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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.065:快進撃の始まり?

 八月一日。金曜日。

 この日は、五月末で応募が締め切られた、MMORPG「イルヤード」のオープニングテーマ及びイベントクリアテーマの受賞曲が発表される日だった。

 オープニングテーマに採用される金賞受賞曲一曲、イベントクリアテーマに採用される銀賞受賞曲一曲、そして佳作三曲が、イルヤードのホームページ上に掲載されているはずだ。

 琉歌るかは、自宅のパソコンの前に座り、ドキドキとしながら、そのページを開いた。

 金賞、銀賞と他人の曲が表記されていたが、少し画面をスクロールさせて、佳作三曲を見ると、その中にバンドのメンバー四人の連名で作った「夢に羽ばたく翼」があった。

 琉歌は、声にならない叫び声を上げて、しばらく画面を見つめていたが、我に返ると、すぐにメンバーにラインで受賞したことを伝えた。

 琉歌のコメントに「既読1」が付くと、夏休みで家にいるはずの詩織しおりから、「やりました! うれしいです!」とのコメントが返ってきた。

 玲音れおかなでは仕事中のはずで、すぐにコメントは入らないだろうと思っていたら、十分もしないうちに玲音から、「今夜は祝杯だ! 奏屋に九時集合!」と、部屋の主の承認も取らずにコメントが入った。

 昼頃、当の奏からも、玲音に対する文句のコメントが入った後、「九時までには用意しておくから」と、結局、宴会を承諾するのだった。



 そして、その日の夜。

 昨日の木曜日、スタジオリハ後に集まったばかりなのに、連日、奏屋に集合したメンバーは、早速、祝杯を挙げた。

「金賞、銀賞じゃなかったことは残念だけど、ベスト五の中に入れるなんて、上出来じゃない?」

 ファーストライブの大成功に続くバンドの快進撃に、奏も気分が良さそうだった。

「だよな。応募総数は分からないけど、動画サイトだって、毎日あれだけの数のオリジナル曲がアップされているんだから、いかにゲームのテーマ曲だって言っても、けっこうな数の応募はあったはずだよな」

「そうね。それで、せっかくの受賞なんだから、バンドの営業にも生かさないとね」

「そこは、公式ツイッターで呟こう! おシオちゃん、よろしく!」

「分かりました」

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルの公式ツイッターでは、バンドの予定はもちろん、毎日のちょっとした出来事を、詩織が感性溢れる言葉で呟いていて、今では二百人近いフォロワーができていた。クレッシェンド・ガーリー・スタイルに初めてできたファンとも言えた。

「それで、授賞式とかあるの?」

「八月十五日金曜日の午後一時から、インペリアルホテルでやるんだって~」

 奏の問いに、琉歌が答えた。

「本当に? すごいじゃない!」

「宴会もあるらしいよ~。もっとも、ボクらが払ったゲーム課金が会場代になってるんだろうけど~」

「じゃあ、琉歌ちゃんが出席すれば、少しは元が取れるんじゃない?」

「えっ、ボクが行くの~?」

「私はその日、仕事だし、玲音も金曜日はバイトでしょ? それに詩織ちゃんをそんな場所に出す訳にもいかないし。自分の好きなゲームのことだし、琉歌ちゃんが行けば良いんじゃない?」

 奏には悪気はなかったのだろうが、琉歌一人でそんな場所に立つことは無理だった。

「ちょうど、お盆の時期だし、アタシも休みを取るから、琉歌、一緒に行こうぜ」

 困ってしまった琉歌を助けてくれたのは、やはり、姉だった。

「うん! お姉ちゃんとなら行く~」

 大好きなゲームのこととはいえ、かしこまった席に行くのには二の足を踏んでいたが、姉が一緒なら行ってみたかった。

「じゃあ、詩織ちゃんと私も分もご馳走を食べてきてよ」

「言われるまでもないさ。美味い酒も浴びるように飲んでくるぜ」

「華やかな席で醜態だけは晒さないようにね」

 もっとも、玲音の酒の強さを知っている奏は、本当に心配しているようではなかった。

「それで、せっかく集まったんだから、今後のことも話しておきたいんだ。今日、いろいろと情報が入手できたからさ」

 玲音がみんなを見渡しながら言った。

「まず、ライブのことな。実は今日、カホから電話があって、十一月十二日の水曜日に、ヘブンズ・ゲートで四バンドの合同ライブをやる企画を立てて、今、出演バンド募集中なんだって。速攻で出るって言っちまったけど良かった?」

