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クレッシェンド・ガーリー・スタイル     ―Crescendo Girly Style―  作者: 粟吹一夢
第四楽章 転べば立ち上がり、また走る!
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Act.096:自分達だけしかできないスタイルを!

「アタシは、成瀬博明というスタジオミュージシャン上がりのベーシストが大好きでさ。自分にとっては、憧れの的っていうか、神様だったわけよ」

「ごめん。知らない」

 玲音れおが大好きだというベーシストを知らなかったことは、別に謝ることでもないのに、「ごめん」が口癖になっているかなでが玲音に謝った。

 そんな奏の性格を知っている玲音も微笑みを奏に返して、話を続けた。

「まあ、いろんな曲のレコーディングとか、大御所アーティストのバックバンドとかで活躍している人で、そんなにメジャーじゃないからな。ある時、その人の演奏を間近で見られる機会があってさ。楽器メーカーのプロモーションイベントだったんだけど、抽選に当たって、喜び勇んで出掛けたんだ。でも、そこで、おシオちゃんが感じたような感覚を、アタシも覚えた記憶があるんだ」

「期待に比して、つまらなかったとか?」

「いや、つまらなかったってことはなくて、楽しかったんだけど、舞い上がっていた気持ちが空ぶってるような感覚だったんだよな」

「そ、そうです! 私も今、そんな気持ちです!」

 詩織しおりは、玲音に自分の気持ちを言い当てられたような気がした。

「確かに、素晴らしいステージだけど、期待があまりに大きすぎて、空ぶってるって感じるのかな?」

 奏の考え方もうなずけた。

「アタシの場合は、CDを聴いて、どんな弾き方をしてるんだろうと不思議だった曲の演奏を間近で見ることができたんだけど、その頃には、アタシのベース歴もけっこう長くなっていて、『何だ、そんな簡単なことだったのか』って、目から鱗が落ちるような気がしたんだ。それと同時に、何というか、その人は、けっして神様なんかじゃなくて、同じ人間だったという気持ちになったんだよな」

 詩織は、玲音の言っていることが分かった。

 ホットチェリーは、アイドルを引退した頃の詩織にとっては神様だった。そのスタジオライブは、まさに「奇跡」だったのだ。同じ芸能界でも、アイドルだった自分とは違う世界で生きていて、その存在が神々(こうごう)しく見えた。

 しかし、今、詩織は、少なくともバンド活動を本格的に始めていて、ホットチェリーと同じフィールドに立っている。だから、それまで神様のように見えない存在だったホットチェリーの後ろ姿は、詩織には、もう見えているのだ。

 もちろん、まだまだ、手が届く相手ではない。たやすく追いつくこともできないだろう。しかし、がむしゃらに自分達の道を突き進めば、追いつくことは不可能ではないはずだ。

「玲音さんの言っていること、何となく分かりました。ホットチェリーは、私が夢見てきた存在なんですけど、今は、その夢への道を、私ももう歩み出しているんですよね?」

「そういうことじゃないかと思う」

「いえ、きっと、そうです! これは、私も、やっと、ミュージシャンの端くれになれたってことですよね?」

「端くれなんかじゃないさ。もう、れっきとしたロックミュージシャンさ。歌に関して言えば、ホットチェリーにだって負けていないぜ」

「そうそう! 詩織ちゃんのボーカルは、日本一だって思ってるから」

 奏も嬉しそうに詩織を持ち上げた。

「でもさ~」

 それまで黙って、みんなの話を聞いていた琉歌るかが口を開いた。

「ホットチェリーの音楽と、ボクらの音楽って、全然、違うでしょ~? おシオちゃんのボーカルとホットチェリーのボーカルは比べることなんてできないんじゃない~?」

「それもそうだな。ホットチェリーが走っている道と、アタシらが行こうとしている道は、同じロックでも、全然、違うよな」

「男と女の違いというのもあると思うけど、ホットチェリーの歌って、『拳を振り上げろ!』って感じなんだけど、詩織ちゃんが書く詞は、『笑おうよ!』ってイメージが、私には強くするんだ。そんな伝えたい気持ちも、全然、違うわよね」

「そうだな。いずれにせよ、明日は、アタシらのステージをしようぜ。ホットチェリーにだってできない、アタシらのステージをさ」

「そうね。自分達のありったけを出し切りましょう」

「あのホットチェリーさんのライブよりも、もっと熱いステージをしたいです!」

 詩織の目にも決意の炎が燃えていた。

「ああ、やるぜ! おシオちゃんも暴れてくれよ!」

「はい!」



 結局、詩織達は、ホットチェリーのライブも途中で切り上げて、旅館に戻った。

 途中のコンビニで酒を買い込んだ玲音が、奏相手に夜遅くまで騒いでいたが、詩織は、いつの間にか眠ってしまっていて、朝、目が覚めると、奏と琉歌に両脇から抱きしめられていた。

 これまでのライブの時には、やはり緊張していたのか、少しだけ朝早く目が覚めてしまったものだったが、今日はぐっすりと睡眠が取れたみたいで、爽やかな目覚めだった。

 朝食も部屋でゆっくりと食べたメンバーは、午前九時頃、宿を出て、会場に向かって歩いて行った。

 爽やかな晴天で、秋真っ盛りの風が心地良かった。

 昨夜は、照明で照らされていたとはいえ、暗くて、会場までの道の周りの景色はまったく見えなかったが、今、歩いてみると、緑豊かな森の中を通っていた。

 出演の一時間前までに会場入りをしていれば良いので、午前十一時スタートの詩織達は十時までに入れば良かったが、ゆっくりと歩いて行っても、九時半には第三ステージの会場に着いた。

