Act.028:かけがえのない仲間
ゴールデンウィーク後半の四連休初日に東京に戻って来た詩織の父親は、中二日を家でゆっくりと過ごし、最終日の午前中には福岡に戻った。
四連休中に月曜日があったが、詩織の父親が帰って来ることと、奏も連休中は楽器店がかき入れ時ということで、いろんなイベントに借り出されていて、しかも、そんな忙しい中を縫って、日帰りで新潟に帰省する予定もあったことから、その日はスタジオ練習をパスすることにしていた。
そして、水曜日に連休が明けた翌日の木曜日に一週間ぶりのスタジオ練習があり、四人が顔を揃えた。
たった一週間、会えなかっただけなのに、玲音や琉歌、奏の元気な顔を見て、ほっとした詩織だった。
詩織は、父親が買ってきてくれた博多名産の菓子を、差し入れとして持って行った。
「これ、美味しいのよ! 名物に美味いもの無しって言うけど、これは違うのよね」
奏は、その菓子のファンだったらしく、大喜びでその菓子を受け取った。
「お父様にもよろしく伝えてちょうだいね」
「はい」
「アタシらの分もね!」
玲音と琉歌が、飲食可のスタジオの中で、早速その菓子を頬張りながら言った。
「それに引き替え、奏のお土産は何なの? 新潟なのに東京バナナって?」
玲音がいつもの調子で奏をいじってきた。
「帰りの新幹線に乗り遅れるところだったから、仕方なく東京駅で買ったのよ!」
「東京駅だって、新潟のお土産を売ってるんじゃね?」
「探したらあるのかもしれないけど、東京に戻ると、すぐに仕事が待っていたから、急いでたの!」
「そもそも、日帰りでしか日程が取れないのに、何で帰らなきゃいけないんだよ?」
「田舎はね、いろいろとうるさいのよ。あそこの娘は帰っても来やしないとか噂になるのも嫌だし、親も許してくれないのよ。だから、日帰りという強行軍で帰るしかなかったの」
「本当は、弟の嫁の顔をできるだけ見たくなかったから、日帰りにしたんじゃないのか?」
「……練習するわよ! 練習!」
図星を白状するかのような逆ギレをする奏に従って、みんながスタンバイをした。
そして、奏の部屋。
通勤が楽なようにと山田楽器店から歩いて行ける距離にある賃貸マンションだが、その場所ゆえ、スタジオ練習後のたまり場と化してしまっていた。
当初、バンドの練習は、毎週月曜日と木曜日の午後八時から十一時までやっていたが、練習が終わった後、奏が自分の家にメンバーを呼んで話をしていると、あっという間に時間が経ってしまって、何回か高校生の詩織を終電で家に帰すことになってしまったことから、奏は、月曜日と木曜日は、午後六時までに仕事が終えるようにシフトを変えてもらい、練習時間も一時間早めて開始するようにした。しかし、練習が早く終わるようになっても、その分、おしゃべりの時間が長くなっただけで、結局、詩織が家に帰るのは、いつも日付が変わってからだった。
そこで話されるのは、音楽やバンドの話ももちろんあったが、大部分はどうでも良い話だった。しかし、そんなおしゃべりをすることで、メンバー全員のストレスも発散できるし、お互いの距離感がますます近づいて来ていることも感じていた。
今日も、正方形のローテーブルに向かい合って座った四人は、土産の菓子を食べながら、詩織はお茶を、あとの三人は缶チューハイを開けて、とどまることのない話を続けていた。
「しかし、ここまで順調に来てるよなあ。オリジナル曲も六曲になったし、この調子だと夏前には初ライブができるんじゃないか?」
玲音が、みんなを見渡しながら言った。
結成前に詩織が作っていた一曲と玲音が作っていた三曲の他に、結成後に作った曲が二曲あった。詩織が詞を書き、玲音が作曲し、リズムアレンジを琉歌が、その他全般的なアレンジを奏がやるという役割分担が自然にできていた。メンバー全員が曲作りに関与することで、その曲に対する思い入れを全員が共有しようという玲音の考えによるものだった。
「でも、夏前にライブって、詩織ちゃんは大丈夫なの?」
奏が心配そうな顔を詩織に見せた。
「そうですね。自分で思っていたよりもバンドのペースが速いのは嬉しい誤算ですけど……。でも、ここまで来たら、もう後戻りしたくないです」
「学校にばれても良いってこと?」
「それはもう仕方がないって思ってます」
父親ともそのことは話をした。
詩織がバンドをしていることは、学校はあずかり知らないということになっているが、父親から土田教頭には、詩織のバンドの活動状況はそれとなく伝わっているようで、いざ、ばれた時の心づもりは土田教頭もできているはずだと、父親は話していた。
「でも、昔の私のことは、まだ、ばれたくないです」
バンドをしていることが学校にばれたら、詩織が学校を辞めれば良いだけだ。
