Act.113:分かってもらうために
学校でも昔の詩織のことがばれた、その日。
結局、同級生達は、ひと言も詩織とは口をきいてくれなかった。
とは言っても、詩織は、学校では大人しいキャラでとおっていて、優花、美千代、そして珠恵の三人以外の人とはそれほど親しく話をしていた訳ではなかったから、実質、その三人と以前のように仲良くなれるかどうかだった。
もっとも、最近は、詩織は瞳と一緒にいる時間が多くなり、また、優等生の三人も受験勉強に忙しくて、以前ほど話はできなくなっていた。
それでも、このまま、三人との関係がぎくしゃくしたままだと心が苦しかった。
そして、瞳と一緒に駅に向かう帰り道。
隣を歩く瞳が、「ねえ、詩織」と呼んだ。
「来週の金曜は文化祭でしょ? 詩織がみんなの前で歌ったらどうかな?」
「はい?」
瞳の突飛な発言に、詩織は少し呆気にとられてしまった。
「何、その、ぼけ~とした顔?」
戸惑いが正直に顔に出た詩織を、ケラケラと瞳が笑った。
「す、すみません。でも、どうして?」
「詩織の歌を、みんなに聴かせてあげたいなあって思ったんだ」
「私の歌を?」
「そう。私も詩織の歌を聴いて、すごく感動したし、みんなにも、それは、絶対、伝わると思う。詩織の生の歌を聴けば、詩織がどれだけ本気なのかを分かってくれるんじゃないかな?」
「……そうですね。私が桜井瑞希とどれだけ決別したかったのかは、今の私の歌を聴いてくれると分かってくれるかもしれませんね」
「うん。バンドで出られれば良いと思うけど、最低でも詩織一人の弾き語りで歌えると良いかなって」
詩織の心に、瞳の提案を実行したいという気持ちがわき上がってきた。
言葉では伝わらないことも、音楽でなら伝わることがある。自分が目指していることは、まさにそれだ。
「でも、文化祭の演目って、もう決まってますよね?」
「そこは何とかなるよ。今年の文化祭の実行委員長は文芸部の後輩だから」
「瞳さん、強引に話を進めないでくださいね」
「分かってるって。でも、詩織がやりたいのなら、後輩にお願いしてみるよ」
「できるのなら、やりたいです」
「分かった! とりあえず、バンドのメンバーさんの予定を確認しておいて」
「はい。でも、瞳さん」
「うん?」
「ありがとうございます。いろいろと考えてくれて」
「だって、私も気になって、授業に身が入らなくってさあ。ずっと、どうしたら良いんだろうって考えてたんだ」
詩織は、呆れながらも、瞳の気持ちが嬉しかった。
その日の夜。
昨日、ライブが終わったばかりだが、スタジオリハは予定どおり行われた。
詩織は、昔の自分のことが学校でばれてしまったこと、瞳の提案で、学校でライブができたらやりたいことを、リハが始まる前にメンバーに伝えた。
「そう。まあ、あれだけ話題になっちゃったんだから仕方がないわね」
奏が心配そうな顔を見せて、詩織に言った。
「しかし、昨日のライブを盗撮していた奴がいたなんて許せんなあ。ヘブンス・ゲートの人も気づかなかったのかな?」
「あれだけ客席も盛り上がっていたんだから、私達もそうだけど、店の人が気づけなかったのも仕方ないわよ」
店としても超満員の会場で不慮の事故が起きないようにと万全を期していただろうが、その反面、盗撮対策までは手が回らなかったというところだろう。
「それで、詩織ちゃんの学校で演奏するってことだけど、私は絶対に出たいわ。だって、詩織ちゃんのことを学校の友達にも分かってもらいたいじゃない!」
奏が、早速、賛成してくれた。
「ありがとうございます、奏さん。でも、金曜日の昼間で、お仕事があるのでは?」
「来週の金曜日なら、全然、大丈夫! 今から有給を取るから!」
「アタシも大丈夫だ。バイトのシフトは前々日までなら自由に変えられるぜ」
「ボクもだよ~」
「お前は仕事してないだろ?」
「そうだった~」
玲音のツッコミに琉歌がとぼけた後、みんなの視線が律花に向いた。
スマホを見つめていた律花は、顔を上げると、詩織に「何時から?」と訊いた。
「どの時間帯になるのかは、まだ分かっていません」
「文化祭は何時まで?」
「えっと、遅くとも五時には終わるはずです」
「そうか。……難しいかもしれない」
「何か予定が入っているのか?」
玲音の問いに、律花はうなずいた。
「レコーディングの予定が六時まで入っているんだ。早く終わるかもしれないけど」
クレッシェンド・ガーリー・スタイルも本格的な活動が始まっている訳ではなく、メンバーも仕事やバイトをまだ続けている。律花も同じく、スタジオミュージシャンとしての活動を続けていた。
その確かな腕前で、律花を指名してくることも、最近では、よくあるという。
「レコーディングに穴を開ける訳にいかないよな。まあ、今度のライブは仕事じゃないんだし、律花はそっちを優先させてくれ」
「うん。ごめんよ、詩織さん」
「い、いえ、とんでもないです! でも、律花さん」
「うん?」
「レコーディングのお仕事って楽しいですか?」
「そうだね。いろいろと注文はあるけど、いろんな曲が弾けるからね」
以前、律花は詩織達に「ギターが弾けるのならどんな曲だってする」と言った。オリジナル曲をライブで演奏することに活動の力点を置いてきた詩織達は、律花のその言葉に違和感を覚えたが、そういうことで音楽を追究することも有りじゃないかと、詩織も考えるようになった。
律花は、詩織の希望で正式メンバーになってもらった。
律花も詩織と一緒に演奏できることは刺激的だと言ってくれたが、クレッシェンド・ガーリー・スタイルの活動が本格化すると、当然、律花は、スタジオミュージシャンとしての仕事はできなくなる。毎日、毎日、オリジナルの持ち歌を演奏するだけになるが、それは律花が本当に望んでいることなのだろうか?
