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Act.053:厳しい現実

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルのバラード曲「涙にキスを」の演奏風景を収めたPVは、椎名しいなの慰労会を開催したその日の深夜に、「にっこり動画」と「ゆうチューブ」という二つの動画投稿サイトで公開された。

 投稿者である玲音れおのコメントには、七月十二日に、ライブハウス「ヘブンス・ゲート」で合同ライブを開催することも、しっかりと書き込まれていた。

 次の日の木曜日には、詩織しおりもその評判が気になって、学校でも休み時間ごとにスマホを取り出して、アクセス数をチェックしていたが、当然のことながら、無名バンドの動画が話題になるはずもなく、おそらく、メンバーか、今度の合同ライブの共演者が見ているくらいのアクセス数でしかなかった。

 そして、放課後。

 池袋駅までの帰り道。

 詩織は、やっぱり気になって、鞄からスマホを取り出すと、道路の端に立ち止まり、自分達のPV画面を開いてみた。

「にっこり動画」が二十七件、「ゆうチューブ」が三十二件というアクセス数であった。

 かつて詩織が所属していたキューティーリンクでは、新曲の発売初日にミリオンを達成することが日常茶飯事であったが、これが現実なのだと、詩織も思い知らされた。

 かといって、落ち込んでもなかった。

 キューティーリンクのPVとは違い、曲から映像まで、すべて自分達が作ったという達成感で満たされていて、何度再生しても見飽きることがなかった。自己満足に過ぎないとは分かっていたが、それでも一歩一歩、夢に向かって近づいていることが実感できたのだ。

 詩織は、イヤホンを鞄から取り出すと、スマホにつなげて、PVを再生してみた。

 自分がライブをしているシーンが頭の中で創造されて、その中に自分が取り込まれていくように没頭していった。

 ふと気づくと、目の前に、自分と同じ制服の女生徒が立っていた。

 顔を上げると、ひとみだった。

 詩織は、急いでイヤホンを耳からはずした。

「詩織、何、聴いてるの?」

「えっ、こ、これは、その」

 焦った詩織は、スマホを隠すことも再生を止めることもできずに、ただ、オロオロとテンパってしまった。

 そんな詩織の隣に並ぶようにして立った瞳は、詩織のスマホをのぞき見た。イヤホンがつながったままだったので音は出ていないが、PVは再生中のままだった。

「ゆうチューブ? 何てバンド?」

「あ、あの」

「詩織の好きなバンド? 歌は好きだって言ってたもんね」

「は、はいぃ」

 語尾が思わずうわずってしまった。

「何、焦っているのよ?」

 と言いながらも、瞳は、不審がっている訳ではなく、詩織のそんな反応を楽しんでいるような笑顔であった。

「ねえ、私にも聴かせて」

 詩織の心の中に、このPVで背中を見せて歌っているのが自分だと、瞳にばれてしまうのではないかという心配とともに、瞳の率直な意見も訊いてみたいという気持ちもわき上がった。

 それに、今さら拒否するのもおかしい。

 詩織は「どうぞ」と言って、スマホを瞳に手渡した。

 瞳は、慣れた手つきで動画のスタート位置までシークバーを戻すと、イヤホンをして、スマホの画面に見入った。

 詩織はドキドキしながら、瞳の横顔を見つめた。

 瞳が目を閉じた。そして、しばらくして開けた目には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 最後まで聴き終えた瞳は、イヤホンをはずして、スマホを詩織に返した。

「良いね! すごく良い! 歌に引き込まれてしまったよ」

「ありがとうございます!」

 詩織は、我を忘れて、お礼を言ってしまったが、変な顔をした瞳を見て、すぐに「わ、私も良いなって思っていたんですけど、瞳さんも私と同じように感じてくれて、嬉しかったんです」と言い訳をした。

「ああ、そうだね。同じことに感動できるって、素敵なことだよね」

「はい」

「それで、このバンドはプロなの?」

「プロを目指しているみたいなんですけど」

「まだ、デビューしていないんだ。でも、そんなバンドをどうして知ってるの?」

「えっとですね、知り合いの知り合いがやっているバンドなので、応援してくれって頼まれたものですから」

「ふ~ん。でも、応援したくなるっていうか、こんな良いバンドがいるんだよって、みんなに教えたくなるよね?」

「そ、そうですよね」

「クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドかあ。じゃあ、私、ツイッターで紹介しちゃおうかな」

