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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.098:ロックのカリスマ!

 突然の展開に、出番が終わった詩織しおり達は、ステージから降りることも忘れて、芹沢せりざわを見つめた。

「おい! このお嬢ちゃん達のバンドとセッションをさせてもらうぜ! 良いだろ?」

 芹沢が、運営スタッフが待機しているステージ横に向かって、大きな声で言った。

 今朝、詩織達に進行に関する説明をした、進行責任者であろう男性が、アタフタしながら、周りのスタッフと話し合っていたが、さすがに、大スターである芹沢の言うことを断ることはできなかったようで、愛想笑いを浮かべながら、両手で頭の上に大きな丸を作った。

 客席では、記者達が一斉に電話をしていた。ロック界の大御所がアマチュアバンドのステージに飛び入り参加するのだ。こんな美味しいネタを逃がす手はない。おそらく、第一ステージで写真を撮っているカメラマンなどのスタッフの招集を掛けているのだろう。

 また、観客達も騒然となっていた。

 アマチュア用の小さなステージだけに、芹沢のボーカルを身近で、しかも只で聴けるのだ。こんな幸運は二度と来ないだろう。

 そんな客席の騒動を余所に、芹沢は、ステージ中央にたたずんでいる詩織に近づいてきた。

 売られた喧嘩を買ったというわりには、にこやかだった。

「今日、初めて聴かせてもらったが、良い声をしてるねえ」

「あ、ありがとうございます」

 母親に寄り添われて鼻の下を伸ばしていたように見えた芹沢を、「只の男」と言い切った詩織であったが、やはり、二十年以上、日本のロック界の頂点に君臨し続けている男だけあって、そのカリスマ性溢れる雰囲気に圧倒されてしまった。

「みんなが知ってる曲をやろうか? ロックンロールと言えば、『ジョニー・B・グッド』とかどうだ? 知ってるだろ?」

 芹沢が、メンバーを見渡しながら言った。

 ロックの原点とも言える名曲だけに、当然、メンバーも知っていた。

「大丈夫です! 芹沢さんが歌ってくれるんですか?」

 さすがにこの展開は予想できてなかったのだろう。玲音れおも興奮を隠すことができずに、芹沢に尋ねた。

「このお嬢ちゃんと一緒にな」

 芹沢が詩織の肩を抱いた。

 そして、「勝負だぜ、お嬢ちゃん」と不敵な笑みを見せた。

「はい! 負けません!」

 詩織の返事を聞いて、満足げにうなずいた芹沢は、センターマイクの前に立ち、ステージの袖で待機していた、次に出演する予定のバンドに向かって、「申し訳ないが、ちょっとステージを借りるぜ! 予定の演奏時間は保証してくれるだろうしな!」と、ステージ横にいる進行責任者を、再び、笑顔で睨むと、進行責任者は、何度もうなずいた。

「それじゃあ、行くぜ! ジョニー・B・グッド!」

 間髪入れず、詩織がお馴染みのイントロを奏でた。

 イントロが終わると、芹沢がマイクスタンドを振り回しながら、歌い始めた。

 昨日、第一ステージの客席で聴いた、パワフルな声がモニタースピーカーを通して、ステージにも響いた。

 それは、圧倒的で、詩織も思わず身震いしてしまったほどであった。

 一番が終わる間際、芹沢は客席に向かって歌いながら、かなでを指差した。

「キーボード!」

 リハなしの演奏で、いきなり芹沢に振られた奏だったが、緊張する暇もなく始まった、この夢のようなステージに酔いしれているようであった。そして、さすがは長い演奏歴を誇っているだけあって、アドリブを加えながらも、ピアノ音色でブルージーな間奏ソロを見事に演奏した。

