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Act.131:約束の遊園地

 十二月最初の日曜日。

 バースディパーティの時に交わした「遊園地に遊びに行く」というかおるとの約束を守って、詩織しおりは遊園地に来ていた。

 多くの観光客でごった返すテーマパークではなく、小さな子ども向けのアトラクションや遊具が揃っている郊外の遊園地だった。

「詩織ちゃん! 今度は、あれに乗ろう!」

 薫に手を引かれて走る羽目になっている詩織の後ろには、ひとみひかるの二人がいた。

 今はいつも学校で会っている詩織と瞳だが、詩織のデビュー、そして高校卒業の後には、なかなか会えなくなるだろう。「だから、今のうちに一緒に遊びに行きましょう!」という詩織の誘いに乗って、瞳もここにやってきたが、薫には当然のごとく、光が同行してきていた。

 そして、薫は詩織にべったりで、結果、瞳と光は二人で残されることが多かった。

「瞳さん! 私、薫ちゃんと一緒にあれに乗ってきますね」

「あ、あれ?」

 詩織が指差した先には、二人乗りの子ども用ジェットコースターがあり、身長百六十五センチ以下の大人も乗車可能で、主に小さな子どもが母親と一緒に乗っていた。

「瞳さんも乗りますか?」

「詩織が薫ちゃんと一緒に乗るんでしょ? あれに一人で乗るのは、さすがに恥ずかしいわ」

梅田うめださんは身長制限に引っ掛かってしまいますものね」

「梅が百六十五センチ以下でも、梅とは一緒に乗らないから!」

 焦って言い訳する瞳に、「じゃあ、一人でも楽しめるアトラクションを探してみてください!」と無茶ぶりした詩織は、瞳と光を残し、薫と手をつないで、子ども用ジェットコースターの入り口に向けて小走りに去って行った。

 あとに残された瞳と光は、顔を見合わせた。

「う、梅、どうする?」

「どうするって言われても、ここだと俺が乗れるアトラクションって限られているからな」

「だよね。あんた、体、でかすぎよ」

「でかくて悪かったな! てか、桜小路さくらこうじは何か乗りたいアトラクションがあるのか?」

「と、特に」

「じゃあ、薫達が乗っているのを見られる、あのベンチにでも座ってるか?」

「そうだね」

 子ども用ジェットコースターの様子が見られる場所にあるベンチに、瞳と光は並んで座った。

 ちょうど、詩織と薫がジェットコースターに乗り込むところだった。

「ねえ、梅」

「うん?」

「梅は、こういう遊園地に何度も来てるの?」

「うん。薫を連れてだけど」

「前から思っていたけど、梅って、薫ちゃんのお世話をよくしてるよね?」

「やっぱり、年齢としが離れてるから、なんだかんだいっても可愛くてさ。桜小路は先生と一緒に遊びに行かなかったのか?」

「ちっちゃい頃は、お兄ちゃんの金髪のせいで、私も虐められていたから、お兄ちゃんが嫌いだったし、お兄ちゃんへの嫌悪感が消えた頃には、お兄ちゃんも次第に目が見えなくなっていたから、結局、お兄ちゃんと一緒に遊園地に行ったって記憶はないなあ」

「そ、そうなのか。ごめんな、変なこと訊いて」

 素直に謝る光に、瞳も優しい笑顔を向けた。

「良いよ。今は、お兄ちゃんと一緒に、よく外出もしているよ。いくら目が見えないからといっても、家の中に閉じこもりっぱなしじゃ良くないと思うし、お兄ちゃんも外の空気とか、ざわめきとかを感じ取れると、いろんなインスピレーションが湧いてくるんだって」

「目が見えない先生を連れて、外を出歩くのって、けっこう、大変じゃないのか?」

「そんなこと、全然、思ったことない。独りよがりかもしれないけど、お兄ちゃんには私が必要なんだ、私がいないと小説家桜小路響はこんなに活躍できなかったんだって思うと、自分で自分が誇らしいし、お兄ちゃんの世話をしている自分がけっこう好きだったりするんだ」

