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Act.138:詰問

 お互いに何も言えずに、コンビニの入り口で立ち尽くしてしまったが、かなでが先に我に返った。

玲音れお、何してるの?」

「い、いや、その……」

榊原さかきばらさん、これはどういうことなんですか?」

「……」

 玲音と榊原は、二人を睨む奏に何も言えないで、組んでいた腕をほどくことなく、かなり焦っていた。このコンビニは、同じ池袋とはいえ、奏の家からは遠く、奏に会うとは思ってもいなかったようだ。

「あ、朝まで玲音君と飲んでいて、その、これから家に帰るつもりで」

 榊原が苦し紛れに言った。

「別に一緒に飲むのは良いですけど、腕を組んでいますよね?」

 玲音と榊原は、焦って、腕をほどいた。

「まるで恋人同士のようにしか見えないんですけど?」

「……」

「もしかして、本当にそういう関係になっているんですか?」

藤井ふじい先生。実は、この近くに、私が一人で暮らしている家があるんです。立ち話も何ですから、ひとます、そこでお話しませんか?」

「いろいろと問い質したいのは山々なんですが、今、詩織しおりちゃんが熱を出していて、その薬を買いに来たんです」

「おシオちゃんが?」

 さすがに玲音も心配そうな表情を見せた。

「まだ、平熱よりは少し高いくらいだけど、今から看病をしていれば、大事には至らないと思うから。お二人には、あとから、ゆっくりとお話を聞かせていただきますから!」



「玲音さんと榊原さんが?」

 薬を買い込んだ奏は、玲音と榊原とは別れて、自宅まで急いで帰った。

 冷却シートを額に貼った詩織は、奏の話を聞いて、驚きの声を上げた。

 未成年の詩織にこんな話はしたくなかったが、無関係ではないのだから、話さない訳にはいかない。

「帰りがてら、琉歌るかちゃんに電話をして訊いてみたら、榊原さんに昨日の音源を渡すんだって、昨晩は池袋で別れたらしいの」

「じゃあ、本当に朝まで一緒に飲んでいただけじゃあ?」

「全然、お酒の匂いもしなかったし、酔っ払っているようにも見えなかったわ」

「そ、それじゃあ」

「榊原さんは近くで一人暮らしをしているらしくて、そこから、ちょっと買い物に出て来たって感じだったのよ」

「そうなんですか」

「とにかく、今晩、その榊原さんの家で、二人から話を聞くことにしたから、琉歌ちゃんと一緒に行ってくる。大人の話になりそうだし、熱もあるんだから、詩織ちゃんはここで寝てて」

「でも、今日はバイトが」

「今日はお休みをしなさい。私から椎名しいなさんに連絡をしておくから」

 結局、奏は休暇を取って、詩織の看病をしてくれた。

 詩織の熱は、一時、三十七度を超えたが、それ以上、上がることはなく、夕方になれば、次第に下がってきた。

「きっと、疲れが溜まっていたのよ。晩御飯は栄養が付くものを作るから、今日も泊まっていきなさい」

 体温計を片付けながら、奏が言った。

「奏さん、ありがとうございます」

「なんのなんの。椎名さんにもさっき、連絡をしておいたから。椎名さんも心配してたわよ」

「次のバイトの時に謝っておきます」

「そうしなさい」

「奏さん」

「うん?」

「榊原さんの家には何時に行かれるんですか?」

「一応、九時に池袋駅で琉歌ちゃんと待ち合わせをしてる」

「そうですか。……あ、あの」

「何、詩織ちゃん?」

「玲音さんをそんなに責めないでください」

「……詩織ちゃんが心配するようなことじゃないわよ」

「私も、不倫とかそういうの、よく分からないですけど、玲音さんは、自分のことしか考えないような人じゃありません。玲音さんだって、きっと、悩んでいたんだろうと思います」