 そして、二番の歌が始まる直前、芹沢はギターを弾いている詩織に近づき、ステージ中央のマイクスタンドを指差した。

 その意味を即座に理解した詩織は、マイクスタンドの前に立ち、二番を歌い始めた。

 客席には、噂を聞きつけて、他のステージから移動してきた観客もいるようで、一番狭い会場とはいえ、野外でそれなりの広さがあったはずなのに、超満員の状態になっていた。

 客席の最前列には多くのカメラマンが望遠レンズでこのサプライズステージを写していた。

 しかし、今、この瞬間。カメラで撮られることに何の恐れもなく、詩織は、純粋に音楽を楽しんでいた。

 詩織は、芹沢に負けないほどのパワフルな声で歌った。ステージ袖まで下がっている芹沢が観客を煽るアクションをして、会場は更に熱くなっていった。

 詩織が歌いながら芹沢を見ると、芹沢は、詩織に向かって、ギターを弾くジェスチャーをした。

 二番を歌い終えると、詩織はギターソロを始めた。

 オーソドックスなロックンロールだけあって、それほど高度なギターテクニックを要する曲ではないが、それだけに、ロックやブルースのテイストをどれだけ自分のものにできているかという、ギタリストの懐の深さが試される曲でもあった。

 詩織は、ギターの練習を一人でしている時には、自分の曲作りの知識を広げることにもなると考えて、いろんなジャンルの曲をコピーしまくっていた。ブルースや古典的ロックンロールも例外ではなかった。

 ロックンロール好きの観客を悶えさせるようなギターを聴かせた詩織に、芹沢も満足げな笑顔を見せて、再び、近づいて来た。

 マイクスタンドを握った芹沢は、マイクを詩織に近づけると、自分もそのマイクに顔を近づけた。

 三番の歌は、詩織と芹沢が一つのマイクに向かい、お互いのエネルギーをぶつけ合った。

 詩織の耳に直に聴こえる芹沢の生声は、刺激的で、挑発的で、そして官能的であった。

 三番を歌い終えると、芹沢が「いえーい!」と叫びながら、腕を振り回した。詩織と玲音が楽器をかき鳴らしながら、琉歌るかが連打するドラムの前に集まった。

「クレッシェンド・ガーリー・スタイル! こいつら、最高だ!」

 芹沢は、そう叫ぶと、マイクスタンド大きく振り上げた。それを合図に曲は終わった。

 客席から割れんばかりの拍手と歓声が襲って来た。

 呆然とその中に漂うように脱力していた詩織の肩を芹沢が抱いた。

「お嬢ちゃん、ミズキのママの娘なんだってね。さっき聞いたよ」

 芹沢が詩織にしか聞こえない声で言った。

 驚いた詩織が、近くにある芹沢の顔を見ると、芹沢は詩織にウィンクをして、「あのアイドルがこんなになってるなんてね。驚いたよ」と続けた。

「そ、そのことは誰かに」

 詩織の問いを遮るように、芹沢は「心配するなよ。ママさんからも、誰にも言わないでくれって、釘を刺されたからよ」と言った。

 詩織が思わず、観客で溢れる客席を見ると、背が高く目立つ榊原の隣に母親を見つけたが、その顔は嬉しそうであった。

「俺は絶対に言わないが、これだけ注目されちまったら、マスコミもそのうち気づくだろうな。でもよ」

 詩織が再び、芹沢に視線を戻すと、芹沢も嬉しそうに笑っていた。

「お嬢ちゃんの昔のことなんざあ、どうでも良いこった。そのパワーで、これからも一緒に日本のロックを盛り上げていこうじゃないか!」

 詩織は、芹沢の熱い気持ちを聞いて感激してしまった。そして罪悪感が湧き出てきた。

「芹沢さん、すみません」

「何で謝るんだよ?」

「私、母と一緒にいる芹沢さんを見て、『只のスケベな男』だと思ってました」

「ははははは!」

 豪快に笑った芹沢は、詩織の肩を少し強く抱いて、詩織を自分に引きつけた。

「そりゃあ、間違いないぜ。ロックスターは誰だって女が好きだからよ。ただ、残念ながら、ミズキのママとは、店の客という関係でしかねえよ。娘のあんたもべっぴんさんだが、母親の目の前で口説くわけにいかねえしな」

