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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.071:巻き込まれた襲撃

「ねえ、詩織しおり

 ひとみが、ひびきの横から詩織の横に移動してきて座り、腕を組んだ。

「詩織の歌を直に聴きたい! ライブとかやってるの?」

「えっと、そうですね。実は、来週の木曜日にあります」

「本当? どこで?」

「新宿のアルバートというライブハウスで、六バンドの合同で最後の出演です。時間は午後八時半くらいかと」

「そうなんだ。クレッシェンド・ガーリー・スタイルという名前だったよね? 絶対、見に行くから! お兄ちゃんも行くでしょ?」

「もちろんだよ。僕は桐野きりのさんの声にも惚れているんだからね」

 一気に和やかかな雰囲気になって、瞳が、お茶も入れてなかったことに気づき、キッチンに向かった。

「もう冷めちゃった」

 お茶を入れてはいたが、出すのを忘れていたらしい。

「じゃあ、詩織は進学しないんだ?」

 再度、お茶の準備をしながら、瞳がキッチンから問い掛けてきた。

「はい」

「学校には、バンドのことを言ってるの?」

「いいえ。学校には秘密にしてます。だから、担任の先生には、進学しないのは、『父親が海外転勤の予定があって、それについていくから』って、嘘を吐いてます」

「ほんと! 詩織って嘘吐きだよね」

「ご、ごめんなさい」

「あはは、冗談だよ」

 瞳は笑顔で紅茶を持って来た。



 その後、紅茶を飲みながら、詩織は、響と瞳から質問攻めを受けた。

 プロのミュージシャンになりたい理由を訊かれた時には、アイドルだったことには触れずに、子供の頃から聴いていた父親のバンドの影響だと、少しだけ、また、嘘を吐いた。

「でも、目指す道に、もう走り出しているなんて、羨ましいよ」

「瞳さんだって、小説家になろうと頑張られているじゃないですか?」

「それはそうだけど、まだ、走り出すこともできてないし」

「この前、応募された作品は、もう発表があったのですか?」

「ううん。発表は十月になってから。出した直後は自信満々だったんだけど、読み返していると、次第に自信がなくなってきちゃって」

「そうなんですか。でも、瞳さん! 瞳さんも一緒に夢を追い掛けましょう!」

「そうだね。お兄ちゃんも頑張るって言ったんだから、私も頑張るよ」

 響も嬉しそうな顔を見せた。

「何か、張り詰めてた気持ちが落ちつくと、甘い物が食べたくなったな。私、何か買って来るよ。詩織は何が良い?」

「そんな! 良いですよ!」

「でも、詩織は、本当は甘い物が好きなんでしょ? 前に、うちに来た時に出したケーキ、あっという間に完食したもんね」

 図星に、詩織も照れるしかなかった。

「じゃあ、また、そこのケーキを買って来るよ。お兄ちゃんも好きだもんね」

 そう言って立ち上がった瞳を見て、詩織もすぐに立った。

「あ、あの、私も行きます! そのケーキ屋さんの場所も知りたいので」

 本当は、響と二人きりになるのが怖かった。

 響のことが嫌いだとか、信用していない訳ではなく、告白めいたことを言われた響と何を話せば良いのか分からなかったからだ。

「二人が行くのなら、僕も一緒に行こうかな」

 響もゆっくりと立ち上がった。

「行こうよ! お兄ちゃんも最近は、ずっと部屋に閉じこもりだったから、少しは外の空気を吸って、気分転換をした方が良いよ」

「そうするよ。桐野さん、よろしいですか?」

「はい」

 瞳が一緒にいてくれると、何も恐れることはなかった。



 瞳の腕を掴んだ響と一緒に、詩織はエレベーターで一階に降りて、マンションの玄関から外に出た。

 高級マンションだけに、その周りの敷地は小さな公園風に整備されていて、ベンチなども置かれていた。しかし、残暑厳しい日差しが容赦なく降り注ぎ、陽炎が揺らめき立っていて、人影は見えなかった。

