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Act.018:クラブ勧誘狂想曲

 「クレッシェンド・ガーリー・スタイル(仮)」の初練習があった日の翌日。

 金曜日の朝。

 詩織しおりは、朝食のパンを食べながら、時計代わりにしているテレビの情報ニュース番組をぼんやりと見つめていた。

 昨日は、自分のバンドで練習ができた喜びのあまり舞い上がってしまって、楽器店のピアノ講師で名前も知らなかった人に突撃して、バンドに加入してくれなどと言ってしまったが、一晩明けて冷静になると、すごく恥ずかしくなってしまった。

 詩織は、普段は、真面目で物分かりが良い女の子だが、自分がこうと決めたら後に引かない頑固さや、突飛な行動も躊躇しない思い切りの良さも併せ持っている。それが、周囲の反対を押し切ってアイドルを引退したり、気分が塞ぎがちになるギターの個人練習を延々と二年間もやり通した強い意志に繋がっているのだろう。

 しかし、まだ、詩織の携帯にかなでからのメールは来てなかった。

 というより、来るはずがないと諦めていた。

 演奏を少し聴いただけで、今まで話をしたこともない人をバンドに誘うなんて、ちょっと危ない女の子だと思われたに違いない。

 はあ~とため息を吐いた詩織は、ふと、激変したこの一週間を振り返ってみた。

 月曜日から新学年が始まった。

 クラス替えもなく、これまでどおりの学校生活が繰り返されるはずだったが、その放課後、個人練習に行ったスタジオビートジャムで玲音れお琉歌るかとの運命的な出会いをした。そして、その日のうちに意気投合した三人は、バンドを結成する約束をした。

 火曜日には、バンドをすることについての学校の許可をもらおうとしたが、教頭の土田つちだは首を縦に振らなかった。意気消沈した詩織だったが、詩織の気持ちを分かってくれた父親が土田にも話を付けてくれて、学校は詩織がバンドをしていることをあずかり知らないということになった。

 水曜日に再び会った玲音と琉歌と正式にバンド結成をして、バンド名も仮だが「クレッシェンド・ガーリー・スタイル」と決まった。そして、その後に行った山田楽器店でデモ演奏をしていた奏の演奏に感動をして、思わず声を掛けてしまった。また、その日には、アルバイトをすることにしたレンタルDVD屋である「カサブランカ」に行き、その後、玲音と琉歌とお互いの自宅を訪問しあった。

 そして昨日の木曜日。バンド結成後の初練習が終わり、キーボードメンバーを募集することになり、詩織は、いても立ってもいられずに、奏をバンドに誘った。

 そして、今日の金曜日は、放課後、人生初のアルバイトをすることになっていた。

 先週までは、その身を小さくし、声を潜めながら生活していた。昔の自分を知られたくないという気持ちがすべてに優先していた。

 しかし、ずっと夢見てきていたバンドの結成が実現できたことで、詩織の意識は、自分の過去を隠すことから、このバンドを思いどおりのものにしたいということにシフトしていた。もう二度と出会えないと思えるくらいに気が合う玲音や琉歌と結成したこのバンドを必ずや成功させたかった。その気持ちの表れが、奏に対する唐突とも言える「プロポーズ」だった。

 芸能界を引退して隠れるように生活していた詩織が満を持して羽ばたく時が来たような気がした。そして、今、羽ばたかなければ、しばらく羽ばたけない気がしてならなかった。その一種の焦りのような感情が、詩織を前へ前へと突き動かしていた。



 詩織は、キーボードメンバーをどうするかなどの悩みを抱えつつも、昨日、初練習も終わったことで、朝からご機嫌で登校をしていた。

桐野きりのさん、ごきげんよう」

 いつもどおり、優花ゆうかが挨拶をしてくれた。

相良さがらさん、ごきげんよう」

「桐野さん、何か良いことがありましたの?」

「はい?」

「いえ、何だか嬉しそうなので」

「そ、そうですか? 特に何もなかったのですが?」

「でも、さっき、桐野さんを見掛けた時、何だか別人のような気がして、声を掛けるのを、一瞬、躊躇ってしまいました」

 夢の実現に大きく踏み出せたことで、自分ではそんなつもりではなかったが、嬉しい気持ちがそのまま表情として出ていたのだろう。

 しかし、逆に言うと、詩織は、これまで優花達にも仮面を付けた表情しか見せてなかったということだ。自分では自然な笑顔ができていると思っていたが、やはり作り物の笑顔でしかなく、毎日会う同級生達はそれを無意識にも感じ取っていたのだろう。

 詩織は優花達にずっと嘘を吐いてきたことが申し訳なくなった。

 しかし、バンドをしていることは、学校にばれないようにしなければいけない。そして、この嘘は学校を卒業できるようになるまで吐き続けなければならない。

 詩織は、学校を卒業したら、優花達にちゃんと謝ろうと思った。



 学校に着くと、校門から校舎玄関に至るまで、大勢の生徒達で埋まっていた。

「ああ、今日はクラブ勧誘の解禁日でしたわね」

 部活をしていない詩織はすっかりと忘れていたが、今日は、この春の新入生に対するクラブ勧誘が解禁された日で、各クラブの部員が、登校して来る一年生にビラやチラシを配りながら、自分のクラブに入らないかと声を掛けていた。

 一年生かどうかはセーラー服の左腕に付けられたワッペンを見ればひと目で分かるようになっている。学年とクラスが書かれているし、詩織達三年生は「青」、二年生は「緑」、一年生は「赤」色を基調にしたデザインになっていて、遠目でも学年が分かるのだ。

