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Act.033:姉妹の絆

 姉の玲音れおとともに気が合う仲間とバンドを組むことができ、その活動も本格化してきて、琉歌るかもバンドに対する情熱が、ゲームに対するそれよりも大きくなってきていることを実感していた。

 そのためか、昨日の夜には、ドラムの自宅練習に熱中しすぎて、いつもは練習が終わってからログインするネットゲーム「イルヤード」に入ることなく、いつの間にか眠ってしまっていた。

 目を覚ますと午前十時。

 今日は土曜日で株式市場は開かれていない。

 姉は既にバイトに出掛けている時間で、遮光カーテンで真っ暗な部屋の明かりを点けて、キッチンを見ると、毎日、姉が作っておいてくれる朝食がカウンターの上にラップを掛けられ置かれていた。

 それを見た琉歌は、珍しく空腹感を覚えて、さっそく朝食を食べることにした。

 ご飯も姉が仕掛けてくれていて、炊きたてのご飯の良い香りが炊飯器から立ち上っていた。

 キッチンカウンターに一人座って、朝食を食べる。もう、何年も食事を作ってくれている姉の味が大好きだった。お茶碗一杯分のご飯をぺろりと平らげると、姉に返す食器を洗ってから、パソコンの前に座った。

 パソコンのスイッチを入れると、昨日、風呂に入らずに寝てしまっていたことを思い出して、シャワーでも浴びようかと考えたが、今日はバンド練習もなく、外に出る予定もないことから洗顔だけで済ませることにした。

 ユニットバスの洗面台で顔をジャブジャブと洗った。いつも、ノーメイクだからメイクを落とすという作業をしたことがない。

 琉歌がメイクをしないのは、自分が女性らしくしていることが許せないからだ。

 だから、それまで「私」と言っていた自分のことを、意識して「ボク」と呼ぶようになった。それで許されるはずもなかったが、せめてもの罪滅ぼしだった。



 姉は、いつも琉歌のことを心配してくれていた。

 高校一年生の秋。琉歌は自宅の風呂場でリストカットをしたが、玲音が見つけて、病院に連れて行ってくれたお陰で死なずにすんだ。

「アタシのベースは、琉歌のドラムじゃなきゃ、ビートを刻めないんだよ! 琉歌がいなけりゃ、アタシもベースを辞めるからな!」

 大好きな姉にはバンドを続けてほしかった。

 小さい頃、琉歌が男の子に虐められて泣いていると、すっ飛んで来て、男の子を退治してくれた姉。

 一緒にお使いに行って迷ってしまい、辺りが暗くなって泣きべそをかいている琉歌を励ましながら家まで帰ってくれた姉。

 姉がやっていたバンドから脱退したドラムの後任に琉歌を入れてくれて、バンドの楽しさを教えてくれた姉。

 そんな姉が、自分のわがままでベースを弾かなくなるのは耐えられなかった。琉歌は玲音のバンドに戻った。戻って分かった。自分もやっぱり音楽が、ドラムが、バンドが好きなんだと。

 それから琉歌は、ずっと玲音と一緒にバンドをしている。いつもは優しい姉だが、演奏に関しては厳しい時がある。それだけ真剣だということだ。琉歌も遠慮なく自分の意見を言うことにしている。そうした方が姉も喜ぶ。姉が喜んでくれたら自分も嬉しい。そんな連鎖で、ことバンドについては積極的な琉歌だった。

 しかし、高校一年生の時に起きた出来事の前後で、変わらないのは、それだけだった。その出来事の後、琉歌は、女であること、そして恋をすることを辞めてしまった。

 それまでも姉のようにシャキシャキと受け答えできる訳ではなかったが、学校でも癒やし系として人気者だったし、実際に男子にもモテた。彼氏もいた。しかし、一瞬にして、それを失った時から、琉歌は恋に臆病になった。恋なんて、もうしたくなかった。

 ――だったら、女を捨てたら良いじゃない!

