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Act.160:交際宣言

 一月十日。日曜日。

 デビューシングルのPV撮りを一週間後に控えたこの日。

 エンジェルフォール本社の会議室に、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバー、榊原さかきばら竹内たけうち、広報担当の鴨田かもだが集合していた。

 その全員が注目しているのは、演台に立った椎名しいなだ。

 今日は、バンドメンバーに対して、あらかじめ、PVの内容について説明をしておき、撮影当日、スムーズな進行ができるようにしておくための事前説明会の日であった。

「では、既に別録りを済ませているシーンをいくつかご覧いただこうと思います」

 椎名が会議室の後ろに控えているエンジェルフォールの社員にうなずくと、会議室の電灯が消され、演台の横にセットされているスクリーンにプロジェクターの映像が映し出された。

 学校の教室のシーン。

 女子高生が憧れている男子からの視線を感じて、一瞬、見つめ合う二人。しかし、頬を染めて、すぐに視線をそらせる女子高生。

 教室の他にも、休み時間中の廊下のシーンや体育の授業中の校庭のシーン。あらゆる場面で、そんな胸キュンなシーンが繰り広げられた。

「椎名にこんなシーンが撮れるとは思わなかったな」

 メンバーにだけ聞こえる小さな声で、玲音れおが呟いた。

 映像が終わり、会議室の明かりが灯されると、椎名が再び話しだした。

「バンドのメンバーの皆さんには、この教室のセットの中で演奏をしてもらおうと思います」

「メンバーだけでですか?」

「採用された我々の案ではそうです」

「玲音君は、オーディエンスがいた方が良いという意見なのかい?」

 会議の席上ということで、玲音も丁寧な言葉遣いで椎名に訊いた。また、二人きりの時には、名前を呼び捨てで呼び合っている榊原と玲音だが、この場では榊原も君付けで玲音を呼んだ。

「そうです。最初は、誰もいない教室で演奏するシーンでも良いと思うんですけど、盛り上がってくる、最後のサビのシーンは、生徒達が周りにいて、教室でライブをしているようにしても良いような気がしたんです」

「なるほど、サビの盛り上がりを映像からも感じさせようという訳か」

「確かにその案もありですなあ」

 榊原と鴨田が感心しながら言った。

「椎名君はどう思う?」

「もちろん、有りだと思います。実は、うちのメンバーの中でも、最後はライブ風に仕上げた方が良いんじゃないかという意見も出ていたんですが、多数決で今の案に落ちついたんです」

「今から撮り直すことはできるかい?」

「ご心配無用です。既に撮っています」

「えっ?」

「先ほども説明したように、我々の間でも意見が分かれたので、念のため、そういったシーンも撮りました。バンドの演奏シーンと合成すれば、実際にライブをしている雰囲気になると思います」

「気が利くというか何というか」

「我々は、まだ、発足したばかりの貧乏な集団で、役者さん達を何日も拘束できるだけの資金もありませんから、撮影できる時に、いろんなシーンを撮っておく習慣ができているんです」

「なるほど」

 椎名に説明に、榊原も苦笑しながら納得をしていた。

「メンバーの服装はどんなものにする予定ですか?」

 自らのファッションにもこだわりを持っている玲音が、続けて椎名に尋ねた。

「心配をしなくても、高校の制服を着せるつもりはありません」

「着るつもりもねえよ!」

 思わずが出た玲音だったが、椎名は雰囲気を変えずに話を続けた。

「今と同じような普段着で良いと思っていますけど、イメージを揃えたいとかの希望がありますか?」

「まあ、最初のPVだし、アタシもそれで良いかなって思ってます。いつもの自然体な自分達を見てもらいたいっすから」

「そうだね。クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドはこういうバンドなんだというイメージができあがったら、それを覆すようなイメージのPVを作るという戦略もありだろうが、玲音君が言うとおり、まずは、クレッシェンド・ガーリー・スタイルの飾ることのない自然体のイメージで行きたいね」

 榊原も玲音の案に同意した。

「他に何かあるかな?」

 進行役の榊原が参加者に訊いたが、意見、質問は出なかった。

「では、以上にしよう。みんな、ご苦労様」

 閉会を告げた榊原が鴨田とともに会議室を出て行き、竹内も続いて会議室を出て行こうとしたが立ち止まり、「みなさん、この後、何か予定がありますか?」とメンバーと椎名に尋ねた。

