Act.046:動き始めたプロモーション
時間は少し流れて、六月中旬。
クレッシェンド・ガーリー・スタイルの四人のメンバーは、今日も練習後のたまり場、玲音が名付けた「奏屋」こと、奏の部屋に集って、ミーティングと称する駄弁り会を開催していた。
「一応、納得できるオリジナル曲も六曲ほどできたし、そろそろ、ライブをしたいなあって思ってるんだけど?」
唐突に玲音が切り出した。
「そうね。ライブの予定が決まれば、練習のモチベーションも上がるし、観客の反応で自分達のオリジナル曲の評判も分かるしね」
玲音の意見に賛成をした奏が、隣に座っている詩織の顔を見て、少し首を傾げた。
「詩織ちゃんは、吹っ切れたまま?」
以前にライブの話になった時、昔の自分のことを知られたくない詩織が、「もう吹っ切れた」とライブにも前向きな姿勢を示したが、今でもその気持ちのままなのかを確認したいのだろう。
「はい! ちゃんと吹っ切れてます! ライブ、しましょう!」
詩織としては、バンドを始めた途端に昔の自分のことに気づかれて、演奏や曲で注目される前に、話題性だけで注目されてしまうのを避けたかったが、いつかはばれることだ。
そして、そうなったらなったで、昔の桜井瑞希の姿を胸に抱いてライブに来てくれるはずの多くの観客の前で、その幻想を壊すくらいのパフォーマンスを見せつければ良いだけだ。
詩織は、自分にそう言い聞かせていた。
「じゃあ、話を進めて良いかな?」
「ボクは良いよ~」
「私も良いわよ」
奏と琉歌に続いて、詩織も「はい!」と元気に返事をした。
玲音は、みんなの反応に満足げな表情をすると、スマホを取り出して、画面を操作しながら話を続けた。
「実はさ、具体的な話があるんだ。前回、アタシらが見に行った『ヘブンス・ゲート』で、知り合いのバンドが合同ライブの企画をしてたんだけど、出演予定だったバンドが解散しちまったらしくて、その後釜を探しているって話を聞いたんだ。それで、早速、その知り合いに電話してみたら、まだ、決まってないっていうんだ」
「ライブは、いつなの?」
「七月十二日の土曜日で全体のスタートは午後五時。六バンドの合同で、ひとバンドの持ち時間は入れ替え込みで四十分、実質演奏時間は三十分ってところだな」
奏の質問に、玲音がスマホのカレンダーを見ながら答えた。
「ちょうど一か月後かあ。でも、三十分なら今ある六曲だけでも十分ね」
奏が言うとおり、三十分だと、MCを入れると、実際に演奏できるのは五曲ほどだろう。
「他には、どんなバンドさんが出演するんですか?」
「ほとんどが、ロック系のオリジナル曲を演奏するバンドで、たぶん、どのバンドもプロを目指していると思う」
「玲音さんの知り合いのバンドもですか?」
「うん。その子は、アタシと同じ女性ベーシストで、お互いがやりたい曲の方向性はちょっと違うけど、昔からプロになることを一緒に目指してきた仲なんだよ」
「一緒に夢を追い掛ける仲間ってことですね?」
「おっ! 今日もおシオちゃんのセンスは冴えてるねえ」
「そ、そんなことありませんよ」
「そんなことあるわよ」と、照れる詩織を慈しむような眼差しで見ていた奏が、真顔になって、玲音に訊いた。
「それで、チケットの割り当ては?」
「ワンドリンク付きで二千五百円のチケットを、ひとバンド二十枚」
プロを目指しているということは、まだ、みんなアマチュアバンドで、ライブ会場を借りるための費用を捻出するために、出演バンドが均等にチケットを買い取ることになっていた。もちろん、そのチケットを観客に売って、二十枚を越えた分は自分達の利益となる。
「すると、一人五枚の割り当てか。申し訳ないけど、私は、チケットを売れる知り合いがそんなにいないわ」
「友達、少ないのか?」
奏が何か言うと、突っ込まないといられないらしい玲音が、お約束の突っ込みをした。
「確かに友人は多くはないけど……、って、何を言わせるのよ!」
「私も、チケットを売れる人はいません」
そもそも、学校にバンドをしていることを秘密にしている詩織もそうだった。
「琉歌もそうだし、実は、アタシだって、そんなに多くはいないよ」
「何よ。玲音だってそうなの?」
「ははは、ミュージシャンってのは、みんな貧乏で、知り合いのライブなんて、あまり見に行かないんだよ。今回のチケットの割り当て分は、とりあえず、バンドの会計から出そうぜ」
「でも、二千五百円のチケットを二十枚でしょ? 五万円の持ち出しね」
「まあ、できるだけ知り合いに声を掛けて、一枚でも多く、チケットを買ってもらうようにはするけど、初めてライブをするバンドなんだし仕方がないところもあるよな。持ち出し分は、みんなから特別徴収をするしかないな」
「おシオちゃんは大丈夫なの~?」
バンドの会計担当の琉歌が、高校生の詩織の心配をしてくれた。
「これまでのバイト代はそのまま置いてますし、何とかなると思います。私もメンバーですから、均等に負担します」
「詩織ちゃん、何かすごくゲスな質問で申し訳ないんだけど」