「……分かった。詩織ちゃんのその言葉を聞くと、玲音だって嬉しいと思うよ」



 午後八時半になると、奏は詩織を残して出掛けた。

 池袋駅の待ち合わせ場所に行くと、玲音と琉歌がいた。

 何となく、二人の間にも気まずい空気が流れているようだった。

「逃げずにやって来たわね」

「約束したからな」

 伏せ目がちに玲音が答えた。

「じゃあ、案内してちょうだい」

 玲音が無言で歩き出すと、奏と琉歌が跡をついていった。

 玲音は、繁華街の裏に当たる通りに入って、すぐの所にあるマンションに入っていった。

 外廊下を通り、そして、「榊原」と表札が掛かっているドアの鍵をパンツのポケットから取り出すと、ドアを開いた。

「着いたよ」

 玲音が部屋の中に向かって言うと、短い廊下の先から榊原が出て来た。

「どうぞ」

 いつもの溌剌とした雰囲気も影を潜めた榊原は、奏達をリビングに案内すると、相対する二人掛けソファの一つに奏と琉歌を座らせ、対面するソファに座った。

 玲音は、まるで自分の家のキッチンのように勝手が分かっているようで、榊原に何も言われずとも四人分のお茶を入れて、それぞれの前に置いた。

 玲音が榊原の隣に座るのを待って、奏が口を開いた。

「まずは、はっきりと、お二人の関係を教えてください」

「奏! アタシは、翔平しょうへいが、榊原さんのことが好きだ!」

 奏の顔をしっかりと見ながら、玲音が答えた。それを聞いて、榊原も続いた。

「藤井先生、私も玲音君のことを愛しています」

「真剣なおつきあいだということですね?」

「そうです」

「しかし、榊原さんには奥様もお子様もいらっしゃいますよね?」

 榊原は、妻とは既に離婚協議中で、だから、この家に別居していることを正直に話した。

「離婚の原因は、玲音、あんたなの?」

「玲音君は関係ありません。玲音君とこういう関係になったのは、女房との関係が壊れてからです」

 奏が険しい表情で玲音を問い質したが、答えたのは榊原だった。

「まあ、恋愛の考え方は人それぞれですから、離婚はまだしていないけど、既に壊れている夫婦関係を尊重して、好きあった二人がくっつくなとは言えませんよね。でも」

 奏の理解を得られたのかと、一瞬、表情を緩めた玲音と榊原は、奏のより厳しい視線に再び神妙な顔つきになった。

「榊原さんは、私達が所属している芸能音楽事務所の社長さん、玲音はそこに所属しているアーティスト。周りのみんなが私達を見る目が変わってしまうことは避けられないのではないのですか?」

「その点については弁解のしようもありません。所属アーティストに手を出すなど、社長として失格だと思っています」

「では、どう、なさるおつもりですか?」

「もし、藤井先生のご理解を得られるのなら、このまま、秘密にしていただけませんか?」

「ご自分で失格だと言われた社長の地位に憐憫れんびんとされるわけですか?」

「私は、まだ、エンジェルフォールでやりたいことが山ほどあります。クレッシェンド・ガーリー・スタイルのデビューを成功させるということもそうです。もう少し、私に時間をくれませんか?」

 ソファに座ったまま、頭を下げた榊原に、奏はため息を吐いて、隣の琉歌を見た。

「琉歌ちゃんは、二人を許せる?」

「正直、ボクはよく分からないよ~。でも、お姉ちゃんがこんなに好きになる男の人ができるなんて思ってもいなかったんだ~」

 ベッドに連れ込んだ男と朝になると喧嘩をしていたことは、隣の部屋の琉歌にはバレバレだった。

「榊原さんは、そんな、もう二度と会えない人かもしれないんだから、奏さん、お姉ちゃんを許してあげて~」

「琉歌……」

 奏に頭を下げた琉歌を見て、玲音も言葉を失っていた。

「……みんな、優しいね」

 奏は、少し表情をやわらげて、玲音を見た。

「詩織ちゃんもね、あんたを責めないでって庇ってくれたんだよ」

「おシオちゃんも?」

「ええ。ねえ、玲音」

 玲音が奏の顔を少し怯えたように見た。

「私がどうしてこんなに怒ってるのか、分かる?」

「アタシが不倫するような男は大嫌いだって言ったにもかかわらず、その不倫をしちまったからか?」

「それもある。自分の言葉には責任を持ちなさいということよ。それと」

 奏はまた少し険しい表情に変わった。

「どうして事前に相談してくれなかったのよ? 榊原さんとつきあいたいって、ちゃんと相談してくれれば、私だって真剣に考えたわよ! その上で正々堂々とつきあえば良いじゃない!」

「奏……」

「あんたねえ、何でも一人で抱え込んでしまうくせがあるけど、私達はもう一人じゃないのよ! 何でも相談しなさいよ! 隠されていると、信用されてなかったのかって悲しいじゃない!」

「……!」

 玲音は深く頭を垂れてしまった。肩が震えていて、泣いているようにも見えた。

 奏は立ち上がると、頭を垂れたままの玲音の側に立った。

 そして、玲音の頭に拳骨を振り下ろした。

「この馬鹿!」

 ゴツンと良い音が鳴った。

「いてえ~」

 頭を抱えて、玲音が顔を上げた。

 目に涙が溜まった玲音に、奏が優しい顔を向けた。

「とりあえず、榊原さんの言うことを信じて、このことは内緒にするわ」

「奏……。じゃあ、許してくれるのか?」

「許さないわよ」

「え~」

「だから、これからも私があんたの側にいて、徹底的に教育してやるわよ!」

「……奏がか?」

「あんたの生活指導ができるのは、私しかいないでしょ?」

「違いねえや」

 玲音は涙を浮かべつつ、嬉しそうに笑った。

 

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