 芹沢は、そう言うと、詩織の肩から腕をはずし、詩織の背中をポンと叩いた。

「また、どこかで一緒にやろうぜ! お嬢ちゃん達がメジャーになるまで、落ちぶれていないようにするからよ!」

 後ろ手で手を振りながら、芹沢はステージを降りていった。すぐに記者やスタッフが芹沢を取り巻いて、そのまま会場を跡にして行った。詩織をしばらく見つめていた母親も、芹沢の跡を追い、去って行った。



 ステージ横の階段から降りて、テントの中に置いていたギターケースなどに片付けをしていると、記者らしき若い男性が一人やって来た。

 奏と琉歌がすぐに詩織を取り囲むようにして、玲音が一人、前に出た。

「何でしょう?」

「ロッキンRの山崎と申します。少しお話を伺いたいのですが?」

「ロッキンR」はロック関連の音楽情報誌だった。

「あなたが、このバンドのリーダーさんですか?」

「はい、萩村玲音と言います」

「よろしくお願いします。まず、このバンドの活動歴を教えてください」

「今年の四月に結成したばかりで、いつもは東京で活動しています。ライブは今回で四回目になります」

「わずか四回目のライブで、ホットチェリーの芹沢さんとセッションができた、今のお気持ちはいかがですか?」

「最高です! こんな機会を与えてくれた芹沢さんに感謝です!」

「これからのバンド活動にも大きな影響を与えそうですか?」

「もちろん、そう思います」

 玲音が無難な答えを返した。

 記者は思い描いていた答えを得られて満足したようで、それ以上、質問をすることなく、去って行った。

「いや~、お疲れ様でした」

 記者が帰るのを待っていたかのように、榊原さかきばらが近づいて来た。

「さっきの記者もクレッシェンド・ガーリー・スタイルを、たまたま見に来た芹沢さんとセッションができた幸運なバンドとしか見なかったようですな。ロッキンRももっと若い記者の教育をしないと駄目だな」

 苦言を呈しながらも、榊原は安心した顔をしていた。

 自分の事務所に入る前に、クレッシェンド・ガーリー・スタイルがマスコミによって有名になってしまうと、他の芸能音楽事務所との争奪戦になる可能性がある。しかし、ロッキンRは、クレッシェンド・ガーリー・スタイルというバンド自体に注目をしなかったようだ。

 人気が出そうなバンドをいち早く紹介するということも音楽情報誌の使命の一つではあるが、有名バンドの動向を詳しく記事にする方が販売部数を伸ばすためには優先されるのだろう。

「しかし、もう猶予はないでしょう。できれば、すぐにでも、うちに入ってもらえませんか?」

「アタシ自身は、今度のステージで、アタシらが目指している方向は間違いじゃないって、すごく自信が付きました。今のやり方を続けてくれるのなら、アタシは今すぐにも入りたいです」

 ライブ直後の高揚した雰囲気で、玲音もつい本音が出たようだ。

「でも、アタシだけで決める話じゃないので、みんなで話し合ってみます」

 玲音のまとめに、詩織も琉歌も奏も反対することはなかった。

「ぜひ、ご検討をお願いします! それはそうと」

 榊原が詩織を見つめた。

「最後、芹沢さんとステージの上で、何を話していたのですか?」

 母親も、詩織が自分の娘、すなわち、桜井瑞希だということを芹沢にだけ打ち明けたようだ。それもあって、興味を持った芹沢が、わざわざ、ステージに上がってきたというところだろう。

 しかし、芹沢の言葉も、けっして社交辞令ではないはずで、詩織には、芹沢の熱い気持ちが伝わってきた。

「一緒にロックを盛り上げようと言ってくれました」

 正直に話した詩織の答えに、榊原も納得したようで、「芹沢さんにも認められたということですな。これは本当に、うかうかしていられませんぞ」と、せっつくように言った。


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