「もう、返事しちゃってるんでしょ?」

 奏も呆れ顔で言ったが、誰からも玲音を責める声は出なかった。

「でも、カホさんのバンドも、積極的にライブの企画をしてるんですね?」

 詩織が言ったとおり、ファーストライブも、カホのバンドのリーダーが企画したものだった。

「いや~、カホがやってるアンドロメダ・センチュリーってバンド、ライブの時に、みんなも聴いたと思うけど、どう考えても玄人受けする音楽で、なかなか、一般のお客さんには理解されにくいみたいでさ」

 アンドロメダ・センチュリーは、二人のキーボーダーが複数台のシンセサイザーを駆使して、ジャズやフュージョン、クラシックの要素を取り入れた幻想的な音楽をしており、確かに、難解な曲調で素人受けするような曲ではなかった。

「だから、単独ライブは諦めて、常に合同ライブを企画してんだと」

 玲音の説明に、みんな、納得したようだ。

「水曜日は、私はちょうどお休みだけど、詩織ちゃんは学校があるよね?」

「お休みしちゃいます。学校の授業より、私にとっては、将来のためになることですから」

「それもそうか。ずる休みじゃないよね」

 少し強引な理由付けであったが、詩織の将来のためになることは確かだ。

「じゃあ、次は十一月かあ。ちょっと、間が空いちゃうわね」

 少し残念そうな顔をした奏に、玲音が楽しげな顔を向けた。

「そうなんだ。そこでさ、ヘブンズ・ゲートにこだわらないで、あちこちのライブハウスの情報も集めてみたんだ」

「どうだった?」

「ヘブンズ・ゲートと違って、いわゆる完全趣味のバンドさんの合同ライブが数多く予定されてて、なかなか潜り込める隙がなかったんだけど、新宿のアルバートっていうライブハウスで今月二十八日の木曜日の夜に企画されているライブに穴が空いてるって話があって、ライブハウスに確かめてみると、まだ、その穴は埋まっていないようなんだ」

「そこに出るってこと?」

「対バンには、学生バンドもいたりして、本当に趣味のバンドばかりが出演予定らしい。そこにアタシらが出て、吉と出るか、凶と出るかってとこだよな」

「そんなライブに私達が出て、他の出演バンドさんのご迷惑になることはないんでしょうか?」

 世間に少しでも注目されるように、個性や技術を競い合う、プロを目指しているバンドのライブとは違い、普段の練習の成果を発表する「発表会」的な雰囲気で、観客も出演するバンドの友人や関係者に限られているはずだ。そんなライブに自分達が出演することで、そこで繰り広げられるはずの和気藹々とした雰囲気を壊したりしないだろうかと、詩織も心配になったようだ。

