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夢は異世界とともに  作者: ルーマン
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夢は異世界とともに

 


 俺は今日も夢を見る。


 自分が主人公で、何でも上手くいく、都合のいい物語。


 救世主として、危機に陥った世界を救おうとする、そんな夢の中の御伽噺。


 すごく居心地が良くて、その夢の世界にいつまでもいたい、そう強く思った。



 だが、現実はそうじゃない。

 どんな夢を見ようと、必ず朝はやってくる。

 いつもと変わらない、うんざりするような、毎日が待っている。


 思い通りにはならない、辛いだけの日常が立ちはだかっているんだ。



 ☆



 今日も、いつものように夢を見て、目を覚ました。



 最近、毎日連続した夢を見る。まるで、一つの物語のように、同じ世界で、同じ仲間と過ごす、不思議な夢。


 そこでの人生は、今歩んでいる人生よりも魅力的で、楽しかった。


 途切れることなくその幻想の世界にいると、夢が現実で、現実が夢であるような、そんな奇妙な感覚を抱く。


 そのせいか、辛い日々にも少し諦めがつき、それほど苦痛を感じなくなった。


 辛いことがあっても、所詮これは夢だ、と思うのだ。今生きているのは、幻想の世界で、自分は本当はこの世界の住人ではない、と。


 そう思った結果、少しずつだが、確実に寝て過ごす時間が増えてきている。


 夜、布団に入る時間が早くなり、休日は一日寝て過ごす。平日の昼休みにさえ寝ることだって珍しくない。


 本当は平日もサボって寝ていたいのだが、さすがにそれはしない。というか、昔からサボる癖が無かったせいで、良心の呵責に苛まれるのだ。そんな状態では落ち着いて眠れるはずもなく、本末転倒である。


 今日も、朝食を食べ、着替えて、家を出た。


 そして、いつもと同じ、変わりばえのしない日常へと戻っていく。



 ☆




 俺の名前は越谷春人こしがやはると

 社会人三年目を迎えた二十五歳。


 就職活動にかなり苦労したため、今の会社に就職が決まった時は嬉しかったが、今となっては当時の選択を恨むばかりだ。


 あの頃は、決まりさえすればどこでもいい、などと考えていたが、それは浅はかだった。昔から、社会人になってからが人生のスタートだ、というのはよく言ったものだ。

 

この歳になって、ようやく分かってきて、後悔ばかりしている。


 そんな後ろ向きな俺だが、不思議と職場の同僚たちは暖かく接してくれる。無視されることもなく、休憩時間に起きている時は話しかけてくれるし、飲み会もいつも誘ってくれる。

 いつも断るのが申し訳ないのだが、気持ちはありがたい。



 俺は今日も、いつもと同じように定時に上がる。

 いつもは挨拶だけして、こそっと一人で帰るのだが、今日は同僚の一人と一緒に帰ることになった。


 その同僚とは特別仲がいいわけでもないが、最初はそこそこ話は弾んだ。


だが、現実の世界ではあんまり人と話すことはないせいか、しこりのような違和感が消えない。何かしてはいけないことをしているような、暗い気分になる。

 

言葉を発するごとに段々苦しくなり、次第に無口になっていくのが申し訳なかった。


 帰り道は会社から最寄りの駅までのおよそ十分ほど。

 短いようで長いその時間を、同僚は、何とか話を繋げて沈黙がないように気を遣ってくれた。


 そして、駅に着いて、ホームに二人で並び、電車を待つ。

 

