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Act.015:クレッシェンドな絆への第一歩

 カサブランカを出た詩織しおり玲音れお、そして琉歌るかは、同じ駅で降りるのにお互いの家を知らないのはおかしいし、しかも全員一人住まいで、もしもの時には駆けつけることもできるということで、お互いのお宅訪問をすることになった。

 まずは、詩織が玲音と琉歌の家に行くことにした。

 江木田駅北口から歩いて二分のところにあるカサブランカの前の道を、そのまま真っ直ぐ三分ほど歩くと、角にコンビニがある交差点までやって来た。

「ここが、アタシが昼間にバイトをしているコンビニだよ」

 玲音の説明にうなずきながら、コンビニを回り込むようにその交差点を左に曲がり、三分ほど歩くと、二人の家だというワンルームマンションがあった。

 そこは一階の半分が美容院になっていて、その上が一階当たり六部屋ある五階建てのマンションであった。

「一応、女性専用の賃貸マンションなんだ。アタシ達の部屋は二階で、琉歌が角部屋の二〇一、その隣の二〇二がアタシの部屋だよ」

 オートロックの玄関を入り、エレベーターで二階に上がると、まず、角部屋の琉歌の部屋に行った。ちょうど美容院の上の部屋であった。

「散らかっているけど、気にしないで~」

 琉歌がドアを開けて、明かりを点けるとそこは、カウンターキッチン付きのリビングであった。その部屋の右手にはドアが二つあり、おそらく、バスルームとトイレだろう。

 ベッドとローテーブル、そして小さなテレビとミニコンポいう普通のワンルームの佇まいに加え、ディスプレイとデスクトップパソコンがセットされている大きなパソコンデスクと電子式の練習用ドラムが置かれていて、広い部屋だとは思われたが、ごちゃごちゃとしている印象は拭えなかった。

 詩織も自宅でのギター練習ではヘッドホンを欠かせなかったが、物理的な音や振動が出るドラムはもっと大変だろうなと考えた。

「家でも練習されているのですね?」

「もちろんだよ~。練習しなくても良いほど上手くないし~」

「騒音の苦情とか大丈夫なんですか?」

「下の美容院は夜には無人になるし、隣はお姉ちゃんちだから、けっこう夜遅くまでドラムの練習ができるんだよ~。だから、この部屋に決めたんだけどね~」

 学校の友人の家に遊びに行くこともなかった詩織は、人の部屋に入るのも久しぶりで、何となくワクワクとした気分になって、部屋の中を見渡した。

「あのパソコンでゲームをしているんですか?」

「そうだよ~。平日の昼間はトレードして、平日の夜と土日はゲーム三昧さ~」

「その間は、ずっとパソコンにかぶりつきなんですか?」

「ゲームの時にはね。トレードの時には、そんなに頻繁にパソコンを操作することはないから、下に音が響かない程度に軽くドラムの練習をしながらの方が多いかな~」

「じゃあ、平日の昼間もけっこうドラムの練習をされているんですね?」

「やっぱり、お姉ちゃんと一緒にバンドしたいし、そのためにはドラムをもっと上手くなりたいからね~」

 琉歌の行動原理は何事も、姉の玲音と離れたくないということのようだ。もし、玲音がいなくなったら琉歌は生きていけるのだろうかという不謹慎なことをふと考えた詩織は、少し自己嫌悪に陥りながら、その考えを頭から振り払った。

「じゃあ、今度は、アタシの部屋に行こうか?」

 三人は琉歌の部屋から出ると、隣の玲音の部屋に行った。

 角部屋ではないことから、琉歌の部屋とは少し部屋の形が違っていたが、広さはほぼ同じで、トイレやバスルームの配置も似通っていた。

 やはり、ベッドとローテーブル、テレビにミニコンポという一人暮らしセットの他に、琉歌の部屋には見えなかった大きな洋服ダンスがあった。

 部屋の隅には小さなキーボードが椅子に座って演奏できる高さで設置されていて、そして、ギタースタンドには、ベースギターが三本、立て掛けられていた。そのうち一つは前回スタジオで見たフェンダージャズベースだが、後の二つは詩織の知らないメーカーのものだった。

「ベースを三本も持ってるんですね?」

「うん。メインはジャズベだけど、この中古で買ったプレシジョンは予備、それとこれは中学の時、アタシが一番最初に買ったベースなんだけど、まだ、ちゃんと音も出るし、捨てられなくてさ」

「分かります! 私もギターを始めた時に父親から譲ってもらった国産メーカーのストラトがあるんです。それは、父親がずっと弾いていたもので、あちこちに傷があったりするんですけど、やっぱり愛着があって、捨てられずに置いてます」

「だよなあ。ミュージシャンにとって、楽器は分身とか戦友って感じだよな?」

「はい!」

 詩織が父親に譲ってもらったギターは、アイドルをやっていた時も家に帰ってから時々弾いていたし、引退をしてから買った、今、メインで使っているフェンダーのストラトキャスターを買ってからも、予備のギターというより、想い出がいっぱい詰まったタイムカプセルのような気持ちで、自分の部屋にそのまま置いていた。

