩織は、前回みたいに芸能リポーターが張り込んでいることを警戒して、響のマンションとは方向が違う場所にある小さな公園で、響と瞳と待ち合わせをした。

 詩織が公園に着いた時には、既に二人は公園に立って待っていた。

 いつもどおりのモノクロ系のファッションで、響はその金髪が目立たないように、黒い帽子をかぶっていた。

「お待たせして、すみません」

「それが本当の詩織なの?」

 瞳が目を輝かせて、詩織を見た。

 眼鏡をはずした、ボーイッシュな服装。そして背負ったソフトギターケース。

「はい。そうです」

「桐野さんの声も、以前と違っている気がします」

 響から声が違っていると言われて、そこまで意識して変えていたつもりはなかった詩織は、今さらながら、瞳が言ったとおり、嘘を吐きすぎていたなと、少し反省をした。

「スタジオは、ここから歩いて十分くらいです」



「紹介します。小説家の桜小路響さんと、その妹さんで、私と同じ学校に通っている瞳さんです」

 詩織がメンバーに二人を紹介した。超売れっ子小説家の登場に、メンバーが驚いたのも無理はない。

「桜小路響です。今日は、桐野さんから本当の自分を見せたいと言われて、ここに来ました。僕も、桐野さんの歌を聴いてみたいと、ずっと思っていましたので、今日は、すごく楽しみです」

 響が、帽子を取って、メンバーに会釈をしながら言った。

「桜小路瞳です。私も、以前、詩織に見せてもらった動画の歌で、すごく感動をしてしまったんですけど、その歌を詩織自身が歌ってくれるって言われて、私も今日はすごく楽しみです」

 詩織が、響と瞳にバンドメンバーを紹介してから、詩織はメンバーを見渡した。

「フレッシュのこともあって、桜小路先生と瞳さんには、私のことを、洗いざらい、お話しました。そして、これまで、ずっと、お二人に嘘を吐いてきたお詫びというと変ですけど、本当の私を見てほしかったんです」

「だから、ここに?」

「はい」

 笑顔で詩織の話を聞いていた玲音が、「分かった!」と言うと、響と瞳に頭を下げた。

「桜小路さん! ようこそ、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのスタジオライブへ! 今週の木曜日には、本番がありますが、今日は、お二人のために、心を込めて歌い、演奏をするので、ゆっくり、聴いていってください!」

 響と瞳にはスタジオ備え付けの丸椅子に座ってもらい、メンバー全員が二人に相対するようにして立った。まさしく、二人だけのために、ライブをやっている雰囲気だった。

「曲は、今度のライブのメニューでな!」

 玲音の言葉に全員がうなずいた。

「じゃあ、行くよ~」

 琉歌のカウントで、アップテンポなナンバー「ロック・ユー・トゥナイト」が始まった。


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