時間的にも帰宅ラッシュからは外れていて、人はまばらにしかいない。難なく列の先頭に並ぶことができた。


 相変わらず俺は喋らないが、同僚はあまり気にした様子もなく、いたって普通に話しかけてくる。

 無理している感じもないし、本当に良い人なんだろうな、と改めて実感した。


 しばらく待っていると、通過電車が通る、というアナウンスが入った。

 小さい駅なので仕方ないことだが、目の前を電車が通過していくのはなぜか悔しい。

 平等であるはずの公共交通機関でも、自分の乗れない電車がある、というこの不条理がそうさせるのか、

 それとも、猛スピードで通過していく電車に対する恐怖心がそうさせるのかは分からない。


 ただ、今日はそのアナウンスを聞いた時、ふと嫌な予感がした。

 漠然とした、まったく脈絡のない予感だったが、言い様の無い不安に襲われた。


 鳥肌が立ち、冷汗が出る。

 心臓の鼓動が速くなり、胃が締め付けられる。


 意味もなく辺りをキョロキョロと見回したが、そこは特に変わったところのない、寂れた駅のホームだった。


 それを確認すると少し落ち着いたが、未だに悪寒が消えることはない。

 むしろ、だんだんひどくなってきている。

 やはり何かが起こるんだろうか。

 俺が予想できないぐらい悪いことが。



 同僚は、無口な上に挙動不審になった俺を不思議そうに見ている。

 別に、変な奴だと思われることは今更だし、どうでもいい。

 今は、ひたすらこの予感が気持ち悪かった。



 電車が視界に入ってきた。

 俺は、何事も起こることなくその車両が通り過ぎることを願った。

 だが、同時にそれがありえないことを確信している自分もいる。


 そもそも、この奇妙な感覚は電車のアナウンスから始まった。

 何の脈絡もなく、唐突に。


 だから、きっと何かが起きなければ収まらない。

 そう思わずにはいられなかった。


 そして、時はやってきた。

 高速でこちらに向かってきた車両が、まもなく通り過ぎる、まさにその時。


 右側から走ってきた男が、俺の目の前を横切ろうとして、丁度俺の目の前に陣取っていた同僚にぶつかる。

 男は、同僚にぶつかると同時にさらに線路方向に突き飛ばし、自分はホームに倒れこむ。


 驚いた表情のまま突き飛ばされた同僚。

 持っていたカバンが手から離れ、反対の手に持っていたスマートフォンも飛んでいく。


 そして同僚は、今まさに電車が通過しようとする線路に向かって、ゆっくり、ゆっくりと倒れていった。


 実際、どうだったのかは分からない。ただ、少なくとも俺にはゆっくりに見えていた。


 スローモーションのように、コマ送りになって。



 手が離れていく。

 体が遠ざかっていく。


 それなら、どうする?

