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Act.117:応援したいから

榊原さかきばらさんが?」

「うん! もう、既に仮予約を取っていて、おシオちゃんの学校の許可が出れば、すぐに本予約に切り替えるって」

 五日後には詩織の学校の文化祭がある日曜日の午後。

 PAシステムは、榊原が自腹を切って用意することになり、しかも既にスタッフを仮にだが押さえているという連絡が、玲音れおから詩織しおりに電話であった。

「どうして榊原さんがそこまで?」

「来年からアタシらもレコーディングに入る訳だし、それまでにおシオちゃんの悩みを解決しておきたいって言ってくれたんだ。でも、会社のお金を出す訳にいかないから、個人的に費用を負担してくれるんだって」

「何か、申し訳ないです」

「榊原さんは、クレッシェンド・ガーリー・スタイルは、これからエンジェルフォールに大きな利益をもたらしてくれることは間違いないから、その報酬の先払いだって言っていたよ」

「でも……」

「おシオちゃん! 今回は榊原さんの厚意に甘えようぜ。とにかく今は、おシオちゃんを普段の気持ちに戻して、バンド活動に思い切り打ち込めるようにしないといけないって、アタシらも思っているんだ。アタシらのデビューアルバムが榊原さんの期待ほど売れなかったら、榊原さんに今回の費用を弁償すれば良いんだよ」

 玲音の言葉で、詩織も気持ちを切り替えることができた。

「そうですね。でも、榊原さんには、直接会って、お礼を言いたいです」

「当日、学校に行くって」

「本当ですか?」

「うん。徐々にではあるけど、いろいろと予定も入ってくるだろうから、学校にも挨拶をしておきたいんだって」

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルの本格始動は、詩織の登校日がほとんどなくなる来年の二月以降とされていたが、それまでにも、レコーディングやPV撮り、デビューライブの準備など、学校がある平日でも詩織に参加してもらわなくてはならない日程が入るかもしれない。

 学校にもばれてしまった以上、きちんと筋を通しておくべきだろうと、鈍感力の塊である榊原も、経営者としての心配りは忘れずに考えたのだろう。



 そして、その翌日。月曜日の朝。

 池袋駅で落ち合って、一緒に学校に向かい歩き出したひとみが自分のスクールバッグから一枚の紙を取りだして、詩織に示した。

 クレッシェンド・ガーリー・スタイルの文化祭ライブのお知らせチラシだった。

 まだ、はっきりとは決まっていない開始時刻などは空欄になっていた。

「これ、どうしたんですか?」

「この土日で私が作ったんだ」

「瞳さんが?」

「うん! ちなみに、これ、詩織だよ」

 瞳が指し示す箇所には、ショートカットで黒縁眼鏡を掛け、セーラー服を着ている二頭身キャラがギターを持っているイラストが描かれていた。

「これ、瞳さんが描いたんですか?」

「うん。我ながら、上手く描けたと思う。どう?」

 詩織は、瞳の献身的な行動に、思わず涙ぐんでしまった。

「ありがとうございます、瞳さん。講堂の使用許可の件といい、何から何までお世話になっちゃって」

「詩織のいつも一生懸命な姿を見てると、どうしても助けたいって思っちゃって、私が勝手にやってることだよ」

「瞳さん……」

「詩織は、本番で思いっ切り歌ってよ。それが詩織のやるべきことで、詩織にしかできないことだよ」

「……はい!」

 学校に着いた詩織と瞳は、そのまま職員室に行き、土田つちだ教頭を訪ねた。

「教頭先生。講堂の使用許可の件ですけど」

「もう、校長から話を聞いているよ。日曜日に理事長から校長に直々に電話があって、ぜひ、ライブを開催させるようにとの指示があったらしい」

「じゃあ、やって良いんですね?」

「理事長がやれと言っているんだから、我々が反対できる訳がないだろう?」

 ひかるが交渉してくれた結果、天の声が降りてくることは分かっていたが、それでも学校が反対しないかどうか、少し不安だった詩織と瞳は、土田の前で、手をつないで喜び合った。

「しかし、桐野きりのさん。バンドとなると、PAとかはどうするの?」

「そっちも準備できています!」

「……君達は、魔法の杖でも持っているのかい?」

「詩織のためなら協力を惜しまないって人が多いんですよ」

「なるほどねえ」

 椅子の背もたれに体を預けながら、土田が詩織の顔を感慨深げに見つめた。

「桐野さんは、小さな頃からアイドルだったものねえ」

「はい?」

「お父さんと一緒にバンドの練習に来ていた頃からだよ」

 土田は、詩織の父親と一緒に趣味でバンドをやっていたバンド仲間だった。だから、父親と一緒にバンドの練習に来ていた子どもの頃の詩織も知っていた。

「僕らの演奏に併せて、手拍子を取ったり、一緒に歌ったりして、本当に音楽が好きな子だなあって、メンバーみんなが微笑ましく感じていた。そう。あの頃、桐野さんは、僕らにとってのアイドルというかマスコットというか、そんな存在だったよ」

