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Act.119:文化祭ライブ!

 普段は、ロックのコンサートなどすることのない、お嬢様学校の講堂に爆音が響いた。

 不動のオープニングナンバー「ロック・ユー・トゥナイト」で、イントロの短いギターソロから、力強いボーカルが入ってくると、その迫力に建物自体が震えた。

 詩織しおりは、これまで学校では、どちらかというと大人しくて控え目な生徒だと思われていたはずで、そのギャップに、客席の後ろの壁際に立ち、ステージを眺めていた教職員も目を見開いて、詩織を見つめていた。

 行儀良く座って聴いていた客席の生徒達の体が次第に揺れてきた。

 クラシックを嗜むお嬢様といえども、昔みたいに身分制度がある訳ではなく、普通にテレビを見て、好きなロックアーティストがいることも何ら不思議ではない。

 詩織に「騙されていた」という感情が薄い下級生達だろう。その場で立ち上がり、手拍子を取る生徒が出て来た。

 振り向いて、その様子を見ていたひとみが立ち上がり、ステージの下まで出て来ると、飛び跳ねながら手拍子を取り始めた。

 お嬢様として、お淑やかに振る舞うという習慣がついていた生徒達も、誰かが突破口を開けてくれると、自分の欲求に正直になる。また、集団心理として、誰かがやり始めたら、自分が同じことをやっても大丈夫と思ってしまう。一人、また一人とステージ下に集まりだして、リズムに併せて、飛び跳ねながら手拍子を取り始めた。

 入り口付近にいた優花ゆうか美千代みちよ珠恵たまえの三人も、驚きながらも、おそらく、想像すらしていなかった圧倒的な迫力に、ステージの詩織に見入っていた。

 そして、ラストのギターソロでは、激しいアクションを交えて、ギターを弾きまくり、最後には、客席と一緒にジャンプをして曲を終えた。

 ステージの前に集まり、歓声を送ってくれる生徒達からはもちろん、客席全体から大きな歓声と拍手が起こった。

 講堂の入り口付近を見ると、優花、美千代、珠恵の三人も、まだ、素直になれないのか、渋々という雰囲気ではあったが、拍手をしてくれていた。

 詩織は、歓声に包まれて、涙が止まらなくなってしまった。

 詩織が話せる状態ではないことを察知したのだろう。玲音れおが、すぐにMCに入った。

「皆さん! うちのボーカルの歌、どうでしたかあ? すごいでしょ? 圧倒されるでしょ? 昔の彼女を知っている人! 全然、違うでしょ? そうなんだ! ここにいるのは、この学校の三年生で、ロックミュージシャンの桐野詩織なんだ! 彼女が消し去りたかった桜井さくらい瑞希みずきってアイドルは、もう、いないんだ! 彼女が桜井瑞希を消し去るには時間が必要だったんだ! その間、皆さんに秘密にしていたことは仕方がなかったことなんだよ!」

 玲音の熱弁に生徒も聞き入っていて、講堂は、シーンと静まりかえっていた。

「玲音さん、あとは私が」

 とりあえず、涙腺が閉まった詩織が、玲音に告げると、センターマイクの前に立った。

「私の気持ちは最初に全部言いました。でも、あと一つ、これだけは言わせてください。私は、アルテミス女学院の皆さんが、特に、三年間一緒に勉強し、遊び、笑い、泣いた、三年生の皆さんが大好きです!」

 あらかじめ進行の打ち合わせをしていたわけではなかったが、詩織がそう言った後、すぐにかなでが「涙にキスを」のイントロを弾き出した。

 静かになっていた客席に、ピアノの音色が綺麗に響いた。

 そして、一曲目とは、がらりと変わって、しっとりとした詩織の声が講堂中に溢れた。

 アップテンポの曲では、圧倒的な声量とパンチ力で観客をノックアウトさせるが、ゆっくりとしたバラードでは、歌にこれでもかと込められた感情が観客の心を鷲掴みにしていく。

 そんな詩織の歌の力に、ステージの最前列に立った生徒達も自分の席に戻ることも忘れて、詩織の歌声に聴き入っていた。瞳もそうだし、何人かの生徒は、込められた感情に触れたのか、涙ぐんでいた。



 詩織達が素晴らしいステージを繰り広げていると誰かが触れ回ったのか、ライブ中もどんどんと生徒が講堂に入ってきて、ラストナンバー「シューティングスター・メロディアス」が始まった頃には、ステージ前だけに収まらず、講堂中がオールスタンディングのライブハウスと化していた。まるで、在校生のほとんどがここに来ているようであった。