  手を掴んで引っ張ればいい。

 できなければ体でもいい。

 とにかく、ホームに引っ張ればいい。

 とにかく、助けたい。




 そう思った時、俺の未来は大きく変わった気がする。



 今まではほとんど気にしなかった、同僚を助けたいと思ったから。

 自分のことより他人のことを考えたから。


 俺は、なんとか同僚の手を掴み、引っ張った。

 同僚は態勢を戻し、ホームに倒れ込む。

 轢死する恐怖から逃れてほっとしているのだろうか。

 どうか、そうであってほしいと思った。

  俺がどうなろうと、気にせずに生きてほしい、本気でそう願うしかなかった。




 俺は、線路に落ちていく。

 今度は、さっきよりもさらに時間がゆっくりとしている気がする。

 体の浮遊感と、電車の音、同僚の叫び声、全てがちゃんと感じられる。

 悪寒は消え、体に生気が戻り、いつもの慣れ親しんだ普通の感覚が戻っていて、なぜだか少し達成感が心に残っていた。



 もう、死ぬ覚悟はできていた。



 電車が、死神のように近づいてくる。

 ライトに顔が照らされ、視界が真っ白に染まる。



 そして、線路に落ちた衝撃を感じたすぐ後、意識は無くなった。







 目を覚ますと、そこは真っ白な世界だった。


 何もない、凹凸すらない、物寂しい空間。純粋で、無機質な白色が虚しさを助長し、その印象に違わず、周りから物音がすることもない。


 これは夢の世界なんだろうか。……いや、きっとそうじゃない。


 こんな訳の分からない世界は夢ではない。


 俺にとっての夢は、あの大好きな世界しかない。

 それ以外は、認めない。

 あれは、もはや俺の人生だったのだから。



 これが夢でないのなら、やはり俺は死んだのだろうと思う。運よく助かることもなく、当たりどころがよかったということもなく、あっさり消え去ったのだ。


 俺の存在なんて、誰も覚えていてはくれないだろう。

 悲しいが、当然の結果だ。

 人との接触を拒んで、自分の世界に没頭していた奴のことなんて、思い出さない方がいいに決まってる。





 この真っ白な世界は何のためにあるのだろうか。

 俺は死んだのだから、天国か地獄だというのなら、納得しよう。

 ただ、他に死んだ人も見当たらないし、人がいたような形跡も無い。

 俺専用ということなら話は別だが、そんなに優遇するはずもない。


 結論から言えば、ここがどこなのか、見当すらつかない。


 そろそろ視界が真っ白なのにも飽きてきたし、何かしらの変化がほしくなってきた。


 そんなことを思っていたからだろうか。


 いきなり何もなかった空間に光が生まれ、眩しさに耐えられなくなった俺は思わず目を閉じた。

 目を閉じていても、瞼の裏には光が瞬き、少し不思議な気分になると同時に、早く目を開けてみたくてたまらなくなった。


 そして、瞼の裏が暗闇に戻った頃、俺は目を開けた。


 少し眩しさを感じながら目を開けると、目の前には天使のように美しい女性が宙に浮いていた、


 肌は雪のように真っ白で、髪は銀髪、目の色も銀である。顔は、今まで見たことのないぐらいの神々しい美しさで溢れており、スタイルも抜群だ。おそらく、日本にいたとしたら間違いなく芸能人になっていただろう。

 そして美しさやスタイルもさることながら、一番目を引くのは、背中にある翼だ。人型なのに翼があるのは不思議なものだが、この目の前にいる女性には、本当に似合っている。まさになくてはならない一部分という感じだ。


 その女性は、少しの間俺をじっと見た後、おもむろに話し始めた。


「ふふふ、どうもこんにちは! もう起きてるなんて驚いちゃった! えっと、そんな変な顔してどうしたの? あ、自己紹介まだだったね。ごめんごめん! 私はね、いわゆる神様なの。名前は……多分イリスだったわ。あなたは、春人君ね。どうぞよろしく」


 その美しさから、声も綺麗なんだろう、と勝手に期待していたが、期待に背くことなく、素晴らしいソプラノの声だった。

 

 そして、やはり人間ではなかった。

 驚きはあるが、これだけの美貌は神様ぐらいでないと得ることはできないのだろう、と思うと納得することができた。


「あの、よろしくお願いします。イリス……様と呼べばいいですか? それとも神様の方がいいんですか?」


「そうねぇ。イリスと呼んでくれればいいわ。別に、「様」なんてつけなくていいのよ? それに敬語じゃなくても構わないわ。あなたは私に呼ばれてきたわけだし、今から頼み事をするんだから」


「あ、あの、頼み事……ですか? それに、イリス様が呼んだってどういうことですか?」


「様付けしなくていいって言ってるのに……」


 イリス様は、少し残念そうに呟いたが、諦めたように口調を戻した。


「まぁいいわ。私からの頼みを話す前に、少し伝えておきたいことがあるの。聞いてくれるかしら?」


 俺は、現状についてのことや、頼み事について聞きたい気持ちもあったが、そこはこらえて話を聴くことにした。

 どうせ時間はある。

 焦りは禁物だ。


 イリス様は、俺が頷いたのを確認して、話し始めた。


「春人君、辛いでしょうけど、あなたは電車に轢かれて死んでしまったのよ。そして、ここは天界といって、死んだ後に体から離れた魂が来るところなの。勿論、誰もが来るわけじゃないわ。春人君は、私が呼んだから今ここにいるの」


 ここまで一息で言い切った後、イリス様は少し目を閉じた。


 内容は、大体俺の予想通りで、それほど驚きはなかった。

 ただ、死に方とそれまでの生き方の矛盾が可笑しくて、それをこらえることができずに、顔が綻んだ。

 自分の死を告げられて笑うなんて変な奴だと自分でも思う。


 イリス様は、そんな俺を不思議そうに見ていたが、続きを促すと、また話し始めた。


「同僚の方は助かったわ。ホームに倒れた時に軽く打撲したぐらいでほとんど怪我もしていないし、すごく春人君に感謝しているわ。まずはそれくらいかしらね。何か質問ある?」


