Act.155:罠
インペリアルホテル最寄りの駅で降りて、ホテルに歩いている最中に、詩織の携帯に再び、事務所から電話が掛かってきた。
出ると、先ほどと同じ「田中」という社員で、榊原は五〇五号室にいるので、その部屋を訪れてほしいとのことだった。
ホテルに着くと、詩織は、五〇五号室のドアをノックした。
すぐにドアが開いた。
出て来たのは、サーキュレーションのボーカルでリーダーの飯山だった。
「こんにちは! おシオさん! ようこそ!」
飯山は、ファンに向けているのと同じようなイケメン笑顔を詩織に見せた。
「こ、こんにちは。あの、榊原さんは?」
「まだ、来ていないよ。実は、僕らも榊原さんから呼び出されたんだけど、ちょっと遅れるから部屋の中で待っててほしいって連絡があったんだ」
飯山がドアを大きく開けると、中には、サーキュレーションのメンバーである高橋、佐藤、広田、脇坂の全員いるのが見えて、飯山と二人きりでなかったことで、詩織は油断をしてしまった。
「失礼します」
「どうぞどうぞ!」
ツインの部屋には、ベッドの側に藤でできた丸い一人掛け用ソファが、小さな丸テーブルを挟んで、二つ置かれていた。
そのソファとベッドに座っていたサーキュレーションのメンバーが一斉に立ち上がり、詩織にソファを勧めた。
詩織は一人掛けのソファに座ると、飯山に尋ねた。
「今日は何の話か、皆さんはご存じなんですか?」
「僕らも何の用事か訊いてないんだよね」
「そうなんですか。……榊原さん、遅いですね」
「本当だよね。呼び出しておいてさ」
サーキュレーションのメンバー五人は、詩織が座っているソファを取り囲むように、ゆっくりと立ち位置を変えた。
その様子に胸の中で警報が鳴った詩織は、パーカーのポケットからスマホを取りだした。
「榊原さんに電話してみますね」
「そんなことをしなくて良いよ」
飯山の声の調子が変わった。そして、詩織の隙を見て、詩織のスマホを取り上げると、そのままベッドの上に放り投げた。
「何をするんですか?」
「榊原さんはここには来ないよ」
「えっ?」
「おシオさんを呼んだのは、僕らだからだよ」
「……」
「おシオさんさあ、ちょっと、榊原さんに可愛がられてると思って、天狗になってんじゃない?」
「ど、どういうことですか?」
近くに寄ってくるサーキュレーションのメンバー達に、次第に恐怖心を覚えてきた。
「昔はトップアイドルだったとしても、今はデビュー前の新人にすぎないんだぜ」
「そうそう。エンジェルフォールに所属したのは、僕らが先輩なんだよ。それなのに、後から入ってきて大きな顔しちゃってさ」
「うちの会社の幹部達に女ならではの武器を使ったんじゃねえの?」
「はい?」
「もしかして、榊原さんとも寝たのかい?」
「な、何を言ってるんですか?」
「そんなにムキにならなくても良いじゃん」
「そっちのバンドのリーダーと懇ろになるくらいだから、榊原さんもけっこうお盛んみたいだよね。そんな榊原さんをメンバーが入れ替わり立ち替わり接待したんでしょ?」
「アイドルは、みんな、やってることなんでしょ? おシオさんだって、昔からやってたんだよね?」
「根も葉もないことを言わないでください!」
「言わないよ。でも、榊原さんを落とした、おシオさんの技を俺達にも見せてよ」
「技?」
「その体を駆使して榊原さんを籠絡したエロい技さ」
「知らないです!」
「じゃあ、思い出させてやるよ!」
ソファの後ろに立っていた広田と脇坂が、いきなり、詩織の両肩を左右からソファに押さえつけた。
「や、やめてください!」
「のこのことやって来たおシオさんが悪いんだよ」
正面から近づいて来た飯山が詩織に顔を近づけながら言った。
「助けて!」
大声を上げた詩織の口を、横に立っていた佐藤がすぐに手で塞いだ。
「大人しくしろ! 抵抗すると、その綺麗な体に傷がつくぜ」
「おい! 逃げられないように服をひん剥け!」
二人に後ろからソファに押しつけられ、更にもう一人に口を手で塞がられている状態で、前にいる飯山と高橋が詩織のパーカーのジッパーを下ろし、中に着込んでいるシャツに手を伸ばしてきた。
「桜井瑞希の裸って、どんなんだろうな?」
「いひひ、楽しみだぜ」
響と瞳は、五〇五号室の前に着いた。
高級ホテルの客室階だけあって、ずらりとドアが並ぶ廊下は静かで人の気配すらしなかった。
「どうする? ノックしてみる?」
瞳が響に訊いたが、響は顎に手をやり、しばらく考え込んだ。
「詩織さんがこの中にいることを確認したい。いれば、突入するだけだ」
独り言のように呟いた響は、顔を瞳に向けた。
「瞳。詩織さんに電話をしてくれないか?」
「今?」
「そうだよ」
「分かった」
瞳は、ハンドバックの中からスマホを取り出すと、詩織に電話を掛けた。
無理矢理引っ張られた詩織のシャツのボタンが飛んで、大きく開いた胸元からブラが見えた。
「へへへ、意外と胸もあるなあ」
詩織は、必死に体を捻るなどして逃れそうとしたが、男三人に体と口を押さえつけられていて、逃れることができなかった。
リーン! リーン! リーン!
黒電話の音にしている詩織のスマホが鳴り、男どもの動きが一瞬、止まった。
「電話だ。どうする?」
「出る訳にいかねえだろ? ほっときゃ止むって。それより、それを布団の中に入れろ!」
飯山の横に立っていた高橋がベッドに近づき、詩織のスマホを取ると、敷き布団と掛け布団の間に入れて、音を小さくした。
「電話が鳴ってる!」
五〇五号室のドアの前にいた響と瞳の耳にもしっかりとその音が聞こえた。
「間違いない! 瞳! このドアをノックして!」
「うん!」
「まだ、鳴ってやがるぜ」
「もしかして、俺らが連れ出していることがばれてるとか?」
「田中がばらしたのか?」
「そ、そんなはずはない! そんなことをしたら、田中だって、おしまいなんだからな」
鳴り止まない電話の呼び出し音に、サーキュレーションのメンバー達も少し不安になってきたようだ。
「田中に電話してみろよ」
「そうだな」
その時、ドアがノックされた。
メンバーは無視を決め込んだが、しつこいくらいにノックが繰り返された。
「おい! 訊いてこい」
飯山の命令で、高橋がドアの近くまで行った。
「何ですか?」
「ルームサービスのデザートをお持ちしました」
ドア越しに訊いた高橋に、女性の声で答えが返ってきた。
メンバーの誰かが頼んだのかと、高橋がメンバーを見渡したが、全員が首を横に振った。
「頼んでないですよ」
高橋が、また、ドア越しに答えた。
「いえ、五〇五号室で、確かに承っておりますが?」
「だから、間違いですって」
「そんなことはありません! こちらも受け取っていただけないと困ります!」
冷静に考えたらホテルの従業員がそんなことを言う訳はないのだが、サーキュレーションのメンバー達も舞い上がっていたのだろう。
「少しだけドアを開けて、受け取るだけ、受け取れ」
「分かった」
飯山の指示で、高橋は鍵を開けて、ドアを少しだけ引いた。
そこには、膝丈の黒いドレスをまとった若い女性が立っていた。




