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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.061:クールダウンの夜

 ファーストライブが終わったその夜、メンバーは奏屋で打ち上げをすることにした。

「気分が良いから私がおごる!」と豪語したかなでは、帰り道の途中にあるが、普段は滅多に入ることがないという高級スーパーで高級総菜を買い込み、玲音れおもコンビニでいつもの一・五倍の量の缶チューハイを買い込んで、奏の部屋に行った。

「ファーストライブ大成功を祝して乾杯!」

 リーダーの玲音の音頭で、祝宴は始まった。

 詩織しおりの涙腺もとりあえず閉まって、今は初ライブを成功裏に終えたことの喜びで満ち溢れていた。

「いや~、気持ち良かったぜ」

「本当ね。詩織ちゃんの歌を初めて聴いた時の観客の表情を見て、どうよって、心の中でドヤ顔しちゃったわよ」

「ははは、分かる分かる! アタシも『おそれいったか! 皆の者、頭が高い!』って思わず言いそうになったぜ」

「いや、それはどうなのよ」

「皆さんの演奏の方がすごかったですよ」

 玲音と奏に持ち上げられて照れた詩織が、少し話を軌道修正した。

「ラスト、奏さん、少し変えてましたよね?」

「ごめん。さすがに私も熱くなっちゃって、アドリブかましちゃった。でも、みんな、それにすぐ、ついてきてくれるだもん」

「あれで、アタシも『こんにゃろー! 負けてたまるか!』って燃えちまったぜ」

 ラストナンバーだった「シューティングスター・メロディアス」の大ラス、各自がソロを回して盛り上がるようにしていたが、みんながアドリブで練習の時とは違う演奏をして、それで更に火が着いて、客席と一体となって、盛り上がりすぎるほどに盛り上がったのだった。

「でも、面白かったです」

「本当ね。あれがライブなんだよね」

「おうよ! お行儀の良い演奏を聴きたければ、CDを聴けば良いんだよ。どれだけその曲で遊べるかで、ライブの善し悪しが決まるってのもあるんじゃねえかな」

「そうね」

「でも、アタシ的には、ヘブンズ・ゲートのマスターからも褒めてもらったことが一番嬉しかったな。前回のリベンジもできたし」

 ライブ終了後、出演バンドは、こぞってマスターの感想を訊いた。そのお眼鏡に適うことが、プロデビューできるかどうかの分かれ目とまで言われる人物だ。厳しい意見を言われたバンドもいたようだが、クレッシェンド・ガーリー・スタイルについては高評価がもらえた。

『ライブパフォーマンスも見事だったし、何よりもボーカルが素晴らしい。一つだけ苦言を述べるとすると、曲の作りがまだ甘いところがある。今日は急遽の出演だったので時間がなかったのかもしれないが、もっと曲作りを詰めれば、更にボーカルを生かすことができるのではないかな』

 いつものエビス顔でサラリと鋭いことを言うマスターの言葉に、メンバー全員が感服した。

「確かに、もう少し、曲作りに労力を集中させないとね」

「そうだな。今までのオリジナル曲も少し見直しをしてみるか?」

「でも、それも楽しみね」

 奏が言うとおりだった。

 ライブが大成功に終わったことで、とりあえず自分達のオリジナル曲には及第点はもらえた。しかし、もっともっと観客を唸らせるような、酔わせるような曲を作りたいという意欲がメンバー全員からほとばしってきていた。

「それで、玲音。次はどうするの?」

 奏が訊いた。もちろんライブのことだ。

「このライブが終わった後の気分は、また味わいたいよな。それも時間を開けずに」

「そうね。でも、曲の見直しをするのなら、まだ、単独ライブは無理っぽいわね」

「当然、そうなるな。ヘブンズ・ゲートのマスターだって、一回ライブを成功させたからといって、すぐには単独ライブを許してはくれないと思う」

「じゃあ、もう一度、合同ライブに出る?」

「そうだな。今度は、四バンドくらいの合同を探すよ。適当なやつがなければ、自分で企画しても良いし。まあ、その辺はアタシに任せて」

「分かった。玲音も顔は広そうだもんね」

「ヒラメ並みにな」

「何よ、その例え」

 玲音のボケに、珍しく奏も受けたようで、こらえきれなかったように吹き出した。

榊原さかきばらさんからもお誘いはどうする?」

 笑いを収めてから、奏がみんなに訊いた。

「アタシは、まだ良いかなって思ってる」

 玲音の言葉に、詩織も琉歌も反対しなかった。

「そうね。でも、そう思えるのは、けっこう、このバンドに自信があるからじゃない?」

 奏が言ったことも分かる。せっかく音楽芸能事務所の方から声を掛けてきてくれているのに、今、それを断るのは、将来も声を掛けてくれるという自信があるからに他ならない。

「当然だよ。こっちには最強歌姫のおシオちゃんがいるんだからな。それと、やっぱり、単独ライブを成功させるくらいの力を付けてからにしたいんだ。そっちの方が高く売り込めるだろ?」

「あんた、意外と策士ね」

「だってさ、事務所に入っても、自分達の意見を通したいじゃん。今から入って、事務所に育ててもらうってメリットもあるんだろうけど、自分達のスタイルとかを確立させて、それを事務所にも認めてもらってから入りたいって思ってるんだ」

