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夢は異世界とともに  作者: ルーマン
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雑用

「サラさん、準備はできてますよ」


「ああ。いつもすまない」


「気にしないでください。好きでやってることですから」


 階段の上にいた魔法使いは、女の人だった。いや、女の子と言ったほうが正確なのかもしれない。


 見た目は若く、まだ十代といっても通用するぐらいである。肌は白くてショートの黒髪がよく映える。胸が大きく膨らみ、服の上からでも大きさが分かってしまう。


 ほんわかとした雰囲気を帯びているようで、笑顔が実に朗らかだ。


「あ、さっきは本当にありがとうございました。迷惑をかけてすみません」


 お礼を言うと、俺の方に向き直って笑顔を見せてくれた。


 可愛い。


「ふふ。いいんですよ。私がやらなくてもどうせサラさんが倒していたと思いますし。あ、自己紹介がまだでしたね。私はローゼン・エルトリア。ローズとでも呼んでくれればいいですよ。ちなみに、このギルドの普通の職員です」


「俺はハルトっていいます。ローズさん、よろしくお願いします」


「ハルト……。珍しい名前ですね。それに、ハルト君って礼儀正しくて初々しいですね。昔の私を思い出しますよね、サラさん!」


 ローズさんはそういってその場で軽く飛び跳ねる。まるでたゆたゆんと音がしそうなぐらいだ。


 心なしかサラさんの目が冷たい気がするのは気のせいだろうか。


「分かったから早く始めてくれ。私も仕事が溜まってるんだ」


「仕事があるなら、もうちょっと計画的にやればいいと思うんですけど」


「おい、文句があるならはっきり言え」


「……いえ、何でもありませんよ。ではハルト君、こちらへどうぞ」


 ローズさんはそう言って近くの部屋に案内してくれた。その部屋には、よく分からない不思議な機械がポツンと置いてあった。


機械以外では特に何もない部屋で、スペースの無駄遣いではないかと思う。


 三人が中に入ると、サラさんが扉を閉めた。もう一度、よく見ると日本にあるMRIに似ているような気がする。色は白ではなく銀で、重量感は遥かに上回っているが。


俺が不思議そうに見ていると、サラさんが目の前の機械について説明してくれた。


「この魔道具はもうずっと昔に作られたものでな、主に人の能力を調べる時に使うものだ。莫大な魔力を消費するから使える者は少ないが、私なら使える。どこのギルドにも一個はあるから覚えておくといい」


「大丈夫ですよ。別にハルト君に危険なことはありませんし、調べると言ってもステータスが分かるくらいですからね。気楽にどうぞ」


「分かりました」


 つまり、俺が変だからとりあえず調べてみる、ということだ。出身地とかが分からなければそれでいいか。


 それに、ステータスが分かるなら後で俺も教えてもらいたい。


「もう準備は終わっている、というかローズがやってくれたから、早速始めるぞ。私が操作を間違えて死んでも恨むなよ」


「その時はサラさんも道連れですからね」


 どうしていいか分からないが、とりあえずそれっぽい場所に寝転がる。MRIだと思えば怖くはない。


 サラさんは魔力を込めるらしい場所に、ローズさんはよく分からないが自分の場所に行ったようだ。


 二人の顔を低いアングルから眺めるのは新鮮味がある気がする。


「よし、ローズ、いいか?」


 サラさんの顔が少し真面目っぽくなった。


「はい! 準備万端です!」


 ローズさんは相変わらずの笑顔。


「それじゃ、せーのでいくぞ」


「はい!」


「「せーのっ」」





 ☆ ☆ ☆ ☆





「サラさん、結果はどうですか?」


「うむ。少し魔力が多いようだが、ほとんど普通と変わらないな。むしろ筋力は低いし、敏捷性も並以下。危険な人物、ということはないはずだ」


「そうですか。よかったですね」


「……は?」


「いえ、サラさんってハルト君のこと結構気に入ってるじゃないですか。追い出すようなことにならなくてよかった、と思いまして」


「……」


「ふふっ、沈黙は是なり、ですよね?」

 

