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夢は異世界とともに  作者: ルーマン
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邂逅

 森の中で、オークとゴブリンに挟まれる。なかなか悪い状況だ。


 前にはオークの群れ。目視で、十以上が走ってくるのが分かる。俺に気付いているかどうか分からないが、俺の方に向かっているのは確かだ。


 後ろにはゴブリン。数は四。さっきは逃げてしまったが、オークの群れに比べればましというところか。あくまで、比べれば、だけれど。


 情けないことに、どちらも戦闘では勝てそうにないし、出来ることといえば逃げることぐらい。今はっきりしているのはそれだけだ。




 俺は、オークの群れを発見してから、とりあえず反転して走り出した。そして、少し考え、走る間に空き地を迂回するしかないという結論に至った。


 逃げる途中にゴブリンとエンカウント、なんてことは避けたいところだ。


 とはいえ、空き地との距離はそれほどない。オークとの距離も遠くはない。オークに追いつかれないように、巧く進路を取る必要があるようだ。


 オークに探知されないように、静かに走る。息づかいと草木を掻き分ける音、そしてオークの咆哮と足音が辺りに響く。極力息を抑えようとするが、心臓の鼓動は速い。肺が酸素を求めている。苦しい。汗が噴き出してくる。


 何度も木の葉で顔が切れる。


 小さい傷に汗が入り込んで痛みが増す。頬を拭うと、手には少し血が滲んでいた。



 前方に空き地が見えた。ということは、思ったよりも真っ直ぐに走ってしまっていたのだろう。


 森の中で焦ってしまえば、方向を正確に把握するのは難しい。こんな簡単なことすら忘れていたなんて、自分はどれだけ未熟なのだろうか。


 仕方なく、空き地の外側に沿って走ることにした。これなら、確実にゴブリンは避けることができる。内側から見えないように注意しなくてはならないが、それさえ可能ならあとはオークだけだ。


 ふと気付くと、オークの咆哮はさっきよりも近くなっている。何と言っているのかなんて理解できないのに、背筋に悪寒を感じ、その音量の大きさに焦りが増す。もっと急がないと。


 そのまま、空き地を迂回する。木二本分ぐらい外側を回っているから、姿は見えないはずだ。


 オークの声が空き地から聞こえる。あいつらは真っ直ぐ突っ込んだらしい。ついでに、ゴブリンも叫んでいる。


 さらに走る。走る。




 その時、唐突に『やばい』と勘が告げた。頭が一気に冷えたように感じ、嫌な予感が止まらない。これは、電車に轢かれる前と同じ感覚だ。


 なんだ。何があるというのか。一度止まって辺りを確認しても、周囲は木しかない。空き地にはゴブリンとオークがまだいる。


 そうこうしているうちに、嫌な感覚は増していく。手足も麻痺したようになり、感覚が薄くなる。いったい、何が起こるんだろうか。


 結局、何も分からないまま、痺れた手足を振り、また走り始める。今度は、体勢を低くして、少しスピードを落とし、警戒を強めることにした。嫌な予感は消えることはなく、心の中で蠢き続けている。




 そして、もう少しで空き地を迂回できる、というところで、また物音が聞こえた。


 ザワザワ、ガサガサ。


 風や、動物ならどれだけいいだろうか。


 突然、周囲を確認したい気持ちに駆られ、思わず体を起こした。


 周りにはこれといって怪しいものはなく、本当に風だったのでないかと淡い期待を抱く。


 しかし、その瞬間、何か生き物の視線を感じた気がした。また背筋が凍った。生きている間に溶ける時が来てほしいな、と投げやりな考え方が頭をよぎった。



 間もなく、今度はゴブリンの群れが目の前に現れた。



 やっぱりそうなるのか、と半ば諦め気味な気持ちになる。悔しいが、あの予感はよく当たる。



 さらに悪いことに、さっきのオークの時より距離が近い。どこに逃げるかなんて、もはや考える余裕もない。


 すぐにゴブリンから距離を取るように走る。途中で、木が無くなった。一瞬、走りやすくなったな、なんて馬鹿なことを考えたが、単に空き地に突入しただけのことだ。状況は悪化するばかりである。


 空き地にはすでにオークとゴブリンが睨み合いをしていた。俺の登場に両者は驚いたような(そう見えただけかもしれないが)表情をした。しかし、攻撃することもなく見ているだけなのだから、まだましである。ここで攻撃されたら目も当てられない。


 俺は、そのまま走り続けた。川まで走って、そこで振り返って剣を抜き、精一杯威圧する。息つく暇もない。肩を上下させてなんとか気持ちを落ち着ける。


 状況は、オークとゴブリンの群れに俺一人。一応、三竦みになったのだろうか。戦力的に俺が弱いのは明らかなのだが。


 もう一度辺りを見ると、オークよりもゴブリンの方が数が多いことに気付いた。多分二十は超えている。


 オークとゴブリンの関係性についてはよく分からない。仲が良いという話は聞いたことがないが、似た者同士、協力する気はないのだろうか。もし、そうなったらどうしても俺は人生終了だ。神様、どうか御導きを。



