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Act.132:正義の味方はクレープとともにやって来る。

 話し込んでいたひとみひかるが、ふと気づいて、子ども用ジェットコースターの方を見ると、詩織しおりかおるの姿が消えていた。

「あれ、いないぞ」

「目を離している間に、別のアトラクションに行ったんだろうね」

桐野きりのがついているから大丈夫だろうけど、ちょっと、散歩がてら二人を探そうか?」

「そうだね。せっかく遊園地に来ているのに、座って話してても仕方ないしね」

 瞳と光はベンチから立ち上がり、園内をブラブラと歩き出した。

 冬の真っ最中ということで、それほど混雑もしていない遊園地を歩いていると、クレープの甘い香りが二人を包んだ。

 円形の広場を取り囲むように、たこ焼き屋やソフトクリーム屋などの軽食スナックの屋台が並んでいて、その中のクレープ屋から匂いが漂ってきていた。

「おっ、あのクレープ、おいしそうだな」

「あんた、男のくせに甘い物が好きすぎ」

「しゃあねえじゃん」

「今から甘い物を食べ過ぎていると、ブクブクと太っちゃうわよ」

「柔道は、ずっと続けるつもりだから、大丈夫!」

「どうだか」

桜小路さくらこうじは食べないか? 食べるんなら一緒に買ってくるぜ」

「じゃ、じゃあ、お願い」

「何だよ。お前も、結局、甘いの好きなんじゃないかよ」

「うるさいわね! とっとと買って来なさいよ!」

「へいへい。何が良い?」

「梅は何にするの?」

「やっぱり、定番のチョコバナナかな。いや、待てよ。イチゴバナナも捨てがたいな」

 クレープ屋に掲げられている看板の写真を、光の視線が彷徨っていた。

「じゃあ、二つとも買ってきなさいよ」

「いや! ここは男らしく、チョコバナナにしよう!」

「どこが男らしいのかよく分からないけど、じゃあ、私もそれで」

「じゃあ、ここで待っててくれ」

「うん」

 小走りにクレープ屋に去って行った光の後ろ姿を見つめていた瞳に、突然、水しぶきが掛かってきた。

「えっ、雨?」

 瞳は、空を仰ぎ見たが、冬の晴天が広がっていた。

 周りを見渡してみると、瞳の背後で、小さな男の子が「滅びろ! 悪の軍団!」と言いながら、水鉄砲をあちこちに向けて撃っていた。

 まだ、三、四歳くらいの小さな男の子なのに、髪を染めていて、派手な刺繍がされているジャンパーを着ているその子が持っている水鉄砲は、さっきまで遊園地のステージでやっていたヒーローショーの特撮ヒーローの武器を模したもので、男の子が言っている台詞は、そのヒーローの決め台詞だったはずだ。

 広場の中心付近にいるその子は、通りすがりの親子連れやカップルに見境なく水鉄砲を撃っていたが、水しぶき程度で水量は少なく、びしょ濡れになるほどではなかったし、小さな子どもがしていることだからか、人々は、その子に注意することなく、憮然とした表情をしながら、足早に通り過ぎていった。

 しかし、瞳は性格的に黙ってやり過ごすことができなかった。

 瞳は、その子に近づくと、「僕!」と言って、水鉄砲を取り上げ、「人に向けて撃っちゃ駄目でしょ! 人がいない所でやりなさい!」と、瞳としては、精一杯、優しい表情と声で注意をした。

 男の子は、なぜ注意されたのか分からなかったのか、しばらく呆然としていたが、大きな声であげて泣き出すと、広場の端にあるベンチに向かって走って行った。そこには、金髪に派手なジャージ姿というヤンキー風のカップルが座っていて、男の子が泣いて駆け寄ると、お互いにそれぞれ見ていたスマホから顔を上げた。どうやら、そのカップルが男の子の両親のようで、二人は立ち上がり、男の子の水鉄砲を取り上げたままの瞳に近づいて来た。

「おい! 人んちの子ども、泣かせて、どういうつもりなんだよぉ?」

 男の子と同じように髪を染めた父親が瞳に迫って来た。男性としては小柄な体を揺さぶりながら、精一杯いきがっている父親の後ろには、男の子を抱っこした母親が瞳を睨んでいた。

