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Act.054:拡散する力

「ちょっと待ってて~。調べてみるね~」

 ネットに一番詳しい琉歌るかが自分のスマホを操作しだしたが、スマホの画面を見つめていた琉歌の顔は、すぐに上がった。

「にっこり動画のコメントの中に、『桜小路さくらこうじ先生のツイートから』っていうのがあったから~、『桜小路』で検索したら、これが出て来た~」

 琉歌がローテーブルの上に差し出したスマホの画面には、ひびきのツイッター画面が表示されていた。

「誰だ、桜小路響って?」

玲音れお、知らないの? 今、女性に大人気の小説家さんよ」

「そうなのか? でも、そんな小説家の先生がどうして?」

「ほら~、ここにボクらの動画のリンクが貼られているよ~」

 琉歌が指差す先のツイートには、確かにリンクが貼られていた。琉歌のスマホを順番に回して、みんながそのツイートを読んだ。

『瞳です。今日、友達から紹介されたバンドの動画を見せてもらいました。まだ、無名のバンドさんのようですけど、私は、この動画の歌を聴いて、すごく感動してしまいました。皆さんもぜひ聴いてみてください』

 それは小説家桜小路響の公式アカウントで、フォロワーは四十万人を越えていた。

 そして、そのプロフィールを読むと、妹のひとみが管理をしているようで、小説を書く時と同じように、響が口述した内容をツイートするが、たまに管理人たる瞳自身も呟きますとの注意書きがされていた。このツイートの最初に書かれている「瞳です」というのは、そういう意味なのだろう。

「この瞳さんという桜小路先生の妹さんの友人が、たまたま、うちのPVを見てくれて、瞳さんに紹介してくれたのかしら?」

「あ、あの~」

 首をひねるかなで達に、おずおずと詩織しおりが手を上げた。

「その瞳さんの友人って、私です」



「へえ~、あの桜小路先生のお宅にも行ったんだ」

 奏が羨ましそうに言った。

 響も、奏の好みのタイプに、ぴったりと当てはまっているはずだ。

「桜小路先生にも妹の瞳さんにも、昔の自分のことはもちろんですけど、私がバンドをしていることは、まだ言ってなくて、この動画も、私の知り合いのバンドだと誤魔化してしまったんです」

「それじゃ、その瞳さんも、この動画で歌っているのが、おシオちゃんだとは気づいていないんだよな?」

「はい」

「ということは、瞳さんにとっては、赤の他人のバンドのことを、こうやって紹介してくれたってことになるけど、それは、友達のおシオちゃんにお願いされたからっていう訳じゃなくて、本当に感動してくれたってことなんだろうな」

「そうだろうね。桜小路先生の公式アカウントで発言するんだから、 さすがに、そういう確信がないとできないと思うわね」

 詩織も玲音や奏の言うとおりだと思った。

 瞳は、好き嫌いがはっきりしている女の子で、詩織に義理だてして、ツイートするとは思えない。それに、このPVを見て、瞳の目で光った涙は嘘ではないはずだ。

「でも、有名人の発言の影響力って、すごいですね」

 誰も知らなかった無名バンドの動画が、あっという間に、これだけのアクセス数を記録するのだから、ネットの力、そして著名人の発言の影響力の大きさに、詩織は感心をしてしまった。

「いやいやいや、昔のおシオちゃんの方がすごかったと思うぜ」

 で言っている詩織に、玲音が呆れ顔で突っ込んだ。

「えっ、そ、そうなんですか?」

「ふふふ、詩織ちゃんって、ちょっと天然なところがあるけど、そこがまた可愛いよのね」

「ボクもそ~思う~」

 奏と琉歌にそう言われて、詩織は照れてしまったが、実際にあの頃、自分がそんなに影響力を持っているとは、まったく思ってなかった。

「私も今、思い出したんだけど、三、四年前かなあ。レッスンの生徒さんの若い女の子がみんな、同じような服装で来たことがあったの。それで、ある生徒さんに、『その服、流行ってるの?』って訊いたら、桜井さくらい瑞希みずきちゃんがプライベートで着ていた服が週刊誌で紹介されていて、みんな、それを真似したって言ってたよ」