「だから、出演の順番を最後にしてもらうように提案してみるさ」

「でも、それじゃあ、私達の出番の頃には、ほとんど、お客さんはいないんじゃない?」

 客も自分達が応援するバンドを見たら、すぐに帰ってしまう人が多いだろう。

「その可能性はあるな。でも、客が一人もいなくても、ステージで演奏できることは違いないだろ? 自分達だけで盛り上がっても面白そうじゃねえか」

「それもそうね。観客がどんなに少なくても、ステージでは百パーセント燃焼が、私達のモットーだったわね」

「そういうこと! どうよ?」

「私は出演に賛成よ。あと二十日くらいしか日はないけど、まあ、今の勢いは止めたくないもんね」

 詩織と琉歌も奏の意見に賛成した。

「よっしゃ! じゃあ、それも申し込んでくるぜ! へへへ、こうやって、ライブの予定がどんどんと埋まってくると、何かウキウキしてくるよな」

「八月と十一月か。できれば、九月と十月にもライブしたいわね」

「おっ、奏さん、積極的じゃん」

「あんただってそうでしょ?」

「もちろん! 実は、東京の郊外とか、横浜辺りのライブハウスの情報も集めてるんだ。九月と十月にも良い話があったら、即、みんなに伝えるから」

「お姉ちゃん、楽しそうだね~」

「おおよ! 今までずっと停滞していたことが、ぐんぐんと前に進み出したからさ。楽しくて仕方ないぜ」

 姉が嬉しそうだと、琉歌も嬉しかった。

「今のアタシのビジョンだと、単独ライブは来年の二月くらいかなあって思ってるんだ。それまでには、三十曲くらいは曲ができそうだし、三年生のおシオちゃんも卒業間近で、時間に余裕が出てきているはずだしね」

「その頃が、私達の勝負の時になるってことね?」

「そういうことだな」

 奏の言葉に、玲音も表情を引き締めた。

「そこでの結果次第で、榊原さかきばらさんの世話になるかどうかを決めて、なるとなれば、一気にプロデビューだ!」

「でも、プロデビューはゴールじゃないわよ。むしろ、スタートライン」

「分かってるよ。でも、一つの到達点には違いないだろ?」

「その時、きっと、また、ここで宴会するよね~」

「違いないや」

 琉歌の予想に、みんなが大笑いをした。

「そういえば、榊原さんから連絡はあったの?」

 笑いが収まってから、奏が玲音に訊いた。

「うん、まあ、これからよろしくって、電話があったけど、会う約束まではしなかった。すぐに只酒に誘ってくれるかと楽しみにしてたのにさ」

「あんたねえ……」

「やっぱりさ、榊原さんは、奏のことが好きだったんだよ。でも、アタシは榊原さんのストライクゾーンからはずれてて、純粋に営業として会うだけなんだろうな」

「だから、榊原さんには奥様もお子様もいらっしゃるの! いくら素敵な人でも、そんな人は私の恋愛の対象外だから!」

「奏って、意外に真面目だよな」

「意外って何よ、意外って! 玲音だって、不倫をする男は嫌いって言ってたでしょ」

「もちろん。でもさ、その結婚が単なる戸籍の上だけで、実際は独身みたいな時にはどうよ?」

「それは不倫にならないってこと?」

「まあ、アタシだって、奏ほど人生経験が豊富じゃないから、実際、そんなことがよくあるのかどうかは分からないけど」

「人を年寄りみたいに言わないで! でも、あるみたいよ。夫婦の関係は壊れているけど、子供のために離婚しないとか」

「仮面夫婦みたいな?」

「そうね。離婚の話し合いをしているけど、慰謝料とか子供の親権とか養育費のことでもめているとか、あるいは、世間体を気にしてとか」

「マジ詳しいっすね、奏さん? 実体験?」

「違います! でも、友人とかから、そんな相談を受けたことは何回かあったけどね」

「奏の友達で別れた人って、けっこう、いるのか?」

「何人かはいるわね。学生時代に大恋愛して、卒業するとすぐに結婚した友人がいたんだけど、その子は一年もしないうちに別れちゃったの。話を聞くと、一緒に生活をし出すと、相手の見えなかった一面が見えてきて、その中に、どうしても我慢できないことがあったんだって」

「その人達は同棲もしてなかったのか?」

「もちろん、してたわよ。でも、学生時代の同棲と違って、社会に出て結婚したとなると、親戚、近所、会社といろんなしがらみがお互いにできて、同棲していた時には気づかなかったことも、いろいろと気になりだすんだって」

「そんなもんなのかねえ」

「だから、早く結婚したからって、幸せになれるとは限らないってことよ」

「達観してるな」

「以前は、負け惜しみにしか聞こえなかった台詞だけど、今は、けっこう真理だなと思ってる。まあ、私にもそんな考え方ができる余裕ができたってことかな」

「じゃあ、もう、結婚なんて考えずに、アタシと一緒に、一生をバンドに捧げようぜ!」

「そ、そういう考えも良いけど、できれば、一回はしてみたいかな」

 とことん、自分を追い詰めない奏であった。


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