「桜小路って、ほんと、世話好きだよな」

「な、何よ? 褒めたって何も出ないわよ」

桐野きりのが、この前のパーティの時に言ってたんだよ」

「詩織が?」

「うん。この前のパーティだって、桜小路が言い出して、自分でほとんど準備もしたんだろ? 桐野の文化祭ライブも」

「それは、大好きな詩織のために、何とかしてあげたいって思ったんだよ」

 そこで会話が途切れた二人が子ども用ジェットコースターを見ると、一旦、降りた詩織と薫が、また、そのジェットコースターの入り口に並んでいるのが見えた。

「薫の奴、よっぽど、あれが気に入ったんだな」

「大好きな詩織と一緒だから楽しいのよ」

「そうだな」

「でも、詩織も来年デビューしちゃうと本当に忙しくなるはずだから、薫ちゃんも寂しいかもね」

「薫は、桜小路も面白いから好きって言ってたぞ」

「そ、そうなの?」

 いつもは詩織にべったりの薫が、自分のことも好きだと言われて、瞳も意外に思った。

「桐野は好きなアイドルで、桜小路は好きな芸人なんだと」

「何それ?」

「桐野は一緒にいると嬉しいけど、桜小路は一緒にいると楽しいんだと」

「それ、本当に薫ちゃんが言ったの?」

「ああ、もちろん。俺には、そんな文才はねえし」

「それもそうね」

「だろ? って、そこで、すぐに同意するなよ!」

「でも、何か、嬉しいな」

 詩織のバースディパーティでも、薫は、詩織にはベタベタとくっついていたが、瞳とは、一緒に光をからかうなどして笑い転げていた。「アイドル」と「芸人」という例えは言い得て妙と瞳も思った。

「じゃあ、来年は、私が薫ちゃんと一緒に遊びに行くよ。私に詩織の代わりが務まるかどうか分からないけど」

「桜小路は桐野の代わりなんかじゃねえよ。桜小路は桜小路だろ?」

「そ、それはそうだけど」

 瞳は、光の言葉になぜか照れてしまい、光から視線をそらし、青く晴れている空を見上げた。

「ねえ、梅」

「うん?」

 光が瞳を見たが、瞳は空を見上げたままだった。

「あんた、前から変わったよね?」

「前って?」

「あのボーリング場で、私に叩かれたって、嘘を言った頃」

「ま、まだ、その話をされるのか?」

 恐縮したように体を縮める光に、瞳は穏やかな顔を見せた。

「また、責めようという訳じゃないよ。でも、あの時は、ほんと、憎たらしい奴だって思っていたけど、今は、……ま、まあ、けっこう、良い奴だなって思ってる」

「お、おう! やっと、本当の俺に気づいてくれたのか?」

「また、そうやって、すぐに自分を見失うところは変わってないけどね」

「な、何だよ」

 ひとしきり苦笑をした光が、引き締まった表情に変わり、真っ直ぐに前を向いて話し出した。

「でも、俺も、桜小路と桐野の二人と出会って、変わった気はしてる」

「どんなところが?」

「桜小路は、先生のこととか、桐野のこととか、自分が好きな人に一生懸命尽くしているって感じがするし、桐野は、ほんと、何に対しても一生懸命だよな」

「詩織のことについては、全面的に同意するよ」

「だよな。だけど、俺は何かに一生懸命になれてるのかなって思ったんだ。とりあえず、勉強して大学を出たら、親父の跡を継ぐことは、もう既定路線だし、そんな未来が決まっているんだから、しゃかりきに頑張る気にもならなかったんだ」

「まあ、気持ちは分かるよ」

「でも、そんな中でも自分なりにできることがあるんじゃないかって思ってさ。そう思いだしたのは、桜小路から桐野の文化祭ライブのことを頼まれたことがきっかけなんだ」

「そうなの?」

「うん。あのアルテミス女学院で初めてロックのコンサートができたんだ。大袈裟に言うと、俺にも歴史を変えることができたんだって思ったんだよ」

「そういえば、そうなるわね」

「親父の跡を継いだとしても、それを自分なりにもっと良い方向に変えていくことができるんじゃないかなって思うようになったんだ。敷かれたレールの上を走って行くとしても、自分が変えていけることって、いっぱい、あるんじゃないかなって」

「そうだね。きっと、あるよ」

「まだ、自分で何をしたいのか分かってないけど、桜小路とか桐野みたいに、何か、打ち込めるものを作りたいなあって思うようになった」

「柔道があるんじゃない? それとかなでさんのピアノ教室?」

「柔道は、これからも続けていくつもり。でも、ピアノは、藤井ふじい先生がデビューしたらピアノ講師を辞めるって言ってたから、どうしようかと思ってる」

「動機が不純すぎ」

「だって、藤井先生って、年上なのにすごく可愛いしさ。まあ、俺みたいなガキが藤井先生とつきあえるとは思ってなかったし、この前のパーティでも、はっきりと振られたからなあ」

「そうだったね」

 詩織のバースディパーティの席上、奏と話していた光は、奏にはまだ好きな人はいないと聞き出したが、同時に、「梅田君も早く彼女を作りなさい」と、ほろ酔い状態の奏から説教されてしまったのだ。

「そ、それで、梅には、まだ、彼女はいないの?」

 瞳が上目遣いに光に訊いた。

「女友達は、いっぱい、いるんだけどな」

「いっぱいの女友達って?」

「桜小路だろ。桐野だろ」

「うん」

「……」

「それから?」

「ちょっと多すぎて、名前が出て来ないや」

 瞳は吹き出しながら、光に「もう、私達には見栄を張らなくて良いわよ」と言った。

「それもそうか」

 瞳と光は、顔を見合って笑った。

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