「ぜ、ぜひ、そうしてください!」

「じゃあ、今晩にでも呟いておくよ」

「よろしくお願いします。それはそうと」

 詩織は、スマホを鞄に仕舞いながら瞳を見た。

「瞳さん、部活は?」

 瞳は、「私設桜小路響ファンクラブ」との陰口も聞こえる文芸部に所属していて、部活をしていない詩織と同じ時間帯に帰ることはないはずだ。

「今日はお休み。実はさ、『ブルーローズ恋愛小説大賞』っていうコンテストの応募締め切りが迫っているんだけど、それに応募する予定の原稿がまだ仕上がってなくて、家で追い込みをしようと思ったの。ちなみに、文芸部員の半分以上が応募することにしてて、みんな、私と同じ状況だったから、部活をお休みにしたってこと」

「コンテストには何度も応募されているんですか?」

「うん。そして何度も落ちてる」

「そ、そうなんですか」

「まあ、そんなに簡単に受賞できるとは思ってないけど、チャレンジだけはしたいと思って」

「頑張ってください! 夢はきっと叶いますよ!」

「ありがと! 詩織にそう言われると、何かそんな気になっちゃうな」

 瞳が、はにかんだように微笑んだ。いつもの勝ち気な瞳とは違った瞳を見た気がした。

「じゃあ、池袋駅まで一緒に帰ろう?」

「はい」



 その日の夜。

 ビートジャムのスタジオに入ったクレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバー四人は、半月後のファーストライブに向けて、気合いに満ちていた。

 練習を始める前に、玲音が自分で考えてきたライブの構成をメンバーに伝えた。

「まず、一曲目は、派手派手に『ロック・ユー・トゥナイト』で観客の度肝を抜く。その後、MC。まあ、バンドの簡単な紹介と、『今日はよろしく』って感じで軽く済ませる」

 MCは、全員の意見の一致をみて、玲音がすることになっていた。

「二曲目はポップな感じの『扉を開いて』。続けて、同じくポップな感じで『君の空の下』。それが終わると、MC。そこで、名前を言うくらいの簡単なメンバー紹介を入れる。四曲目には、バラードの『涙にキスを』でしっとりとさせて、最後はMCなしで、そのまま『シューティングスター・メロディアス』をやって、ノリノリで終わる」

 玲音が、持っていたメモから顔を上げて、みんなを見た。

「どうよ、こんな感じで?」

「良いんじゃない。って、いうか、今のオリジナルの曲数からいうと、それ以外考えられないかな」

「まあ、そうなんだけどさ。でも、アタシなりに一生懸命考えたんだぜ」

「分かってるわよ」

 かなでにそう言われて、玲音も嬉しそうな顔をした。

「でもさ~、おシオちゃんの歌を聴いて、お客さんがどんな反応をするか、楽しみだよね~」

「私達と同じように感動してくれると思ってはいるけど、思いっきりスルーされたら、自分達の感性が否定されたみたいで、ちょっと悲しいわね」

「絶対、感動するに決まってるだろ! 感動しない奴の耳がおかしいに決まってるぜ」

 詩織は、玲音の自信が羨ましかったのと同時に、そこまで自分の歌に入れ込んでくれていることに感激をした。

「とにかく、私、悔いが残らないように、思いっきり歌います! 観客の評価なんて気にしていられません!」

「そうそう! とにかく楽しんでやろうぜ!」

 玲音の言葉にメンバー全員が大きくうなずいた。



 そして、練習後の奏屋。

「そういえば、PVのアクセス数、どうなってた?」

「お昼には、まだ、十数件ってところだったわ」

「夕方には、三十件を越えてましたよ」

「ボクが直前まで見てた時には、四十件くらいだったよ~」

 玲音の問いに、みんなが答えた。みんな、気になって、ちょくちょく覗いていたのだろう。

「ちなみに、そのうち、四回はアタシだ」

「私もそれくらい見てるわ」

「私もです」

「ボクもだよ~。アクセス数の半分くらいは自分達みたいだね~」

「まあ、これから活動を始めようという無名バンドなんだから仕方ねえよな。今は何件くらいだろ?」

「見てみるよ~」

 琉歌るかがスマホを取り出して、PV再生画面を表示させた。

「あっ!」

「どした?」

 いつものんびりとしている琉歌の驚いた声に玲音が反応した。

「ゆうチューブのアクセス数が千件を越えてる~」

「マジか?」

 琉歌の言葉に、全員がスマホを取り出して、自分の目で確認を始めた。

「本当だ! もうちょっとで、千百件になるじゃん!」

「にっこり動画は、千五百件を越えてるわよ!」

 奏の言葉で、みんなが一斉に画面を切り替えた。

「アクセスが急に延びてるね~」

「そうだよな。何かあったのか?」

 詩織は、夕方に出会った瞳が、ツイッターで呟いておくと言ったことを思い出した。

 瞳とはラインとメールアドレスは交換していたが、ツイッターのアカウントまでは訊いてなかった。

 しかし、瞳がツイッターで呟いてくれたとしても、それだけで、これほどアクセス数が延びるものなのだろうか?


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