 しかし、瞳も怯まなかった。

「その子がこの水鉄砲で周りの人に水を掛けていたんですよ。どうして注意しなかったんですか?」

「避けりゃあ、良いじゃねえかよ!」

「ここは遊園地です! あなた方の庭ではありません! 子どもが他の方に迷惑を掛けているのに見て見ぬ振りしていたんですか?」

「うるさい! だからといって、お前が俺の子どもを泣かす権利があるのかよぉ!」

「私は注意をしただけです!」

「注意しただけで、子どもがこんなに泣くかよぉ!」

 会話が成立しないで、一方的に、瞳が悪いと迫って来るヤンキーカップルに、瞳もどうしようかと思った時。

「何、やってんだ?」

 脳天気な声がした。

 振り向くと、両手にクレープを持った光がいた。

「悪戯をしていたこの子に、私が注意をしたんだけど、何か、私が悪いことをしたみたいに責められて」

 大きな体の光に、ヤンキー男も少しびびっていた。所詮、いきがっているだけの男のようだ。

「よく分からないけど、これ、持ってて」

 光が、両手のクレープを瞳に渡すと、代わりに瞳が持っていた水鉄砲を受け取り、ヤンキー男の前に立った。

「俺の友達が何をしたって?」

「お、俺達の子どもを泣かせたんだよ!」

 ヤンキー男も精一杯、突っ張ってみせた。

「俺も見てなかったから、よく分からないけど、俺の友達は意味もなく子どもを泣かすようなことはしねえよ」

「実際に泣いているじゃねえかよ!」

「泣いてねえし」

 男の子は、母親に抱っこされて、いつの間にか眠っていた。

「その子は、本当はお母さんに抱っこされたかったんじゃないのかな? でも、お父さんもお母さんもスマホばっかり見てて、自分のことを見てくれてなかったから、二人に注目されたくて、人に水鉄砲を撃ってたんじゃないかしら」

 瞳が言ったことに、少しは自覚があったのか、ヤンキー男は顔を赤らめて、「勝手なこと言ってるんじゃねえよ!」と逆ギレした。

「それで、どうするんだよ? 警察に来てもらうか?」

 いつもは温厚な表情と態度の光であったが、体格も良く、柔道の有段者でもあり、すごめば、それなりの迫力があった。

「こ、子どもも眠っちまったからな! てめえらの相手なんてしてらんねえよ!」

 もし、喧嘩をしても、光には敵わないと悟ったのか、ヤンキーカップルは、意味がよく分からない捨て台詞を残して去って行こうとした。

「忘れ物だよ」

 光が水鉄砲を差し出すと、ヤンキー男は立ち止まり、奪うように水鉄砲を取ると、肩を怒らせながら去って行った。

 その後ろ姿を見送ってから、光が瞳を見た。

「まったく。俺が戻らなかったら、どうするつもりだったんだよ?」

「な、何よ。私のことを守ったつもり?」

「いや、俺、何もしてないし」

「そ、そうだよね」

「まあ、桜小路が嘘を言うはずもないし、きっと、注意されたあの子が両親にチクったってところだろ?」

「そうなんだ。あんたが理事長にチクったみたいにね」

「もう、その話はしないでくれよ」

「うふふ。でも、梅。ありがとう」

 大きな体を縮ませて恐縮する光に、瞳が笑顔を見せた。

「あ、ああ」

 瞳の笑顔に、光も少し顔を赤くさせた。

「それはそうと、いつまで私にクレープを二つも持たせておくつもり?」

「あっ」

 瞳が、クレープを一つ、光に渡した。

「ちょうど、さっきの人達が座ってたベンチが空いたから、あそこに座ろう」

「おう」

 瞳と光は、ヤンキーカップルが座っていたベンチに座り、クレープを頬張った。

「うめえ」

「ちょっと! もうちょっと綺麗に食べなさいよ!」

 瞳は、光のほっぺについた生クリームを指で拭き取ると、無意識に自分の口に入れた。

「あとで、ティッシュで拭くよ」

 そう言いながら、光が大きな口を開けて頬張ろうとしたクレープから、輪切りのバナナが地面に落ちた。

「ああ! しまったあ!」

 大袈裟に悔しがる光に、瞳も呆れた顔で、「ほんと、子どもなんだから」と言ったが、すぐに自分のクレープを光に差し出した。

「はい、私のをあげるわよ」

「良いのか?」

「うん」

「じゃあ、遠慮なく……」

 目の前に差し出された、瞳の食べかけのクレープを見て、光の動きが止まった。

「な、なあ、桜小路」

「何?」

「これって、いわゆる、間接キスってことじゃね?」

 自身もまったく意識をしてなかった瞳も途端に恥ずかしくなってしまった。

「ちょっと! な、何を言っているのよ!」

 今まで平気で話ができていたのに、お互いに意識してしまって、いきなり会話が途絶えた二人であった。

 

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