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夢は異世界とともに  作者: ルーマン
8/15

半年後

 目を覚ませば、いつもと変わらぬ天井が広がる。


 体は慣れ親しんだベッドに、頭はちょっと前にもらった枕に、というのもいつも通り。


 何も無い部屋だが、半年間を過ごしたという意味では愛着が湧いている。住めば都、というのはあながち嘘ではないのかもしれない。巣立ちする雛のように、今日この部屋を出て行くことを考えると、やはり不安が募る。


 寝転んだまま、この半年間を反芻すると、本当に様々なことが頭をよぎる。


 訓練とかその他諸々をこなしていくうちに、たくさん怪我をしたこと。


 街の人とも和解したこと。


 友達もできたこと。


 リーさんがローズさんを狙っていることも知ったこと。



 そこかしこに思い出があり、なんだかすっかりこの街に馴染んでしまったように思う。


 しかし、今の俺は冒険者見習いだ。この街にいられるのは半年だけ。まだまだ未熟であるとは言っても、半年の訓練が終わった時には、他の街に移らなくてはならない。




 今日でお別れだ。




 荷物はそれほど多くないし、すでに纏め終わっている。


 心の中の思い出と、物としての思い出が釣り合わなさすぎて変な気分だ。何と言ったらいいか、海に潜って陸に上がったら体がほとんど濡れていなかった、そんな不思議さを感じる。


 サラさんにそのことを言うと、「冒険者なんていつでもそんなものだ」と笑われた。まだまだ子供だと言われているようで悔しかったが、ローズさんは俺に共感してくれたので心は安まった。



 朝食もいつも通りギルドで食べる。


 うん、今日も美味しい。


 そういえば、今日は一人だが、一人で食べる日もそうじゃない日もあった。サラさんは二日に一回は一緒だった気がする。ローズさんは逆にほとんど会わなかった。


 いつも美味しい朝ご飯をありがとう。


 おばちゃんにそうお礼を伝えると、お土産にと、クッキーのようなものをくれた。お腹にたまりやすいから、非常食として食べなさい、と笑顔で言ってくれた。




 次は訓練場に行った。


 一緒に訓練した仲間と別れを告げ、リーさんにお礼を言う。


 リーさんは俺を暖かく励ましてくれたが、仲間たちとは涙の別れになった。俺も、前に旅立った仲間とはそうやって別れたことを思い出す。



 また会おうな。


 最後にそう言って訓練場を立ち去る。目が少し腫れぼったくて、頬が熱い。サラさんには後でからかわれるはずだ。





 最後に、サラさんとローズさんに挨拶に行った。それが終わったらもう出発だ。



 サラさんには案の定からかわれてしまったが、これもまた慣れたもので、無くなると寂しいんだろう。素直にそう伝えると、いつでも会いに来い、と言われた。いつも通りに、はい、と返事をした。


 ローズさんは挨拶する前からすでに泣きそうな顔をしていた。そして、やっぱり、いざ街を出ようとすると泣き出してしまった。俺も泣くのかな、と思ったが、不思議なもので、涙は出てこない。多分、ローズさんの泣き顔が可愛すぎたせいで、そんな気分ではなかったんだろう。リーさんには勿体無いな、と再確認した。



 半年前に、森から逃げ帰って来た門をくぐる。結局ローズさんはここまで見送ってくれるようだ。少し離れてから一度だけ振り返ると、まだ手を振ってくれているのが見えた。


 ありがとう。




 ここから始まった半年間は濃厚で、楽しいものだった。訓練が辛かったのも過ぎてしまえばいい思い出だ。




 一人で歩き始めるのは嫌いじゃない。そのうちまた誰かと一緒に歩むことができると考えれば尚更だ。


 目的地は、歩いて二週間ほどかかるらしい。今度帰ってくる時は、馬を買ってこよう。乗馬の練習も必要だ。





 ☆ ☆ ☆





 目的地が見え始め、初めての一人旅にもそろそろ終わりが見えてきた。


 始まりの街を離れてから、もう三週間は経っただろうか。旅程が二週間だと言われていたのは、順調だった場合のことだ。


 今回が順調でなかったとは言えないが、魔物との戦闘、食糧の調達、道を探すことには思いのほか時間がかかり、無駄に時間を過ごすこともあった。訓練と実際は違うものだし、一人だと慎重になることも多かった。


 だが、結果的に無事だったので良しとしよう。次からはもう少し手際よく進めるはずだ。




 街が大きくなってきた。それとともに、自分の影も長くなってきているが、なんとか日没までには街に入れそうな感じだ。別に日没以降街には入れないとか、そんな規則はないだろうが、きりがいいところで旅を締めくくりたい。


 目的の街は、グラードストンという名前だそうだ。たいていはグラードと呼ばれていて、商業が盛んな街らしい。


 ローズさんがえらく熱心に推していたのは、麺料理だった。ちなみにサラさんは酒を薦めていた。もう飲んでもいいんだろうか。


 地球と違うところといえば、まだ奴隷制が残存しており、政府にも公認されているということだ。夢の中で暮らしていた国には奴隷はいなかったが、そこは土地ごとに決められているらしい。


