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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.067:ヴァーチャルなら素直になれる

 表彰式が終わり、主催者の見送りを受けながら、受賞者達が退席していった。

 玲音れお琉歌るかも、イルヤードジャパンの役員達がずらりと並ぶ前を、恐縮しながら通り過ぎて出口に向かうと、会場の隅に楢崎ならざきが立っているのが見えた。

 楢崎は、明らかに琉歌に向けて会釈をした。琉歌も軽く頭を下げて、玲音とともに会場を出て行った。

「琉歌。楢崎さんと話をしたいのなら、してこいよ」

「ううん、別に良いよ~」

「そうか。じゃあ、アタシは話があるから、ちょっと、待っててくれ」

 玲音は琉歌にそう言うと、踵を返して、一人、楢崎に向かって小走りに近づいた。

 琉歌が見ていると、玲音は、楢崎と、二言三言、言葉を交わすと、楢崎から名刺を受け取っていた。そして、楢崎に会釈をしてから、琉歌のもとに戻って来た。

「お待たせ! 楢崎さんの連絡先を訊いてきた」

 玲音が差し出した名刺には、「株式会社イルヤードジャパン 営業部第二営業課 楢崎純」とあり、余白に携帯番号が手書きで書かれていた。

「ど、どうして~?」

「ひょっとしたら、琉歌の友達になれそうだなって思ったんだよ」

「お姉ちゃんがいるんだから、友達なんて、今さらいらないよ~」

「何、言ってるんだ!」

 ホテルの広いロビーの中で立ち止まった玲音が、琉歌に怒った顔を見せた。

「琉歌! アタシはさ、昔の琉歌に戻ってほしいって、ずっと、思ってんだぞ!」

「お姉ちゃん……」

「楢崎さんは、きっと、琉歌を辛い思いから解き放してくれる。そんな人のような気がするんだ」

「……」

「理由はよく分からない。でも、琉歌が、ちゃんと話ができただけでも、楢崎さんは特別なんじゃないか?」

「……」

「でも、琉歌が嫌がっているのに、無理矢理、くっつけようとまでは思っていないから心配すんな。飽くまで、琉歌がその気になってからのために、連絡先を訊いただけだから」

 いつも真剣に琉歌のことを心配してくれる姉には、嘘は吐けなかった。

「楢崎さんの連絡先なら、もう知ってるよ~」

「マジで?」

「ゲームの中でだけど~」

「楢崎さんもイルヤードをやっているのか?」

「うん。イルヤードが好きすぎて、今の会社に入ったんだって~」

「そうなのか。それじゃあ、ゲームの中で、お互いに連絡が取れるってことか?」

「えっとねえ、はっきりとそうだと確かめてはいないけど、中の人が楢崎さんだろうなって思うアバターさんとフレンドになってるんだ~」

「楢崎さんも琉歌だと分かってるのか?」

「楢崎さんは知らないと思う~」

「でも、ゲームの中で、楢崎さんとおぼしき人と話はできるんだな?」

「うん」

「そっか。分かった。とりあえず、この名刺はアタシが預かっておくよ。ゲームの相手が楢崎さんなら良いな」

「うん」

 玲音は楢崎の名刺をバッグに仕舞ってから、琉歌に優しい顔を見せた。

「琉歌。さっきは少し強く言っちまったけど、焦る必要はないからな。琉歌のペースで、つきあっていけば良いからさ」



 表彰式があった日の夜。

 琉歌は、いつもどおり、イルヤードにログインした。

 琉歌のアバター「ルカ」は、所属する戦闘集団クランである「猫まん」の本部に入った。

 常連の仲間達が入れ替わり立ち替わり、ルカに挨拶をしてきた。「猫まん」でも主力の剣士ルカは、今日も人気者だ。

『おっ! ナランさんだ!』

 仲間のチャットで、本部にナランが入って来たことが分かった。

『どうも、こんばんは』

 ナランは、ハイスペックな能力を誇る魔術師で、その中の人は楢崎だ。

 もっとも「猫まん」のメンバーで、そのことを知っているのは、琉歌だけだろう。

『ルカさん、お久しぶりです』

 ナランがルカに挨拶をしてきた。

『おひさです』

『ルカさん、ちょっと良いですか?』

 ナランはそう言うと、少し離れた場所にあるベンチに向かった。

 ルカもその跡をついていき、ナランと並んで、ベンチに座った。

『ちょっと、内緒の話があるんです』

 特定の相手とだけチャットができる「ささやきモード」で、ナランが話し掛けてきた。

『何ですか?』

『ぶしつけな質問で恐縮なんですが、ルカさんとは、今日の昼間、お会いしましたか?』

『はい』

 琉歌は、中の人が自分だと分かってくれたのが何となく嬉しくて、すぐに認めた。

『やっぱり。名前も一緒でしたし、何となく、アバターの雰囲気も似ているなとは思っていたんです』

『ごめんなさい』

『はい?』

『拡大オフ会の時、イルヤードの垢を持ってないって嘘を吐いて』