「詩織ちゃん、お腹空いてないかい? 簡単な夜食でも作ろうか?」

「い、いえ、大丈夫です。あっ、でも、もうこんな時間」

 楽しい時間は早く流れる。時間はもう午後十一時を過ぎていた。

「もう帰るかい?」

「はい」

「じゃあ、こんな夜更けに詩織ちゃんを一人で歩かせる訳にいかないから、詩織ちゃんの家を訪ねがてら、家まで送ろうか?」

「あ、あの、ご迷惑でなければ」

「全然、迷惑じゃないさ」

「むしろ、詩織ちゃんの家に行きたい~。あっ、でも、無断でベランダに忍び込んだりしないから安心して~」

「うち、十二階なんですけど」



 玲音と琉歌のマンションを後にした詩織は、二人と一緒に江木田駅を越えて南口に出ると、詩織の家まで歩いて行った。

「でっけー」

 玲音がマンションを見上げながら言った。

「私が中学生の時までは家族で住んでいたので」

「あっ、そうだったね」

 玲音や琉歌の住むワンルームマンションと違い、豪華な作りの本格的な分譲マンションで、オートロックの玄関を入ると大理石をふんだんに使ったロビーがあった。

 エレベーターで最上階十二階に上がると、その角部屋まで外通路を歩いた。

「うひょ~、さすが十二階だと景色が良いなあ」

「本当だよ~。池袋も丸見えだ~」

 この周辺には高いビルもないことから見晴らしが良く、周囲よりもひときわ明るく輝いている池袋駅周辺もよく見えた。

 ドアを開け、中に入ると、ハムスターのペンタが回し車を回転させている音が聞こえてきた。

「どうぞ」

「お邪魔します」

 詩織しかいないのに、玲音と琉歌は、なぜかかしこまっていた。

「ここが私の部屋です。隣の部屋は父の部屋ですけど、今は、父がたまに帰って来た時に寝泊まりするベッドくらいしか置いていません」

 廊下に二つ並んであるドアの、手前のドアを詩織が開け、中に入ると、玲音と琉歌が続いて、中に入った。

「うはは、可愛い! もう見るからに女子高生って部屋だよな」

 ギタースタンドにエレキギターが二本立て掛けられていること以外は、ぬいぐるみやファンシーな雑貨が綺麗に整理されて置かれている可愛い部屋だった。

「ちゃんと掃除も行き届いているねえ。感心感心」

「玲音さんの部屋も綺麗でしたよ」

「あれっ、ボクの部屋は~?」

「あっ、あの、それなりに……」

 琉歌の部屋のパソコン机の上には空のペットボトルが何本か置かれていたのを、しっかりと見ていた詩織だった。

「ははは、琉歌の部屋の掃除もアタシが見かねてやるくらいだからさ」

「そ、そうなんですね」

「ネトゲとトレーディングとドラムの練習で忙しいんだよ~」

「そんなの理由になるかい!」

 漫才のツッコミのように琉歌の頭を軽くぺしっと叩く玲音だった。

「さっき、夜食を作ろうかって言われましたけど、玲音さんは料理もされるんですか?」

「やりそうにないだろ?」

「あっ、いえ、けっして、そういう訳では」

「あはは、顔に出てるよ」

 玲音も詩織を責めているようではなく、面白がっていた。

「琉歌がネットトレーディングで稼いでくれるようになるまでは、自分のバイト代だけで生活していたから、節約のために仕方なく自炊をしていただけだよ」

「でも、玲音さんの女子力の高さ、憧れます!」

 見た目はモデルのようで、家事とかしそうにない雰囲気だけに、そのギャップに惚れてしまいそうだった。

「そんなことないって。高校卒業して家を出て、ずっと一人暮らしをしてたから、自然にそうなっただけだよ」

「あっ、そういえば、玲音さん達の実家って、遠くなんですか?」

 玲音と琉歌が少し眉を寄せたのを見た詩織は、すぐに後悔した。

「ご、ごめんなさい」

「うん? 何、謝ってるの?」

 玲音が笑顔で言った。一瞬、二人のしかめ面は見間違いかとも思った。

「い、いえ、訊いてはいけないことだったのかなあって思ったので……」

 玲音は、「ふっ」と、ため息とも笑い声ともつかない呟きを漏らした。

「詩織ちゃんて、本当に人の表情をよく見てるよね? 心を読まれているのかと思うくらい」

 それはきっと、アイドル時代に身に付けた才能だろう。

「す、すみません」

「いや、別に責めてる訳じゃないから誤解しないで。それは人の心を思いやることができるってことだよ」

「そ、そうでしょうか?」

「そう思うよ。ちなみに、アタシ達の実家は埼玉にあって、池袋からは電車で一時間くらいかな。でも、ちょっと事情があって、二人とも離れて暮らしてるんだ。まあ、人に話すような事情じゃないからさ」

「わ、分かりました」

 玲音が詩織の頭をポンポンと軽くはたいてくれた。「全然、気にしてないよ」という気持ちが込められていて、すごく愛情を感じた詩織だった。

 その後、詩織はリビングに二人を連れて行った。

「お~、広い~。ねえ、カーテン開けても良い~?」

「はい」

 琉歌が、はしゃいでベランダのカーテンを開けると、そこからは新宿の高層ビル群の夜景が一望できた。

「すげーな。夜は東京の夜景を独り占めって感じだよな」

「玲音さん! 琉歌さん! 私、この広い部屋で一人なので、時々すごく寂しいって感じる時があるんです。たまにでも良いので、うちに遊びに来てください!」

「たまにどころか、ちょくちょく来ちゃうぜ」

「うんうん、ボクも来たい~」

「ぜひ! あっ、そうだ!」

 玲音と琉歌は何事かと、大きな声を上げた詩織の顔を見つめた。

「今度の土曜日の夜! ここで、クレッシェンド・ガーリー・スタイルの結成をお祝いしませんか?」


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