 全体のスタートは、午前十時なので、まだ、ステージ上では、PAチェックがされている最中であった。しかし、芝生の客席には、既に観客らしきグループが思い思いの場所に座っていた。

 ステージの脇に、イベント用テントが建てられていて、そこに、トップバッターらしきバンドが既に待機していた。

 玲音が首からバックステージパスをぶら下げているスタッフらしき女性に声を掛けると、そのテントの脇に連れてこられた。

 そこには、長テーブルとパイプ椅子が置かれていて、年配の男性が座っていた。

 案内をしてくれた女性スタッフが、「十一時スタートのクレッシェンド・ガーリー・スタイルさんです」とその男性に言うと、男性はギロリと目を光らせて、詩織達を見た。

「それじゃあ、簡単に説明するから聞いていて。前のバンドが十分前までに演奏を終えるから、そこで入れ替え。おたくらの演奏時間は十一時ジャストから十一時五十分まで、五十分になって終わってなくても強制的に音量を下げるから、そのつもりで」

 ぶっきらぼうな言い方だが、大勢の出演者とスタッフに指示をして、滞りなく運営をしなければならないのだから、時間は厳守してもらわないとやっていけないのだろう。

「リハはなし。最初、うちの司会がバンド名だけの簡単な紹介をするから、それからスタートして」

「分かりました」

「その他アクシデントがあった場合には、うちのスタッフの指示に従うこと」

「はい」

「それじゃ、向こうで、機材と照明、構成の打ち合わせをしてくれるかな」

 男性が指差したのは、ステージを正面に見る、客席の真ん中に設置されているPAブースだった。

 詩織達が揃ってPAブースに行くと、PAスタッフからすぐに質問が飛んできた。

「あらかじめ報告をいただいているキーボード以外に追加の機材はありますか?」

「ありません」

 玲音が代表して答えた。

 ステージには、鍵盤数が多い大型の電子ピアノが最初からセットされていて、その上に、奏のキーボードを重ねてセットすることになっていた。

「ドラムさんが変更をするのは?」

 スタッフが、琉歌のキャリングカートを見ながら訊いた。

「スネアとペダルだけです」

「マイクは四本。ギター、ベース、キーボード、ドラムに一本ずつで良いですか?」

「はい」

「照明も、あらかじめいただいている構成表から変更はないですね?」

「はい」

 スタッフも、今回のような大規模で出演者の多いライブの運営を数多くこなしているのだろう。テキパキと手際よく処理されていた。

「では、開始二十分前までには、ステージ横で待機をしていてください」



 事前の手続もあっという間に終えて、あとはライブの時間が来るのを待つのみとなった。

 詩織達は、芝生の客席に行って、もう一度、ステージを眺めてみた。ステージでは、トップバッターのバンドが準備を始めていた。

「おはようございます!」

 振り返ると、榊原さかきばらが立っていた。榊原の後ろには、若い男性五人組が控えていた。

「おはようございます」

 詩織達も揃って榊原に挨拶を返した。

「いよいよですなあ。いかがですか? 緊張されてませんか?」

「武者震いをしてるくらいですよ!」

 玲音が元気良く答えた。

「それは頼もしい。私もここで聴かせていただきます。ああ、それで」

 榊原は、後ろを振り向いて、男性五人組を紹介した。

「うちの新人バンドで、『サーキュレーション』といいます。このあと、十二時から第二ステージで演奏する予定になっています。もしかすると、お仲間になるかもしれませんから、ご紹介しておこうと思いましてね」

 サーキュレーションのメンバーが、「よろしくお願いします」と、詩織達に揃ってお辞儀をした。

「クレッシェンド・ガーリー・スタイルです! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 玲音が代表して挨拶をして、こちらも揃って頭を下げた。

 新人ということは、既にデビューをしているはずだが、詩織はこのバンドを知らなかった。他のメンバーの表情からも、ピンと来ているようではなかった。

 サーキュレーションのメンバーは、おそらく二十歳台前半というところで、ビジュアル的にもイケてる美男子ばかりだった。それで、何となく、このバンドの方向性が分かった。

「では、のちほど」

 榊原は詩織達に会釈をすると、サーキュレーションのメンバーを引き連れて、第二ステージの方に去って行った。

「榊原さんの感性ってのも信頼して良いのかどうか、ちょっと、不安になる時があるよな」

「そうなんだよね」

 奏も玲音の言葉にうなずいた。

「でも、榊原さんの熱意は本物だと思う」

「それも同意する。だから、私達の考えているバンドの方向性を認めてくれるのなら、エンジェルフォールに入ることもやぶさかではないんだけどね」

「今回のライブを成功させて、アタシらの向かいたい道が正しいと榊原さんに分からせることができれば、考えても良いんじゃねえか?」

「そうね。でも、とりあえずは、目の前に迫ったライブを成功させないと」

「なあに、気負うことなく、普段どおりの自分達を見せつけようぜ!」

 玲音の言葉に、メンバー全員が大きくうなずいた。

来週は夏休みで執筆する時間も取れそうなので、8月17日(水)に更新する予定です。

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