 ということで、三年生の詩織と優花は、うるさいくらいの勧誘合戦に巻き込まれることなく、校舎までたどり着くことができた。

「相良さんは吹奏楽部の勧誘をされないのですか?」

「今日の午後が正式な勧誘の時間に充てられています。午後一時三十分から講堂で新入生歓迎コンサートをすることになっていますわ」

 詩織は、バンドのことで頭がいっぱいだったこともあり、そういえば、昨日のホームルームでそんな連絡があったような気もする程度にしか憶えていなかった。

「それでは、この人達は?」

「始業時間ギリギリまでアピールして、午後からの本番に見に来てもらおうという狙いですわ。うちも二年生があそこでアピールしていますよ」

 優花が指差す先を見れば、吹奏楽部の横断幕を掲げた数人の生徒達がビラを配っていた。三年生の指示でやってはいるのだろうが、嫌々やっているようではなく、みんな、一所懸命に大声を上げていた。

 自分達が好きなことを一緒にやってくれる仲間を集めたい。

 生徒達はそんな想いを胸に勧誘をしているはずで、それは、「理想のバンドメンバーを集めたい」という詩織の想いとも共通しているはずだ。



 そして、その日の午後。

 午後の時間の全部を使って、各クラブの勧誘合戦が行われた。

 運動系クラブは、校庭、体育館、道場で実技を披露し、文化系クラブのうち、研究会系クラブは各部室で研究成果の展示やプレゼンテーションをし、吹奏楽部や演劇部といった芸能系クラブは講堂で日頃の成果を順番に披露していた。

 詩織の仲良し四人組も、優花は吹奏楽部、美千代みちよは書道部、珠恵たまえはテニス部への勧誘のため、それぞれの部員と一緒に行動していた。

 この日は、新入生のみならず在校生も自由に勧誘合戦の見学ができることから、部活をしていない詩織は一人で、三人のクラブを順番に見学に回っていた。

 講堂で行われた吹奏楽部の新入生歓迎コンサートを見終えた後、書道部に顔を出そうと、文化系クラブの部室が並んでいる北校舎に向かった。家庭科実習室や理科実験室などがある一階には再々行くことがあるが、各クラブの部室が並んでいる二階以上の階には、ほとんど足を踏み入れたことはなかった。

 ここでも各クラブの部員達は部室から廊下に出て、行き交う一年生に声を掛けていた。

 詩織は、賑やかな廊下を書道部に向かって歩いていたが、ふと足を止めた。ひとみの姿を見つけたからだ。

 瞳には、夜の池袋で、眼鏡をはずし、ギターを持っている姿を見られている。その時は、同じ学校の生徒だとは知らなかったが、それが詩織だということを瞳が知れば、学校に秘密にしているバンドのことをばらしてしまうかもしれない。そう言う意味で、瞳は詩織にとって気になる存在であった。

 しかし今、瞳は、一年生二人に向かって夢中で勧誘をしていて、自分のことをじっと見ている詩織にはまったく気がついていなかった。

「私達文芸部は、文芸作品だけではなくて、娯楽作品やラノベなどの情報も交換して、自らも小説を書くという活動をしてるの! あなた、好きな作家さんとかいる?」

「私は、鎌地かまじ先生の作品が好きです!」

 一年生の一人が元気よく答えた。鎌地先生とは、今、高校生に人気のラノベ作家さんだ。

「鎌地先生かあ。良いよね。ラノベって馬鹿にする人がいるけど、人気があるということは、それだけ面白いってことだよね」

 自分の好きな作家のことを誉められて、一年生も嬉しそうだった。

「あなたは誰が好き?」

「私は桜小路さくらこうじ先生の恋愛小説が好きです」

 瞳の日の色が変わった。

「桜小路先生の作品は私も大好きなの! 『恋人たちの風』は読んだ?」

「はい! それを読んで、ファンになりましたから!」

「恋愛小説なのに、あの予想だにしないラストはびっくりだったでしょ?」

「はい!」

「ねえ」

 瞳が一年生二人を手招きして近くに寄らせた。

「うちに所属していると、桜小路先生本人にも会えるわよ」

 近寄らせた割には、離れた場所に立っている詩織にもはっきりと聞こえるボリュームの声だった。隣のアニメ同好会の話を聞いていた一年生も反応したくらいだから、瞳の狙いどおりだったのだろう。

「本当ですか?」

「嘘を言っても仕方がないじゃない! 詳しい話は部室の中でね」

「はい」

 どうやら、瞳は、桜小路さくらこうじひびきの妹というアドヴァンテージを最大限利用して、部員獲得に邁進しているようだ。

 瞳と会ってから、詩織も響のことに興味が湧き、ネットでいろいろと調べた。

 それによると、響は、色素欠乏症アルビノのせいで子供の頃から虐めを受けていた上、高校生になった頃から後天的に目が悪くなり、現在は強度の弱視であるらしい。しかし、響は、そんな逆境を跳ね返して、在籍していた普通科の高校を卒業後、有名私大に進学して、在学中に応募した作品が新人賞を受賞してプロデビュー。その後、立て続けにヒット作を連発させて、最新作「恋人たちの風」が某大手文学賞を受賞し、同時にミリオンセラーを記録した新進気鋭の若き恋愛小説作家である。そして、その貴公子然とした容姿から、響本人も、主に女性の人気が高いとのことであった。

 確かに、詩織が夜の池袋で響に会った時、女性かと思ったくらい整った顔立ちをしていた。アイドル時代に嫌と言うほどイケメンを見てきた詩織であっても見とれてしまうほどであった。

 玲音達と同じ日に響とも出会ったことから、玲音達と同じように「運命の人」かもという妄想を一瞬でもしてしまったことが思い出され、詩織は一人で照れながら、文芸部の前を通り過ぎた。

 

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