Act.045:ヴァーチャル・フレンド
家に帰った琉歌は、姉と一緒に夕食を食べ、ドラムの練習をしてから、午後十一時頃、イルヤードにログインした。
イルヤードの運営会社社員である楢崎が中の人である「ナラン」というアバターを検索してみたが、ログインしていないようだった。
拡大オフ会は、午後五時には終了しているが、社員だから後始末とか打ち上げとか、いろいろとやることがあって、今日はログインしないかもと考えた琉歌は、所属する戦闘集団「夕暮れ猫まんま」、略称「猫まん」の本部に行ってみた。当然のことながら、今日の拡大オフ会の話題で盛り上がっていた。
『ルカちゃん、こんばんは!』
多くのアバターから挨拶をされる剣士ルカは今日も人気者だ。
『こんばんは! みんな、オフ会に行って来たの?』
自分は忙しくて行けないと公言していた琉歌は、しらじらしく、みんなに訊いた。
『行ってたよ! 決闘大会で準優勝だよ! すごいでしょ~♪』
中の人がてっきり女性だと思っていた「切り裂きマリン」というアバターが体をくねらせながら答えた。
『すごいね!』
『ルカちゃんがいてくれたら優勝間違いなかっただろうにね』
『本当だよ! ルカちゃん、秋の拡大オフ会には絶対参加してよね』
「猫まん」の他のメンバーからも、ルカの参加を熱望する声が相次いだ。
琉歌は『できたらするよ』と、出る気もないのに、そう答えた。
『それじゃあ、今日もひと狩り行こうか!』
『おー!』
ルカの発破に、みんなが雄叫びを上げた。
ルカを含めた剣士が二名、弓兵が一名 魔術師が二名、治癒師が一名、合計六名の「猫まん」最強部隊は、「第九階層ファイナルステージ」を攻略していた。
相手は、巨大な鬼神で、今まで三回挑戦して三回とも攻略を失敗している難敵だ。
弓兵が弩弓を引き絞り、魔術師がそれぞれ炎と氷の攻撃を繰り返し行っているが、その攻撃のタイミングに併せて、防御結界を張られてしまい、わずかなダメージしか与えられずにいた。
今回は、防御結界など関係がない剣士を、ルカともう一人の二名体勢にしたが、鬼神の素早い動きで、クリティカルヒットがなかなか出せなかった。また、治癒師がヘルスポイントを回復させてくれてはいるが、それ以上にメンバーが被るダメージの方が大きかった。
ルカの相棒の剣士が鬼神の剣の直撃を受けて消失した。
『くそう! 今日も駄目か?』
治癒師が弱音を吐いた。
『敵のゲージも三分の一まで減ってるよ! このまま攻撃を続けたら、絶対、討ち取れるから!』
ルカが味方の士気を高めるように勇ましく叫んだ。
しかし、ルカのヘルスポイントも半分以下になっている。治癒師による回復がされる前に、攻撃を受けてしまい、なかなかヘルスポイントは増えなかった。
ルカは、一発逆転を狙って、鬼神の足下に向かって走った。鬼神の胸の中心にある玉石を壊せば、そのヘルスポイントは大きく減るはずだ。
『ルカちゃん! 無茶だ!』
仲間が止めるのも聞かずに、ルカは巧みに鬼神の攻撃をかわしながら、ついにその懐に飛び込んだ。
高くジャンプしたルカの目の前に玉石があった。
剣をふりかぶって、それを叩こうとした時、鬼神の左手が、蝿を追い払うように、ルカをはたき落とした。剣を持った右手にばかり注意が向いていて、左手の動きが見えてなかった。
背中から地面に叩きつけられたルカの視線の先に、鬼神の剣先が迫っていた。
このままだと、巨大な剣で地面に串刺しにされる。思わず、琉歌が目を閉じた瞬間、爆音が響き、画面が震えた。
琉歌が目を開けると、ルカに突きつけられていた鬼神の剣が真っ二つに折れていて、次の瞬間には、ルカの後方から鬼神に向けて電光が放たれ、鬼神は後ろ向きに倒れた。
ルカが、素早く起き上がり、電光が放たれた先を見れば、そこには、黒いローブのフードを深くかぶった魔術師が立っていた。
電撃の衝撃で倒れていた鬼神は、ゆっくりとした動作で起き上がり、再び、ルカを襲おうとしたが、魔術師は、再び、鬼神に電撃を放った。
また、鬼神が仰向けに倒れると、魔術師が『今です!』と叫んだ。
ルカは、すぐに反応して、起き上がろうとした鬼神の胸元に飛び込むと、剣を振りかぶって、その中心にある玉石を叩き割った。
鬼神は断末魔を上げて、細かい光の粒になって消失した。
『やったー!』
猫まんの仲間が喜び勇んで、ルカの近くに走り寄って来た。
『やったぜ、ルカちゃん!』
『ボクがやったんじゃないよ。あの人が助けてくれたんだ』