 詩織もその頃のことを微かに憶えていた。

「僕も今の桐野さんの歌や演奏は聴いたことがないから、正直、楽しみではあるんだけどね」

 土田の正直な気持ちだろう。父親から聞いた話では、あの頃のメンバーもバラバラになってしまっているし、そもそも、バンドをする時間も取れなくなっているらしい。

「そうだ!」

 瞳が大きな声を出した。

「何だい?」

「いきなり、ライブを始めるのも何だから、司会がいれば良いよね?」

「もちろん、いてくれれば良いですけど、いなくても」

「教頭先生! 司会をお願いして良いですか?」

 詩織の言葉を遮るようにして、瞳が土田に迫った。

「な、何で僕が?」

「教頭先生は、詩織がアイドルだったことや、密かにバンドをしていたことを知っていたんですよね?」

「そ、それはそうだが」

「言うなれば共犯じゃないですか」

「なっ! ……まあ、そのとおりではあるが」

「でも、それは、教頭先生も詩織の想いを理解していたからこそ、協力をしたんですよね? それに詩織の歌と演奏を聴くことは楽しみだともおっしゃいました」

「う、うむ」

「だったら! 教頭先生も詩織の気持ちを生徒達に伝えてあげてください! もちろん、詩織も自分の言葉で話すつもりですけど、教頭先生も、詩織が身勝手な欲求で始めたことじゃないって言ってあげてください!」

 土田に頭を下げた瞳を見て、詩織もたまらず、一緒に頭を下げた。

「頭を上げたまえ! まあ、司会くらいならやってあげるよ」

「本当ですか!」

 笑顔で顔を上げた詩織と瞳に、土田は教師の顔に戻って、「とにかく、文化祭の実行委員会ともよく話し合って、当日、混乱のないようにしてくれたまえ」とくぎを刺した。



 その日の放課後に開かれた文化祭実行委員会に、詩織は瞳と一緒に参加をして、急遽、開催することになったクレッシェンド・ガーリー・スタイルのライブにつき説明をした。

 ここでも、当の本人の詩織は話しづらいだろうと、瞳が持ち前のバイタリティを発揮して、率先して発言をした。

「当日の講堂の日程は、午前十時三十分から十一時十分まで吹奏楽部の演奏。終わってからお昼の時間を含めて、大道具などを設置してから、午後一時から一時半まで演劇部の上演。その後、舞台の大道具などを直ちに撤去して、午後二時から二時半まで合唱部のステージ。今回のライブは、それから音響設備の準備を始めて、午後三時半までには準備を完了。同時刻からライブスタート。五十分の時間をいただいて、午後四時二十分までの予定にしています」

「ライブの準備と撤去は誰が?」

 実行委員の生徒から質問が出た。詩織の個人的な想いでやることになったライブに、生徒の負担が増えることを嫌ったのだろう。

「専門の業者を手配していますので、実行委員会を始め、生徒の皆さんに負担を掛けることは、まったく、ありません」

「当日、校内に入ってくるのは、バンドのメンバーと、その業者ということですね?」

「あ、あの、私が所属している芸能音楽事務所の人も入って来ます」

 詩織が控え目に答えた。

「では、その方々には入校許可証を発行しなければいけないので、あらかじめ、関係者のリストを提出してください」

「分かりました」



 実行委員会で、ライブのスケジュールが確定したことを受けて、開始時間欄を空欄にしていた瞳手作りのチラシに開始時間を手書きで書き込んでから、詩織と瞳は校門に立ち、下校する生徒達にチラシを配った。

「文化祭の日、ライブをします! よろしくお願いします!」

 詩織は、生徒一人一人に丁寧に頭を下げて、チラシを手渡した。

 生徒の中には、「私、瑞希みずきちゃんのファンでした! 金曜日は、絶対、見に来ます!」と言ってくれる下級生もいたが、詩織は、「この時に歌うのは、桜井瑞希じゃなくて、桐野詩織です」と、丁寧にいちいち説明をした。

 しかし、詩織と同じ三年生、特にクラスメイトの反応は冷たく、ビラを配る詩織を避けて通っていた。今まで、自分達を騙していたという、裏切られたような気持ちが素直にさせてくれないのだろう。

 もっとも、元「桜井瑞希」というネームバリューは大きく、チラシはあっという間になくなってしまった。

 

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