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Act.007:パズルのピースは見つかるとすぐ近くに

 ビートジャムを出た詩織しおりは、玲音れお琉歌るかと一緒に、すぐ近くのビルの一階にあるコーヒーショップに入った。

 店内はカップルや学生らしきグループでいっぱいだったが、奥の方に四人掛けのテーブルが空いているのを見つけた。各々が飲み物を持ってそのテーブルまで行くと、玲音と琉歌が並んで座り、玲音の前に詩織が座った。

 隣のテーブルには、ブランド物のスカートスーツを着た女性が一人で退屈そうに座っていた。

 座っていても小柄だと分かるその女性は、年齢は自分よりもかなり上のように見えたが、ウェービーボブの茶髪に大きな瞳が輝いている、すごく可愛い人だった。

 一瞬、その女性と目が合ったが、詩織は、今までのくせで、すぐに目をそらせた。

 その後も女性の視線を感じて、詩織は、店に入って脱いだキャップをまたかぶろうかとも思ったが、それは返って変だと思い、玲音と琉歌と話をしながら、女性が昔の自分のことに気づかないことを祈った。

 もっとも、しばらくすると、女性の連れらしき男性が現れて、女性は、すぐにその男性と店を出て行った。



 学校では物静かな眼鏡っ子で通っている詩織だが、の詩織も「おしゃべりな」という形容詞は付かない女の子だ。

 しかし、玲音と琉歌という、最初から物怖じもせずに打ち解けることができたバンドメンバーと出会えて、詩織の気持ちはたかぶっていて、いつもよりおしゃべりになっていた。

 玲音と琉歌のことをもっと知りたかった。そして、それは玲音も同じだったようで、お互い矢継ぎ早に質問を浴びせ掛けあった。

「詩織ちゃんは、高三って言っていたけど、誕生日はいつなの?」

「十一月です」

「じゃあ、まだ、十七歳かあ。アタシにもそんな時があったなあ」

 遠くを見つめる玲音もそんなに昔のことではないはずだ。

「あの、玲音さんって、お幾つなんですか?」

「アタシは八月に誕生日が来ると二十四歳だよ」

「じゃあ、もう就職されているのですか?」

「うんにゃ。勉強が嫌いだったし、ずっとプロを目指していたから、高校卒業してから、ずっとフリーターだよ。今は、平日の昼間、コンビニでバイトしてる」

「じゃあ、ベース歴は?」

「中学生一年の時からだから、もう十年以上になるね」

「そしたら、バンドは幾つも経験されているんですね?」

「中学や高校の時は、学校の友達とバンドやってて、卒業してからも、その延長でガールズバンドをずっとやってたんだけど、鳴かず飛ばずで見切りを付けたメンバーが去ってしまって、解散をしたのが、つい最近なんだ」

「どんな音楽をやっていたのですか?」

「主体はオリジナルだけど、演奏技術を高めるためにコピーもやってたよ。それで、新しいメンバーをネットで募集して、来たのが、さっき、スタジオで詩織ちゃんも見た男だよ」

 詩織の頭に、玲音がスタジオから男を叩き出したシーンが蘇った。

「何があったんですか?」

「今日、練習が終わったら、早速、飲みに行こうって言われてさ。飲みに行くこと自体は良いんだけど、琉歌に聞こえないように、アタシの耳元で、『二人きりで』なんてこと言いやがってさ」

 詩織がそんなことを言われたら、絶対怖くなってしまって、何も言えなかっただろう。

「まあ、アタシも男は嫌いじゃないけど、バンドメンバーとして会ったつもりだったのに、あんたが募集してたのはセフレかいって切れたってことだよ」

 生々しい話に男の免疫ができていない詩織は恥ずかしくなってしまった。

「あれっ、詩織ちゃんはまだ処女なの?」

 顔を真っ赤にしている詩織に玲音が突っ込んだ。

「そ、それは、その……」

「心配しなくて良いよ。琉歌も二十一歳だけど処女だから」

 そう言われた琉歌は、まったく気にしてないように、両手でVマークを作りながら「えへへへ」と微笑みを浮かべた。

「あ、あの、琉歌さんはドラムをどれくらい?」

 恥ずかしい話題から話をそらそうと、詩織は琉歌に話を振った。

「ボクも中学一年の時から。お姉ちゃんのバンドのドラムが脱退したんで、その代わりに志願して入ったんだ~。それからは、ずっとお姉ちゃんと同じバンドでやってるんだよ~」

 琉歌が自分のことを「ボク」と呼んでいる理由を訊こうかと思った詩織だが、自分のことを何と呼ぼうと勝手だと思い、言い留まった。

「じゃあ、やっぱり十年近くドラムをされているんですね?」

「そうだね~」

「琉歌さんは学生さんなんですか?」

「ボクはニートだよ~」

「そ、そうなんですか?」

「正確に言うと、琉歌はネットトレーダーなんだよ」

 玲音が立てた親指で隣の琉歌を指しながら言った。

「ネットトレーダー?」

「ネットで株とかを売り買いして利益を上げるんだよ」

 その辺りの知識はまったく持っていない詩織のぽかんとした顔を見て、玲音が言葉を続けた。

「まあ、コンスタントに月二十万は琉歌が稼いでくれるんで、プーでもやっていけるわけ。ということで、平日でも夜なら二人とも時間があって、詩織ちゃんが、もし、アタシ達と一緒にバンドをやってくれるのなら、練習は平日の夜になることが多いと思うんだけど、大丈夫かな? バイトをしているとか、門限があるとか?」

