Act.068:ドリンク&ブッキング
新宿のライブハウス「アルバート」でのライブを一週間後に控えた、八月二十一日木曜日の夜。
クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバーは、今日もスタジオリハの後、奏屋に集合していた。
いつもは、どうでも良い話に終始するのだが、今日は、今度のライブの話から始まった。
「何か、主催者もあまり慣れてなくて、動きが鈍かったけど、とりあえず、アタシらがプロデビューを目指しているバンドだと言うことを力説して、やっと、最後にしてくれることになったんだ」
「途中で、詩織ちゃんのボーカルを聴かせて、後のバンドの演奏や歌を白けさせちゃったら申し訳ないもんね」
「そういうこと。まあ、最近は、プロを目指しているって、口だけは達者なバンドも多いみたいで、なかなか、信じてくれなかったけどな」
「玲音の粘り勝ちね。ご苦労様。まあ、飲みなさい」
奏が新しい缶チューハイの蓋を開けて、玲音に渡した。
「ごっつぁんです!」
もらった缶チューハイをグビグビと半分くらい飲んでから、玲音は話を続けた。
「出演バンドは六バンド。今、夏休みだから、高校生とか大学生のバンドがほとんどで、社会人のバンドも一ついる。開場は午後五時、開演は午後五時半。一バンドの持ち時間は入れ替え込みで四十分。アタシらの出番は八時五十分開始の予定で、九時三十分までということだ」
「チケットの割り当ては?」
「一バンド三万円。当日持参で良いみたいだから、とりあえず、バンドの会計から出すよ。当日券が売れれば、バックもあるかもな」
「分かった。今度のライブは、また、前回とは違った雰囲気になりそうね」
「ああ。何と言っても、ヘブンス・ゲートには、耳が肥えている固定客がいて、マスター同様にシビアな反応をしてくれる。でも、それは逆に言うと、カホのアンドロメダ・センチュリーのような、難しげな曲をやってるバンドも、演奏がしっかりしていれば受け入れてくれるってことだ。でも、今回の客は、言うなれば素人さんだ。その素人さんにどこまで受け入れられるかってことだよな」
「私達の曲は、そんなに奇をてらうこともなく、ストレートなポップやロックって感じで作ってるから、大丈夫だと思うけどね」
「アタシもそう思う。だけど、そう思っているのは、アタシ達だけで、実は、自己満足的な曲作りに陥っているかもしれない。そこを確かめることができるような気がするんだ」
「そうかもしれないわね」
今夜も、いつもどおり、玲音と奏の二人の会話となっているが、詩織と琉歌も自分達の意見がない訳ではなく、玲音と奏の話す内容が自分達の考えと一致しているから、口を挟む必要がないだけだった。
「それと、奏がご所望の九月と十月のライブだけど、何となく見通しが立ってきたぜ」
「さすが、玲音ね! ヒラメ並みに顔が広いのは伊達じゃないわね」
「ふっ、もっと褒めてくれても良いんだぜ」
「良いから、早く言いなさいよ! ちょっと褒めると、すぐこれだ」
「良いじゃんかよ。まあ、あまりじらすと奏が怖いんで話すけど、まず、九月十三日の土曜日に、横浜にある『異人館』というライブハウスで予定されている合同ライブに出演予定のバンドに知り合いがいるんだけど、今、メンバー間の諍いでバンドの状態が最悪なんだと。できれば出演をキャンセルしたいけど、この時期なので無理矢理にでも出演するしかないって言ってるのを聞いたんだ」
「代わりに出演しようかって、そのバンドにこっちから申し出るつもりね?」
「そういうこと。アタシの知り合いもそうしてくれるとありがたいって言ってて、人助けを兼ねて出演するってことさ」
「良いじゃない。私は賛成!」
詩織と琉歌も賛成をした。
「よし! これで九月は決まったな。十月はさ、ちょっと遠くて、山梨である野外フェスで、今、出演者絶賛募集中なんだよ」
「野外かあ。秋だし気持ち良さそうね」
「だろ? ただし、これはテープ審査の選別があって、その締め切りは八月末だ」
「本番は十月のいつなの?」
「十二日と十三日の連休だよ。朝の十時から夜の十時までの十二時間、ぶっ通しでステージがあるんだ」
「そうすると、何バンドくらい出られるの?」
「ステージが第一、第二、第三の三つあって、第一ステージには、けっこう有名どころのプロが出て、第二ステージには中堅どころとか新人バンドが出るみたいなんだ。出演募集をしているのは、第三ステージだけで、一バンドの持ち時間は入れ替え込みで一時間だ。だから、一日に十二バンド、二日で二十四バンドという狭き門だよ」
「でも、一時間も野外でやれるなんて素敵じゃない! 絶対、チャレンジしましょう!」
「私も野外でしてみたいです。ライブハウスより思いっ切り叫べそうです」
「そうだよな。琉歌も良いか?」
「良いけど、何で行くの~?」
「ああ、えっと~、電車にしようか」
「だったら行く~」