 そういえば、イリス様に気を取られて、すっかり同僚のことを忘れていた。

 同僚の無事に安堵すると同時に、ぶつかってきた謎の男のことも思い出したので、聞いておくとにする。


「……同僚を突き飛ばしたあの男はどうなったんですか?」


「駅員に取り押さえられたわ。あの男は、引ったくりをして逃げていた途中でぶつかったみたいね」


「……そうですか。ありがとうございます」


「他には何かない?」


「はい。特にありません」


「うん。それじゃあそろそろ本題に入るね。さっきも言ったけど、私からあなたに頼みがあるの」


 そう前置きして、目の前の神様は申し訳なさそうに言葉を紡ぎ始めた。


「あなたは、よく、ある世界の夢を見ていた。これはたまたまそうなったわけではないの。ある意味偶然なのかもしれないけど、私から見ればそうではないわ。あの夢は、あの世界の神様、ルーシェが見せていたものなの。ただ、ルーシェはあなたを狙って夢を見せたわけではなくって、適性のある人にしか見えないようにして、広範囲に夢を見せていたの。ここまではいいかしら?」


 俺は、急な説明に思わず息を呑んだ。

 さらにゴクリと喉を鳴らし、やけに渇いた口の中を唾で湿らせる。

 とりあえず、了解と呟いて頷いてはみたが、内心はまったく納得していないし、整理もできていない。


 しかし、初めて知る事実は、俺をまるで世界の秘密に触れたような不思議な気分にさせてくれた。


 イリス様もそんなことは分かっているようだ。

 その証拠に、申し訳なさそうな表情がさらに深くなっている。


 だが、説明はやめようとはしない。

 むしろ、今までよりもさらに口の滑りがよくなった。


「ルーシェは、今、かなり危ない状態にあるわ。どうしてなのかは分からないんだけど、ルーシェの管理する世界が、歪んで、元に戻らなくなっているから。ルーシェは色々動いてはいるんだけど、世界のバランスを保つのに精一杯で、それほど効果はないわ。


 それで、友達の私に、一人の人間を地球から救世主として送ってくれないか、と頼んできたから、私は、その人が承諾した場合に限って、それを許したわ。ルーシェが苦しんでいるのをこれ以上見ていられなかったのよ。


 それから、ルーシェは夢を見せ、それに反応した人で、なおかつ、すぐに送ることのできる人、つまり春人君をここに呼んだの。だからね、私からの頼みっていうのは、夢で見た世界へ救世主として行ってほしい、ってことなの」


 説明は長く、しかし、話は難しくない。


 要するに、夢で見たあの世界を救ってほしい、ということだ。


「……分かりました。行ってきます」


 少し考えた後、口をついて出た言葉は、地球との決別を示す言葉であり、異世界への希望を表す言葉だった。


  どうせ死んでいるのだから関係ないのかもしれないが、俺はそれくらいの思いを込めて行くと言ったのだ。


 イリス様も、驚いた顔でこちらを見ている。

 少し慌てて、もう少し考えてもいいのよ、と言ってくれたが、決心は変わらなさそうだった。


 異世界への旅は、今までの人生でも一、二を争うターニングポイントである。

 しかし、迷いは全くない。


 イリス様には伝えてないが、すでに、神様が困っているとか、異世界がピンチだとか、そういうのはどうでもよくなっていた。

 俺の目的は、異世界で、地球ではできなかった、楽しい人生を送ること。ただそれだけだ。


「では、今からあなたを異世界に送ります。向こうの世界では、多分他の人より強くなるし、特殊な能力も与えられると思うわ。でも、それに固執しないでね。全ては春人君の努力次第。可能性はいくらでもあるのよ。あと、体はこちらで準備しておくわ。年齢は、きっと十二、三歳くらいね。言葉も通じるし、コミュニケーションに問題はないわ。それじゃあ、行ってらっしゃい!!」


 イリス様、行ってきます。


 そう呟いたのは聞こえただろうか。


 イリス様、心配しないでください。


 俺は楽しんできます。


 間もなく視界は暗転し、体の感覚が無くなる。


 この感覚は電車に轢かれた時と似ていた。


 そして、遠のいていく意識の中で、俺は、今度こそ幸せな人生を送ろうと強く思った。


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