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Act.133:アルバム収録曲選定会議

 詩織しおりひとみひかるかおると一緒に遊園地に行き、それぞれに良い想い出を作った日曜日から四日後の木曜日。

 時間は午後六時。

 木曜日は本来ならスタジオリハがある日だが、今日、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバーは全員、渋谷にあるエンジェルフォール本社を訪れていた。デビューアルバムについての打ち合わせをするためだ。

 竹内たけうちの案内で、会議室に入ると、メンバー四人は、ロ型に並べられた長テーブルの一辺に並んで座った。

 榊原さかきばらが、今まで会ったことのない男性三人と一緒に入って来ると、男性三人は、メンバーと向かいあうテーブルに、榊原と竹内は、その間のテーブルに座った。

「では、早速、会議を始めよう」

 出席者を見渡しながらそう言った榊原は、続けて「この三人は、まだ、諸君らは知らないと思うので、紹介しておくよ」とメンバーに言った。

「私に近い方から、我が社の営業担当専務の松下まつしただ。実は、私の母方の従兄弟いとこなんだ」

「どうも、松下です。普段は、社長にこき使われて、テレビ局やラジオ局、CDショップを飛び回っているので、初めましてだよね? どうぞよろしく」

 榊原と同じくノーネクタイにジャケットを羽織ったラフな服装で、年齢も榊原と同じくらいに見える松下が立ち上がり、頭を下げた。いつも微笑んでいるかのような人懐っこい笑顔が似合う雰囲気の人だった。

「真ん中に座っているのは、君達のCDを発売してくれるレコード会社、アトランティカ・レーベルのプロデューサー、安藤あんどうさんだ」

 総髪に髭を蓄えていて、ノーネクタイのシャツにカーデガンをマントのように羽織った、いかにも業界人という風貌の安藤も立ち上がり、頭を下げた。

「安藤です。皆さんのデビューアルバムを素晴らしい作品に仕上げたいと考えていますので、いろいろと注文を付けるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 安藤が座ると、榊原の紹介を待たずに、最後の一人が立ち上がった。

「エンジェルフォールで広報を担当しています鴨田かもだと言います。よろしくお願いします」

 頭髪も少し薄くなりかけていて、この中では一番年上に見える鴨田だけが背広ネクタイ姿であったが、いろんなマスメディアに頭を下げて回っているからか、メンバーに対しても腰が低かった。

「みんな、収録候補曲の二十六曲は聴いていると思うので、早速、協議を始めよう.。アルバムへの収録は十二曲を考えている」

 つまり、残りの十四曲は、ボツになるか、セカンドアルバムに収録するか、ライブでのみ演奏される曲になるのかの、いずれかになるということだ。

 榊原が、まず、玲音れおに顔を向けた。

「まず、メンバーの意見を訊こう」

 玲音が、奏屋で話し合った結果選んだ十二曲とその理由を伝えた。



 榊原の司会で、松下、安藤、そして鴨田がそれぞれの立場で意見を述べた。

 全員が一致して収録したい曲として三曲、過半数の意見がまとまった五曲が、まず、決まった。そして、その後も協議は続けられ、メンバーが選んだ十二曲には入っていない曲も当選していったが、そういった曲は、メンバーの間でも意見が分かれた曲が多く、もし、選ばれたら反対はしないという曲ばかりであった。

 そして、いよいよ、最後の一曲になった。

「最後の一曲は、メンバーが推している『ひまわり』、安藤さんと鴨田さんが推している『メモリアルデイズ』の二曲に絞られたと言って良いだろう。さて、どうするかな?」

 意見が真っ向から対立して、司会の榊原が頭を抱えた。

 この「ひまわり」は、どうしても収録したい曲として、メンバー全員の意見が一致した曲だったが、プロデューサーや広報という立場で述べられた意見にも説得力があった。

「あ、あの、よろしいですか?」

 詩織が、たまらず手を上げた。

 榊原がうなずいたのを見て、詩織は正面に座っている安藤や鴨田を見つめながら口を開いた。

「この『ひまわり』を強く推したのは私なんです。この曲は、昔の自分を隠すことにこだわりすぎていた私が、周りの方々の優しい心に触れて感じた、自分の情けなさや悔しさを歌詞にしたものです。自分にとっての戒めとしたいこの曲を、私は絶対にアルバムに入れたいです」

 詩織の真剣な表情に、安藤も鴨田も腕組みをして考え込んでしまった。

 しばらく、無言の状況が続いた後、松下が手を上げた。

「安藤さんや鴨田さんの意見からすれば、お二人が懸念しているのは、この『ひまわり』が、あまりにも暗いイメージで、アルバムの中で浮いてしまうからでしょう?」

 安藤と鴨田がうなずいた。

「一方、おシオさんのこだわりは歌詞にあるんですよね?」

「はい」

「では、折衷案というわけではないですが、歌詞はそのままにして、曲調を変えてみればいかがでしょうか? 私が、今、イメージしているのは、ポップな雰囲気に変えてみてはどうかと思ったんですが」

