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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.066:晴れやかな席で

 八月の第二週目。

 桜小路さくらこうじひびきの期待の新作「君を抱いているのは誰?」が、ついに発売された。

 しかし、発売直後の書評は、どれも良くなかった。

「これまで見られていた登場人物の心理に対する深い考察が見られない」

「ストーリーはこれまでよりも明快で分かりやすくなっているが、その反面、内容が薄っぺらい」

「これが盲目の作家の限界なのか?」

 辛辣な言葉が並んでいた。

 人気作家の新作ということで、最初こそ「キミダレ」と愛称も付けられ、好調な売れ行きを見せた「君を抱いているのは誰?」だったが、書評が影響したのか、あるいは書評どおりの出来でしかなかったのか、すぐに勢いは止まり、どこの書店でも在庫が山積みになっている状態であった。

 詩織しおりも、早速、買って読んでみたが、「恋人たちの風」を読んだ時に感じた衝撃のようなものが、今回はまったく感じられずに、書評もあながち間違いではないのかもと思ってしまった。

 そして、響とひとみは、この状況をどう感じているのだろうと心配になった。

 特に、兄が人気作家であることが自分の存在意義にすらなっている瞳は、相当、ショックを受けているのではないだろうか。

 しかし、夏休みの今、学校で気軽に会えないし、アドレスは知っているが、詩織の方から連絡をすることは、響の新作の出来を、詩織自身が否定するような気がして、できなかった。

 それに、瞳は、何かあったら、詩織に相談をさせてもらうと言っていた。瞳のことだ。本当に相談をしたいくらい悩んでいるのなら、変な遠慮などせずに、詩織に連絡をしてくるはずだ。

 そう考えて、詩織は、二人のことを心配しつつも、向こうから連絡が来てから、力づけようと考えた。



 そして、八月十五日。

 この日は、MMORPG「イルヤード」の、この秋の大規模アップデートに併せて募集されていたオープニングテーマ及びイベントクリアテーマの受賞作品に対する表彰式が執り行われることになっていた。

 表彰式は、都心にある最高級ホテルで行われることになっていたが、招待状には「軽装でけっこうです」と記載されていて、玲音れおもドレスではなく、大好きなブランドの黒のカットソーとパンツという格好で、琉歌るかに至っては、いつものアニメ柄Tシャツにオーバーオールジーンズという格好だった。

 それでも、会場入り口で止められることなく、中に入ると、結婚式場のように、白いテーブルクロスが掛けられた丸いテーブルが六卓あるだけの、思ったより、こじんまりとした会場であった。

「案内係」と書かれた腕章を付けたイルヤードの社員に案内されて座ったのは、ステージの真ん前にあるテーブルで、どうやら、そこは受賞者がまとまって座る席のようだった。

 金賞受賞者が座っているはずの一番上座に当たる席には、チェックの半袖シャツにジーパンというカジュアルな服装で、無造作に伸びた長髪に、生気のない顔をした痩せた男性が座っていて、見るからに、一人で黙々とデスクトップミュージックをしていそうであった。

 銀賞受賞者も、二人の佳作受賞者も、ぱっとしない身なりの男性で、その中に女性の玲音と琉歌が座っていると、目を引かれるのは仕方がなく、特に、玲音は「掃きだめの中の鶴」状態であった。

 定刻になり、表彰式が始まると、初めに、イルヤードジャパンの偉い方々の挨拶があり、それから表彰状授与となった。

 金屏風が立てられたステージ前にカメラマンが集まると、まず、金賞受賞者から順番に名前を呼ばれ、ステージで表彰状と副賞を受け取った。その後、司会から簡単なインタビューがあり、その間も、カメラのフラッシュが休みなく焚かれた。

 同じように、銀賞、佳作の二作の表彰が行われた後、司会が座席の玲音の顔を見ながら、告げた。

「最後の佳作作品! 『夢に羽ばたく翼』! 作詞作曲、桐野詩織、藤井奏、萩村玲音、萩村琉歌! 以上、代表! 萩村玲音様!」

 玲音は、すくっと立って、ステージに上がった。

 琉歌も一緒にステージに上がろうと玲音に勧められたが、琉歌は固辞した。琉歌は、テーブルに残り、ステージに上がった玲音を眩しそうに見つめた。

 さすが、玲音は、緊張することなく落ちついた所作で、表彰状と副賞を受け取った。

 カメラマン達も、この美しい受賞者をカメラに収めるべく、他の受賞者よりも多くのフラッシュが焚かれた。

 司会の男性が、玲音にマイクを向けた。

「受賞おめでとうございます!」

「どうもありがとうございます!」

「この曲の作者として、今、ステージに上がられている萩村玲音さん以外に三人のお名前がありましたが、この方々はどういう方々なのでしょう?」

「その四人は、クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドのメンバーで、今回の曲もバンドとして作り、応募したものです。萩村琉歌はアタシの妹で、一緒に来ていますが、他の二人は所用があって、今日は残念ながら欠席させていただいています」

「なるほど。その、ク、クレ……」

「クレッシェンド・ガーリー・スタイルです」

 けっこう長ったらしい名前を、司会者もすぐに憶えることができなかったようだ。

「失礼しました。クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドは、どういう活動をされているのですか?」

