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Act.115:近づく関係

 ひとみは、私立アルテミス女学院の梅田うめだ理事長の家に来ていた。

 ひかるが理事長である父親に、詩織しおりのバンドライブに講堂を使わせてほしいと、一階のリビングで話してくれているのを、光の妹のかおるとともに、階段の途中で耳をそばだてていた。

「その講堂の使用許可って、親父がするの?」

「基本的に各校長の権限だが、難しい案件は、私に伺いを立ててくるんだよ」

「ロックバンドのライブなんて前例がないだろうから、きっと、親父のところに来るよね?」

「おそらくな」

「だったらさあ。桐野きりののライブで、講堂を使わせてやってくれよ」

 理事長は怪訝な顔を光に向けた。

「何で、お前が、その桐野さんのことをそんなに心配しているんだ?」

「そ、それは、その友達から頼まれて」

「桐野さんといえば、あの桜小路さくらこうじ先生の妹さんと一緒に会った子も桐野さんと言っていたな」

 光が吐いた嘘で、詩織と瞳は、校長室で理事長から責められていた。

「そ、そう! その桐野なんだ。俺の嘘、じゃなくて勘違いのせいで、桐野と桜小路には迷惑を掛けたから、桐野の力になりたいんだ」

 光は、ボーリング場で瞳に叩かれたと嘘を吐いていたが、叩かれたのは勘違いだったと、あいまいなことを言って、父親の矛を収めさせていた。

「もしかして、お前の友達って、桜小路先生の妹さんか?」

「あ、あんな、きつい女が友達な訳がないだろ!」



「梅、あとでしばく!」と、瞳が拳を握りしめながら呟いた。

「瞳ちゃん、お手伝いします」と薫も言ってくれた。



「それはそれとして、どうだろう? 俺の罪滅ぼしってこともあって、桐野にライブをさせてあげたいんだ」

「しかし、ロックバンドなんだろう?」

「そうだけど」

「それに、桐野さん以外のメンバーは、うちの生徒じゃないんだよな?」

「もちろん。でも、俺が行っているピアノ教室の先生もいるんだ」

「ほ〜う。ちゃんとした人もいるんだな」

 理事長は、ロックバンドをしている者は「ちゃんとしていない」者ばかりだという偏見を持っているようだった。

「それにさ、桐野のバンドは、あのホットチェリーとも共演していて、昔、アイドルだったこともあって、今、ネットではすごく話題になっているんだぜ。プロデビューすることも決まっていて、これから人気が出るはずだよ」

「そうなのか?」

「学校の良い宣伝になると思うけどな」

「しかし、生徒以外の者に講堂を使用させるのはどうもなあ」

「じゃあ、ゲストってことにすれば良いんじゃない」

「ゲスト?」

「そう! 学園祭にプロのバンドを招待することは、大学ではよく行われているし、高校でもちらほら、あるみたいだぜ」

「それはそうだが」

「どうよ?」

 階段まで筒抜けの会話を聞きながら、「梅! 頑張れ!」と、瞳は声に出さずに、光の応援をした。

「しかし、アルテミス女学院の校風にロックは合わないだろう。クラシックか、せめて、ジャズであればなあ」

「そうかな。今や、お寺や神社なんかでもロックコンサートをやるくらいだから、そんなに気にする必要はないと思うんだけど」

「……」

「それに、桐野のバンドがこれからメジャーになったら、あの桐野が卒業した学校だなんて言われるぜ。桜小路先生の妹みたいな有名人の家族じゃなくて、有名人本人なんだからさ。デビュー前に桐野が演奏した『伝説の講堂』なんて噂になって、入学したいって希望者も増えるんじゃない?」

