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Act.147:不思議なのは男女の仲

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルは、クリスマスイブ・ライブを大成功に終えた。

 出演六バンドの中でも断トツの注目度で、演奏中にステージ前のカメラ席に陣取ったカメラマンは他のバンドの三倍以上はいた。

 そういう注目の高さは、元超人気アイドル桜井さくらい瑞希みずきがいるバンドを理由とするものだったが、クレッシェンド・ガーリー・スタイルの演奏は、その注目を良い意味で粉々に叩き壊してしまった。

 新人バンドであるにもかかわらず、メンバー全員の卓越した演奏技術!

 色とりどりなパレットのように、ポップ、ロック、バラードという幅広い曲目と、練りに練られた編曲アレンジで、客を飽きさせないオリジナル曲の数々!

 そして、何と言っても、かつてのキュートなアイドルの面影はどこにもない、パワフルかつソウルフルな「おシオ」のボーカルが、観客のほとんどをノックアウトさせた。

 ライブの最後には、客席を総立ちにさせて、その実力を見せつけたクレッシェンド・ガーリー・スタイルは、「バンド」として注目される存在になった。



 ライブの後、池袋にある榊原さかきばらの家に、メンバーが集まり、イブ・ライブの打ち上げをした。

 榊原が、デリバリーサービスの高級オードブルを頼んで、また、高級ワインなども用意して待っていてくれた。メンバーとともに珍しく竹内たけうちも同席していた。

「いやあ、ライブの成功は間違いないとは信じていたけど、やっぱり、自分の進退が掛かっていただけに、少しだけ不安もあったことは事実だ。でも、杞憂だったみたいだね」

「カメラマン席には、音楽情報誌だけではなく、芸能週刊誌や女性雑誌のカメラマンもいまして、前のバンドが終わった途端に場所取り合戦が起きたほどでした。そして、ライブの間、ずっとフラッシュが焚かれっぱなしでした」

 話題性だけのバンドであれば、写真を数枚撮れば足りるはずだが、記者やカメラマン達は、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのライブパフォーマンスを映像に残しておくべきだと感じたのだろう。

「うちのライブが終わった途端、観客の何割かが席を立ってしまい、後のバンドに対して、少し罪悪感を覚えてしまいました」

 と言う割には、竹内はいつもより陽気に見えた。

「そうか。ますますもって見に行きたかったよ」

 榊原は、今日、どうしてもはずせない仕事があり、ライブには来ていなかったのだ。

「それで、ライブは大成功だったと竹内君から連絡をもらって、すぐに役員会議を開いて、デビューに向けての最終的な日程を確定させたんだ。というより決まっていた日程どおりに進めるということになったんだけどね。せっかくだから、みんなに伝えておくよ」

 榊原が壁に掛けている自分の上着からぶ厚い手帳を取り出すと、竹内もすぐにジャケットの内ポケットから手帳を取り出した。

 それを見て、メンバー全員が何かメモをする物をと慌てたが、「私がちゃんと控えておきますので、ご心配なさらずに」と竹内が言った。

 榊原が手帳を見ながら話した。

「まず、レコーディングは、来年一月八日から二十二日までの二週間、渋谷のテイクファイブスタジオを確保している。アルバムの発売日、つまりデビューの日は、二月十五日で確定。同日にシングルも発売する。そして、その日に記者会見を開き、そこから本格的なプロモーション活動を開始する」

「記者会見の場所は?」

 さっきまでの陽気な様子をしまって、竹内は既にマネージャーの顔になっていた。

「我が社の会議室にするつもりだ。ホテルの会場の方が良かったかい?」

「今日のライブの様子からすれば、多くのマスコミが押し寄せると思います。うちの会議室のキャパで大丈夫でしょうか?」

「それだけ押し寄せてくれて、会見会場が溢れる様子がテレビで流れると、クレッシェンド・ガーリー・スタイルの人気の高さが強調されるだろう。そこも見越してのチョイスだよ」

「分かりました」

「それと、デビューシングルのPVだが、みんなが推していた椎名しいな君のグループに作ってもらうことになったよ」

「本当に?」

 椎名のことを榊原に勧めていた玲音れおも驚いていた。

「ああ、コンテ案の提出者を秘して、役員会議に諮ったところ、全員一致で椎名君の案に決まったんだ。玲音の見立てどおり、私が変な工作なんてしなくても、彼の案は、ずば抜けて良かったと思うよ」

「ねえ、翔平しょうへい! どんな作品なんだよ?」

「学校の教室のセットで演奏するんだ」

 デビューシングル曲「クレッシェンド・アイ・コンタクト」は、好きな男の子と目と合うたびにドキドキしてしまう女の子の気持ちを、詩織しおりが可愛い歌詞に書き上げたポップな曲で、その初々しいイメージを表現する舞台としては、やはり、教室が思い浮かぶのではないだろうか。

「ひょっとして、みんな、セーラー服を着るとか?」

「ははは、玲音のセーラー服姿は見てみたいけど、セーラー服を着るのは女優さんだよ」

「翔平、そんな趣味も持ってたのか?」

「しゅ、趣味ってもんじゃないよ」

 玲音にもジト目で見られて、榊原も少し焦っていた。

「詩織ちゃんは現役女子高生だから似合うのは当然だけど、玲音が着ると、怪しい店のホステスみたいになるから止めた方が良いわよ」

「人のことが言えるか! かなでこそ無理があるだろ!」

「だから、メンバーはセーラー服を着ませんから」

 呆れつつも冷静な竹内の声で、玲音と奏の言い争いは強制終了された。

「そのPV撮りの日程も決定した。私から椎名君と撮影スタジオとの空き具合を調整して、あらかじめ予定を入れないでくれと頼んでいた一月十七日の日曜日だよ。その前に、椎名君を交えて、打ち合わせをするつもりだから」