仲間達が、ルカが指差した方を見た。
みんなが注目する中、近づいて来た黒ローブの魔術師が、かぶっていたフードを下ろした。丸眼鏡を掛けたその顔の上には「ナラン」という名前が表示されていた。
ルカの中の人「琉歌」は、どうして、ナランがここにいるのかと驚いてしまい、しばらく、アバターの操作を忘れてしまっていた。
『あんたは?』
仲間の魔術師が訊いた。
『魔術師のナランと言います。すみません。戦いに割り込んでしまって』
『こいつ、あんたが倒したのか?』
もう一人の魔術師が、消失した鬼神がいた跡を指差しながら訊いた。
『いえいえ、私は少しお手伝いをしただけです。皆さんの力で、もうほとんどヘルスポイントは削られていましたし、とどめは、ルカさんが刺しましたからね』
仲間がナランと話している間に、ルカはナランのステータス画面を開いてみた。
レベルが現在最高値の九十九。魔術スキルも最高値に近いという高スペック。しかし、所属する戦闘集団を示す欄は空欄であった。
『ちょっ! すげえな、あんた!』
仲間もナランのステータス画面を確認したのだろう。
『ははは、長くやってますからね』
『でも、どこの戦闘集団にも所属していないのか?』
『昔は入ってましたけど、今は、やんごとなき事情があって、フリーなんですよ』
きっと、ナランの中の人「楢崎」が「イルヤード」の運営会社に就職したからだろう。
『あの』
ルカは、ナランの前に立つと、頭を下げた。
『どうも、ありがとう』
『いえいえ、ご無事で何よりでした』
琉歌は、「拡大オフ会で会った者です」と言いたくなったが、楢崎には「イルヤードのアカウントを持っていない」と嘘を吐いていた。あの後、アカウントをすぐに取得したとして、今のルカのレベルになっているはずがない。
琉歌は、「猫まん」の仲間とリアルで話をしたことがない。今、目の前にいるアバター「ナラン」の中の人は「楢崎」で間違いないはずだ。リアルで話をした人と、こうやって「イルヤード」の中でも「話」をすることが初めてだった琉歌は、何となく新鮮な感覚を覚えた。
『ナランさん』
仲間がナランに声を掛けた。
『うちの戦闘集団に入りませんか?』
『いやあ、先ほど言った、やんごとなき事情が、まだ終わってなくて。せっかくお誘いいただいたのに申し訳ないですけど』
ナランは丁寧にお辞儀をした。
『じゃあ!』
琉歌は思わず、ナランに話し掛けた。
『今みたいに、ここぞという戦いの時には、協力をお願いできませんか?』
『う~ん、そうですね』
ナランは、少しの間、迷っていたが、『今、思わず手を出してしまったのですから、仕方ないですね』と言った。
大喜びする仲間達に、ナランは『飽くまで、私は補助として参加します。最終的には、皆さんがゲームを切り開いて行くべきですから』と、いかにも運営担当者のようなことを言った。
もっとも、ナランの中の人が運営会社の楢崎であることは、ルカ以外の「猫まん」の仲間達は知らないはずで、ナランの台詞は、ナランが控えめな人だとの印象しか与えなかったようだ。
『それだけの能力を持ってて、奥ゆかしいな』
『本当だぜ。それじゃあ、フレンド登録、お願いします!』
『おお! そうだそうだ! ここぞという時には連絡をさせてもらわないとな』
仲間が次々とナランとフレンド登録をした後、ルカもナランとフレンドになった。
『しかし、ルカさんの剣さばきは見事ですね。私もしばらく見とれてしまいました』
『そんなことはないです』
照れたルカだったが、『ルカちゃんは、うちのエースですから!』と仲間達に持ち上げられてしまい、更に照れてしまった。
『では、私はこれで失礼します』
ナランは、ルカと仲間達に対して、丁寧にお辞儀をした。
『たまにメールを入れても良いですか?』
ルカがナランに訊くと、「土日くらいしかインしてないと思いますけど、いつでも連絡をくださって結構ですよ」と答えた。
イルヤードは人気のネットゲームだ。その運営会社に務めているのであれば、けっこう忙しいだろう。楢崎がどの部署に勤めているかまでは訊いていなかったが、どうやら土日に休みが取れる部署のようだ。
『ナランさん、また、一緒に遊んでください』
楢崎がゲームの説明をしてくれた時の穏やかで優しい顔が浮かんだ琉歌は、思わず、そう声を掛けてしまった。
『ええ、ぜひ』
アバター「ナラン」の顔も、何となく、楢崎に似ているような感じがした。




