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Act.126:集った絆たち

 律花りっかは、翌水曜日に、「理由は詩織さんに詳しく話したよ。また、皆さんの顔を見ると、気持ちが揺らぎそうだから、このまま、さよなら!」とラインにメッセージを残して、バンドから脱退した。

 メンバーはみんな、律花がいつかは脱退することを、心のどこかでは予測していたのか、玲音れおから「今後のことは、明日、話し合おう」とだけメッセージが入っただけで、律花が脱退した理由を詩織しおりに問いただすメッセージも、また、脱退した律花を責めるメッセージも入らなかった。

 また、榊原さかきばら竹内たけうちにも、律花から、直接、連絡があったようで、竹内からメンバー全員に、「これからの予定に変更はありませんので、そのつもりで」という趣旨のメールが送られてきた。

 そして、木曜日のスタジオリハ。

 再び、四人に戻ったクレッシェンド・ガーリー・スタイルは、アレンジを四人用に戻して演奏してみた。

 律花がいなくなった分、音が薄くなっていることは確かだが、それで、自分のボーカルが、よりクリアに響いている気がした詩織であった。

「久しぶりに四人で演奏してみて、やっぱり、こっちがしっくりしているなあって思ったんだけど?」

 呆気にとられたような表情のかなでがメンバーを見渡しながら言った。

「アタシもだよ」

「ボクも、みんなの音がクリアに聴こえたんだ~」

「そうだよね。でも、何なんだろう? 律花さんが一緒の時には、すごく良いなって思ったんだけどねえ」

「そうなんだよな」

 玲音も琉歌るかも、そして奏も、狐につままれていたかのような顔をしていた。

「やっぱり、この四人でクレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンドなんだと、律花さんは教えてくれたんです。でも、将来、私達のスタイルがきっちりと確立された後でなら、サポートででも参加したいって言ってくれました」

「アタシらも律花のギターで良い刺激をもらえたけど、それは、アタシら四人でしっかりとクレッシェンド・ガーリー・スタイルの原型を作り上げてからのお楽しみということか?」

「はい! 私は、絶対、律花さんと、また一緒にやりたいです!」

「それは、みんな、そう思ってるわよ」

 そう言った奏だけでなく、玲音も琉歌も同じ気持ちなのは、詩織には分かった。

 音楽以外のことでは、律花とそれほど絡むことはなかったが、律花のギターは、メンバー全員の心をしっかりと掴んでいたのだ。



 そして、リハ後の奏屋。

「ところで」

 宴会が始まると早々、奏が嬉しそうに詩織を見た。

「明後日は楽しみね」

 明後日の土曜日。ひびきの家で詩織のバースディパーティが開かれることになっていた。

「あっ、はい。何か、すみません」

「何で詩織ちゃんが謝るのよ。私達を夢に案内してくれた詩織ちゃんの誕生日はお祝いしないとバチが当たるわよ!」

「夢に案内してもらったのは、私の方ですよ! 玲音さんや琉歌さん、奏さんとの出会いは本当に幸運すぎるほど幸運だと思います。もし、皆さんにお会いしてなければ、今頃、私、きっと、メンバー集めで悶々としていたと思います」