 門が近づくにつれて、周りに人が増えてきた。商人風の人や、いかにも傭兵のような人、そして、冒険者もそこそこいる。


 街にはところどころ明かりが燈り始めているのが見える。燃料は必要なく、魔法の炎なのだそうだ。ローズさんが得意げに実践して見せてくれたことを思い出して、早くも懐かしい思いが駆け巡る。


 いざ門まで行くと、兵士らしき人が立ってはいるものの検問はしていないようで、何の問題も無く通過することができた。


 よく考えたら、いちいち確認なんてすればかなり長蛇の列になってしまうだろう。周りの人が普通に通過していくのを見ると、冒険者カードを持ってビクビクしていた自分が少し滑稽に思えた。


 兵士らしき人が暇そうだったので、冒険者ギルドの場所を聞いてみた。勤務中に話してはいけない規則はなかったらしく、丁寧に教えてくれた。


 この街では冒険者ギルドの建物自体がそれほど大きくないらしく、目立たないという。目印とか看板まで教えてくれた。


 暇だったんですか、と聞くと、俺たちが暇でいられる間は街は平和ってことだ、と笑いながら言っていた。


 兵士らしき人と別れてから、冒険者ギルドを目指して街を歩き始める。そろそろ肌寒い風が鬱陶しくなってきており、早目にギルドを見つけて宿に入ってしまいたいと思っていた。


 しばらぬ自力で探したが、話しに聞いた通り雑多な街並みに呑み込まれてしまっているのか、見つけることができない。諦めて何度か街の人に聞きながら、さらに探すと、ようやく見つけることができた。


 両隣を酒場に挟まれたところにあるギルドは半地下のような建物に入っているらしく、外装もいたって地味であった。一見するとただの酒場のような建物に見えるし、ともすれば普通の家のようにも見える。


 前にいたギルドの荘厳な雰囲気も気に入っていたが、このギルドも馴染みやすそうでいいと思う。大きな街にどうしてこじんまりとしたギルドがあるのかは謎だが。


 少しの間その場所が本当に冒険者ギルドかどうか確かめた後、ようやく扉に手をかける。ゆっくりと力を加えると、ギギーッという独特な音がする。


 慎重に中に入ると、いきなり二つの理由で驚いた。


 まずは、その広さ。外から見ただけでは分からないが、この建物は奥行きがかなりあり、半地下な分天井が高い。


 そして、人の多さ。さっきから人が入っていくばっかりで出てこないな、とは思っていたが、予想外に人だらけだ。

 所狭しと並べられたテーブルは、もう空きがないぐらいに人が座っていて、ウェイターらしき人が忙しそうに行ったり来たりしている。多分ギルドに酒場が併設されているのだ。便利ではあるが、少し騒々しい。


 人の間を通り抜け、気持ちを落ち着けながらゆっくりと受付らしきところに向かう。


 カウンターには受付嬢が二人。もう面倒くさくなってきたので、選り好みせずに近い方に話しかけることに決めた。


 なんだか、久しぶりに人に向かって喋る気がする。独り言ならよくあったんだが。


「ようこそ、グラード冒険者ギルドへ。どのようなご用件でしょうか」


 自分から話し始めようと思ったのに、先手を取られた。この人は接客に慣れているのだろうな。


「……エルンからグラードに移ってきたので、その手続きをお願いします」


「お名前をお伺いしてもよろしいですか」


「ハルトといいます」


 スムーズにハルトという名前が出てくる辺り、もうこの世界に馴染んでいるということなのだろう。気分的には悪くない。


 受付嬢は書類をささっとめくって、お目当てのものを見つけたようだ。これは、……俺が前にかいた紙のコピーか。


「では、身元確認をいたしますのでカードの提示をお願いします」


 俺は無言でカードを渡す。もし俺が受付の係だったら、間違いなく無愛想だと思うはずだ。


「……はい。ありがとうございます。ハルトさん、この街へようこそ。これからよろしくお願いします。とりあえず、軽く説明させてもらいますね。まず、システムですが、エルンとまったく変わりませんから大丈夫だと思います。他のギルドでもそれは変わりませんのでご安心を。ここまではいいですか?」


「はい」


「あと、グラードでのことで質問がありましたら、いつでもこちらへどうぞ。大概のことはお答えします。何か聞きたいことなどはありませんか?」


「宿を取りたいのですが、オススメを教えてください」


「それでしたら、最初はギルドに泊まることができますよ。一ヶ月間は無料です。どうなさいますか?」


 そんな制度があるんなら最初に説明してほしかった。危うく他の宿に泊まるのところだったじゃないか。


 詳しく説明を聞くと、一人部屋で、食事は朝だけ無料らしい。エルンと同じだな。


 結局、ギルドに泊まることになり、さらに詳しい説明を聞いた。


「こちらが部屋の鍵となります。部屋は奥にありますからいつでもどうぞ」


「ありがとうございます」


「他には何かありますか?」


「ありません。では、また」


「よい夜をお過ごしください」



 その後は、特筆すべきことはなかった。旅の途中で得た素材を売り、夕飯を食べ、部屋でベッドに寝転ぶ。それだけだ。


 最近ベッドで寝ていなかったのもあって、とても柔らかく感じる。体を包み込んでくれる感覚が懐かしい。


 これからの目標は、とりあえず仲間を探すこと、なのかな。それから、資金も貯めたい。


 やることは多いなぁ。




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