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Act.052:広がる仲間の輪

 玲音れおの部屋で開催された椎名しいなの慰労会で、杯を重ねながら話をしていると、椎名の無愛想さは、単にクールな話し方がそう思わせるだけであって、その性格まで無愛想ではないことをバンドメンバーも分かってきたようで、椎名とも意外と話が弾んだ。

 特に、音楽と映像とそれぞれ分野は違うが、熱い想いを持って取り組んでいる玲音とは次第に砕けた話し方になっていた。

「ところで、椎名さんは何歳なんすか?」

「俺は、今、二十三で、九月に誕生日が来ると、二十四になりますよ」

「何だ! タメじゃん!」

「そうなんすか」

「落ちついてるから、てっきり、年上かと思ってたぜ」

 玲音がいきなりタメ口になった。

「じゃあ、二浪?」

「いや、大学はストレートに通ったんだが、二年生を三回やってて、今は四年生だ」

 椎名もタメ口になった。

「何だよ? 映像編集に夢中になりすぎてたのか?」

「ヒッチハイクで世界中を旅していたんだ。有名な観光地だけじゃなくて、普通、日本人は足を踏み入れないスラムやジャングルの中までも足を伸ばした。世界中のいろんな風景をこの目に焼き付けておきたかったんだ。その記憶は、これから映像を編集するに当たって、いろんなヒントをくれるような気がしている」