 その日から琉歌はメイクをしなくなった。学校も辞めた。辛い現実を忘れるため、仮想現実の世界に逃避した。もし、姉がバンドに残してくれなければ、外を出歩くこともなかっただろう。

 姉は、高校を卒業すると実家を出て行った。琉歌も跡を追って、二人で暮らし始めた。

 バンド活動を優先させる高卒の姉と高校中退でニートの琉歌ができる仕事は限られていた。姉がコンビニでバイトを始めたが、実家からの仕送りも断っていた二人は、毎日の生活にも困る有様であった。

 そんな時、 琉歌を名宛て人にした大金が手に入った。当初は、それをそのまま消費していたが、そんなことを続けていると、すぐに底を突いてしまう。

 そこで、琉歌は、姉への恩返しという気持ちもあり、ネットトレーディングを始めた。

 ネットに閉じ籠もりになった頃、あちこちのホームページを見ていて、その存在を知ってから、株の基礎知識もネットで勉強をした。もともと、そういう才能があったのか、それとも姉の役に立ちたいとの想いで頑張れたからか、すんなりと頭に入っていった。

 大きな儲けを狙って深追いすることなく、コンスタントに利益を積み上げていくというやり方で、平均すると月に二十万円ほど儲けを出していた。姉のコンビニのバイトも月十二万円ほどの給料が出ていたから、姉妹二人分の家賃を支払っても、生活するには十分すぎるほどだった。

 もっとも、姉が大好きな琉歌は、姉にはいつも綺麗でいてほしかったから、姉のバイト代は姉の自由に使ってもらい、生活費は自分の株取引の利益から出していた。詩織しおりかなでという素晴らしい仲間もできたが、琉歌のナンバーワンでありオンリーワンは玲音しかいなかった。



 琉歌は、パソコンを立ち上げて、ネットゲーム「イルヤード」にログインした。

 イルヤードは、中世ヨーロッパ風ファンタジー世界を舞台に、宝探しの冒険やモンスター狩りなどの戦闘を楽しむことができるMMORPGだ。

 琉歌のアバター「ルカ」の外見も金髪ショートで、自分の外見に何となく似ていたが、長くプレイしていることもあり、自分と違って、ハイスペックな能力を誇っていた。チームでも主力の剣士で、人気者であった。

 土曜日の今日は仕事や学校が休みの人もいて、ルカが所属している戦闘集団クラン「夕暮れ猫まんま」略称「猫まん」のプレイヤーもこの時間から数多くログインしていた。

『ルカちゃん、夕べは体調が悪かったの?』

 ほぼ毎日ログインしているルカが、昨夜はログインしてなかったことから、仲間が心配してくれた。

『ううん、単に寝オチしただけ(笑)』

『そっか! 良かったあ』

 「猫まん」の仲間から、ひとしきり、昨晩の出来事の報告を受けると、仲の良いアバター「チル」が話し掛けてきた。

『ねえ、ルカちゃん! 今年の拡大オフ会、どうする?』

 イルヤードの運営会社が開催する「拡大オフ会」と称するイベントが、毎年六月初旬に開催されていることは、琉歌も知っていたし、過去に一度だけ参加したことがあったが、「ルカ」の中の人こと琉歌は、「猫まん」の誰とも話せず、会場を見て回っただけだった。リアル社会への耐性は、まだ、できていなかった。

『これからちょっと忙しくなりそうだから無理かな』

 拡大オフ会の日は、土曜と日曜の二日間で、バンドのスタジオ練習のない日だったが、姉が早くライブをしたいと言っていたから、本当に忙しくなるかもしれなかった。

『そっか。ルカちゃんに会ってみたかったけどなあ』

 チルのアバターは、ルカと同じ女性剣士で、中の人も琉歌と同じくらいの年齢の女子大生だと聞いていた。もっとも、実際に会ったこともないので、本当にそうなのかまでは分からない。

『チルちゃんは行くの?』

『私もどうしようかと考え中。今年秋の大規模アップグレードの先行プレイ企画もあるらしいから行ってみたいんだけど』

 今年の秋には、イルヤードは大規模アップグレードが予定されていた。アバターが選べる職業や必殺技、シナリオが格段に増えるとともに、操作性が良くなるようであり、琉歌もそれが楽しみであった。