 詩織は既にメンバーになっているような玲音の言いぶりだったが、むしろ、詩織は嬉しかった。

「大丈夫です。アルバイトはしてませんし、門限もありません」

「門限がないなんて、高校三年生にして、そこまで親の信用を得ているのかい?」

「あ、あの、一人で暮らしているので」

「あれっ、そうなの? 実家は遠い所にあるのかい?」

「い、いえ、あ、あの……」

「ああ、話しづらいのなら、別に良いけど」

「いえ、父親と母親は離婚していて、私は父親と一緒に住んでいたんですけど、二年前に父親が九州に転勤になってしまったんです。でも、私は住み慣れた東京から離れたくなかったから、一人で残ってるんです」

「そうなのかい。若いのに偉いねえ」

「うふふ」

 玲音の、まるで年寄りのような言い方がどことなくおかしくて、詩織は思わず笑ってしまった。

「うはは、箸が転んでもおかしいお年頃かあ。何か懐かしいなあ」

「お姉ちゃんにそんな頃ってあったの~?」

「あったっての!」

 琉歌は、少し舌足らずなところもあるからか、のんびりした口調だが、玲音は、早口でしゃきしゃきと話していて、何から何まで対照的な姉妹だった。しかし、会話が不思議とぴったりと噛み合うのは、小さな頃からずっと一緒に育ってきた姉妹ならではなのだろう。

「姉妹って良いですね」

 ボソッと詩織の本音が口に出た。

 一人っ子の詩織は、父母と別れて暮らすようになって、更にその想いが募っていた。寂しさに耐えられずに、ハムスターのペンタを飼いだしたくらいだ。玲音と琉歌のボケツッコミ満載の話を聞いているだけでも、自分にも姉妹がいたらどれだけ楽しかっただろうと思わざるを得なかった。

「ボクはお姉ちゃんがいてくれて嬉しかったよ~。だから、詩織ちゃんの気持ちも少しは分かるかも~」

 琉歌の言葉に、玲音が少し照れているようだった。

「まあ、ときどき鬱陶しい時もあるけど、琉歌がいてくれて良かったと思うことの方が多いからな」

 詩織は、本音で気持ちが通じ合っている玲音と琉歌の姉妹と、バンドメンバーとだけではなく、友人として、あるいは良き先輩として、おつき合いしたいと思った。

「本当に羨ましいです」

「ねえ、詩織ちゃん! せっかく、こうして知り合ったんだからさ。一緒にバンドを組む組まないは別にして、これからも仲良くさせてよ」

 詩織の気持ちが伝わったかのような玲音の申出は、詩織にとっても、すごく嬉しいことだった。

「はい! もちろんです! そんなに言っていただいて嬉しいです!」

「じゃあ、詩織ちゃんが一番下の妹だね~」

 琉歌の言葉に、玲音もうんうんとうなずいた。

 詩織は、出会ったその日に姉妹同様のつき合いをしてくれる玲音と琉歌と一緒にバンドを組まなければ、この先、一生、バンドを組むことなどできないとまで思うようになっていた。

「私、絶対、お二人とバンドをしたいです! 必ず、良いお返事ができるように頑張ります!」



 その後、池袋駅まで歩いて行く道すがら、お互いの家のことが話題になり、奇遇なことに、三人とも池袋駅から三つ目の江木田駅が最寄り駅で、詩織の家は、江木田駅の南口、玲音と琉歌の家は北口にあることが分かった。

「これも玲音さんと琉歌さんとの出会いを仕組んでくれた神様の心配りなのでしょうか?」

「おっ、何か詩的な表現じゃん! さすが詩織ちゃん」

「冷やかさないでくださいよ~」

「本当にそう思ったんだよ。アタシ達は出会うべくして出会ったんだと思うしかないだろ?」

 詩織も本当にそう思った。

「アタシも楽器を持ってる人を見掛けたら気になるはずだけど、詩織ちゃんを見たって記憶はないもんな」

「分かる分かる~。だから、今まで出会ってないんだよ~。こんなに可愛い詩織ちゃんを見掛けて、気がつかないわけがないもん」

「確かに、アタシ達も江木田駅の南口にはほとんど行くことがなかったし、バンドか買い物で池袋に行く時以外には電車に乗ることもないからねえ」

「私も北口に行くことはほとんどなかったです。でも、出会えて本当に良かったです」

「そうだね」

 三人は、その心のままに微笑んだ。



 電車が江木田駅に着いた。夜十一時前だったが大勢の人が降りた。三人はホームから階段を上がり、改札を出て、北口と南口に分かれる通路の上で向き合った。

「詩織ちゃん、どうする? アタシ達の家に寄ってみる?」

「まだ、ちゃんとお返事できていないので、今日は遠慮します」

「そうかい。一応、アタシと琉歌は、隣り合った別の部屋を借りてるんだ。どっちでも良いから、一度、泊まりにおいでよ」

「は、はい」

 詩織は、玲音と琉歌ともっと話をしたかったが、自分の都合で一緒にバンドをすると断言できてないことに申し訳なさを感じていて、玲音と琉歌ともっと親しくなるのは、それが解決した後でも遅くはないと思っていたし、むしろ、そっちの方がわだかまりがなく、いろんな話ができると思った。

 その日は、お互いのアドレスと電話番号を交換して、詩織は二人と別れた。


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