「へえ~、椎名は本当に映像のことが第一なんだな?」

「そういう萩村姉はぎむらねえさんも音楽が第一なんだろ?」

「おうよ! ところで、タメなんだから、『萩村姉さん』は止めろよ」

 これまで、椎名は、玲音と琉歌るかを区別するため、「萩村姉さん」、「萩村妹さん」と言い分けていた。

「だが、皆さんの名字は聞いたが、まだ、名前まで、はっきりとは聞いてない」

「おっ、それもそうだったな。アタシは玲音と言って、妹は琉歌って言うんだ」

 そして玲音は、かなでを指差して「奏に」と言い、その指を詩織しおりに向けて「おシオちゃんだ」と言った。

「そういえば、なぜ、桐野きりのが『おシオちゃん』と呼ばれているのか、気にはなっていたんだが?」

「行きつけの練習スタジオの店員さんに付けられたあだ名です」

 自分に訊かれた訳ではなかったが、詩織が答えた。

「それは名前から来ているのか?」

「ちゃんと訊いたことないですけど、きっと、そうだと思います」

「アタシと琉歌も気に入って使ってるんだよ。それで、椎名の名前は何て言うんだよ?」

「俺はつばさと言う。桐野にも話したが、未だに羽ばたけない翼だよ」

「椎名翼か。名前までイケメンだな。なっ、奏?」

「何で私に振るのよ?」

「いやいや、そう思わない?」

「ま、まあ、思うけど」

「だよな。椎名は女にモテまくりなんだろ?」

「そんなことはない。俺は、手当たり次第に、女に声を掛けることなどしないし、向こうから言い寄ってきても、自分が気に入らなければ相手にもしない」

「じゃあ、椎名は、女なら誰でもキスするって訳じゃないんだな?」

 玲音が、また、その話をぶり返した。

「嫌いな女には絶対にしない」

「えっ? じゃあ、奏のことは?」

「もちろん、嫌いではない」

「好きという訳でもないのか?」

「まだ、奏さんのことをよく知らないからな」

「好きになる可能性もあるんだよな?」

「もちろんだ」

「玲音! 何で私のことばかり訊いているのよ! そういう、あんたはどうなの?」

「どうなのって?」

「だから、椎名さんのことは、どう思ってるの?」

「そうだなあ。あの撮影の時みたいに、少し強引なくらいに、ぐいぐいと引っ張っていく感じは好きだぜ。だけど、普段の気むずかしそうな雰囲気はマイナスかな」

「どうして?」

「やっぱり、椎名って頭が良さげにみえるんだ。アタシは、昔から、そういう頭が良い男子って苦手だったんだよな」

「帝都芸大だから、椎名さんもインテリ男子ではあるわね」

「だろ? こうやって酔っ払って話す分には良いけど、普段、眉間にしわを作りながらの椎名の話し方は、難しい言葉遣いも出るし、ちょっと苦手だなあ」

「心配しないで大丈夫だ。俺も玲音のように本能だけで動くような女は苦手だ」

「何だよ、このやろー!」

 お互いに悪口を言い合ったわりには、椎名は玲音のグラスに自らワインを注ぎ、玲音も「ケチケチしないで、もって入れろよ!」と笑いながら言っていた。

「そういえば、琉歌さんとは、あまり話をしていないが、姉妹なのに、玲音とはまったく違うタイプの女性のようだな」

 玲音のグラスにワインを注ぎ終えた椎名が、玲音の隣に座っている琉歌を見つめた。

 そういえば、PV撮影の際、琉歌が椎名と話をしているところを、詩織も見た記憶がなかった。

「ま、まあ、琉歌は、アタシと違って、男子と話をするのが苦手なんだよ」

「同じ姉妹で、そんなに性格が違うものなのか? それとも、苦手になった理由でもあるのか?」

「そ、そこは、椎名に話すもんでもないだろ」

 いつになく玲音が焦っていた。琉歌が男性を苦手にしていることには、あまり触れられたくないようだ。

 当の琉歌は目を伏せて、自分のことを話題にしないでほしいと思っているようだった。

「お、おシオちゃんは、椎名のような男はどうなのよ?」

 玲音が無茶ぶりしてきた。きっと、琉歌のことから話題をそらしたかったのだろう。

「私は、そんなこと考えたこともなかったです」

「桐野は、まだ、お子ちゃまだからな」

 椎名が詩織を面白そうにいじってきた。

「な、何ですか、お子ちゃまって! 私だって、もう結婚できますし!」

「ほらっ、そうやって、すぐムキになるところもな」

「……」

 未だかつて、椎名との言い争いに勝ったことのない詩織であった。

「奏は、例のおまじないが、まだ、効いているんだろ?」

 玲音は、標的を奏に変えた。

「な、何を言ってるのよ?」

「何だかんだ言って、椎名のことが、けっこう、気になってるんじゃないの?」

「それは、その」

 言い淀む奏は、「そのとおりだ」と白状しているようなものだった。

 椎名にいきなりキスをされたが、それによって、PV撮影でも自然な表情ができるようになったことは疑いようがなく、奏も、また、椎名のことが気になりだしたようだ。

「で、でも、椎名さんは、大学四年ということは、就職はどうするの?」

 このままでは戦線不利とばかりに、今度は、奏が自分から椎名に質問攻撃を仕掛けた。

「まったく考えていない」

「えっ? また、留年するつもり?」

「映像制作会社に就職する道もあるだろうが、俺は自分の思い通りに映像を作り込んで行きたいんだ」

「それは夢見すぎじゃないかな」

 この中で唯一、正社員として会社勤めをしている奏が言った。

「まあ、理想を追い求めることは素敵だと思うけど、食べていけなかったら、どうにもならないのよ。いくら芸大卒のクリエーターだといっても、何の後ろ盾もない者がいきなり世間で認められることはないと思うけど? それとも何か後ろ盾があるの?」

「いや、俺は自分の実力と感性だけで勝負をするつもりだ。まずは、映像関係のコンクールが数多く開催されているから、それに応募をしている」

「結果は?」

「何度も応募しているが、残念ながら入賞すらできていない」

「だったら、尚更のことだよ。何か生活の糧を得られる手段を確保してからでも、チェレンジはできるはずだよ」

「だから、ずっと、カサブランカでアルバイトをしている。今は学校がない時間帯だけだが、卒業したら、フルタイムでも働くことができる」

「奏さあ。アタシらだって、プロデビューを夢見て、これまで、ずっと、プーやってきてるんだよ。今もまだ抜け出してないけどね。奏が言うような生き方もあるとは思うけど、後がない状態に自分を追い詰めておくことで、いつまでも心がくじけないってこともあると思うんだ」

 玲音が椎名の味方に付いた。

「まあ、私の偏見かもしれないけど、職種は何でも良いから、しっかりとした仕事に就いて、家族を支える男性が頼りになると思うんだ」

「まあ、あれだけヒモ男に騙されていたら、そう思うよな」

「うるさいわね! ……まあ、否定はしないけど」

「奏さんは、ヒモ男専門なんですか?」

 椎名もかなり酔っているのか、玲音と一緒になって、奏をいじってきた。

「違います! 今まで近くに来た男性が、たまたま、そんな人ばかりだったんです!」

「それは、奏さんが、男性の世話を焼いてくれそうな、母性溢れる女性だからじゃないんですか?」

「そ、それは分かりません」

 椎名の真面目な返しに、奏も照れてしまっていた。

「確かに、奏はそんなところがあるよな。アタシとは正反対に、男に尽くすタイプかもな」

 奏も自分のことをそう分析していたのか、玲音に反論はしなかった。

「椎名も食うのに困ったら、奏の世話になると良いよ」

「玲音! そんな無責任なこと言わない!」

「俺も、なるべく人の世話になることはしたくないが、いざという時には、お願いするかもしれない」

 椎名から頭を下げられた奏は、「ま、まあ、私も困った人を見殺しにするほど薄情者じゃないから」と、視線を椎名から外して言った。

「しかし」

 椎名がメンバー四人をゆっくりと見渡した。

「桐野から皆さんのことはいつも話を聞いていたが、見事なほどにバラバラなキャラが揃ったものだな。それなのに、不思議な連帯感というか、一体感のようなものを感じる」

 椎名が言ったことは、間違いなく、メンバー全員が感じていることだ。詩織も確信を持ってそう思った。

「面白いな、このバンド。これも何かの縁だ。これからも、俺にこのバンドのPVを撮らせてほしい」

 椎名がみんなに頭を下げた。

「良いのか? たぶん、また、ノーギャラだぜ」

 玲音が期待と不安が入り交じった顔で訊いた。

「あのPVを作っている時の高揚感は、今まで経験のないものだった。やはり、素材が良いと燃えるというか、没頭できる。だから、ノーギャラでも良いから作りたいんだ」

 椎名は、もう一度、頭を下げた。

「あんたらが有名になって、一流どころの映像制作会社にPV作成を依頼できるようになるまでは、俺が撮る! いや、撮らせてくれ! このとおりだ!」

「良いぜ」

 玲音が嬉しそうに答えた。

「じゃあ、椎名は、これから、我が『クレッシェンド・ガーリー・スタイル』の専属映像スタッフだ! 良いだろ、みんな?」

 ここまで親しくなって、今さら断る理由もなかった。

 詩織も、奏も、そして琉歌も笑顔でうなずいた。


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