『他にも、いろんな催し物があるみたいだよ。ホームページにも載ってるよ』

『そうなんだ。あとで見てみるね』

 その後、琉歌は、いつものメンバーと三時間ほど遊ぶと、そろそろ、姉がバイトから帰って来る頃だと思い、一旦、ログアウトした。

 姉は、バイトから帰って来ると、必ず琉歌の部屋に来る。

 そして、姉に「おかえり」代わりの「起きてるよ」を言うことが、琉歌の日課になっていた。

 琉歌は、先ほどのイルヤードの拡大オフ会のことを思い出して、そのホームページを覗いてみた。

 確かに、いろんなイベントが用意されていたが、その中の一つの記事に琉歌は注目した。

 それは『オープニング&イベントクリアテーマ曲大募集!』という記事で、大型アップデート後に「イルヤード」のゲームを立ち上げた時とゲーム中のあるイベントをクリアした時に流れる曲を募集しているとのことであった。

 応募しているのは、未発表のオリジナル曲で、必ずボーカルが入っている曲とあった。大賞に輝いた曲は、賞金百万円が授与されるほかに、実際に、ゲームにその曲が収録されるらしい。

 「イルヤード」は、国内でも有数の人気ネットゲームで、そのアカウント数だけで二百万以上あると言われている。もっとも、実際にプレイをしているのは、そのうちの何割かだろうが、それでも大勢の人が耳にする曲になることは確かだ。評判が良ければ、CD化も夢ではないだろう。

「琉歌! 起きてるか?」

 姉が帰って来た。

「起きてるよ~」

 いつもの挨拶を交わす。

 玲音が部屋に上がって来て、持っていたレジ袋を掲げた。

「店で余り物のケーキを格安でもらってきたぜ。食べるか?」

「食べる~」

「じゃあ、お茶を入れるから、待ってな」

 勝手知ったる妹の部屋のキッチンで、玲音が素早く紅茶を入れて、ローテーブルに置いた。二つのティーカップの横に、生クリームたっぷりのロールケーキが二つ並んだ。

「じゃあ、食おうぜ」

「うん! いただきま~す!」

 一口食べると、少しだけスポンジ部分がかさついていたが、まだ十分美味しかった。姉が買って来てくれたということだけでも、美味しさが倍増しているだろう。

「ねえ、お姉ちゃん。今、パソコンの画面は、ボクがいつも遊んでいるネトゲのホームページなんだけど」

 ケーキを食べ終わった後、琉歌は、そこでオリジナル曲の募集がされていることを玲音に話した。

「テープ審査だけなんだよな?」

「うん。とりあえず、曲の募集だから~」

「そうすると、本当に曲の善し悪しだけで決められるってことだな。面白そうじゃねえか」

「でしょ~? ねえ、応募してみない~?」

「しかし、応募は個人ですることになるんじゃねえのか? それともバンドでの応募も可能なのか?」

「えっとねえ~」

 琉歌がパソコンのディスプレイの前に座ると、玲音もその隣に立った。

「……応募者の住所氏名って書いてるから、きっと個人だね~」

「でも、個人の名前の前にバンド名を入れちゃえば良いんじゃね?」

「クレッシェンド・ガーリー・スタイルの萩村玲音だあ! って感じで~?」

「それか、四人の合作ということにすれば良いよな」

「それが良いね~」

「いずれにしても、メンバーが音楽で注目されることは違いないんだから、やってみるだけの価値はあるな」

「だよね~」

「でも、一応、おシオちゃんと奏にも伝えておこう。もう、アタシ達は二人きりじゃないんだからさ」

「そうだね~。でも受かると良いなあ~。自分がプレイしているゲームに、自分達が作った曲が流れるなんて、めっさ嬉しいに決まってるよ~」

「しかし、きっと狭き門なんだろうな。佳作にでも入れば御の字ってくらいか」

「それはそう思う。それで曲だけど、せっかくなら、バンドで演奏できるような曲にしようよ~。バスドラを永遠に十六分でドコドコって鳴らしているような曲は嫌だよ~」

「心配すんなよ。そんな、いかにも打ち込みみたいな曲は、アタシも嫌いだよ。『すべてはライブのために!』が、アタシの曲作りのモットーだからな!」

「うお~! さすが、お姉ちゃん~」

 拍手をする琉歌に、玲音は、「ふむ。大儀である」という風に手を揺らした

 

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