「……」

 理事長の返事はなかった。即座に言い返されないことは、迷っている証拠だ。

「テレビで紹介なんてされると、アルテミス女学院の評判はうなぎ昇りだぜ」

「う~む」



 トントンと軽い足取りで階段を上がってきて、光が自分の部屋に戻ってきた。

「桜小路! 喜べ! ライブの許可が」

「ありがとう! 梅!」

 光が全部を話す前に、瞳が光に抱きついた。

「ちょっ! 桜小路!」

「さすが、嘘八百を並べるのは慣れているよね」

「いやあ、それほどでも、って、何、言ってるんだよ!」

「でも、本当に嬉しかったよ」

 体を離した瞳は、今度は、光の両手を握って振った。

 瞳は、詩織にライブをさせてあげたい一心だったので、それが実現できそうになったことが嬉しくて、自分が光にベタベタしていることに気づいていなかった。

「光! 誰か部屋にいるの?」

 母親の声が廊下からした。瞳の声が大きすぎたのだろう。

「やばっ! と、とりあえず、ベッドに!」

 光が指示したとおり、瞳はベッドの布団の中に潜り込んだ。

「か、薫だよ!」

 母親がドアを開ける前に、大きな声で光が答えると、「光と一緒にプリキュアごっこをしてたの!」と、薫も話を合わせた。

「そ、そう。光もプリキュアが好きだったのね」

 残念そうな声でそう言い残すと、心なしか母親が元気なく階段を降りていく音がした。

 すぐに瞳が布団から顔を出すと、「梅! プリキュアが好きだったんだ~」と、笑いをかみ殺しながら言った。

「お前ら~」

「でも、梅! 本当にありがとう!」

「あ、ああ」

 出会いは最悪だった二人だが、次第に親密になってきていることに、お互いに気づいていないようであった。



 講堂使用についての理事長の内諾を得られたことを瞳から聞いた詩織がメンバーにそのことを伝えると、玲音れおの音頭で、急遽、律花りっかを除く全員が詩織のマンションに集まった。

 金曜の夜も更けていたが、いつも終電ぎりぎりまで奏屋で宴会をするメンバーにとっては、まだ宵のうちで、結局、ここでも小宴会となったが、メンバーの表情は真剣だった。

「でも、その講堂はバンドのライブができる設備ってあるのか?」と玲音が疑問を呈した。

 私立アルテミス女学院には軽音楽部はなく、楽器を使用するクラブとしては吹奏楽部があるだけだった。吹奏楽部では、アンプやPAシステムなどは使用することはないし、詩織も講堂で吹奏楽部の演奏を聴いたことがあるが、バンドで使用するような音響施設があるようには見えなかった。始業式や終業式で校長が話すマイク用の設備しかないはずだ。

「たぶん,ないです」

 詩織の答えを聞いて,玲音がメンバーを見渡した。

「アンプやドラムセットは自前の物を持っていくとしても、ボーカルとかキーボードはPAを通したいよな」

「確かに、詩織ちゃんが普段やっているバンドの音を再現するのなら、欲しいわね」

「どこかでレンタルするしかないな」

「でも、費用が掛かってしまいますよ」

「詩織ちゃんが心配することないわよ。それより、玲音はPAがレンタルできる所を知ってる?」

「もちろん知ってるけど、かなり高いぜ。それに機材だけじゃ駄目だからな」

「そっか。そうだよね」

 ライブハウスやスタジオでの演奏を再現するのであれば、PA機材をセットしたり、実際に演奏中に操作をするスタッフが最低二名は必要だろう。機材の借り賃にスタッフの日当を併せると大きな負担になるはずだ。

 メンバーもみんな、詩織のためにライブをやろうということに夢中になっていて、現実の対応に考えが回っていなかったようだ。

「私もバンドとしてやるのなら、普段と同じようにやりたいです。でも、それで、皆さんに負担を掛けるのなら、やっぱり、私一人でやります」

 詩織が、これ以上、メンバーに迷惑を掛けることはできないと言ったが、すぐにかなでが目をつり上げた。

「何、言ってるのよ! 詩織ちゃんが昔の自分のことを秘密にして活動したいって言ったことに、私達はみんな、気持ちを同じくして、ここまで来たんだよ! そのツケは、みんなで払わないといけないでしょ!」

「そうだな。アタシだって、率先して、昔のおシオちゃんのことは出したくないって言ってたんだからな」

「最近は、スタジオ代も会社が払ってくれるから、バンドの会計も余裕があるよ~」

 メンバーの暖かい言葉に、詩織は一人涙を拭った。

「ありがとうございます、皆さん」

「PAの関係は、とりあえず、榊原さかきばらさんに相談してみるよ」

 玲音がみんなを見渡しながら言った。

「でも、今回のことは、仕事とは関係ないですし」

「確かにそうだけどさ。でも、榊原さんなら、安くて腕の良いPA屋の情報は持っているだろうし、榊原さんのコネを使わせてもらって、更に安くしてもらえるかもしれないじゃん」

「そうね。じゃあ、そこは玲音にお任せするよ」

「分かった」


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