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prelude02:萩村玲音

 玲音れおは、微かに漂う紫煙で目が覚めた。

 大嫌いな匂いだ。

 玲音は、お腹の所まで下がっていたシーツを胸元までたくし上げて、枕に乗せたままの頭を煙が流れてきている方に回した。

 裸の男が玲音に背中を向けてベッドに腰掛けていて、缶コーヒーの空き缶を灰皿代わりにして、煙草の灰を落としていた。

 あれだけ煙草は嫌いだと言った玲音が、ぐっすり眠っていて起きないと思っているのだろうか?

 ベランダのサッシを少し開けているのは、部屋に煙が充満しないように気を使ったのかもしれないが、そこから爽やかに吹き込んでくる春の風が、煙を玲音の方に運んできていた。

 服を着るのが面倒くさいからか、ベランダに出て吸おうという配慮すらできない馬鹿男だったということだ。

 昨日、初めて会った時から分かっていたことだ。

 なのに、一人で眠るのが寂しくて、一緒に帰って来たのは自分自身だ。

 自己嫌悪に陥りながらも、玲音は、できるだけ音を立てずにシーツを体に巻き付けると、ゆっくりと立ち上がった。

 もう陽は高い。世の中は日常の活動が始まっている時間で、車の音や人々の話し声といった街のざわめきがベランダから部屋に入り込んで来ていた。

 男の背中に立った玲音は、その背中を思い切り蹴った。

 男は、あられもない姿でフローリングの床にうつぶせに倒れた。

 すぐにベッドの上で仁王立ちしている玲音の方に向いて座り直した男の表情には、驚きと若干の恐怖心が入り交じっていた。

「昨日、『俺は煙草は吸わない』と言ってただろうが?」

「い、いや、それは」

 男の目が泳いでいた。言い訳を考えているのだろう。

 玲音は、男の言い訳を聞いてやろうと、少しの間、待っていたが、男は何も言い訳を考えつけなかったようだ。

「出てけよ!」

「……」

「早く出てけ!」

 玲音は、ベッドから飛び降りると、床に脱ぎ散らかしていた男の服を拾い上げて、男に向けて投げつけた。

 男の不機嫌そうな顔。同じ顔をした男をもう何人見たことだろう。

 朝を迎えると、夜のうちに見えなかった、いろんなことが見えてくる。

 否! 夜には見ようとしていないだけかもしれない。

 しかし、朝の光は、それを包み隠さず晒してしまう。そして、我慢ができなくなる。その繰り返しだ。

 立ち上がってパンツを履こうとした男の舌打ちで、玲音は、また、キレた。

 男の腹に蹴りを入れた玲音は、腹を抱えて前屈みになった男の後ろに回って、今度は尻を蹴って、ワンルームの玄関先まで男を蹴飛ばした。

 男の服を拾い上げてから、男に近づくと、ふらふらと起き上がった男の腕を掴んで立ち上がらせ、玄関のドアを開けると、そのまま裸の男をマンションの通路に放り出し、服を投げつけた。

「とっとと帰れ!」

 ゴミ袋を持った隣のOLと目が合ったけど、無視してドアを閉めた。

 部屋に戻り、洗面台の前に立つ。

 赤いメッシュを一筋入れた長い黒髪を両手でかきむしる。

「どうして、いつもいつもこうなんだ?」

 涙は出ない。

 でも、情けなくなって、そのまま床に座り込んだ。

 天井を見つめながら、自分が作った歌を口ずさんだ。

 ――あんたを傷付けたナイフがあたしの心を切り刻む。

 玲音は、自分をあざ笑った。

 

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