「いやいや、そんなことはない。街に来た新人として、普通に心配しているだけだ。邪推するんじゃない」


「またまたぁ」


「おい、いい加減にしろ」


「何がですか?」


「……もういい。先に行ってるぞ。ハルトが起きたら後はローズが世話しろ。私は関知しないからな」


「あ、ちょっと! そんなに照れなくてもいいじゃないですか。というか、歩くの早すぎますよ。もう行っちゃいましたよ」





 ☆ ☆ ☆ ☆





 頭が重い。瞼も重い。もうなんというか、起きれる気がしない。


 最近、よく意識を失うが、こんなに目覚めが悪いのは初めてだ。やっぱり無理して走りすぎたのが良くなかったのだろうか。体力の限界を感じる。


「ハルト君、もう起きてますか? 起き上がれるようになったらゆっくり体を起こしてください。無理しなくていいですからね」


 ローズさんの声を聞いて少し力が戻るが、起き上がるにはまだ足りない。


「気絶するならそう言ってくださいよ……。急にこうなったらビックリするじゃないですか」


「うーん、だって前もって言ったら嫌がるかもしれないでしょ? それに、本当に短い間だからいいかなーと思いまして」


「……そうですか」


「でも、ハルト君落ち着いてますよね。急にこんな風になったらもっと取り乱してもいいと思うんですけど」


「最近、こんなのばっかりですから」


「??」


「あ、気にしないでください。そろそろ起き上がれそうです」


 ローズさんが背中を支えてくれて、ゆっくりと体を起こす。まだ少しフラフラするので、魔導具に座らせてもらう。何かの金属でできている魔導具は、ヒンヤリして気持ちがいい。


「ローズさん、俺のステータスって教えてもらってもいいですか?」


「うーん、そうですね……。私もハッキリとは分からないんですが、魔力が高めで筋力が低いらしいですよ。前衛になりたいのでしたら訓練が必要ですね」


「……そうですか」


「一応測定はしましたけど、ステータスはそんなに気にしなくてもいいですよ」


「??」


「私も昔は冒険者だったんですけど、予想外の成長をする人たちを何人も見てきましたし、私だってもともとは魔法が使えなかったんですから」


「ローズさんが、ですか?」


「そうですよ。昔は、魔法が使えなかったので、片手剣を二本持って二刀流で戦ってました。でも、それから少しすると、なぜか魔力が急に増えたんですよ。一時期は魔法剣士なんて言ってましたけど、今ではすっかり魔法使いです」


「……それでその実力なんて凄いですね」


「私なんてまだまだですよ。王都の冒険者ギルドに行けばこれぐらいの人はごろごろいますから」


 ローズさんは少し目を逸らしながら、呟いた。


 過去に何かあったのかもしれないが、会ったばかりの俺に話すことではないはずだ。だから、俺は思ったことを伝えたい。今できることは、それだけだ。


「ローズさんは凄いですから」


「……え?」


「いえ、ただそう思っただけです。もう一度言いますけど、ローズさんは素晴らしい魔法使いです」


「えっと、はい。……もう、年下なんですから、そんなに気を遣わなくてもいいんですよ?」


「別に気を遣ったわけじゃないんですけど」


「ふふ。ありがとうございます。ハルト君がどんなつもりで言ったとしても、嬉しいですから」


 ローズさんは笑った。俺の言葉で、笑ってくれた。


 久しぶりに感じる人との繋がりに、顔がひどく火照る気がした。


 俺がもう一度ローズさんの方を見ると、今度は気恥ずかしそうに、でもどこか楽しそうに笑ってくれた。


 少しの間、ローズさんはそのままだったが、急に落ち着いた表情に変わった。


「さて、そろそろ私も仕事をしますね」


「あ、え? その、俺はどうすれば……」


「私の仕事はハルト君のお世話ですから、これから説明しますね。とりあえずもう少し書類の記入があります。行きましょう」


「はい」


 ローズさんに着いて行くと、事務室のような場所に来た。他の職員の人も何人かいて、珍しそうにこっちをチラチラ見ているのが分かる。


「ハルト君?」


「……何でしょう」


「今から色々説明するのできちんと聞いてくださいね。周りをキョロキョロするのは後でもできますから」


「……はい」


 普段笑っているローズさんが無表情になると、それだけで怒っているように思える。仕事だから無表情になる、というのなら何も問題はないのだが。


「今からハルト君には冒険者ギルドの会員証を作ってもらいます。冒険者ギルドの会員証があれば、戸籍がなくても面倒臭いことにはなりません。まぁ身分証明書のようなものですからね。作ってもらうと言いましたが、実際に作るのは私で、そのために他にやらなければならないことがあります」