「ヂュイ、ヂュヂュヂュッヂ」



 俺が自分の今後について案じていると、突然、ゴブリンの群れの一体が言葉らしき音を発した。


 それに続いて、群れの中から幾つか声が上がる。



「ヂュヂュイ、ヂュイヂュイ!」



「ヂュッヂ! ヂュイ!」



 二つぐらいまでは数えていたが、その辺りから多くのゴブリンが叫び始めたため、カウントすることはできなくなった。仲間内で揉めているのかもしれない。


 ゴブリンの声に呼応したのか、オークの方でも俺には理解の出来ない音を出して会議を始めた。複数のオークが言い合っているのが分かる。こちらも意見が纏まらないらしい。


 双方で会議が始まると、俺はどうにも手持ち無沙汰になった。剣を握って構えているものの、特にすることもない。ここで単身突破なんてことができればいいのだが、そんなことができる冒険者は、そもそもこんな苦境に陥ることはない。結局は逃げもせずに待っているしかないのだ。


 そのままジリジリと待っているうちに、ゴブリンとオークの会議は次第にヒートアップし始めた。あくまで群れの中の喧嘩だが、お互いに武器を持ち出そうかというほどに熱中している。なんというか、収拾がつかなくなりかけていた。


 そして、もうそろそろ同士討ちするんじゃないかな、と本気で思い始めた頃、オークとゴブリンの群れの死角で、何かが動いた。というか、黒い何かが視界を横切った気がしたのだ。


 新たな魔獣かと思って注視していると、それは、もう一度動いた。あれは……多分人間だ。


 距離が遠いためにはっきりとは見えないが、多分人間なのではないかと思える姿形だけは確認できた。ついでに言うと、そいつは、服も着ていた。


 そのまま同じ所を見ていると、その人型の物体は、立ち上がって魔法を唱え始めたようだ。その周辺で魔力が高まっているのが分かる。これも訓練の成果だ。


 詠唱はすぐに終わった。と思ったら、人型の何かが、手を振りかざした。


 その瞬間、まるで死んだ時のように、視界がいきなり真っ白に染まった。


 何も見えず、ただ単に周囲でとてつもない魔力が弾けていることだけが分かる。すぐに目を閉じたが、一度見てしまった白光は瞼の裏にしっかりと焼き付いた。ギュッと力を入れても、世界は白いまま、白光が鎮座している。


 一度、目を開けた。しかし、目に映る光景は変わらない。白、ただそれだけ。


 もう一度、目を閉じ、ゆっくりと十数える。


 そして、また瞼を押し上げる。


 今度は、世界に色が戻っていた。依然、白光が目を苛んでいるが、周囲には、爆発の跡のようなクレーターと、倒れた木々で凄惨な様子が見て取れる。


 そういえば、あの魔法は、俺を避けて発動していたように思う。一体どういうことなのだろうか。そういう狙いだったのか。


 そこまで高度な魔力コントロールができるなら、もう少し爆発の規模も抑えてほしかった。辺りは隕石が降ってきたようになっているし、オークやゴブリンは跡形もなくなってしまったのだから。音だって森に響き渡っただろう。


 しかし、あの人型の物体は、魔法を使ってゴブリンたちを倒したのだから、やはり人である。あくまで、俺の未知の存在ではない限りは、だが。知らない間に魔物が進化していたなんてことは、いくらなんでもありえない。



 しばらくして、ようやく視界が元に戻った頃、さっき魔法使いがいた場所に向かう。


 極度の緊張が続いたせいか、足が思うように動かない。もつれこそしないものの、ゆっくりと進むのが限界だった。


 程なく、目的地に着いた。周囲を見渡して人影を探してみる。……ターゲットを捉えることはできない。


 木の上、茂みの向こうなど隠れることができそうな場所もまんべんなく探し、それでも何も見つからない。


 そして、もうどこかに行ったのか、という考えがよぎった時、突然トントンと肩を叩かれた。


 咄嗟に振り向けば、頬に棒状の何かが当たる。数秒固まった後、カチンときて、反対側に振り向こうとすると、また同じことが起こった。


 これは、あれだ。昔流行った、謎の遊び。相手を振り向かせて頬を指で突く遊びだ。


 もう面倒くさくなって、頬に当たるものを押し返しながら振り向く。ちょっと痛いなと感じたけれど、早く姿を確認したい気持ちが勝ったのだ。



 頬への圧迫感が消え、振り向くと、そこには十二歳の俺より小さな、どこか不思議な雰囲気をまとった女の子がいた。



「あなた、引っかかった」



「……そうですね。まんまとやられましたよ」



「潔い人は嫌いじゃない。助けて良かった」



 少女は、小声で、少し嬉しそうに話した。表情は乏しかったが、その大きな目は笑っているように見えた。



 その時、急に安堵感が体を襲った。自分が助かったのだと思うと、全身から力が抜ける。腰が砕けたようになり、「あっ」っという言葉とともにその場に崩れ落ちた。



「あの、助けてくれて有難うございます」



 少女は、へたり込みながらお礼を言う俺を困ったように、でも楽しそうに見ていた。




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