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Act.101:少女と野良猫

 律花りっかを加えて、次のヘブンス・ゲートのライブを行いたいとの考えを、玲音れお榊原さかきばらに伝えると、すぐに榊原が律花に確認をしたようで、律花も参加する意向だとの返事が返ってきた。

 まずは、クレッシェンド・ガーリー・スタイルのオリジナル曲のCD音源と譜面を、榊原を通じて律花に渡し、一週間後のスタジオリハから参加するとの約束も取り付けた。

 スタジオミュージシャンともなれば、初見で曲を弾きこなさなければならないこともあり、次のライブで演奏する予定の七曲を演奏できるようにすることは、スタジオの仕事をしながらでも、一週間もあれば十分であろう。



 そして、十月最後の土曜日。

 詩織しおりは、ひとみと一緒に池袋の街でウィンドウショッピングを楽しんでいた。

 詩織は、ダンガリーシャツの上にベージュ色のセーター、ボトムはロールアップしたジーンズにバスケットシューズという、ボーイッシュなファッション。学校では掛けている黒縁眼鏡も掛けていない、ありのままの詩織だ。

 瞳は、白いブラウスに黒のカーデガン、膝丈の黒いスカートに黒タイツ、黒いショートブーツというモノクロ系ファッション。

 二人ともいつもどおりのスタイルだった。

 まずは、瞳がお気に入りというブランドの店に行くと、今、着ている服と同じようなモノクロ系の服がメインの店だった。

「瞳さんはモノクロ系の服がお好きなんですね?」

「うん。お兄ちゃんが好きだから、私も好きになっちゃったんだ」

ひびきさんは、どうしてモノクロ系の服が好きなんですか?」

「黒と白の二つの色しかないから、お兄ちゃんも自分の服装を簡単に想像できるからだよ」

「あっ、そ、そうだったんですね」

 響は高校生の頃までは目が見えていたから、その記憶を元に、周りの人から説明を受けて、今の自分の姿を想像することができる。しかし、色の情報を正確に伝えることは難しいことだ。赤といってもいろんな赤がある。だから、着る服の色を白と黒という単調な色で揃えれば、響も自分の服装を容易に想像できるのだ。

 そこまで考えが回らなかった詩織は、少し落ち込んでしまった。

 そんな詩織に、瞳が慰めるような表情で言った。

「詩織は本当に優しいなあ。アイドルしてる人って、みんな、ライバルを蹴落としてやろうって思ってる、性格の悪い人ばかりかと思っていたけどね」

「そ、そんなことはないですよ!」

「あははは、きわどい発言をして、詩織を焦らせるのも、だんだんとお手のものになってきたでしょ?」

「もう~、瞳さん!」

「ほらっ、出た! その顔! 詩織、本当に可愛すぎだから!」

 癖で頬を膨らませた詩織が、いつもどおり、瞳に突っ込まれた。

「そういう詩織は、まだ、そんな男の子みたいな格好を続けるの?」

 アイドル時代の詩織は、まだ少し幼さも残した可憐な容姿で人気を集めていただけあって、そのイメージからできるだけ遠ざけたいと始めた少年風なファッションであったが、今では、このファッションが自分のスタイルなのだと、詩織も考えていた。

「そうですね。バンドをしてるって感じもして、今はこの格好が好きです」

「そっか。確かに、スカートじゃ、ステージで暴れにくいよね?」

「ふふふ、そうですね」



 いくつか店を回った後、小腹が空いた二人は、持ち帰り専用のクレープ屋でクレープを買い込むと、近くにあった公園に入り、並んでベンチに座った。

 十月もそろそろ終わるという季節であったが、日差しがたっぷりで暖かかった。

 クレープを食べながら、他愛のない話をしていると、足元から「にゃあにゃあ」と猫の鳴き声がしているのに気づいた瞳が、ベンチの下をのぞき見るようにした。

 すると、その視線にひきつけられたのか、黒い毛並みも鮮やかな子猫が出てきた。そして、詩織達に向き合うようにして座った。

「捨て猫かな? にしては、綺麗な毛並みをしてるね」

 瞳がベンチから立ち上がり、子猫の前にしゃがむと、子猫は瞳に近づいて来て、瞳の足に顔をすりつけてきた。

「人にも慣れてるね」

「でも、首輪もしてないですし、本当に捨てられちゃったんでしょうか?」

 瞳の横にしゃがんだ詩織が子猫に左手を差し出すと、子猫は詩織の手をペロペロとなめた。

「お腹が空いているでしょうか?」

「そうかも。でも、さすがに、クレープはやっちゃ駄目だよね?」

「私も猫は飼ったことがないのでよく分かりませんけど、クレープを食べてる猫って見たことないです」

「そうだよね」

 野良猫にむやみに餌を与えることは、この近所に住む人の迷惑になるし、この猫も人に依存するようになってしまうだろう。かと言って、「そのクレープをくれ」と言っているように、詩織と瞳を見つめながら鳴く子猫が不憫だと思った詩織であった。瞳も同じ想いであることは間違いないだろう。