「まあ、そこはお互い様ってことで、とりあえず、土曜日は、おシオちゃんの誕生日を盛大に祝おうぜ」

「それに、桜小路さくらこうじ先生のご自宅に、また行けるなんて、夢みたいね」

椎名しいなも来るから、イケメン好きな奏としてはウハウハだよな」

「そうなのよ! って、こらっ! もう、そんなに男には飢えてないから!」

「でも、すごい人数になるよね~」

 琉歌が少し不安げな顔をした。

「琉歌は琉歌のままでいれば良いさ。無理して話をする必要はないぜ」

 リアル人付き合いが苦手な琉歌を玲音が慰めた。

「でも、これも詩織ちゃんの人徳ということよね。桜小路先生とひとみさんでしょ。私達三人、椎名さんに、梅田うめだ君にその妹さん、しめて八人も来るんだから」

「いや、実はさ」

 少し言いにくそうに、玲音が口を開いた。

「榊原さんも来るんだ」

「あら、そうなの? どこから聞きつけたのかしら?」

 瞳が発案したプライベートな集まりなので、奏は榊原には知らせていなかった。

「アタシが、つい口を滑らしてしまって」

「いつ?」

「あっ、いや、榊原さんから、仕事の件で、アタシに電話があった時に」

「仕事の話は、マネージャーの竹内さんから掛かってくるんじゃなかったの?」

「なぜだか、その時は榊原さんから掛かってきたんだ。た、大した用事じゃなかったんだけどな」

 いつになく、アタフタと慌てている玲音に、奏も不審げであった。

「口が軽すぎよ、玲音。まあ、榊原さんも詩織ちゃんとは縁もゆかりもある人だから、私も誘おうかどうしようか、迷ってはいたんだけど、話すのなら、事前に相談してほしかったわ」

「わ、悪い」

 いつもは、奏を一方的に茶化す玲音であったが、年上の奏から真面目に注意されると、素直に謝ってしまうのだった。

「じゃあ、詩織ちゃんを入れると、つごう十人か。瞳さん一人でパーティの準備なんて大変よね」

「それはそうだな」

「じゃあ、玲音。あんたも料理するんだから、私と一緒に先に行って、瞳さんを手伝おう」

「お手伝いくらいなら、私も」

「詩織ちゃんは主賓なんだから、琉歌ちゃんと後からゆっくりと来れば良いわよ」と、奏が微笑みながら言うと、玲音に厳しい顔を向けた。

「玲音、良いわね?」

「わ、分かったよ。その分、桜小路先生の自宅に長く居られるもんな」

「そうよ! って、そこまで計算高くないから!」



 そして、土曜日。

 瞳を手伝うからと、玲音と奏は一足先に響のマンションに出掛けた。

 あとのメンバーで琉歌以外は、響のマンションの場所を知らないことから、池袋駅の近くで待ち合わせをして、詩織が案内をすることにしていた。

 琉歌、椎名と一緒に江木田駅から池袋まで出て来た詩織が待ち合わせ場所で待っていると、間もなく、ひかるかおるの梅田兄妹がやって来た。薫は、ここでも詩織を見つけると、詩織に駆け寄って来て、すぐに詩織の手を握った。

「詩織ちゃん、誕生日おめでとう!」

「ありがとう。薫ちゃん」

 榊原もやって来ると、お互いに簡単な自己紹介をしてから、響のマンションに歩いて向かった。

「椎名君。玲音君が、デビューシングルのPVは、君に撮ってもらいたいと言っているんだ」

 榊原が隣を歩く椎名に話し掛けた。

「玲音から聞いてます。俺としては、もし、そうなれば、最高のPVを作るつもりです」

「うむ。まあ、デビューアルバムから、どの曲をシングルカットするかが決まるのが、来月の初旬くらいになると思うから、その曲を聴いてもらって、いくつかの映像製作会社からコンテ案を出してもらうことになる。それに是非、参加してくれたまえ」

「分かりました」

「玲音君の意向も汲みたいが、まだ、無名の君に、私がトップダウンで決めることは、なかなか難しくてね」

「はい。俺もそんな理由で選ばれたくないです」

 榊原も椎名も、それぞれの分野に、こだわりをもって取り組んでいる。椎名の清々しい態度に、榊原も好印象を持ったようで、椎名に向かって、満足げにうなずいた。

 間もなく、響のマンションに着いた。

 最上階にある響の部屋の玄関の呼び鈴を鳴らすと、エプロン姿の瞳がドアを開けてくれた。

「いらっしゃい、詩織! ちょうど、準備ができたところだよ」

「お邪魔します」

 みんなでリビングに行くと、瞳が「梅! 早速、仕事だよ。このソファを部屋の隅に寄せてくれる?」と光に言った。

「おう! 任せとけ!」と腕まくりをした光だけではなく、榊原と椎名の男性陣が協力して、大きく豪華な応接セットを部屋の隅にどけて、ダイニングにある食卓をリビングの真ん中にセットした。