奏が詩織に申し訳なさそうな顔をして尋ねてきた。
「何ですか?」
「昔、あれだけヒット曲を連発して、テレビにも出まくっていたのに、意外とお給料は安かったの?」
元超人気アイドルなのに、今はバンド活動のためアルバイトまでしている詩織が、昔、稼いだ金がどうなっているのだろうと、奏は疑問に思ったのだろう。
「あの時のお金の管理は母親がしていたんですけど、母親は、それを持ったまま行方不明になってしまっているんです」
「本当に? 酷い話ね。じゃあ、お母さんは、そのお金で贅沢三昧してるのかしら?」
「それは分かりません。でも、もう母親とは自分の中で縁を切ってますから」
「そ、そう。ごめんね、変なこと訊いて」
「いえ、そうやって、何の気兼ねもせずに訊いてもらう方が、こっちも気が楽です」
それは本当のことだった。
このメンバー達には建前は不要だった。いつも本音でぶつかりあっていた。だからこそ、深い絆で繋がっているのだと感じていた。
「でも、これからは一人でも多くの観客に来てもらうために、まずは、クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドの存在を知ってもらう必要があるよな」
「確かに、プロモーション活動は大切よね。でも、具体的にはどうするの? パチンコ屋さんの前で営業するとか?」
「どこの演歌歌手だよ?」
「それじゃあ、地道にライブ活動を続けていくしかないんじゃない?」
「ちっちっちっ! 奏は知らないだろうけど、今の時代、ネットという便利なものがあるんだよ」
「知ってるわよ! ネットで宣伝するの?」
「とりあえず、アタシはツイッターしてるから、それで流すつもり。琉歌もゲームの中で宣伝すれば?」
「うん! 知り合いのバンドが出るからよろしく~って感じで広めるよ~。でも、それだと広まる範囲は、フォロワーさんとか、同じゲームサーバにいる人に限られちゃうよね~。できるだけ多くの人に、うちのバンドのことを知ってもらうなら、動画でも上げる~?」
「動画?」
「うん。ゆうチューブとか、ニッコリ動画に、スタジオでの演奏を撮影した動画を上げれば良いんじゃない~?」
「おお! それ良いな! おシオちゃんの素晴らしいボーカルを聴けば、ライブも行ってみようかって、絶対、思うよな」
「でしょ~」
「とりあえず、奏のドアップを中心に撮影するか?」
「何で私が?」
「花婿絶賛募集中! ってテロップ入れてたら、ばんばん連絡が来るかもよ」
「玲音! あんた、一回、死になさい!」
奏に首を絞められた玲音は楽しそうだった。
「だってさ、おシオちゃんをアップにする訳にいかないだろ?」
「そ、それもそうね」
奏が、一瞬、玲音の説明に納得したようだったが、すぐにまた玲音の首を絞めだした。
「だからって、私のアップにする必要はないでしょ!」
「あはは、冗談だって!」
玲音の首を絞めていた奏は、すぐに真顔になった。
「でも、玲音。その演奏風景はどうやって撮るの?」
「えっ、普通にビデオカメラで撮るんじゃねえの?」
「それはそうだけど、学芸会の記録映像みたいな動画でも大丈夫なのかな?」
「確かに、奏さんが言うとおり、そんな映像だと誰にも注目されない気がするよねえ~」
「そうでしょ? まだ、誰も知らないバンドの初めてのPVなんだから、きっちりと作り込まないと、せっかく上げても、結局、多くの動画の中に埋もれてしまっちゃうわよ」
「いや、それくらい、アタシだって分かってるよ。でもさ、誰に撮ってもらうんだよ? ボランティアでPVを撮ってくれる知り合いなんていないし、その手の仕事をしている人に頼むと、すごく高い気がするよな。奏は、撮影が上手い知り合いはいるのか?」
「いるわけないでしょ」
「そうだよな。いたら、お見合い写真ももっと綺麗に撮ってもらってたよな」
「えっ、そ、そんな、……あれっ、玲音に見合い写真の話したっけ?」
明らかに動揺している奏だった。
「奏って、飲んだ次の日、いろいろと忘れてるよな。前回か前々回、ここでやった時、見せてもらったぜ」
「ボクも見たよ~」
この四人の中では、いつもシラフの詩織もうなずくと、奏は両手で顔を覆って、「もう、やだ」と呟いた。
「でも、晴れ着姿の奏さん、すごく綺麗でしたよ!」
「そ、そうかな」
詩織のフォローで、奏はすぐに復活した。
「七五三みたいで可愛かったよな」
「それっ、私がちっちゃいことをおちょくってるの、玲音?」
「合法ロリって言葉もあるんだよ~。奏さんにはぴったりだと思うけどな~」
「琉歌ちゃん、それ、慰めてくれているんだろうけど、返って傷が深くなったような気がするんだけど」
「ええ、そう~?」
「まあまあ、奏をいじるのは、これくらいにしといて」
「自分で言い出して、勝手にしめるんじゃないわよ!」
奏の抗議をスルーした玲音が、考え込んでいた詩織に声を掛けた。
「おシオちゃん、誰か心当たりがあるの?」
詩織の頭には、あの人が浮かんでいた。
「はい。頼めば、やってくれるかもしれません」




