第1話
暮れなずむ街の光と影の中、愛するあなたなんて居ないが送る言葉はある。
これは夢か、夢じゃないのか聞かせてくれ、お願いだ。
西に向いた窓から差し込む夕焼け、いつもの風景。
いつも通り足の踏み場も無いほど散らかった部屋。
いつも通り外でカラスの群れがあっほぉ~と鳴く。
聞こうと思えばそう聞こえるんだって、本当に。
ただ、そのいつも通りの中で、一つだけ違うものが混じっている。
「お帰りなさいませ、マスター」
なぜ僕が、この僕がこんな金髪コスプレ美女(おまけに巨乳)にマスターと呼ばれ、土下座されなければならないのか。
しかも何だこのコスプレ。
まるでモン〇ンのマ〇ラ装備じゃないか。こんな悪魔的な民族衣装やらアニメキャラを僕は知らない。
「いやぁ~探しましたよ~。
あなた様が時期魔界覇王となる資格を与えられてから丸々10年経ってしまいましたからねぇ。
魔力だけを頼りに探すのはもうやめましょう、そうしましょう。
はい、やめた今やめた。
それよりマスター、わたくしお腹が減ってしまいました。
何か食べ物の施しをしてもらえると助かるのですが」
「ちょっと待てコラ。
何他人様の家でくつろいでんだよ正座だからくつろいでないとか言い訳させないからなそんなお前にやる飯などこの世界にはどこにも無い!」
しまった、つい反射で突っ込んでしまった。
この人が単に屋根を伝って窓から入ってきた不思議系外国人だったらどうするのだ。
しかもこの女性?は正座したまま早回しした落語のように激しく動きながらペラペラと喋るため、その豊満なおっぱいがたゆんたゆんと揺れるので大変目に毒だ。
いやそれはどうでもいい。
僕は彼女?に無礼を働いてしまったのだ。
即刻謝るべきだろう。
「ふわぁい!
そのキッツい物言い!礼儀を重んじる倭人的思考!
何よりその端正かつ優美かつ可愛らしいお顔!
わたくし心を射抜かれました!
お付き合いを前提とした結婚しましょう!さああなた様のカロンですよおっぱいがいいですかお口でご奉仕しましょうかそれとも先走ってセク〇スしますかわたくしの準備は整っておりますあなた様のお側にいる限りびしょ濡れでござびばっ!」
うん、コイツは殴って損は無いはずだ。
何なんだこの下ネタガトリングショットガンは。
「手厳しいですね!
イケメンでドS、嫌いじゃないわ!嫌いじゃなごげぶっ!」
「二回言うな」
別に僕はイケメンでも何でもない。
周りからの印象としては『目立たないヤツ』という印象を抱かれているはずだ。
それくらい平凡な顔つきなのだ。
ドSという訳ではないが、Sであることは自覚している。表には出さないが。
「キモチイイ!
もっとお願いします!マスター!」
「うわぁ・・・・」
「とまぁ、冗談はさておき」
急に静かになった。何やら話し出すらしい。
今度はちゃんとした内容であることを祈る。
「あなた様は第十五回魔界覇王決定戦への参加権を取得しました。
厳密には10年前にしていたのですが、そこはわたくしの不徳の致すところでございます」
全然まともじゃなかった。
何なんだ魔界覇王決定戦って。あれか、コミケか何かのイベントでそういうのがあるのか?
しかし10年前。僕が10歳の時だ。
その時から決まっていたということは、生半可なイベントではないだろう。
本当に実態が掴めない。
「わたくしはそんじょそこらの異世界トリップものラノベの案内役なんかとは違いますよ。
分かりやすく要約した上で一から十まで説明してさしあげますっ!」
なるほどそれはありがたい。
確かにこういう時の展開としては、有無を言わさず連れていかれ、何だかわからないうちに敵に遭遇、という展開が多い。
そういうのとは違うというのは心底ありがたい。どうせ断っても何かしらやることになるんだから。
少女説明中......