「この歌詞でポップな曲調ですか?」

 予想外の意見に、玲音が、思わず、問い直した。

 これまで詩織の書いた歌詞の中では、ダントツに「暗い」歌詞に併せて、曲調もマイナーなバラードにしていた。

「だからこそですよ。あえて、自虐気味にポップな曲に乗せて歌うというのも有りなんじゃないですかね?」

 突飛な松下の提案に、今度はメンバーの側が考え込んでしまった。

 しかし、すぐに詩織が顔を上げた。

「面白いかもしれません。試してみたいです」

「安藤さんと鴨田さんは?」

「そうですね。新しいアレンジ次第で、意見を変えることは十分にあります」

 安藤の言葉に鴨田もうなずいた。

「では、最後の一曲は保留にして、新アレンジで再検討しよう。新アレンジの録音はどれだけ必要かな?」

「次のスタジオリハを入れている来週の月曜日には終わらせます」

 榊原の問いに、玲音がきっぱりと答えた。

「では、その音源をみんなに送って、持ち回りで意見調整をしよう。よろしいかな?」

 全員がうなずいた。

「では、最後に、シングルカットする曲だが」

「もう、『クレッシェンド・アイ・コンタクト』で良いんじゃないですか?」

 会議中にもかかわらず、頬杖をつきながら話す松下の態度は、年配の人が見ると顔をしかめられそうだが、社長の榊原が三十四歳、専務の松下もそれくらいだし、社員も二、三十歳が中心の若い会社だからこそ許されるのかもしれない。

「広報的にも、バンド名の一部も入っていますし、異議はありません」

「私も賛成します。キャッチーでポップな曲調は、万人受けすると思います」

 安藤と鴨田も賛同した。

「メンバーのみんなも良いかな?」

 この曲は、文化祭ライブのアンコールで演奏した時も上々の反応があり、詩織達も異議はなかった。

「よし! デビューシングルは、『クレッシェンド・アイ・コンタクト』に決定しよう!」

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルのファーストアルバムの全容が見えて来た。

 メンバー四人は、立ち上がり、出席者に向けて、「ありがとうございました」とお辞儀をして、会議室を出た。

 続けて会議室を出た竹内が、会社の出入り口の前でメンバーを呼び止め、「新バージョンの『ひまわり』ができあがれば、すぐに連絡をください」と玲音に告げた。

「分かりました」

「それと、まだ、確定ではないので、社長も伝えませんでしたが、以前からお話していたとおり、クリスマスイブの夜、予定を空けておいてください。もしかすると、デビューアルバムのプロモーションライブが入るかもしれません。正式に決まれば、すぐにご連絡します」

 竹内の言葉が終わるのを見計らっていたかのように、会社の出入り口のドアが開かれた。

 入って来たのは、ロクフェスの時に榊原から紹介された男性五人組バンド「サーキュレーション」のメンバーだった。

「あら、今日は何かしら?」

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルのマネージャーであるにもかかわらず、会社全体の予定もその頭に入っているとしか思えない、敏腕社員の竹内も知らない用件だったようだ。

「ちょっと、社長に話があって」

「何の話?」

「社長にだけ話したいんです」

「そう? 急用?」

「はい」

「分かったわ。じゃあ、社長に取り次いでくるから、ちょっと待っててちょうだい。確か、社長もこの後の予定はなかったはずだから大丈夫だと思うけど」とサーキュレーションのメンバーをそこに待たせたまま、竹内は、詩織達に「今日はお疲れ様でした」と告げてから、事務所の奥にある社長室に向かった。

 つかの間、二つのバンドのメンバーが事務所の入り口付近にたむろする状態になった。

「デビュー、決まったんですね。おめでとうございます」

 サーキュレーションのメンバーが話し掛けてきた。

 笑顔の割には心から祝福している気持ちが感じられなかったが、詩織達は「ありがとうございます」と頭を下げた。

「あなたが、桜井さくらい瑞希みずきさんですね?」

「え、えっと……」

 いきなり昔の芸名で呼ばれて、詩織が戸惑っていると、「俺、瑞希ちゃんのファンだったんすよ。会えて嬉しいっす」と、サーキュレーションのメンバーが握手を求めて来た。

「申し訳ないすけど」と、すぐに玲音が詩織の前に立ち塞がった。

「うちのボーカルは『おシオ』なんですよ。桜井瑞希っていうアイドルは、うちのバンドにはいませんから。じゃあ、みんな、帰ろうぜ」

 別に、サーキュレーションのメンバーに対して悪意を持って言っている訳ではなく、誰に対しても言っていることだったが、ロクフェスの会場では挨拶をした程度で、それからもお互いに話をしたことのないサーキュレーションのメンバーは、玲音の言葉に憮然とした表情を浮かべた。

 そして、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのメンバーが出て行った出入り口を睨みながら、「天狗になってんじゃねえよ」と小さく呟いた。

 

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