『いえいえ、僕だって、初対面の人に何もかも正直に話すことはしませんよ。だから、ルカさんが謝る必要はありません』

『ありがとう』

 画面のナランとルカは、ベンチに並んで座って、まるで恋人が仲良くおしゃべりをしているように見えた。

 しかし、リアルの楢崎を目の前にしては、こんなに話すことなどできないはずだ。

 これまでずっと遊んできたゲームの中で、文字を介して話をしている状態だからこそ、琉歌を能弁たらしめているのだろう。

『ボクは、実際に知っている中の人と、こうやってゲームの中で話をするのって初めてで、何だか、ちょっと新鮮です』

 琉歌が正直な気持ちを伝えた。

『僕もそうです。実は、僕は、ずっとゲームオタクで、リアルでは、女性とこうやって二人きりで話をしたことはないんです』

 楢崎もいきなりのカミングアウトをした。

『でも、拡大オフ会の時には、ちゃんと話をしてくれましたけど?』

『あれは仕事だったからです。自分の大好きなイルヤードのことを、もっと多くの人に知ってもらいたいって思っていますから』

『ナランさんは、本当にイルヤードのことが好きなんですね』

『ええ! ルカさんもでしょ?』

『もちろんです! それで』

 そこで、琉歌はキーボードを叩く手を、一旦、止めたが、すぐに続きを打った。

『ボクも男の人と話をするのが苦手なんです』

『実は、拡大オフ会でお会いした時に、そんな雰囲気だったのは分かりました。でも、それで逆に、僕は、落ちついて話をすることができたんです。女性ぽくない雰囲気でもあったですし』

 漫画の吹き出しのような形のチャットは、そこで一旦、区切られたが、すぐに続いた。

『すみません! けっして、ルカさんが男性のようだと言っている訳ではないです!』

 画面の向こう側に、汗をかいている楢崎の姿が見えて、琉歌も少し笑ってしまった。

『ボクは、化粧もしてないし、女の子らしくすることが嫌なので、ナランさんが言ってることは間違ってないですよ』

『女の子らしくするのが嫌なんですか?』

『はい。変でしょ?』

『いいえ! さっきも言いましたけど、僕は、むしろ、女性的な雰囲気をプンプンさせている人の方が苦手ですから、ルカさんのような人の方が良いです!』

『昔、女性に虐められていたんですか?』

『さすがにそれは(笑)。僕も女性とプライベートで話すことに慣れていないんです。だから、ルカさんにお願いがあるんです』

『何でしょう?』

『こうやって、イルヤードの中で、これからも、ルカさんと二人で話をさせてほしいんです』

『ボクと話して、リアルの女性と話ができるように、練習をするってことですか?』

『違います! ルカさんと話がしたいんです! 本当は、リアルのルカさんと話をしたいですけど、二人きりで会っても、プライベートな話だと緊張して、全然、できない気がします。だから、せめて、イルヤードの中で話をさせてください!』

 まるで告白のようなナランの言葉チャットに、琉歌も返事に困ってしまった。

 しかし、よく考えれば、今の自分も同じだと思った。

 琉歌だって、リアルで男性と話をすることは苦手だ。イルヤードの中だけでも、中の人が男性だと分かっているナランとこうやって話をしていると、少しは苦手意識がやわらぐかもしれない。

 そして、「昔の琉歌に戻ってほしい」という姉の言葉。

 姉は、あの出来事には、できるだけ触れないようにしてくれていた。だから、琉歌が女の子らしくすることを、口やかましく言ってこなかった。

 唯一、月に一回、美容院に連れて行かれて、髪を金髪に染めて、綺麗にカットすることだけは約束させられていた。

 あの出来事まで、姉を真似て黒髪ロングにしていたが、あの出来事の後、できるだけ自分を変えたかった琉歌は、長い髪をばっさりと切って、髪を金色に染めた。自分がやり始めたことだから、嫌だと言うことはできなかった。

 楢崎は、琉歌の恋人だった直人なおとに似ていた。

 拡大オフ会の時に、初めて会った時からそう思っていたが、姉に指摘されるまで、できるだけそう思わないようにしていた。辛い想い出がフラッシュバックしてきそうで怖かったからだ。

 しかし、直人に似てはいるが直人ではない、楢崎の人懐っこい笑顔しか頭に浮かばなかった。姉が言ったみたいに、もう、神様は琉歌を許してくれているのかもしれなかった。

『ボクで良かったら、話し相手になります』

『本当ですか! ありがとうございます』

『こっちこそ、よろしくです』

『ルカさんは、毎日、ログインされているんですか?』

『はい! バンドをしてるニートですから!』

『そうなんですか(笑)。僕は、月曜から金曜までは仕事で、夜は十時以降であればログインできるはずです』

『分かりました。じゃあ、十時くらいには狩りに行かないようにします(笑)』


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