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夢は異世界とともに  作者: ルーマン
2/15

目を覚ますと

 目を覚ますと、そこは森だった。




 頭上からは木漏れ日が差し、辺りはほどよい暖かさに包まれている。


 穏やかな風が体を優しく撫で、意識を覚醒へと誘ってくれる。


 鳥がさえずり、木々には花の蕾が、今にも花を咲かせそうなほどに膨らみ、生命力に溢れている。


 この柔らかな雰囲気は、日本の春とよく似ている。日本人が理想とするような、本当に穏やかな空気である。


 なんというか、とても落ち着くのだ。


 体にも心地よい気温のせいか、無駄な力が抜けてとても楽な気分になる。ともすれば眠くなってしまいそうだ。


 異常に睡眠を誘う、春のような空気に包まれながら、少しずつ自分の状況を理解し、整理して、ようやく思い出した。



 俺は死んだ。そして、異世界に来たのだ、と。



 今、俺は地面に横たわっている。


 土の地面に接しているため、着ている服が少し湿っているのを感じた。


 服はゴワゴワで、肌触りが最悪だ。多分、麻のような素材でできていると思う。


 体は、イリス様の言った通り、少年サイズに縮んでいて、小さく、華奢だった。


 はっきり言って、誰が見ても強そうな印象を抱く人はまったくいないと思う。


 これから筋肉がつくのかもしれないが、現状から考えると、細マッチョぐらいが限界だろうか。




 小さな体に失望しながらも、とりあえず起き上がり、近くにある一番高い木に登って周囲を見渡してみることにした。


 起き上がってから、まずは動作を確認する。腕を回したり、歩いたり、ジャンプしてみたり。いくつか試してみたが、まったく問題がない。


 むしろ、ずっとこの体で生活していたのではないか、というぐらい滑らかだった。


 体の機能性を確認したところで、二十メートルほどの高さの木を選んで登ることする。

 とりあえず、現状把握ができていない今、周囲の風景を確認するのが先決だ。


 木に掴まって、枝を選びながら、手と足を使って少しずつ登っていく。

 無理をせずに着実に体を持ち上げる。


 その動作を繰り返して、これ以上登るともう危ないというところまで来てから、程よく太い枝を選んで端まで這って進む。

 先端近くまで進んで、葉をかき分けて、それからようやく周りを見渡すことができた。


 普段は来ない高さに少し驚きながら辺りを一望すると、林ともいえるような小さな森と、綺麗な湖、そして、あまりにも巨大な一本の木のある風景が目の前に広がった。


 あまりに綺麗な自然は、最初は感嘆の溜め息に、そして、意外にも、少しすると戸惑いに変化した。


 なぜそう感じたのかは分からない。

 しかし、不思議な感覚に支配された俺は、その時の自分の気持ちをどう表現していいのかは分からなかった。


 森は、確かに綺麗ではあるが、ただそれだけではないのだ。


 生命力が溢れているのはどこの森でも同じことだし、湖が驚くほど澄んでいるのもおかしくはない。


 結局、日本にいた時には見たことのない、しかし、どこか見覚えのある、不思議な場所だと勝手に決めつけた。




 それから少しの間は戸惑いの正体が分からずに混乱したが、しばらくそのまま周りを見ていると、ここは夢の中で来たことのある森らしい、ということに気が付いた。


 夢の中でもずっと昔のことだったから、思い出すのに時間がかかってしまったのかもしれない。


 思い出したとはいっても、それほどはっきりとは覚えていないが、遠くに見える巨大な樹の印象は強く残っている。



 この小さな森は、『エルロンの森』であろうと思う。

 またの名を、始まりの森、という。


 このテンプレのような異世界で、冒険者になるためのスタート地点になる場所だ。

 敵となる魔獣は弱く、近くにある『始まりの街』からの支援もしっかりしているため、まさに冒険者の養成所になっている。


 今見ると、懐かしいなぁ、と改めて思う。

 街までは見えないのだが、街の人たちのことはなんとなく覚えている。

 あの叔母さんが、とかあのお爺さんが、とか。

 もし、まだいるのだとしたら是非会いたいと強く思った。



 さらにもう一度森を見渡すと、今度は地球では見慣れない様々な光景が目に飛び込んでくる。


 俺は、それを見て、ようやく、異世界に来たということをはっきりと実感することができた。


 そして、その感動にしみじみと浸りながら、木の上からしばらく森を見続けた。



 俺は、夢にまで見た異世界の住人となることができたのだ。



 ☆




 木から降りた後、まずは森から出て、街に向かうことにした。


 森は概ね安全なのだが、弱いながらも魔獣は存在する。


 しかし、現状では、弱い魔獣に遭遇しても対抗策はない。


 すると、安全であるはずのこの森も、充分危ない場所になってしまうのだ。


 俺の今の立場は、まだ冒険者の初心者にもなっていない、ただの子供。


 戦う術も、能力もほとんど無い。


 それに、家族もいるかどうか分からないし、状況の確認も必要である。


 今は無理をせず、一度準備してから冒険者としてのスタートを迎えた方がいいに決まっている。


 地球にいた頃なら違う結論に至ったのかもしれないが、ここは異世界である。


 死ぬ危険は常に側にあり、油断すればすぐに命を失うことになる。


 それに、この世界に来たのだから、人と会話するぐらいは苦痛に感じないだろうし、もし駄目でもすぐに慣れるはずだ。


 人と関わらなければ友人もできないし、俺の目指す人生のためにも、第一段階は突破しておくべきだろう。


 意外にも、夢の中では、某国の騎士団に入って普通に生活できていたし、普通の生活水準も理解している。


 違和感なく街に溶け込むことは容易い、と頭から信じ込んで俺は歩いていた。





 そして、のんびり森を歩き始めて数分。


 

