Act.040:ちょうど良い関係
詩織は、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバーと一緒に、久しぶりにライブハウスを訪れていた。
ライブハウスに最後に行ったのは、父親のバンドのライブが小学四年生の頃にあって、それを母親と一緒に見に行った時だった。
父親のバンドは、全員が社会人で完全趣味のバンドだったが、ブルージーな曲調のオリジナル曲を演奏していて、バンド仲間からの評判も良く、ライブはいつも盛況だった。
そんなことを、ステージを見ながら思い出していた詩織は、他のことを考えながらライブを見ることは、一生懸命、演奏をしているバンドに失礼だと思って、ステージに集中しようとしたが、「おしんこブラザーズ」というバンドの演奏が、詩織を夢中にさせることはなかった。
メンバーの演奏も上手いし、ボーカルの実力もある。しかし、玲音を始めメンバーから散々な評価を受けたように、何かが足りなかった。
詩織も曲がりなりにでも芸能界にいて、多くのアイドルを見てきたし、番組でその子達と一緒になったこともあった。詩織など足下に及ばないほど、まるで人形のように可愛い子もいっぱいいた。しかし、その子らが全員、人気を得ていた訳ではなかった。
人は整いすぎると、逆に魅力が無くなるらしい。
詩織は、今も焦るとテンパってしまうところがあるが、当時、バラエティ番組で見せたテンパった行動が、「桜井瑞希の焦り具合がチョー可愛い!」とネットで話題になったことが、桜井瑞希の人気が爆発するきっかけになったと言われている。
また、人は完璧なもの、あるいは完璧に近いものを見せられると、堅苦しさを感じてしまうこともある。今、ステージで演奏している「おしんこブラザーズ」に足りないもの、それは「隙」ではないだろうかと思った詩織であった。
「おしんこブラザーズ」のステージが終わり、最後のバンドが準備を始めた。
同じ女性ボーカルということもあり、詩織もステージで準備をしているバンド「マーマレード・ダンス」のステージが楽しみであった。
今回の合同ライブの主催者の短いバンド紹介の後、演奏が始まった。
ボーカルとギターが女性、ベース、ドラムが男性という四人組バンドだった。
ボーカルは普通に上手かった。クセがなく澄んだ声だったが、逆に言うと、これといって特徴のない声としか言えず、先ほどの「おしんこブラザーズ」に通じるところがあった。
かといって、このバンドも退屈だったかというと、そうではなかった。
詩織は、ギターの女性から目を離すことができなかった。
同じギタリストとして、少し嫉妬してしまうほどの腕前だった。
技術のあるギタリストは、その技を見せびらかす傾向があり、ボーカルバンドでは、歌を邪魔したり、アンサンブルを考えない早弾きをしたりする者も少なからずいるが、この女性ギタリストは、おそらく、自らも作曲もしているのだろう、派手ではないが、曲を生かすフレーズを正確に弾きこなしていた。
そのツボを押さえた演奏は洗練されていて、聴いていて飽きなかったし、何よりも、詩織が、ここにはこんなフレーズを入れたいと思った途端に、そのフレーズが出てきたりするなど、感性が詩織と似ているのかもしれなかった。
もっとも、その見た目のスタイルは、詩織とは正反対にぶっ飛んでいた。
プラチナブロンドに染めた髪は左目から右目に下がるように斜めにカットされ、右目は前髪に隠れていた。右側から見ると、ストレートボブのような髪型だが、前髪が短くなっている左側は刈り上げているようになっている特徴的な髪型であった。
そして、耳たぶはもちろん、頬と鼻にもピアスをしていて、目には赤いカラコン。赤いチェックのシャツをスカートのように巻いている以外は、黒いシャツとパンツ、ブーツも黒と、黒一色の服装。
服のあちこちに付けている細いチェーンが、いかにもバンドをしている女性であることを主張していたが、派手なアクションはせずに、クールに燃えているという雰囲気であった。
「あのギター、上手いな」
一曲目が終わった後のMC中に、玲音がぽつりと呟いた。
琉歌も奏も、ステージを見つめたまま、無言でうなずいた。
その女性は、メンバー紹介で「リッカ」と紹介された。本名なのか、ニックネームなのか分からなかった。
MCから、このマーマレード・ダンスは、いくつかのバンドが解散した後に合体して、最近できたバンドだと分かった。それで、ギターの演奏に、あとのメンバーが追いついていないことも、何となく納得できた。
マーマレード・ダンスのステージが終わり、今夜の合同ライブは終演となった。
演奏を終えたミュージシャンとファンとが客席で懇親を深めていたが、詩織達は、ライブハウスを出ようと出口に向かった。
ふと見ると、榊原が「リッカ」に声を掛けていた。榊原も「リッカ」の実力を見分けたのだろう。
外に出ると、午後十時前で、まだ、酔客や若いカップルなど大勢の人が行き来していた。
「この後、どうする?」
玲音がみんなに訊いたが、このまま解散ということにはならないはずだ。