「誰かに車を出してもらった方が良いんじゃない? 野外コンサートができる所なら、駅からけっこう離れているだろうから、楽器を運ぶのに苦労すると思うし」
「ま、まだ、受かった訳じゃないから、受かってから考えようぜ」
玲音が、いつになく焦っているように見えた。また、何か、琉歌のことを庇っているかのような気がしたが、詩織も二人を追及することはしたくなかった。
「それもそうね。捕らぬ狸の皮算用だったわね」
「とにかく、テープ審査には応募するということで良いか?」
「もちろん!」
「それじゃあ、どの曲を送ろうか?」
既にオリジナル曲のほとんどは、ちゃんとした録音をしていて、CDに落とした音源は用意できていた。
「そうね。ロクフェスだったら、しんみりとするバラード系よりは、元気の良い曲の方が審査員の受けも良いのかもしれないわね」
「それもそうだな。じゃあ、『シューティングスター・メロディアス』か、『ロック・ユー・トゥナイト』か?」
「そうね。詩織ちゃんと琉歌ちゃんは?」
「ボクは、『シューティングスター・メロディアス』に一票~!」
「じゃあ、詩織ちゃんは?」
「そうですねえ……、うん! 私も『シューティングスター・メロディアス』が良いと思います」
「じゃあ、決まりね」
「よっしゃ! じゃあ、早速、明日にでも申込みをしておくよ。ちなみに演奏風景を映した映像を提出しても良いことになってて、そっちの方が、絶対、インパクトが強いと思うから、また、椎名にPVを撮ってもらって、追送しようぜ」
「そうだね。でも、楽しみね。野外は、私もしたことがないな」
「アタシと琉歌は、もっと、こじんまりとしたステージだったけど、一回だけ、したことあるんだ。でも、大雨でさ」
「あの時は疲れたね~」
「それ、玲音が雨女ってことじゃないの?」
ここぞとばかり、奏が玲音をいじってきた。
「何でアタシが雨女なんだよ?」
「普段の行いが悪いもんね」
「それを言うなら、奏の男運の悪さに、天が涙したんだろうな」
「私の男運は、あんたのライブに関係ないでしょ!」
「大丈夫ですよ! 私は、すごい晴れ女なので!」
玲音と奏の言い争いはレクレーションに近いのだが、詩織は、いつもハラハラして、仲裁するように割って入っていった。
「詩織ちゃんのパワーに、今回もきっと晴れてくれるわよ」
「いやいや、だから、まだ、出演が決まってる訳じゃないから。でも、気持ちだけは出演するって思ってようぜ」
「そうね。それで、第一ステージに出るプロの人って、どんな人がいるの?」
「ああ、ちょっと待って」
玲音は、自分のスマホをいじりだした。自分達が出演できるかどうかで精一杯で、そこまで調べていなかったのだろう。
「ええと、いろいろ出ているな。アタシも知らないバンドもいるけど、けっこう有名なバンドも出てるぜ。ホットチェリーも出るみたいだし」
「本当ですか!」
詩織が過敏に反応した。
何と言っても、ホットチェリーは、詩織の大好きなバンドで、詩織がバンドをしたいと思いだした、きっかけとなったバンドだ。
「実は、ホットチェリーのコンサートには行ったことがなかったので、絶対、行ってみたいです! 自分達が受からなくても、見に行きたいです!」
「だから、絶対、受かるって思ってようぜ! あとは、ホットチェリーと演奏時間と自分達の演奏時間がダブらないように祈ってさ」
「そうですね。はい! 同じ出演者として見られたら最高ですよね!」
午前零時が近づくとお開きになり、夏休み中の詩織は、そのまま、奏の家に泊まることにして、家に帰る玲音と琉歌を見送った。
「詩織ちゃん、先にお風呂に入ってらっしゃい! 私、その間に後始末をしてるから」
「いつもすみません、奏さん」
「良いって。こうやって、みんなと話をしてると、仕事のストレスとかも発散できるし、何かさ、練習の後に、この飲み会がないことはあり得ないとまで思えるようになっちゃってさ」
「私もです。クレッシェンド・ガーリー・スタイルの四人は、音楽だけじゃなくて、本当に強い結びつきで繋がってるんだなあって思います」
「そうだよね。そんな繋がりに、詩織ちゃんが誘ってくれて、本当に感謝してるよ」
「こっちこそです! 高校生の私が言ったことを信じてくれて、結成式に来てくれるかなって、正直、不安でした」
「詩織ちゃんから、いきなり声を掛けられて、びっくりはしたけど、私が行く気になったのは、運命的なものがあったのかもね」
「きっと、そうだと思います!」
「もう、詩織ちゃんに感謝の意味を込めて、お風呂で背中を流してあげたいけど、うちのお風呂も二人で入ると狭いからねえ」
「でも、ちょっと無理したら入れますよ。後始末、私もお手伝いしますから、一緒に入りましょうよ、奏さん!」
「えっ、良いのおおお?」
「奏さん、鼻息が荒いですよ……」
「ご、ごめん! また、うちの店長代理に心の中でどや顔できると思うと嬉しくてさ」




