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アナザーサイド1

だだっ広いダイニングの異様に長いテーブルの末席で、私は左目の眼帯を気にしながら昼食をとっている。

今日はスズキのムニエルマッシュルームソース添えに、薄味のポトフと、フランス仕立てだ。

今日はアタリのようだ。



「シェフ」


『何で御座いましょうか、お嬢様』


「今日はアタリ。精進なさい」


『ありがたきお言葉』



ブツッと音がして、スピーカーからの声が止む。

毎日この味なら気にならないのに、うちのシェフ共はプロ精神なんて働かせて変なアレンジを加える。

そこが気に入らない。

今日は早々と食事を済ませて、あそこに籠っていようかな。


───────────────────────────


喜多方グループ。

超大金持ちの代名詞となるほどの金持ちだ。

金融界を裏から牛耳り、株価だの為替だのを好き勝手動かし、ボロ儲けしている。

その他にも提携企業と共同で商品開発したりして、特許はこちらがぶん取るというゲスい商売をしてたりしている。

で、私はその喜多方グループの令嬢。色々とめんどくさいんだよなぁ・・・・。

金だけ持って隠居してぇ。

でも、このめんどくさい家でも気に入っている場所はある。

今からそこに入り浸る予定だ。

5メートルはありそうな重厚なドアのカギを開け、全力で押す。

ゴゴゴゴゴゴ、という音が最も似合うような音がして、ゆっくりとドアが開く。

中に入り、これまた全力で戻し、カギをかける。

ここは喜多方グループ先代当主、つまり私の父さんが専用に作った部屋、書斎だ。

単なる書斎ではない。さっきのでかいドアからもわかるように、異様に高いのだ。

ここは一階だが、5階建ての屋敷からちょっとはみ出るぐらい高いのだ。

そしてその側壁には壁一面の本棚。ここには世界中から集められた様々な本が、種別ごとに並んでいる。

あまりに高いので、本棚には踊り場が設けられ、さらに踊り場ごとに梯子が置いてある。

ほんだらけもびっくりな規模の本棚の、下から55番目のところが私のお気に入り。

正確には、この本棚にある隠し扉だが。

本棚の一角を思いきり押す。

ガコン、と音がして、本棚の一部が奥へ沈み、横へスライドした。

すると、地味な引き戸が現れ、それを開くと階段が下へと続いている。

その先には私が中1の頃に大規模改修をさせて無理矢理造った部屋があるのだ。

精巧なアナログ錠で施錠されたチタン製のドアが姿を現す。

懐から鍵を取り出し、右、左、右、右、一回抜いて挿して右に270°回して左に90°回す。

カチン、と音が鳴って、解錠出来たことを示した。

滅茶苦茶重いドアを開けると、生臭い匂いが鼻を刺激した。

魚や肉とは違う独特の生臭さに、少し顔をしかめるが、これから至福の時が始まることを考えると、その生臭ささえ花の香りのように感じられる。


「点灯」


音声センサーに反応して明かりが灯り、部屋の全貌が現れる。

いや、これを部屋と形容するのは若干無理がある。

広さは東京ドーム1個分ほどで、巨大な柱が乱立する様子は、某都心地下の貯水槽を思わせるものだ。

そして、その空間をアクリルで出来た仕切りで区切られた区画が3つあり、その間を幅1メートルほどの通路がある。

その中で最も近くにある熱帯性の植物が生い茂る区画へ入る。

扉を開けて、まず最初に目に飛び込んできたのは。


「アミメニシキヘビちゃぁぁぁん!!

今日のお出迎えはあなたでちゅかぁ~?

んもぅ、かぅわうぃ~!」



我が愛する大蛇Python reticulatus、和名アミメニシキヘビ。

熱帯の広い範囲に生息する、ワニすら絞殺する蛇だ。

しかし、この子は違う。

私の溢れる愛情に心を開き、とてもなついてくれている。

だから、今やってるように頭を撫でまわしてみたり、たまに枕にして寝てみたりしても大丈夫。

まぁ、何が言いたいかと言うと。


私は度を越えた蛇好き女子大生ということだ。

ここは私が世界中から集めた愛らしい蛇達を保管する地下飼育施設なのだ。

『砂漠・海洋区画』『温帯・冷帯区画』『熱帯・亜熱帯区画』に分かれており、ここは熱帯に生息する蛇を取り揃えてある。

ここで飼育しているのは、アミメニシキヘビなどの比較的珍しいものから、シマヘビやアオダイショウのように普通に見かけるもの、果てはワシントン条約に引っ掛かるものまでありとあらゆる蛇を飼育している。