「奏屋に寄って行こうか?」
「私の部屋は、いつからお店になったのかしら?」
などと、奏が一応、反論をしたが、奏もみんなも反対をしなかった。
結局、いつものたまり場である奏の部屋で、詩織以外が缶チューハイを開けての宴会となった。
「でも、最後のバンドは、もうちょっと演奏を聴いてみたいって思わせたわね」
「うん。バンドっていうより、あのギターを聴いていたかったよ」
「あのギター、気持ち良かったよねえ~」
玲音も琉歌も、そして奏も「リッカ」のギターに魅せられたようだ。もちろん、詩織もだ。
「おシオちゃん! あんなギターなら、うちに入ってもらっても良いんじゃない?」
玲音が詩織に訊いたが、詩織が眉をひそめたのを見て、玲音も焦ってしまったようだ。
「い、いや、おシオちゃんのギターが良くないって意味じゃないんだぜ」
「ごめんなさい。そうじゃないんです」
玲音を誤解させて申し訳なく思った詩織が、玲音と琉歌と奏を見渡した。
「私は、この四人でやりたいんです! この四人で、クレッシェンド・ガーリー・スタイルなんです!」
「詩織ちゃんは、あの人が新たに加入することで、このバンドが別のバンドになることを心配しているの?」
「はい。奏さんが入る前に、もう一人、ギターかキーボードを入れようという話になった時も、すごく不安になりました。玲音さんや琉歌さんとの関係を壊してしまうような人だったらどうしようかと思ったんです。その時に、私、奏さんのことを思い出したんです。奏さんとは、これといった話もしてなかったのに、この人ならって思ったのは、きっと、奏さんが私達の関係を壊さない人だと自分なりに分かったんじゃないかなって、今、考えると、そう思うんです」
「じゃあ、さっきの『リッカ』という女性は、私達の関係を壊す気がするってこと?」
「分かりません。分からないから、すごく不安で」
詩織の言葉を聞いて、玲音も琉歌も奏も、みんなが目を伏せて、しばらく沈黙していた。
「おシオちゃんを不安がらせることを言ってごめんよ」
玲音が詩織に頭を下げた。
「だから、違います! 私は」
「いや、おシオちゃんの気持ちを考えずに、バンドのことしか考えてなかったアタシが悪い」
「玲音さん……」
「アタシがリーダーやらせてもらってるけど、このバンドの要は、やっぱり、おシオちゃんなんだよ。おシオちゃんが真ん中にいてくれるからこそ、アタシらも気分良くバンドができてると思う。だから、オシオちゃんにも気分良く歌ってもらいたいんだよ」
「ボクもそう思うよ~」
「それは、きっと、詩織ちゃんの純粋で前向きな気持ちに、私達も癒やされつつ活動できているからだよ」
「奏もたまには良いこと言うなあ。そのとおりだよ!」
「たまにはって何よ! たまにはって?」
「えっ、そのとおりだろ?」
「玲音! 一回、その首を締めてやるから、首を貸しなさい!」
「ぐ、ぐるじい~」
「ぷっ」
実際に玲音の首を絞める奏と、大袈裟に苦しげな顔をする玲音に、詩織は、たまらず吹き出してしまった。
しばらく、顔を伏せてお腹を抱え、体を震わせていた詩織は、笑いが収まってから、顔を上げた。そして、玲音と琉歌と奏の顔を順番に見渡した。
「玲音さん! 琉歌さん! 奏さん! 皆さんに出会えて、私、本当に幸せです! 理想どおりのバンドができたこともそうですけど、メンバーが皆さんだったことが信じられないくらい幸運だったと思います!」
「それは、こっちの台詞よ。詩織ちゃんから声を掛けてもらって、私もすごく幸運だったわ。詩織ちゃんと知り合ってなかったら、きっと今頃、やけ酒まみれの毎日だった気がするもの」
「それは、そのとおりだろうな」
「あんたは同意しなくて良いのよ、玲音!」
「へへへ、でも、アタシと琉歌も、おシオちゃんと出会えて幸せだったことは間違いないぜ」
「そうだよね~。他のメンバーだったら、きっと、お姉ちゃんがキレて、何回目かのメンバーチェンジしている頃だよね~」
「我ながら予想できるぜ」
「私もできるわね」
「奏は突っ込まなくて良いんだよ」
「たまには、私にも突っ込ませなさいよ」
「奏は突っ込まれ要員だろ?」
「誰が決めたのよ?」
「アタシ」
「勝手に決めるんじゃないわよ!」
また、奏が玲音の首を絞めた。
「もう、皆さん、楽しすぎです!」
詩織は、また、笑いが止まらなくなってしまった。
「やっぱ、この四人がちょうど良いみたいだな」
「玲音の意見に同調するのは癪に障るけど、そのとおりね」
「ボクも、ボクも~」
四人は、顔を見つめ合った。
バンドメンバーとして出会ったはずなのに、友人として、もう離れることが考えられないほどの絆が生まれていた。
「皆さんといると、本当に楽しいです! 時間を忘れちゃうくらい!」
詩織が何気なく言った、その言葉で、詩織を含め、みんなが我に返って、部屋の時計を見た。
「もう零時過ぎてるじゃない!」
「やっべ! 終電が迫ってるぞ」
「私、明日、じゃなくて今日、学校です!」
「みんな、後片付けは私がやるから早く帰りなさい! 詩織ちゃんをちゃんと家まで送って行くのよ!」