 白いテーブルクロスを掛けたそのテーブルの上に、瞳と玲音と奏がキッチンから次々にご馳走を運んできた。

 立食でも食べやすいように、ひとくちサイズに切り分けられたサンドウィッチ、さまざまなトッピングがされたクラッカー、その他の料理も小鉢に綺麗に盛りつけられて、見ているだけでも楽しくなってきた。

 最後には、「おシオちゃん! 誕生日おめでとう!」と書かれたチョコレートプレートがデコレートされた、生クリームたっぷりのホールケーキがテーブルの真ん中にセットされた。

「すごく美味しそうです! これを三人で?」

「ほとんど、瞳さんがやってくれたわよ。まだ高校生なのに、すごい料理の腕前なんだもん。びっくりしちゃった」

 花嫁修業で料理も得意な奏が驚くほどの瞳の腕前だったらしい。

「いえ、奏さんと玲音さんに手伝っていただいて、すごく助かりました。ありがとうございました」

「いやいや。とりあえず、腹も減ったし、早速、始めようぜ」

「そうですね。じゃあ、お兄ちゃんを呼んできます。詩織はケーキの前ね。他の皆さんは、お好きな所へ」

 詩織だけケーキの真ん前という指定席に立ち、他の者がテーブルの周りの思い思いの場所に立つと、間もなく、瞳に手を引かれた響がリビングにやって来た。

 そして、テーブルを挟んで、ちょうど、詩織の真ん前に立つと、お辞儀をしてから、会場を見渡すように首を回した。

「皆さん。今日は、瞳の思いつきにご賛同していただき、ここまで足を運んでくださり、ありがとうございます。ここに集まられた方々は、皆、詩織さんの友人だと思います。僕と瞳も、詩織さんには、元気と勇気と、そして感動を、いつももらっています。そんな、詩織さんの誕生日を皆さんとご一緒にお祝いすることができることを感謝したいと思います」

 響は、周りを見渡すようにしながら「榊原さん」と呼んだ。

「はい」と榊原が返事をすると、響はその方向を向いた。

「詩織さんが所属している芸能音楽事務所の社長さんだとお聞きしています。また、この中では最年長ということのようですので、突然のお願いで申し訳ありませんが、若輩者の僕に代わり、乾杯のご発声をお願いさせていただいてよろしいでしょうか?」

「分かりました」

 榊原も変な遠慮をすることなく快諾すると、成年者にはスパークリングワインを、未成年者にはジュースが入ったグラスが配られた。

 全員がそのグラスを手にしたことを確認した榊原は、「せっかくのご指名ですので、僭越ですが乾杯の発声をさせていただきます。まずもって、このような席を設けていただいた桜小路先生に感謝申し上げます」と言い、響に軽く頭を下げた。

「さて、桐野詩織君は、我が社では『おシオ君』と呼んでいるので、今もそう呼ばせていただきますが、おシオ君がボーカルを務めるクレッシェンド・ガーリー・スタイルは、現在、我が社で注目度ナンバーワンのアーティストであります。来年の二月には、デビューも決まっておりますが、デビュー後も大活躍できるものと確信しております。だから、こうやって、ごく親しい者だけで集まって、おシオ君の誕生日を祝うことは、もしかしたら、今年が最後になるかもしれません。むしろ、そうなってほしいです。そんな貴重な今日のパーティで、おシオ君のこれからの発展と健康、そしてご参集の皆さんのご健勝を祈念したいと思います。では、皆さん、ご唱和ください。おシオ君! 誕生日おめでとう!」

 グラスを掲げた榊原に併せて、みんなが「おめでとう!」と言った。

「詩織! 蝋燭を消して!」

 詩織は、ケーキに刺さった十八本の蝋燭に勢いよく息を吹きかけた。

 

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