 街まで楽しく穏やかな散歩をするはずが、俺はすでにピンチに陥っていた。


 息は上がり、心臓が激しく鼓動しているのが分かる。全身から汗が噴き出し、それを拭くこともできない。


 簡単に言えば、全力で走らざるをえない状況に追い込まれてしまったのだ。後ろから犬型の魔獣に追われ、歩いている余裕もないもない。


 悔しいことに、いくら動作が滑らかであっても、この体の性能では、全力に近い速度で走らなければすぐに追いつかれてしまう。少し神様を恨みたくなった。


 当然体は悲鳴を上げているが、背に腹は変えられない。休憩したくとも、逃げきることを考えると、どうしても走り続ける必要があるのだ。


 そもそも、こんなことになったのは、残念ながら自分の不用心が原因である。


 というのも、俺は、ついさっき、一匹の犬型の魔獣『グレイウルフ』の幼体を見つけた。 周りには他に何もいなかったし、幼体だけなら今の体でも安全なはずであった。


 そうして、少しの間、その可愛さに見惚れていたのだが、急に狼の遠吠えのような音が耳に届いた。何度も重ねて、仲間に合図をするように、俺には聞こえた。


 実際のところは、親のグレイウルフが子供と俺を見つけ、盛大に遠吠えをしていた。


 すると、親のグレイウルフと、その仲間と思われるグレイウルフの群れが集まり、一斉に襲いかかってきたのだ。


 グレイウルフたちは俺が子供を狙っていると勘違いしたらしく、全力で逃げても執拗に追いかけてくる。


 さらに、グレイウルフは縄張り意識が強く、自分の群れのテリトリーを侵されることを酷く嫌う。


 一度入り込んでしまえば、逃げるのは容易ではない。


 逃げているうちに、いつの間にか追い込まれてやられるなんてことは、対抗策のない初心者によくあるのだ。


 一応、縄張りから離れれば、それ以上追ってくることはなく、逃げるのが鉄則だ。しかし、今はそれが裏目に出ているようだった。


 なぜか、さっきから逃げても逃げても追手の数が増え続けているのだ。


 自分的にはさっきから街の方に向かって走り続けているつもりで、縄張りからは外れるように走っているのだが、どうやら縄張りを突っ切るように走ってしまっているらしい。


 それならそれでグレイウルフのテリトリーの広さを知っていれば、だいたいの目安が分かるものだ。


 ただ、この森のことも忘れかけていた俺が、グレイウルフのテリトリーの広さがどれくらい、という非常に微妙なことを覚えているわけもなく、今は何も考えずにひたすら逃げることしかできない。



 そのまま、どれだけ走り続けたのかも分からないくらい走ると、ようやく街が見えてきた。


 ほっとした思いで、街の方を見やると、なぜか、ちょうど門が閉められていくところだった。


 それを見て俺はさらに足を速めたが、門まであと少し、というところで、門が完全に閉まり、俺は閉め出された。


 え、俺がまだ入ってないんだけど、と思ったがもう遅い。