「いいえ、特に」と玲音が答え、椎名もうなずいた。

「この後、二時間ほどは会議の予定はありませんから、ここで休憩でもしていってください。コーヒーを持って来させましょう」

 いつもどおり淡々とした話し方だが、竹内ならではの細やかな心配りだった。

 竹内は、ちらっと奏の顔を見て、少し微笑んでから会議室を出て行った。

 


 エンジェルフォールの女性社員が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバーと椎名は会議室で雑談をすることができた。

 ロ型にセットされた会議用テーブルの一方に椎名が、その対面のテーブルにメンバーが並んで座っていた。

 かなでは、電話で椎名から告白されてからは、初めて椎名と直に会ったが、ときどき、奏をじっと見つめる椎名と目が合った。

 隣に座っている詩織しおりを横目で見ると、椎名をじっと見つめることができずに、少し視線を伏せ気味にしているのが分かった。

「しかし、さっきも思ったけど、椎名も今回みたいなキュートな映像を作ることができるんだなって感心しちまったぜ」

 何となく、気まずい雰囲気の奏と詩織には気づかず、玲音がいつもの調子で言った。

「失礼だな。俺が常に小難しいことしか考えていないと思っているのか?」

 会議中とは打って変わって、タメ口で話す玲音と椎名だった。

「違うのか?」

「まあ、そのとおりなんだけどな」

 再び、椎名の視線が奏を捉えた。

 奏もしっかりとその視線を受け止めていると、椎名が小さくうなずいた。

 そして、詩織に視線を移した。

桐野きりの

「は、はい」

 詩織も、椎名と会うことは、サーキュレーションの一件以来のはずだ。詩織の横顔を見ると、少し緊張していることが分かった。

桜小路さくらこうじひびきから話を聞いていると思うが、まあ、そのとおりだ」

「は、はい。ごめんなさい、椎名さん」

「だから、桐野は俺に謝るようなことはしていない。俺は桐野から振られた訳じゃない。俺の方から身を引いたのだ。少なくとも、俺はそう思っている」

「……はい」

 椎名は、詩織から視線をはずし、メンバー全員を見渡した。

「それから、みんなに言っておきたいことがある」

「何だよ?」

 玲音の問いに、椎名は奏を見つめて口を開いた。

「俺は、今、奏さんに交際を申し込んでいる」

 詩織も、玲音も琉歌も、驚いた表情で、すぐに奏を見つめた。

「そうなのか、奏?」

「う、うん」

「返事は?」

「少し時間をくれって言ってる」

「そっか。……分かった。アタシらも静かに見守ってるよ」

「そうしてもらえるとありがたいわ」

「とりあえず、今日も奏屋でやろうかと思ってたけど、中止にしようぜ」とメンバーを見渡しながら玲音が言った。

「何で?」

「奏が椎名と二人で奏屋に行けば良いじゃん」

「い、いきなり、部屋に連れ込んじゃうの?」

「時間をくれっていったのは、奏だろ?」

「そうだけど」

「一人でじっと考えていても、結論は出ないんじゃないかな? むしろ、二人で徹底的に話をするか、いっそのこと、もう寝ちゃうかだな」

「あんたと一緒にしないでくれる?」



 エンジェルフォールの本社で解散となったバンドメンバーはそれぞれ帰宅の途に着いた。

 奏と椎名は、渋谷駅まで並んで歩いた。

「奏さん、メンバーに知られたくなかったですか?」

「言ってしまってから訊く?」

「メンバー同士は、隠し事はしない。それがバンドの掟だと玲音から聞いていたし、俺も桐野にはっきりと言っておきたかったので、あえて言いました」

「うん。怒ってないよ。私もメンバーに知られて、少し心が軽くなっているのは事実だし」

 先ほどの詩織の驚いた顔からすると、椎名が奏を選んだことは、まったく考えてもなかったようだ。玲音と琉歌るかも同じだろう。

 最近、椎名と絡むことが多くなってきてはいたが、奏自身も椎名から告白されるとは思っておらず、意外なカップリングなのは、自分が一番、感じていた。

「それで、これからどうしますか? 俺は奏さんと一緒にいられるのなら、どこでも良いです」

「……玲音が言ったみたいに、私の家に来る?」

「奏屋ですか?」

「うん」

「良いんですか?」

「ちょっと! 家に連れ込むということイコールすべてを許したってことじゃないですからね!」

「そうですか。残念です」

 椎名が本当に落ち込んだような表情をした。

「とりあえず、晩御飯を作るから一緒に食べましょう。椎名さんが死にものぐるいで映像作製に取り組めるように、栄養が付く御飯にするね」

次週には複数話を一挙に掲載して完結をさせる予定です。よろしければお読みくださいませ。ぺこり

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