しかし、昔の詩織のことがばれると大騒ぎになる。詩織はもちろん、他のメンバーも一番避けたい事態に陥ってしまう。
「そうだな」
「じゃあ、おシオちゃんだけ仮面して出る~?」
琉歌が真面目な顔をして訊いた。
「か、仮面ですか?」
「謎の美少女仮面シンガー! って話題になるかもよ~」
「仮面してたら美少女かどうかも分からねえだろ! って、そもそも、そっちがかえって目立ってしまうわ!」
玲音からお約束の突っ込みをされる琉歌だった。
「でも、詩織ちゃんの歌を聴けば、ばれるかもしれないわね」
奏が思案顔で言った。
「私達も詩織ちゃんの顔を近くで見て、どこかで見たことがあるなあって思ってたんだけど、どうしても思い出せなくて。でも、詩織ちゃんの歌を聴いて、分かったじゃない?」
同意を求めるように訊いた奏に、玲音と琉歌もすぐにうなずいた。
「そうだな。おシオちゃんの歌を聴いた観客が、アタシらと同じように衝撃を受けて、その記憶の元をたどられるとばれてしまうかもね」
四人はしばらく考え込んでしまったが、詩織が大きくうなずいて、三人を見渡した。
「ライブをやって、ばれてしまうことは仕方ないです! 私も、もう、覚悟はできてます! 皆さんをそれに巻き込んでしまうことは本当に申し訳ないですけど」
「何を言ってるのよ、詩織ちゃん! みんな、それを覚悟の上で詩織ちゃんと一緒にバンドをすることにしたのよ! それでも詩織ちゃんと一緒にしたいって思ったからだよ! そうでしょ、玲音? 琉歌ちゃん?」
「今さら訊くなって」
「そうだよ~」
玲音と琉歌も奏の言葉に首肯した。
「皆さん、……ありがとうございます!」
詩織は、溢れる感謝の気持ちがこぼれてしまって、自然と頭を下げた。
「詩織ちゃんが変に萎縮してしまって、いつもの調子が出せない方が、私達的には辛いし、面白くないわ。ばれたらばれた時だよ」
「そうだよな。思い切りやろうぜ!」
「異議な~し」
詩織は、このメンバーに巡り会えて本当に幸せだと思った。少し涙ぐんでしまったが、隣に座っていた玲音に肩を抱かれて揺さぶられると、元気を注入された気がした。
「分かりました! やりましょう! これからもどんどん強くなる私達の生き様を見せつけてやりましょう!」
「その意気だぜ!」
「はい!」
詩織の過去のことがばれるかもしれないという心配事についても気持ちの切り替えができて、また、メンバー全員が他愛のない話しで盛り上がってきた。
「体育祭?」
「はい、明日の金曜日にリハーサルをやって、来週の土曜日が本番なんです」
「あのアルテミス女学院の体育祭かあ。ちょっと、見てみたいわね」
「奏はブルマフェチなのか?」
「何でそうなるのよ?」
「うちの学校はブルマじゃないですよ」
詩織のその言葉で形勢逆転とばかりに、奏が玲音を見下げるようにして言った。
「あら~? 玲音の学校はブルマだったの? 私でさえ、ハーフパンツだったのに。玲音って、実は年齢詐称してるんじゃないの?」
「奏が履いてたハーフパンツって、モンペのことか?」
「違うわよ! 何で私が竹槍を持って空襲警報に怯えながら体育をしてなきゃいけないのよ!」
「そこまで言ってねえし。奏さん、もしかして、隠れた突っ込み才能を開花させたのか?」
「……玲音と話していると、私の上品さがどんどんと失われていく気がするわ」
奏が頭を抱えた。
「上品な女性が缶チューハイ十本も開けて二日酔いするかよ?」
「うるさいわよ! 玲音のことはほっといて、詩織ちゃん。体育祭は、父兄以外でも見ることはできるの?」
「いえ、残念ながら、父兄票という証明書を持っていないと学校の中に入れないです」
「やっぱりねえ。玲音のような不審者が校庭を彷徨いていると怖いもんね」
「まあ、そうだよな」
玲音自身が同意した。
「あれっ、珍しく素直じゃない?」
「自覚があるんだよね~、お姉ちゃん?」
「まあね」
「あんたら……」
胸を張った玲音と琉歌に呆れる奏だったが、また、詩織に話を振った。
「それはそうと、詩織ちゃんは、運動神経はどうなの?」
「昔、ダンスもしてたので、悪くはないと思っていますけど」
「あっ、そうか。悔しいけど、玲音も運動神経は良さそうね」
「任せてよ! 体育祭と文化祭だけはアタシの独壇場だったから!」
「勉強は?」
「訊くな」
「……琉歌ちゃんは?」
「訊かないで~」
「えっ、勉強と運動神経のどっち?」
「どっちも~」
「でも、琉歌ちゃん、ドラムしてるのに?」
「ドラムと運動神経って関係しないと思う~」
「そうなの?」
「そういう奏の運動神経はどうなんだよ?」
「はっきり言って運動は苦手。体育祭の時は憂鬱だったわね」
「どうせ、『いや~ん、転んじゃったぁ!』な~んて言って、男に媚び売ってたんだろ?」
奏が露骨に玲音から視線をはずした。
「また、図星かよ!」




