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夢は異世界とともに  作者: ルーマン
9/15

グラード

 朝、太陽の光で目が覚める。


 時計がないので正確な時間は分からないが、体の重さから考えると、多分寝過ぎているだろう。


 旅の間に眠りが浅かったのと、ベッドが柔らかかったのが良くなかったのかもしれない。いや、ベッドが柔らかいのはいいんだが、ついつい寝過ごしてしまうのはやはり良くない。


 軽く準備をして、食堂で朝ご飯を食べる。エルンと比べると、量は多いが味は劣る、という感じだ。


 ギルドで朝を済ませる人は多く、周りのテーブルにはそんなに空きがない。お金を払うとしたらいくらなのか気になるところだ。


 特に何もないまま時間が過ぎて、食事は終わる。一人の食事が嫌いなわけではないが、何か味気ない。誰かギルドに泊まってる人で一緒に食べてくれる人がいるといいのに。


 それから、ギルドを出て、グラードの街を散策する。観光目的も無くはないが、どちらかと言えば雑貨屋とか鍛冶屋を探す方がメインだ。街で放浪しすぎてギルドに帰って来れないのも嫌なので、ギルド周辺の建物はしっかりと記憶した。


 街に出たのは、午前中のちょっと遅いぐらいの時間だった。今日は、天気も良く、歩き回るのにはもってこいだ。


 行くあてがあるわけではないただの放浪は、楽しい。道中、道具屋、鍛冶屋、カフェなど、いろいろ見つけた。やはり大きい街であるから、店が多いという印象を受ける。


 店の外装も凝ったものが多く、一回見ただけでも結構覚えることができる。ちなみに、魔法道具屋は黒と紫の配色で、怪しさが漂いすぎていた。あれは、入るだけでも心が疲れそうだ。


 少し散歩をすると、昼を告げる鐘が鳴る。街全体に響くぐらい大きな音がする。うるさいようで、嫌な音ではない。


 昼にもなると街はすっかり賑やかになり、屋台や露店も売り込みに熱が入る。周りからは食べ物の匂いが漂い、急にお腹が空いてきた。


 さらに少し歩いて、そろそろ何か食べようと思った時、ちょうど目の前に年季の入った、良さそうな食堂が現れた。良い巡り合わせであるし、あまり悩まずに入ってみることに決めた。今どの辺りにいるかも分からないし、食べたら聞いてみよう。


 戸は引き戸である。この世界に来てから初めて見る気もするが、だからどうするというわけではない。戸なのだから、開ける以外には仕方がない。


 普通にガラッと開けると、中はまだ人が少ない。いや、まだ、ではなく、もうピークは過ぎたんだろう。とうに昼は過ぎている。


 空いているテーブルに座り、メニュー表を手に取る。そういえば、決まったメニューのある店、というのも初めてだ。てっきりこの世界にはそういう風習はないのだと思っていた。


 メニュー表を見ると、うどん、そば、といった半年ぶりの和食が大きく並んでおり、端の方に知らない料理名が肩身狭そうに書かれている。うどんには絵まで描かれており、これがなかなか食欲をそそる。


 なんだ、うどん屋なのか、と思いつつ、側に来た店員に何も考えずにきつねうどんを頼む。食べ慣れたうどんも、久々となれば途端にご馳走のように思えてくるから不思議だ。ああ、懐かしい。


 ふと厨房を見ると、金髪と銀髪の人がそれぞれ一人ずついて、料理を作っているのは金髪の女の人、銀髪の少女がウェイター兼手伝いのような感じに見える。


 いつの間にか見入ってしまっていたらしく、銀髪の子にギロっと睨まれた。慌てて視線を逸らしたのだが、その後別に見るところがあるわけでもなく、いつのまにか厨房に視線が向かっていた。


 そもそも、金髪とか銀髪とかの人が普通にうどん屋で働いているというのは珍しい。日本ではまずありえないし、オリジナルの銀髪なんて地球全体で考えても極稀だ。ちょっと見るぐらい許してほしいと思う。


 しばらくすると、銀髪の子がうどんを持ってきた。遠目には器もそれらしい感じに見え、なかなか趣がある。


 早く食べたいな、と思って、しかし銀髪の子の方は見ないように待っていたのだが、なかなかテーブルにうどんが置かれない。早く、と催促したい気持ちをこらえ、無心で待つと、出汁のいい香りに我慢ができなくなった頃、カチャ、と音がした。