詩織は、そんなことを考えて、律花の顔を見た。
「律花さん、うちのバンドにいて楽しいですか?」
詩織はその問いを心の中でした。しかし、詩織を見つめる律花の表情からは、その答えは分からなかった。
次の日の朝。
瞳と一緒に登校する道すがら、詩織は、律花を除くメンバーは参加可能だと瞳に伝えた。
「実は、昨日の夜、文化祭実行委員長の後輩には電話をしちゃったんだ」
瞳の、思いついたら即実行というところは、詩織と通じるところがあった。
「その日、講堂は、吹奏楽部、合唱部、演劇部の三つのクラブが使用するだけで、午後三時以降は何も予定がないんだって。だから、その後、使わせてくれるように頼んだら、実行委員会としては反対しないけど、学校の許可が必要だって言うんだ。要は、実行委員会は策定した実行計画を学校に提出して承認を受けているから、その計画にない出し物をするには、学校の承認を取ってくれってことなんだよ」
「学校の承認は誰にすれば?」
「担当は教頭先生らしいよ」
そして、昼休み。
詩織と瞳は、職員室の一番奥にある、土田教頭の席を訪ねた。
「教頭先生、お願いがあります」
土田は、思ってもいなかった者からの訪問に少し不安げな顔を見せた。
「何かな?」
自分のことは言いにくいだろうと、交渉役を買って出てくれた瞳が口を開いた。
「来週の文化祭で、講堂では、午後三時以降、何も行事予定は入っていないことを、文化祭の実行委員会に確認をしているのですが、その三時以降に講堂を使用したいんです」
「文芸部でかい?」
「違います。ロックのライブをしたいんです!」
「……桐野君のことか?」
土田は、瞳の隣に立っている詩織に視線を移した。
「そうです。教頭先生は、詩織の昔のことが、みんなにばれてしまったことは知っていますよね?」
詩織は、父親には昔の自分のことが学校でもばれてしまったことを報告していたが、土田には、直接、言ってなかった。もっとも、父親から話は伝わっているはずだ。
「それとなく」
「それで、詩織はクラスメイトから孤立してしまっているんです」
「もし、そうなら、学校としても、何かしらの対処をしなければならないね」
「そうですよね! でも、簡単ですよ。詩織の歌をみんなに聴いてもらえれば良いんです」
「だから、ライブを?」
「はい! 私、詩織の生演奏と歌声を聴いて、本当に感動しました。その同じ感動をうちの生徒にも味わってほしいんです。そうすると、詩織が生半可な気持ちでアイドルを辞めたんじゃないし、辞めてからもすごく努力をしてきたことも分かってくれる気がするんです。そのためには、詩織が昔の自分のことを秘密にしていたことだって必要だったんだと理解してくれるはずです」
「そうすると、桐野君のバンドの演奏を講堂でしたいということなのかい?」
「はい!」
そこは、詩織がしっかりと返事をした。
「しかし、桐野君は、うちの生徒だから良いとしても、他のメンバーは、うちとは何の関係もない人なんだろう?」
「最近の文化祭には、芸能人を呼んでいるケースだってありますよ」
反論は瞳が担当した。
「それはそうだが、うちの学校では前例がないしね」
「前例がないのなら、作れば良いじゃないですか」
「そう言われても」
相変わらず、煮え切らない土田だったが、その性格は瞳ももう分かっているはずで、それほど怒りを表さなかった。
「じゃあ、校長先生に直談判します」
「校長先生も許してくれるかどうか」
「やってみないと分かりません」
「うちの事実上の最終決裁権者は理事長だからねえ」
校長を説き伏せても、最終的には理事長が駄目といえば駄目なのだ。
「理事長が良いと言えば、学校は何も文句はないんですね?」
「そりゃあ、天の声には逆らえないよ」
瞳と光とのトラブルのことで、今、理事長との関係は良いとは言えない状態だ。
詩織はあっさりと道が閉ざされた気がしたが、「分かりました!」と返事をした瞳には何か考えがあるようであった。