「……」


「必要事項の記入は終わっていますが、もう一度、こちらに記入してください」


「はい」


 紙を確認すると、名前、出身地、戦闘スタイルなどがある。さっきと同じことを書き、最後にもう一度名前を書く。


「ローズさん、終わりました」


「お疲れ様でした。それでは、やっていただくことは残り一つになります」


「えっと、何をすればいいですか?」


「現在の実力を判断する必要がありますから、そのテストというか、あえて言うなら模擬戦闘ですね。職員の中に担当の者がいますからその方と試合をしてもらいます」


「試合……」


「ええ。あくまでも試験のようなものですから、酷い怪我はしないように行います。武器は木製ですし、酷くても打撲ぐらいで済みますよ」


「……それは絶対やらないと駄目ですか?」


「そうですね。今までやらなかった例はありませんよ。むしろ皆さん意気込んで挑むようですね」


「ローズさんも?」


「いえ、一応試合はしましたけど私は怖かったですよ。恥ずかしながら、逃げることで精一杯でした」


「……あの、いつやるんですか?」


「今からですよ」


「えっ! そんな急なんですか!?」


「身分証明書がないと街にはいられませんからね。急がないといけないんです。相手にはもう準備してもらってますので、すぐに始めますよ。さぁ、行きましょう」


 ローズさんは俺を促して席を立った。裏手に訓練場があるらしく、そこで試合をするようだ。俺の意志は関係ない。


 俺は、試合なんてできればしたくない。さっきの逃走でかなり体が重くなっているし、もともとの能力も高くはないのだ。負けるイメージしか浮かばない。


 さっきの事件のこともあるし、多分担当の人も俺に悪いイメージを持っているはずだ。ボコボコにされるかもしれない。


 ああ、怖い。担当の人がさっきの冒険者みたいな人だったら、もう無理だ。相手の顔を見ただけで逃げてしまう気がする。


「ハルト君、着きましたよ」


 ローズさんの声に、視線を上げると、いつの間にか開けた場所にいた。ガヤガヤとうるさいその場所には、いかにもな訓練場と多くの人が見える。目を凝らすと、冒険者からエプロンをした中年女性まで、皆の様子は人それぞれである。


「……!! 人が、こんなに……?」


「これは公開試験ですからね。街の人なら自由に見ることができるんですよ」


「そ、そんな……」


 そうか、これはイジメなのか。強い者が弱い者を倒すのは確かに見ていても面白いだろう。娯楽としては申し分ない。


「大丈夫ですから。皆最初は勝てるものではありません。通過儀礼のようなものですから、安心して負けてきてください」


「……」


「私の時もこうでしたよ。皆が見に来ていて、馬鹿にされるかと思っていたら、応援してくれたんです。これが普通なんですよ」


 ローズさんは、仕事モードをやめて、また笑ってくれる。


 心配してもらったお礼を言いたいが、今は言葉が出てこない。


「ほら、これがハルト君の剣です。サラさんが選んでおいてくれました」


 今度は木剣を渡してもらった。サラさんが選んだという剣は、軽いのに丈夫そうで、手によく馴染んだ。


 一度振ってみたが、サラさんみたいな力強い音はしない。


「あの人が相手です。行きましょう」


 またローズさんに連れられ、先に進む。訓練場に入ると意外に日差しが強く、思わず目が眩む。周りからの視線にも耐えながら、ローズさんの後ろに着いていく。


 訓練場の中心付近まで行くと、背の高い、痩身の男がこっちに手を振ってきた。ローズさんも手を振り返しているし、あの人が担当の人だろう。


「リーさん、今日はお願いします」


 名前は、リーさんと言うらしい。顔は優しそうで、ギルドにいた冒険者とは雰囲気が違う。動きやすそうな服装に、俺と同じく木剣だけを装備している。


「ああ。任せてくれ。それで、この子が……?」


「はい。ハルト君ですよ。ハルト君も挨拶してくださいね」


「あ、あの、今日はお願いします!」


「ははは、面白いくらいにガチガチだな。少し力を抜いてリラックスするといい、と言いたいところだが、今日は緊張しても仕方がない。あんまり言ってもあれだしな」


 リーさんは喋り方も柔らかで、穏やかだ。


 よかった。そんなに怖くない。


「リーさん、もう始めていいですか? あまり時間もありませんので」


「俺はもういいよ。ハルト君、自己紹介だけしておこうか。俺はリーエン・バーグだ。皆はリーと呼ぶから、それで構わない」


「ハルトです。よろしくお願いします」


「よろしくな。それじゃ、始めようか。ハルト君、少し距離を取ろうか。ローズ、準備ができたと思ったら開始の合図を頼む」


「分かりました」


 ローズさんは俺たちと少し離れる。俺もリーさんから何歩分か離れる。


 緊張に耐えられず、ローズさんの方を見ると、声を出さずに口だけ動かしているのが見えた。頭の中で何度か思い出して考えると、「頑張れ」と言っていたのだと思う。


 ついでにウインクまで付けてくれたから、あながち間違いではないだろう。




 リーさんが周囲を見渡すと、周りの観客の声が静かになった。ザワザワしていた空気が引き締まり、一気に緊張感が高まる。


「構えて」


 今度はローズさんの声が静かに響く。リーさんが中段に構えるのが見えた。慌てて俺も剣を構える。


 観客は小さな音の一つすら立てない。耳に届くのは風と心臓の音だけ。


 暑さが消えた。光も眩しくない。


 視界にはもうリーさんしかいない。


 そして、


「では、始め」


 負けるための試合は始まった。

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