「……全然、記憶にないです」

「意外と本人は気づかないものかもしれないわね」

「あ、あの、私の話は置いておいて、これだけ、私達の動画を見てくれている人がいるのなら、ライブには、どれだけの人が来てもらえるんでしょうね?」

「そうねえ。人の趣味とか嗜好は十人十色だから、これを見てくれた人がみんな、詩織ちゃんの歌に感動をして、ライブにも行ってみたいと思ってくれたとは限らないわよね」

「そうだな。さっきの小説家の先生のツイッターを見て、ちょっと、覗いてみただけの人もいるだろうしな」

「それに~、ネットだから、当然、東京に住んでいない人も見てる訳だし~」

「そ、そうもそうですね」

 アクセスが急に増えて、舞い上がっていた詩織は、メンバーの冷静な答えに、少し落ち込んでしまった。

「でも、何割かの人は、きっと来てくれるよ~。にっこり動画の方には、ライブに行きたいってコメントもいくつか入ってるよ~」

 自分のスマホをずっと見ていた琉歌が言った。それで、また、みんなが自分のスマホに視線を戻した。

「確かに、コメントもけっこう入ってるな。何々?」

「ベースの子がめっちゃ綺麗! ってコメントが入ってますよ」

 詩織も我が事のように嬉しくなり、玲音に伝えた。

「いやいや、まあ、嬉しいけど、曲とか演奏のことで、何かコメントが入ってない?」

「『良い曲だあ!』ってのがあるわよ」

「他にも『上手い』とか『すごい』というのも入ってるよ~」

「うんうん、見てくれた人の反応も上々じゃね?」

 玲音が微笑みながら言った。

「……それよりさあ、この『合法ロリ』て、タグは何?」

 不審げな顔をした奏に、琉歌が笑顔で答えた。

「それ、ボクが入れたんだよ~。絶対、食いついてくる奴がいると思って~」

「奏、ほら! ここに『キーボードの子、ちっこくて可愛い。合法ロリタグ納得ww(わらわら)』って、コメントも入ってるぜ」

 玲音が自分のスマホの画面を見せながら言った。

「そ、そう」

「照れるなよ」

「て、照れてないし! っていうか、そのタグは個人的には納得しかねるんだけど」

 と一応、文句は言ったものの、明らかに奏も嬉しそうだった。

 詩織もいくつかコメントを読んでみた。

 PVの内容とはまったく関係のない、ふざけたコメントも多くあったが、概ね、好意的なコメントが多かった。

 逆に、「歌が下手すぎる」や「演奏が酷い」というような否定的なコメントも若干はあったが、先ほど奏が言ったように、人の趣味や嗜好は人それぞれなのだから、自分達の曲に共感してくれない人がいても仕方がないと、詩織もさほど気にはならなかった。

 好意的なコメントを読んでいると、アイドルを辞めてからの二年間、一人で黙々と歌とギターの練習を繰り返していた日々が蘇ってきて、自分の歩んできた道は間違ってなかったと、嬉しさとともに、涙がこみ上げてきた。

「どうしたの、詩織ちゃん?」

 そんな詩織を見て、奏が心配そうに尋ねてきた。

「このコメントが嬉しくて」

 詩織が、そのコメントのシーンで停止させた画面をみんなに見せた。

 そこには「歌に何か感動した」、「涙腺崩壊」というコメントがあった。

「確かに、このコメントはボーカルとしては嬉しいよな」

「はい。本当に嬉しいです」

 詩織の言葉は涙でかすれてしまった。

「詩織ちゃん」

 奏が優しく肩を抱いてくれた。

「私、バンドを始めて良かったって、やっと自信を持って言えます。まだまだ、小さなコメントですけど、私にとっては大きな声援です」

「うん、……そうだね」

 奏ももらい泣きしてしまったようだ。

「まだまだあ! おシオちゃんがアイドル時代に受けていた声援に負けないくらいの大きな声援を、このバンドで奪い取ってみせるぜ!」

「そうだね~。きっと、できるよ~」

 玲音と琉歌の根拠のない気合いだったが、詩織と奏も大きくうなずいた。



「それはそうと、桜小路先生の妹さんに、お礼を言っておかないとね」

 詩織の涙が乾いた頃、奏が詩織に言った。

「はい。瞳さんにはバンドのことは言えないので、友達も喜んでいたって言っておきます」

「アタシもツイッターで、お礼リプを返しておくよ」

 と言った玲音が、自分の台詞に何かひらめいたようで、「そうだ!」と大きな声を上げた。

「アタシも今まで大したこと呟いてなかったし、自分のアカウントを『クレッシェンド・ガーリー・スタイル』の公式アカウントに変えようかな?」

「何を呟くの?」

 奏が少し心配そうな顔をして尋ねた。

「ライブのこととか……、ライブのこととか……、ライブのこととか?」

「玲音、ボキャ貧を自白してるようなものよ」

「うるせえ! じゃあ、奏がツイートするなら、何を呟くんだよ?」

「え~と、……ライブのこととか?」

「それで人のこと、よく言えたよな!」

「悪かったわね!」

「あっ、そうだ! 花婿募集中ってのもあるんじゃない?」

「だから言わないから!」

「せっかくだから、おシオちゃんに呟いてもらったら~」

 琉歌の言葉で、玲音と奏が詩織を見た。

「うちのオリジナルの作詞をしてるのはおシオちゃんだし、ボクは、おシオちゃんの書く詞がすごく好きなんだ~。そんなおシオちゃんなら、少なくとも、お姉ちゃんや奏さんよりは、まともなツイートができると思うよ~」

「琉歌、それ、けっこう、アタシと奏に厳しくない?」

「あれ~、そう~?」

「私にもけっこうグサッって刺さったんだけど。でも、琉歌ちゃんが言うことも納得できるな」

「そうだな。どうよ、おシオちゃん?」

「私が感じたこととか、思っていることを、好きに書き込んで良いんですか?」

「おうよ! おシオちゃんの感性には、アタシらは敵わないからな」

「そ、そんなことないですよ!」

「言葉を選ぶセンスというか、その名前どおりに、素敵な詞を書いてくれるのは、うちでは、詩織ちゃんをおいて他にいないことは確かだと思うわ」

「そうだな! うちのバンドの公式ツイッターの管理は、おシオちゃんに任そう!」



 これまで、詩織はツイッターのアカウントを持っていなかったが、琉歌にやり方を教えてもらいながら、「クレッシェンド・ガーリー・スタイル」の公式アカウントを立ち上げた。

 プロフィールには、「四月に結成したばかりのメジャーデビューを目指している四人組ガールズロックバンドです! これからどんどんと活動をしていく予定ですので、よろしくお願いします!」と書き、アイコンには、スマホに記録されていた、詩織の愛用ギターの写真を載せた。

 早速、七月にヘブンズ・ゲートで行われる合同ライブの宣伝をツイートした後、桜小路響の公式アカウントに、PV紹介のお礼リプライもした。


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