「うわあ、暑ぅ!」

 明るすぎる日差しは目に悪いとかで、真っ黒なサングラスを掛けた響に左腕を掴まれた瞳が空を仰ぎ見ながら呟いた。

「ケーキ屋さんは、駅の向こう側にあるんだ。そこまで歩いて行ってたら焼け死んじゃうかも」

 瞳の冗談も冗談とは思えないほどの暑さだった。

「詩織もけっこう露出の多い格好だよね。日焼けしちゃうと大変だ」

 瞳が、半袖ブラウスにミニスカート、素足に編み込みのサンダルという詩織の心配もしてくれた。

「近くのコンビニにしようか? ほら、すぐ、そこにあるんだ」

 瞳が指差す先、マンションの公園風敷地の端にコンビニがあった。

 そのコンビニまで普通に歩くと一分とは掛からないだろうが、響をリードしながらなので、ゆっくりと歩いて行った。

「ねえ、詩織」

「はい?」

 瞳が立ち止まって、詩織を見た。

「お兄ちゃんと一緒に行ってくれないかな?」

 瞳は、自分の腕から優しく響の手をはずすと、「良いでしょ、お兄ちゃん?」と響に尋ねた。

「桐野さんに無理を言っちゃ駄目だよ」

 響は瞳をたしなめるように言った。

 詩織は、少し躊躇したが、すぐに「分かりました」と返事をした。

「何事も経験ですから」

 そう言って、詩織は自ら響の隣に立つと、響の右手を取って、自分の左腕を掴ませた。

 響は、男性としては平均的な身長だが、詩織もそれほど背は高くはなく、響の口元が詩織の頭の高さにあった。

「すみません、桐野さん」

「いえ、じゃあ、行きましょうか?」

「はい」

 目が悪い人をリードしながら歩く経験などしたことのない詩織に、歩くペースの合わせ方とか、方向転換をするときの注意点などを、瞳が教えてくれた。

 それに従いながら歩いていると、響が「すごく歩きやすいですよ」と言ってくれた。

 コンビニまで半分くらいの所まで来た時、後ろから複数の人が駈けて来る足音が聞こえると、 二人の男性が詩織達を通り過ぎた。しかし、その二人の男性は、すぐに立ち止まり振り向くと、詩織と響の前に立ち塞がった。

 一人は大きなカメラを持っていて、響と詩織にレンズを向けた。

 詩織は、咄嗟に顔を背けながら、右手で顔を覆うようにした。

 カメラマンは、断りもなく、シャッターを何回も切って、響と詩織の姿を写真に収めた。

「ちょっと! あんた達! 何、勝手に写真を撮っているのよ!」

 瞳がすっ飛んできて、カメラを奪おうとしたが、カメラを持った男は器用にかわして、少し後ろに下がった。そして、さらにカメラのシャッターを切った。

桜小路さくらこうじ先生ですね? 写真週刊誌フレッシュの早川はやかわと申します」

 もう一人の中年の男が、ぶしつけに名刺を瞳に差し出した。

「フレッシュの記者がお兄ちゃんに何の用ですか?」

「あなたが妹の瞳さんですね? すると、あの方は?」

 記者が、響が腕を絡ませている詩織を指差した。

「あんたらには関係ないでしょ!」

「桜小路先生のファンの女性達は、先生のことを知りたがっているのですよ。先生に、既に好きな人がいるのかどうかも」

「勝手に理屈をこねているんじゃないわよ!」

 瞳が記者の胸ぐらを掴んだが、所詮、女性の力で、あっさりと記者にはずされてしまった。

「新作が不評だったのは女性の存在か? いかがですか、先生?」

 記者が響と詩織の近くにやって来た。

「こちらの女性は、先生とはどういうご関係の方なのでしょう?」

「僕には、まだ、恋人はいません。彼女は友人です。取材には応じますから、彼女を巻き込まないでください」

 響が、詩織の腕から手を離して、詩織の前に一歩前に出るようにして、冷静に記者に対応した。

「腕を組んでいたのにですか?」

「彼女は、目が不自由な僕をリードしてくれていただけです」

「妹さんもいるのに?」

 久しぶりに見た芸能記者の情け容赦ない追及に、詩織も怖くなってしまい、響の後ろに隠れるように立ち位置を変えた。

 しかし、記者は、そんな詩織からもコメントを取りたかったようで、回り込みながら、詩織に迫って来た。

「いつから、桜小路先生とおつきあいされているのですか?」

 詩織は、記者から逃れようとして、逆に、記者の顔を見つめてしまった。

 詩織と目が合った記者は、ハッと驚いた顔を見せた。

「あなたは……、もしかして、桜井……」

「……!」

 詩織は居ても立ってもいられずに、踵を返すと、その場から走り去った。

 瞳が呼ぶ声が聞こえたが、詩織の足は止まらなかった。

 詩織は、ひたすら、池袋駅まで走った。

 途中、何度か振り返ったが、記者達は追い掛けて来てなかった。

 駅の改札を入ると、ホームのプラスチック製の椅子に腰を降ろして、肩を上下させながら息を整えようとしたが、激しい息づかいはまったく収まらなかった。

 昔の自分のことがばれてしまった。それもライブ中ではなく、こんな形で。

 早く自分の家に帰って、鍵を閉めて、閉じこもりたい!

 今は、それしか考えられなかった。

 

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