「連れて帰ろうかな」

「瞳さんが?」

「うん。なんだか可哀想」

 詩織が、子猫を見つめる瞳の横顔を見ると、その目に涙が浮かんでいて、強気な性格とは裏腹に、弱い者に対する慈悲深い心を持ち合わせている瞳らしいと思った。

「でもなあ。家で飼うと、お兄ちゃんの迷惑になるかもしれないしなあ」

「響さんは猫が嫌いなんですか?」

「そういう訳じゃなくて、詩織も見ていて気づいているとは思うけど、お兄ちゃんが一人でも困らないように、家具とかその他の物も全部、置き場所を決めているんだ」

 確かに、響が移動するルート上に、普段は置いていない物を置いていると邪魔だし、危険だとも言える。

「だから、今まで、うちではペットは飼ってなかったんだ。室内で飼ってると、いろいろと動かしちゃうかもしれないでしょ」

 小さな子猫でも、ティッシュの箱やえさ皿くらいなら動かすことができるだろう。それに足をぶつけて怪我をすることはないだろうが、驚いて転んだりしないとも限らない。

「詩織んちも一人暮らしだから駄目だよね?」

「そうですね。それに、ハムスターもいますし」

 瞳は、残りのクレープを口に放り込むと、両手で子猫を慈しむように撫でた。

 その様子を見ていた詩織は、自分が学校に行っている間、誰もいないマンションでも猫が暮らしていけるのなら、うちで飼うこともやぶさかではないと瞳に伝えようと思い、「瞳さん」と言い掛けた時、「桜小路さくらこうじ桐野きりのじゃねえか!」と脳天気な図太い声がした。

 詩織と瞳が声のした方を見ると、小さな女の子の手を引いた背の高い男の子が、こっちに向かって歩いて来ていた。

 アルテミス女学院の理事長の息子、梅田うめだひかるだった。

「あっ、猫さんだ! 可愛い!」

 光が連れていた女の子も子猫に気づき、駈けてくると、瞳の近くにしゃがみ、子猫を撫で始めた。

 子猫の世話をその女の子に任せると、詩織と瞳は立ち上がり、光に向かい合った。

「何、気軽に声を掛けてきてるのよ? それも呼び捨てで」

「な、何だ、桜小路さんと桐野さんじゃないか」

 瞳に怒られて、素直に言い直した光は、「何してんだ?」と尋ねた。

「詩織と一緒にショッピングをしてて、ちょっと休憩してたところよ。そういう、あんたは何してんのよ? 誘拐でもしてきたの?」

 瞳が子猫を優しく撫でている女の子を横目で見ながら訊くと、「物騒なこと言うな! 妹だよ、妹!」と光が焦って答えた。

「妹?」

 女の子は小学校低学年くらいにしか見えず、瞳が疑惑の眼差しで、光を睨んだ。

「本当だって! 俺とは十一歳も離れているけど。なっ! かおる!」

「何?」

 兄の話をまったく聞いてなかったようで、おかっぱ姿の女の子はどうして呼ばれたのかを尋ねた。

「このお姉ちゃん達に、俺の妹だって、ばしって言ってやってくれよ」

 女の子は、すくっと立つと、詩織と瞳に向かって、「梅田薫です。梅田光の妹です」ときちんとお辞儀をしながら自己紹介した。

 小さな女の子から、しっかりと挨拶をされて、詩織と瞳も焦って自己紹介した。

「私は桐野詩織と言います」

「私は桜小路瞳です。よろしくね」

「お二人は、我が不肖の兄、梅田光の恋人なのでしょうか?」

「はい?」

「兄の光は、つねづね、『俺は女にモテモテなんだぜ』と、のたまわっているので、そうなのかなと?」

 詩織と瞳は、ジト目で光を見つめた。

「薫ちゃん。残念だけど、お兄さんは、そんなにモテないんじゃないかな」

 瞳がストレートに返した。

「さ、桜小路! お、俺がモテないって証拠でもあるのかよ!」

「じゃあ、彼女はいるの?」

「……女友達ならたくさんいるぜ。お前達だってそうだろ?」

「私は別に友達になったつもりはないんだけど。詩織だってそうだよね?」

 詩織は苦笑するしかなかった。

「そ、そんな、冷たいこと言うなよ!」

「いやいや、真実だから! 真実から目を背けちゃ駄目でしょ?」

「くそう! 桜小路は、ほんと、俺に厳しいな」

「そう言われるようなことをしたでしょ?」

「もう許してくれたんじゃなかったのか?」

「忘れていたけど、あんたの態度を見て、本当に反省をしてるのかどうか分からなくなったんだよ」

「反省してるって!」

「分かったわよ」

 笑いをかみ殺している瞳も、問題をぶり返すつもりはなく、どっちかというと、光をいじって楽しんでいるようであった。

 瞳は、詩織もよくいじって楽しんでいる。つまり、詩織と同じように、光ももう友達になっているのではないかと、詩織は思った。

 詩織のジーパンが引っ張られた。見ると、薫だった。

「ねえ、桐野のお姉ちゃん」

「どうしたの?」

「お姉ちゃんって、桜井さくらい瑞希みずきちゃんでしょ?」

 

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