 あまりの衝撃的な展開に、理不尽を叫ぼうとしたが、すでに喉はカラカラで、ヒューヒューと風が通り抜けるような音がするだけだった。


 少しして、門まで辿り着いた俺は、必死で門を叩くしかなかった。


 これ以上逃げることができなくなり、助けを求めるために声を出すこともできない。


 縋る気持ちで、手に力を込めて、ひたすら叩いた。


 しかし、どれだけ叩いても門が開かない。それどころか、返答の一つすら返ってこない。


 そのうち門を叩き続けた手が痛くなり、俺はどうしようもなく惨めな気持ちで門にもたれかかった。


 そして、群れで走ってくるグレイウルフたちを正面から睨みつける。もうほとんど距離はない。


 逃げ道を探したが、一目見ただけで、その考えは却下された。


 もう数が多すぎるのだ。逃げているうちに、俺一人ではどうしようもないくらいのグレイウルフたちが集まっていたらしい。逃げ道すら見つからない。


 それからすぐに、グレイウルフは半円形を作り、俺を包囲した。人間一人にそこまでする理由が分からないが、異常に念入りな狩りである。こんな小さい子供なんて、一捻りなはずなのに、警戒したように唸っているだけだ。


 そのままの状態で、しばらくの時間が過ぎた。


 グレイウルフたちは相変わらずの陣形で俺を取り囲み、緊張状態を保っている。どうやら、完全に統制が取れた群れのようだ。


 対する俺は、この焦らされているような状況に精神的に参っていた。狼は、獲物を精神的に虐めてからしとめるというが、まさにその通りである。すでに抵抗する気すら、無くなりかけている。


 ただ、何もしないまま死ぬのも嫌だったので、何度か「助けてくれ」と叫んでみた。


 別に、グレイウルフたちに命乞いをしているわけではない。背後にある町の人たちに、俺がまだ生きていることを伝えているのだ。


 そうこうしているうちに、グレイウルフたちは半円形をジリジリと縮め始めた。ゆっくりと、それこそ一歩ずつという感じで、俺に近づいてくる。


 俺は下がれない。すぐ後ろには門があり、退路はもうない。


 鋭く光る牙が目を捉えて離さない。紅い目がギラギラと滾っているのがよく分かる。


 距離はもう二メートルを切った。


 俺の体は今までにないぐらい強張っている。膝が竦み、腕や足ですら、容易に動かすことはできない。


 駄目だ。もうこれ以上の猶予は無い。


 俺はもう死ぬ。


 最弱の魔物に倒されて、皆に笑われるような死に方をするんだ。


 せっかく転生してきたのに。やり直せると思ったのに。もう一回夢を見られると信じてたのに。


 グレイウルフたちが態勢を低くし、今にも飛びかかろうとしている。


 頼む、誰か、誰か助けてくれ。


「待たせたな。すぐに終わらせる」


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