 大ラスには、ドラムの連打に併せて、詩織がギターを掻き鳴らしながら、「どうも、ありがとうございましたー!」と叫び、ジャンプをして曲が終わった。

 大歓声が起きたが、詩織が「皆さん!」と言うと、会場はすぐに静かになった。

「私は、来週からもこの学校に来ます! だって、私は、私立アルテミス女学院高等部三年B組、出席番号九番! 桐野詩織ですから!」

 歓声とは違う拍手がパラパラと起きた。

 いつの間にか、ステージの袖近くに優花、美千代、珠恵の三人が立っていた。その周りには、詩織の同級生が大勢いた。

 その表情は固いままだった。

 詩織は、ギターをスタンドに立て掛けると、ステージから降りて、同級生達の前に立った。

相良さがらさん、広沢ひろさわさん、幸崎こうさきさん」

 詩織は、最前列に立っていた三人を見渡した。

「私は、相良さんも、広沢さんも、幸崎さんも大好きでした。いつも一緒にいてくれて、ありがとうございました」

「ふざけないでよ!」

 珠恵が厳しい口調で言った。

「ごめんなさい。でも、この場を取り繕うとしているのではありません。私の本心です!」

 詩織は頭を下げた。

「違う!」

「えっ?」

 頭を上げた詩織を、穏やかな顔の三人が見つめていた。

「過去形みたいに言わないで」

「……」

「まだ、十一月だよ。来年の二月までは、私達は、同じ教室で、ずっと過ごすんだよ」

「相良さん……」

「そうだよ。これからも一緒にいるんだよ」

「広沢さん……」

「三月には、一緒に卒業しよ」

「幸崎さん……」

「桐野さんの気持ちは、嫌というほど伝わったから」

「私、ファンになった! ライブがあったら、絶対、行くから!」

「私も!」

「デビューしたら、絶対、テレビに出てよ!」

「そうだよね。そうすると、私達、三年間、ずっと桐野さんの同級生だったんだよって、自慢できるし」

「そうそう! 桜井瑞希っていう過去の人のことなんて、どうでも良いよね」

「皆さん……」

 同級生達が次々と詩織に笑顔を見せた。

 逆に、詩織は溢れる涙を抑えられなくなった。

「詩織!」

 いつの間にか詩織の隣に来ていた瞳が、詩織の肩を抱いて揺さぶった。

「瞳さん……、ありがとうございました」

「私は、準備をしただけ。この結果は、詩織自身の力だよ」

 瞳が会場を見渡した。ほとんどの生徒はそのまま残っていた。

「ねえ、みんな! もう一回、詩織の歌を聴きたいよね? 私は聴きたい!」

 瞳の響き渡る声に、会場から大きな拍手が起きた。

「私も!」

 優花達も口々に言った。

「詩織! アンコール!」

 瞳が手拍子を取り始めると、すぐに講堂にいる全員がそれに合わせて手拍子を打ち始め、「アンコール!」の声も大きくなった。

 詩織がステージを見れば、玲音と琉歌るか、そして奏が、いつでも演奏できる状態で待っていた。

 会場中からのアンコールの声に押されて、詩織はステージに駆け上がった。

 ギターを構えた詩織は、マイクスタンドの前に立ち、「ありがとうございましたあ! もう一曲、いきます!」と叫ぶと、客席の中にセットされたPAブースにいる榊原さかきばらに向けて、「新曲、やって良いですかあ?」と尋ねた。

 榊原もニコニコと笑いながら、頭の上に両腕で大きな丸を作った。

「じゃあ、私達のデビューアルバムに収録されると思う新曲をします! ノリノリの曲なので、一緒に楽しんでください! クレッシェンド・アイ・コンタクト!」



 再び、講堂を揺るがして、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのライブは終わった。

 詩織は、講堂の入り口に立ち、見に来てくれた生徒一人一人と握手をして見送った。

 みんなが詩織に励ましの言葉を掛けてくれて、そして、応援してくれた。

 最後の生徒を送り出すと、校長と土田つちだ教頭に榊原が頭を下げた。

「桐野君の芸能活動で学校にもご迷惑をお掛けることがあるかもしれませんが、どうぞ、ご了解をいただきますよう、お願いします」

「具体的に何か予定でも?」

「いえ、今のところは何も。できるだけ学業優先でスケジュールを組むことにしていますが、予定どおりにいかないのが、この業界でしてね」

「私も芸能関係者に知り合いがいないものですから、お時間がありましたら、いろいろとお話をうかがいたいものですなあ」

 校長もいきなりミーハーになって、榊原を校長室に連れて行ってしまった。

 PA機材の撤去作業は、PA業者がテキパキと行っており、詩織とメンバーは、その様子を客席の後ろから眺めていた。

「おシオちゃんの悩みは、これで全部清算されたって感じかな?」

「はい! もう、何一つ隠していることはなくなりました」

「逆に言うと、詩織ちゃんの今と過去のことが全部ばれたってことだから、変な奴に詩織ちゃんがつきまとわれないか、心配だなあ」

「ばれたと言っても、テレビなんかで私の顔がおおっぴらになっている訳じゃありませんから、大丈夫だと思います。学校の行き帰りも瞳さんと一緒ですし」

「あの盗撮動画も榊原さんが動画サイトに削除依頼をしたらしいから、これ以上、おシオちゃんの顔が拡散されることはないだろう。でも、デビューして、メディアにも出まくるようになると、その心配はした方が良いだろうな」

「そうね。それはそうと、今日は、詩織ちゃんの制服姿も堪能できたし、私的わたしてきにも満足な一日だったわ。でも、横で見てて、制服のスカートがミニじゃなくて良かったって思ったわよ」

「いつもどおりに暴れてたから、パンツが見えそうだったもんな」

「ボクは、二回ほど見えたよ~」

「ほ、本当ですか? 琉歌さん」

 女子校だし、そこまで気をつけていなかった詩織が焦ってスカートを押さえながら訊いた。

「うん。思わず、スティックを落としそうになったよ~」

「琉歌ちゃん、一人だけずるいわよ!」

「おシオちゃんのパンツなんて、何度も見てるだろ?」

「いやいや、制服のスカートがめくれて、ちらっと見えるのが良いのよ」

「そうそう~! 分かってらっしゃる~、奏さん~」

「だよねえ」

 珍しく意見の一致を見た琉歌と奏に、呆れ顔の玲音が突っ込んだ。

「お前ら、おっさんか?」

 

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