「ほんと、いろいろとやることができてきたな」

 デビューに向けての予定が立て続けに入っていたが、玲音は嬉しそうだった。

「これからは平日も休日も関係なく予定が入ります。個人的な予定を入れる場合も、事前に私に知らせてください。おシオさんは、学校の方は大丈夫ですか?」

 竹内が表情も変えずに詩織に訊いたが、すぐ、そんなところまで気が回るのは、竹内ならではだった。

「授業は、まだ、ありますけど、もう卒業単位は確保しているので、その間だけ欠席させてもらいます」

「私も、そういうこともあり得ると、文化祭の時に校長先生にも挨拶をしているから、理解はしてくれるだろう」

 榊原が詩織から奏に視線を移した。

藤井ふじい先生は、いつまで楽器店にお勤めされるのですか?」

 自分の事務所に所属するアーティストであるにもかかわらず、出会いの経緯などから、榊原は、未だに、奏のことを「藤井先生」と呼び、奏にだけ話し掛ける時には丁寧な言葉遣いを続けていた。

 奏は、「一月末日をもって退職すると店長に伝え、了承も得ています」と答えた。

 奏にうなずいてから、榊原はメンバーを見渡しながら、「年明けには、いろいろと忙しくなるよ。年末年始はゆっくりしてくれたまえ」と言った。

「年末年始もゆっくりできるのは今年が最後かもしれませんよ」

 竹内が言うと、本当にそのとおりだと思えてしまう。

「紅白とかお呼びがあるのかな?」

 玲音が嬉しそうに言うと、奏が少し不思議そうな顔をした。

「何? 紅白には出るつもりなの?」

「お呼びが掛かればな」

「玲音は、ライブが本懐だからテレビには出ないって言う主義かと思った」

「今どき、そんなコテコテのミュージシャンがいるかよ? それにネットには出まくっていて、テレビには出ないっていうのもおかしいだろ?」

「紅白も、演歌歌手のようにその出演で箔を付けるという場ではなく、あくまでプロモーションの一つとして考えるのが、現在の主流になっています。玲音さんがおっしゃったみたいに、テレビには出ないというアーティストは、今はほとんどいないのではないでしょうか」

 竹内が奏に駄目出しをした。

「そ、そうなんですか」

「奏の考えは十年古いんだよ」

「うるさいわね! 竹内さんに言われると納得できるけど、玲音に言われると、何か腹立つわ」

「まあまあ」

 榊原が苦笑しながら間に入った。

「それより、デビュー後のライブの計画は、今、竹内君が立ててくれているけど、メンバーで、初ライブは、どうしてもここでやりたいという希望とかがあるかな?」

「ある!」

 玲音がすぐに手を上げた。



 打ち合わせを兼ねたイブ・ライブの打ち上げが終わると、榊原の家に泊まるという玲音を残して、詩織、琉歌るか、奏、そして竹内は帰路に着いた。

「竹内さんのご自宅はどちらなのですか?」

 池袋駅に向かって歩きながら、奏が訊いた。

 しばらく年齢不詳であった竹内だったが、さっきまでの飲み会で三十三歳だと榊原が暴露して、はっきりと自分よりは年上だと分かり、メンバーみんなの姉である奏が、今度は自分が寄り掛かれる存在になってくれるかもと、竹内ともっと親密になっておきたいと思ったのだ。

「私は板橋に住んでいます」

「じゃあ、池袋からすぐですね」

「はい。渋谷にも電車一本で行けます」

「あ、あの、竹内さんは松下まつした専務さんとご結婚されているそうですね?」

「それも社長からですか?」

「あっ、はい」

「社長の、上機嫌になると途端に口が軽くなるところは相変わらずですね」

「すみません」

「別に奏さんを責めている訳ではありませんよ」

 普段、あまり笑わないだけに、笑顔の竹内を見ると、同性でも見とれてしまうほどだった。

「あ、あの、私もバンドをする前は結婚に焦っていたこともあって興味があるのですが、結婚のことを訊いて良いですか?」

「別に秘密にしている訳ではありませんから、どうぞ」

「ご結婚はいつ頃されたんですか?」

「結婚をしたのは一年前ですが、松下とは大学時代からずっと友人でしたから、つきあい自体は、もう十年以上になります」

「ずっと長い春を過ごされていたんですね?」

「いえ。松下には、学生時代からの恋人がいて、私との仲は、本当に友人という間柄だったのです」

「そ、そうなのですか?」

「ええ。松下の恋人だった女性とは、私も友人でしたが、松下のことを争って、三角関係になったこともありません。でも、松下が十年近くつきあっていた、その恋人と別れてから、すぐに私とつきあいだしました」

「竹内さんは、その間ずっと、松下さんを待っていたのですか?」

「いいえ。私も大学卒業からすぐにこの業界に入って、仕事に燃えていましたので、まったく、そういうことは考えませんでしたね」

「おつきあいしだしたきっかけは何かあったんですか?」

「何となくですね」

「何となく……ですか」

「ええ。まあ、お互いの気持ちがそうなるタイミングがたまたま一致したんでしょうね」

「そんなもんなんですか?」

「そんなもんですよ。男女の仲なんて。奏さんも昨日までは考えもしなかった男性とおつきあいするようになるかもしれませんよ」

 

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