無論、違法ではない。

きちんと国連や政府に許可を取って飼育しており、時折国連や政府の関係者が、飼育データを取ることを条件にしている。

私は愛しの蛇達を愛撫でき、偉い人達は保護のためのデータを取れる。

我ながらいい取引だったと今でも思う。


アミメニシキヘビを撫で回した後、熱帯・亜熱帯区画を後にした私は、次に温帯・冷帯区画に移動する。

ここは日本や西ヨーロッパなどの温帯域、アラスカ南部や北ヨーロッパなどの冷帯域に生息する蛇を揃えている。

最新の技術を使って、比較的温暖な地中海性気候の完全再現と亜寒帯性気候の完全再現を両立させている。

今回行くのは地中海性気候の所だ。

ヨーロッパクサリヘビと、その亜種の共存を確認するためだ。

地中海特有の強い日差しの中を、注意深く歩く。

両手にはカウンターを持ち、蛇の数を数えていく。時折吹く風が気持ちいい。

短く切った茶髪を靡かせ、目を細める。


突如、私の体を影が覆った。

何事かと思って上を向くと、何やら細長いものが落ちてくる。

いや、違う。

上空から襲いかかってきているのだ。



「っ!」


「シャアアッ!」



上空から迫るそれは、その口を大きく開け、私の喉に向かって牙を突き立てようとした。

しかし。



「ふっ!」



首を鷲掴みにして、地面に叩き伏せる。

これで気絶したはずだ。

それはサンゴヘビを思わせる毒々しい赤と黒の縞模様だが、サンゴヘビにあるまじき巨大さだ。

体型、大きさともにボアコンストリクターに酷似している。

こんな蛇を飼育していた記憶はない。

交配によって生まれたものかとも思ったが、大きさが違いすぎるので交尾ができない。

そんな考えを巡らせつつも、首を押さえる手にどんどん力を入れていき、完全に堕としにかかる。

が。


ビキッ!

と、全身に電撃が走るような痛み。

それは首筋を中心に広がっている。

それほど強い痛みは感じないので、恐らく神経毒であろう。だが、神経毒は体内の神経系を麻痺させ、死に至らしめる危険な毒だ。

すぐに首筋からそれを引き剥がそうとして、片手を首筋に噛みつく蛇とおぼしきものに伸ばす。

それがいけなかった。



「かはっ!?」



捕まえていた方の蛇が、もう片方の手をすり抜け、手に噛みついた。

こちらも神経毒のようだ。

非常にまずい。

まずいとは思うものの、体が動かない。毒による痺れなどではなく、何か得体の知れない何かが体を駆け巡り、噛まれた部分から出入りし、まるで循環しているような感覚のせいで、動けないのだ。



「あ、あっ・・・あ!

くぁ・・・っぐ・・・・・あっ!」



声にならない声が自然と口から出てくる。

傷口がむずむずしてきた。そのむずむずが全身を蝕み、快感へと変わっていく。

自然と涙がにじみ、頬が紅潮し始め、指先がぴくぴくと動き出す。

そして。



「っああぁぁっ!!?」



頭の中が、閃光弾をくらったかのようにフラッシュし、思考が停止する。

視界がにじみ、体から力が抜けていく。

瞼がだんだんと下りていき、どさり、と、芝生の上に倒れこむ。

そこから先は、よく覚えていない。

覚えているのは、先ほどの蛇が鎌首をもたげ、こちらを見下ろしている光景だった。


───────────────────────────


「おはようございます、お嬢様」



これはどんな夢だ。

私は無駄に大きい天蓋付きベッドで寝ていて、私の顔を覗き込むさっきの蛇。

しかも普通に喋ってる。いいバリトンボイスだ。



「夢でも幻覚でもございませんよ、お嬢様」


「じゃあ何だって言うのよ」


選別者(ゲイザー)、と言ってもわからないでしょう。

順を追って説明致しますので、御起床ください」


「ん」



つい反射的に頷いてしまった。

だってこいつの口調が使用人みたいなんだもん。

ベッドから体を起こし、蛇を見やる。

すると、あることに気づいた。



「あんた、やっぱ化け物なのね」


「どういうことでしょう?」


「いや、尻尾にも頭があるから」



尻尾の先端に、今喋っているのとまったく同じ形の頭がついているのだ。

確か前に読んだ本にこんなのがいた気がする。



「そういうことですか。

あ、申し遅れました、わたくしはアンフィスバエナと申します。

アンバーとお呼びくださいませ」


「ミミズトカゲ?」


「違います、そっちじゃありません」


「はいはい、アンバーね」



安直なネーミングだ。

ペットに名前をつけない私もどっこいだが。


───────────────────────────


「ふーん、その魔導書っていうのを使って天下一武道会やるんだ。

面白そうじゃん」


「わたくしが所持するのは『地獄』の魔導書になります。

これを」



頭と尻尾の口で器用に魔導書をくわえ、恭しく差し出してきた。

週1らしいし、まぁ安物の漫画のようなことにもならないだろう。

私はそれを受け取った。

すると、魔導書が光を放った。

アンバーの声が響く。



「さあ、我が若き主人、喜多方檀(きたかたまゆみ)様。

異世界への扉の鍵、しかとお渡し致しました」


辺り一面を銀色の光が覆った。

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