「今年の四月に結成したばかりですが、メジャーデビューを目指して活動中です」

「すると、今回の受賞は良い影響を与えてくれそうですね?」

「はい! 少なくとも、アタシ達の音楽が一定の評価を受けたということで、自信につながりました」

「そうですね。これから、そのバンドのますますのご活躍をお祈りします! 佳作受賞者代表、萩村玲音さんでした!」

 琉歌も拍手をする中、玲音が席に戻ってきた。

 途中で、係の女性が近づき、表彰状と副賞を袋にまとめてお渡しすると言われ、玲音は、ステージでもらった表彰状と副賞を女性に手渡した。

 玲音が席に着いたことを確認した司会が、「それでは、これより受賞披露パーティーを開始させていただきます。乾杯の発声は、イルヤードジャパン専務取締役門脇が務めさせていただきます」と告げた。

 会場の隅に待機していたウェイターやウェイトレスが一斉にテーブルに近づいて、シャンパングラスにシャンパンを注いでいった。その炭酸が抜けきってしまうのではないかと心配するくらいの時間、挨拶が続いたが、やがて、乾杯がされて、宴は始まった。

 フランス料理のコースのようで、すぐに前菜が出て来たが、玲音と琉歌が見たこともないような料理だった。

「お姉ちゃん、これ、何だろう~?」

「何だろうな。でも、美味そうだから何でも良いさ」

「本当に美味しそうだね~」

「おシオちゃんと奏も分もしっかりと味わって食べようぜ」

 玲音と琉歌は二人でグラスを合わせた。



 玲音と琉歌のちょうど正面に座っている金賞受賞者に、係の女性から大きな手提げ紙袋が渡されていた。賞状を入れる筒が見えていたから、先ほど受賞した表彰状と副賞などがまとめて入れられているようであった。

「失礼します。萩村様」

 玲音と琉歌が後ろを振り向くと、二人の間に一人の背広姿の男性が、同じような紙袋を持って立っていた。

「あっ」

 琉歌が小さく声を上げた。

 そこにいたのは、楢崎ならざきだった。

「あっ! ど、どうも!」

 楢崎も琉歌を憶えていたようで、驚いた顔を見せた。

「琉歌、誰だ?」

 ずっと引きこもりだった琉歌の知り合いで自分の知らない者はいないと思っているはずの姉が、不思議そうな顔をしているのが分かった。

「あ、あの、イルヤードジャパンの楢崎と申します。先ほどの賞状と副賞、そして記念品をまとめた袋をお持ちしました」

 琉歌に対する問いに答えた楢崎が、玲音に紙袋を差し出した。

「あっ、どうも。それで、琉歌とはどこで?」

 玲音が、琉歌と楢崎を交互に見ながら訊いた。

「拡大オフ会にいらっしゃっていて、その時に、少しお話をさせていただきました」

 楢崎が、交際相手の親にでも会っているように、緊張しているのが分かった。

 琉歌は、今年も「拡大オフ会」に行ってくることは姉に伝えていたが、前回は、誰とも話さずに会場を見て回っただけだったと姉に話していたし、きっと、今回も同じだろうと姉が思っていてもおかしくはなかった。

「話をしてもらえて良かったな」

 玲音が穏やかな顔で琉歌に言った。琉歌のすべてを知っている姉だからこそ言える台詞だった。

「でも、まさか、音楽をされているとは思いませんでした」

 楢崎が玲音を見ながら言った。

 本当は、琉歌の方を眺めていたいけど、あえて、玲音の方を見ている気がした。いや、それは、単なる琉歌自身の願望なのかもしれなかった。

「琉歌は、アタシの妹で、一緒にバンドをやっているんですよ」

「琉歌さんとおっしゃるんですね……。もし、ライブをされる予定があるのなら、ぜひ、見に行きたいです」

「大歓迎っすよ! クレッシェンド・ガーリー・スタイルという名前でツイッターも立ち上げていて、ライブの予定なんかも呟いているので、暇なときにでも覗いてみてください」

「分かりました。あっ、すみません、いろいろと話し込んでしまって。どうぞ、ごゆっくり、お楽しみください。弊社の役員達も順番にご挨拶に伺いますので」

 そう言うと、楢崎は深くお辞儀をして、テーブルから離れていった。

 その後ろ姿をしばらく眺めてから、玲音が琉歌を嬉しそうな顔で見た。

「琉歌。楢崎さんとは、どうやって知り合ったんだ?」

「えっと、ゲームのアップデートの説明をしてあげるって、楢崎さんの方から声を掛けてくれて~、それで~」

「ふ~ん。それで、いろいろと話ができたんだな?」

「うん。大好きなゲームのことだったから~」

「そうか。良かったな」

「うん」

 どういうシチュエーションであったとしても、琉歌が、他人と、それも男性と話ができたことが、玲音も嬉しかったようだ。

「なあ、琉歌」

「うん?」

「楢崎さんさあ、ちょっと、直人なおとに似てるよな」

「……」

 実際に、琉歌もそう感じていた。だから、話ができたのだろうか?

「これはさあ、もう、神様も琉歌を許してくれてるんじゃないのかな?」

「……分からないよ~」

「アタシは、そう思うぜ」

「……」

 琉歌は何も言えなかった。

 高校一年の秋。あれから六年以上の歳月が過ぎている。

 昔は夢にも出て、よく、うなされたものだったが、最近は、バンドのことも前に前にと進み出して、忘れていることが多くなった。

 楢崎は、そんな時に、琉歌の前に現れたのだ。


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