 まだ、バンドの力が弱いうちに事務所に入ると、言いたいことも言えずに、事務所が決めた活動方針に従わざるを得ない状況になるかもしれない。アイドル時代と変わらない、そんな状況は詩織も嫌だった。

「それに、まだ、おシオちゃんのことがばれてないみたいだから、今のうちに、バンドの地力を付けておきたいしな」

 事務所に入れば、詩織の過去のことを話さない訳にいかない。その話題性でバンドの知名度を上げようという営業方針になるかもしれないし、バンドのイメージ戦略として、詩織の可愛さをもっと前面に出すように言われるかもしれない。

「でも、本当に、私のこと、ばれてないんでしょうか?」

「ネットとかいろいろと検索してみたけど~、そんなことはどこにも書かれてなかったよ~」

 まだ、ライブが終わって数時間しか経過していないが、今のところは、琉歌るかが言ったように、詩織が桜井さくらい瑞希みずきに似ているという噂すら出てなかった。

「ライブで詩織ちゃんが注目される以上、ばれるかもしれないって思ってはいたけど、杞憂だったみたいね」

 ライブの観客は、詩織の歌で確かに衝撃を受けていたが、桜井瑞希のイメージにはほど遠かったし、誰もかつての超人気アイドルがステージでパワフルに歌っているとは想像できないだろう。

「それに、アタシらは、おシオちゃんとこういう距離で話をして、おシオちゃんの顔もじっくり見ていて分かった訳だけど、ステージと客席の距離は近いとはいえ、何メートルも離れているんだから、やっぱり、繋がらなかったんだろうな」

「おそらく、そうだろうね。もう、しばらくは、元アイドルと一緒にバンドをしているという密かな優越感に浸れるわね」

「そこかよ! って、アタシもそうだけどな」

「ボクもボクも~」

 当の詩織は、理解しがたい顔でいた。

「そうなんですか?」

「そういえば、昨日だったかな。たまたま、職場でキューティーリンクの話になって、四十歳近い独身の店長代理が桜井瑞希ちゃんの大ファンだったことが判明してさ」

「四十歳近いおっさんが中学生に熱を上げてちゃいかんだろ!」

 玲音もさすがに引いていた。

「まあ、そうなんだけどね。でも、店長代理が言うには、今でも部屋にポスターを貼ってるらしいのよ」

「……」

 詩織も反応のしようがなかった。

「彼の前で、私は心の中でドヤ顔をしまくりだったわね。その桜井瑞希ちゃんと一緒に寝たこともあるんだぜ! 羨ましいだろ! どやって感じで」

「歪んでんな~」

 玲音が奏をジト目で見つめた。

「玲音、いきなり裏切らない! あんたもそうだって言ったじゃない!」

「いや、そこまでじゃねえぞ」

「そ、そう?」

「それに、アタシは桜井瑞希よりも、桐野詩織のファンなんだよ」

「ボクもそうだよ~。今のおシオちゃんは大好きだし~」

「それを言うなら私もよ! 結婚したいくらいよ!」

 百合発言のような琉歌や奏の台詞に、詩織も照れてしまった。

「あ、あの、私、きっと、百合趣味はないと思います」

「百合って言うより、やっぱり、詩織ちゃんは、私達にとっては、まだ、アイドルなんだよね。とにかく、詩織ちゃんを近くで見ているだけでも、何となく癒やされる気がするし、ずっと近くで守ってあげたい。そうだな、私の大切なもの、って言えば良いのかな。そんな感じ」

「奏さん……」

「私には、生意気な弟はいるけど、妹はいなかったから、そういう意味でも詩織ちゃんが可愛くて仕方ないのよ。玲音! 娘じゃないからね!」

 茶化そうとしていた玲音も出鼻をくじかれてしまったようだ。

「私は一人っ子なので、いっぺんに三人もお姉さんができたみたいで、私も嬉しかったです。奏さんが長女で、玲音さんが次女で、琉歌さんが三女、そして私が四女です!」

 詩織は、玲音の友人のカホが、玲音は姉が欲しかったと暴露したことを思い出した。しかし、その時の玲音の焦り具合から、玲音も話題にしてほしくないだろうと思い、そのことを今、口にはしなかったが、誰しも実際にはいない姉妹を求めるものなんだなと、一人納得した。

「そろそろ、零時になるな」

 玲音が部屋の時計を見ながら言った。

「今日は土曜日だから、詩織ちゃんは明日もお休みだよね?」

「はい」

「じゃあ、うちに泊まってく?」

「良いんですか?」

「もちろん!」

 バンドの練習は月曜日と木曜日で、翌日は学校がある詩織は自宅に帰っていたが、金曜の夜には奏から誘われて、何度か奏の家に泊まったことがあった。

 土曜日も日曜日も奏は仕事だが、楽器店は十時開店だから朝もゆっくりできるし、何よりもあの広いマンションで一人寂しい思いをしながら眠らずに済むし、奏に料理を教えてもらったり、曲作りのアイデアを夜通し話し込むこともあった。詩織もそれが楽しみで、奏の家に「お泊まりセット」を常備しているくらいだった。

「それでまた、明日、店長代理に心の中で自慢してやるんだから」

「店長代理に何か恨みでもあるのか?」

「ちょっとね」

 玲音の問いに、薄ら笑いを浮かべて答える奏であった。


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