 やっと、置いてくれたのか、と思って向き直ると、鋭い視線が向けられているのが分かる。まだ解放されたわけではなかったようだ。


 ちょっと見られていたぐらいでここまで気にするのか、と不思議になる。なんというか、まるで俺が痴漢でもしたみたいだ。


 とりあえずお腹が空いているので、視線は気にしていない振りをしてうどんを食べることにした。和食なので、食べる前に手を合わせるのも忘れない。


 まずは、油揚げを一口。


 思わず、おぉ、と声が出た。柔らかいながらも程よく歯ごたえを残し、よく味が染みている。噛むごとに出汁が溢れ、飲み込むまで味が切れない。


 次に、うどんをすする。


 長さがちょうどよく、口の中にちょうど収まるぐらいだ。讃岐うどんのように噛みごたえを残しつつ、固くない。出汁もよく絡んでいる。




 そこから先はあまり詳しく覚えてはいない。


 気付いたら汁の一滴も残っていなかったという衝撃の事実と、何とも言えない満足感が残っているだけ。記憶を飛ばすうどん、というのは言い過ぎなのかもしれないが、それくらい美味かった。


 しっかりと手を合わせ、懐から代金を出す。


 そこで、忘れていたことを思い出す。


 まだ、銀髪の少女の視線は消えていない。


 いや、もういいじゃないだろうか。威圧感は十分感じたし、次はじっと見つめたりはしない。……多分だが。


 結局、さらにしばらくの間、俺は少しも動くことができなかった。



「……あんた、いい加減こっち向きなさいよ」



 そして、もう諦めて謝ろうかと思い始めた頃、ようやく少女からアクションがあった。今思い出したのだが、少女といっても、自分も少年だから、むしろ年上なのかもしれない。



「……何かありましたか? あ、代金は置いておきますね。それでは」



「っ……! 待ちなさいよ! あんたね、私が小さいからってなめてるんでしょ! 子供のくせに生意気なのよ!」



 少女は、怒ってるということを全面にアピールするような表情と声音でまくし立てる。唾が飛んできそうな勢いだ。



「……どういうことですか?」



「言い逃れはできないわよ。さっきからずっとこっち見てニヤニヤしてたじゃない!」



 それは無自覚だった。ニヤニヤした顔でガン見されたら、普通は不快に思うだろう。しかし、理由は違う。決して身長を笑っていたわけではない。



「えっ……。いや、それは違うんですよ」



「だ、か、ら、誤魔化すなんてできないって言ってんのよ。正直に謝れば許してあげなくもないわ」



「えっと……。あの、本当にそう言うわけじゃないんですけど」



「ふん。強情ね。まだ言うの?」



「本当なんですって。僕はただ、そんなに綺麗な銀髪が珍しいな、って思っただけなんですよ」



 これは本当だ。嘘は極力言わない方が身のためである。


「ふ、ふーん。私を見てたってことは否定しないのね」



「この際それに関しては認めますよ。ごめんなさい」



「なっ」


 埒が明かないので、もう素直に謝ることにした。そろそろ終わってくれてもいいだろう。



「謝ったので、もういいですよね? それでは」



「ちょっと、待ちなさいって言ってるじゃない」



「……まだ何かあるんですか?」



「いや、なんで私が引き留めてる感じになってんのよ」



「じゃあ帰ります」



「だめ! ちゃんと謝らないかぎり、帰さないんだから!」



 しつこい。そろそろ言い返してもいいんだろうか。少し大人気ない気もするけど、今の俺ならセーフだろう。



「……さすがに面倒くさいですよ? 僕の言うことを信じないのは勝手ですが、そこまでむきになることもないでしょう? 身長を気にしているのは分かりますが、もう少し力を抜いてください」



「……」



 初めて言い返した。言い過ぎた、ということもないし、ちょうどいいくらいだろう。



「では、ご馳走様でした」



「……なによ」



 俺はそのまま立ち去ろうとしたが、途中で空気が凍ったような気がした。それと同時に、中腰の状態で俺の体が固まる。体が動かない。原因は彼女なのだろうか。


 体だけでなく顔すらも動かない。なんとか目だけ動かして彼女の方を見る。



「え?」



 思わず声が洩れる。


 なんと、銀髪の子の目からは涙が溢れていた。



「……分かったふりしてんじゃないわよ」



「えっと……」



「あんたに私の何が分かるっていうの?」



「……」



 泣きながら、怒っているのだろうか。目すらも動かせなくなった今では、確認のしようがない。試してみたが、言葉を発することもできない。



「皆見た目で私のこと馬鹿にして、いざ返り討ちにしたら化け物扱い。いい加減にしなさいよ。あんただってそう思ったでしょ!?」



 そんな風に思ってない。銀髪は綺麗だし、可愛い女の子だよ。必死に、口を動かそうとしたが、やはりだめだ。



「……私が駄目なの? こんな風に生まれた私が悪いの?」



 だんだん呼吸が苦しくなってくる。あ、もうだめなんだろうか。うどん屋で窒息死なんて、うどんを詰まらせたみたいで格好悪い。



「……ごめん」



 意識が遠のいていく。久し振りの感覚だ。次に目覚めた時に、まだ彼女がいたら、事情を聞こう。

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