「なるほど、つまりは魔界で開かれる魔界覇王決定戦とかいう魔法使いの大会で優勝すればいい、と。
そして僕には魔法使いの才能があり、それを知った君は10年前から付け狙っていたと。」
「ご高察恐れ入ります」
こういう設定なんだと思えばそう衝撃は受けない。
異世界トリップものを読みふけった頃に学習したことだ。あまり深く考えるとSAN値を全損する。
しかし、一つだけ聞かなければならないことがある。
「魔界にはどれだけ滞在するんだ?」
「滞在の必要はありません。
日曜日の夕方にちょっとだけ行くだけですので」
マージ・マジ・マジカ。魔法使いだけに。
ともかくそれくらいならまぁ大丈夫だろう。向こうの時間の流れる速度がここの数十分の一とかでなければ。
「魔界へ召喚される合図はあそこの黒い鳥がしてくれます。
マスターの近辺100mに必ずいるのでご安心を」
それはただただ気持ち悪いだけじゃなかろうか。
しかも黒い鳥ってカラスじゃないか。魔界にはカラスという名詞は無いらしい。
僕がそのカラスをじっと見ていると、ペコリとお辞儀をした。
礼儀正しいカラスだ。後でエサをやろう。
「で、僕は魔界に行って何をすればいいんだ?
フィディッチみたいな競技でもやるのか?」
「100年ほど前まではそのようなスポーツ形式だったようですが、現在は血で血を洗う抗争形式となっております。主催者の趣味で。
あ、死にはしないのでご安心を」
「そういや『覇王』だしな・・・・」
「バトルは1対1の対戦形式。《バトルフィールド》という場所での対戦となります。フィールドには属性というものがありまして、使用する魔法の威力や効果に影響します」
「ふーん、その辺はサバゲーみたいなんだな」
「まぁ、サバゲーですしね。
で、魔法の使い方ですが、こちらを使っていただきたく存じます」
美女がどこからともなく出したのは、ポ〇ラディアなんかの図鑑を、かなり分厚くしたような本だった。しかも2冊。
まさかとは思うが・・・・。
「魔導書?」
「そのとぉーりっ!
魔導書とは魔力を消費して魔法を使うための変換装置みたいなものです。どうぞ」
「ん」
進呈された2冊の魔導書を手に取る。
どれどれ・・・・『Necronomicon』に、『Japanese tale』の2冊か・・・。
「なぜ英語、そしてなぜ日本の童話」
「あ、魔界の公用語は英語なんです」
「独自の言語とかは?」
「ありません。
魔導書は全て、現世の書物や伝承、神話などから作られているので、日本の童話もあるんですよ」
なんということだ。
魔界にありがちな訳のわからない文字や言語が無いだと?
ちょっとしたショックを受けつつ、まずはネクロノミコンを開く。この際魔導書がどうのこうのなんてどうでもいい。
英語で何か書いてあるが、面倒なので読み飛ばす。あと所々に魔方陣が描かれていて、少しテンションが上がる。
パラパラとめくっていると、ほとんど真っ白なページがあった。
左ページの一番上に『Servant』、空白があって『Attack』。
右ページの一番上に『Armament』、空白があって『Guard』。
ページをめくって、見開きいっぱいに空白。
その左上には『Special』と書いてある。
「なんだこれ?」
「魔法の手札です」
「手札?」
「魔導書を山札とするなら、そこは手札のようなものとなります。
そこに使いたい魔法を記入すると、魔導書がそれを解析してそれ専用の詠唱文と魔方陣を写し出します」
「要するに魔導書に書いてあること書いときゃ良いわけか」
「はい。
あ、言い忘れてましたが、魔法というのは、魔方陣から魔法の化身を呼び出し、化身の力を授けてもらって初めて使用できるものです」
「イナイレかよ」
「元来魔法なんてそんなもんなんですよ。
杖振ってちちんぷいぷいとか何あれマジふざけんなって感じ」
ぐちぐちと現世の魔法のイメージにケチ付けだしたので、聞き流しモードにチェンジする。
さて、『Servant』というくらいだから使役できるような奴を召喚するんだろう。
クトゥルフ神話で使役っつったら「マスター」まぁ、ショゴスだな。
『Attack』か・・・わかりやすいのが「マースーター」いいし、クトゥグアがいいか。「マスタぁ~」あと気分でボグラグ。
『Armament』。武装ってことか?
なんかそれっぽいのは「ますたぁ~」あ、黄衣の王とかどうだろう。
『Special』ってことはなんか必殺技みたいなのなんだろうな。さて、どうする「ぐすっ、ひぐっ・・・まずだぁ~」「泣くなうるさい!」
たった数分放置されたぐらいで泣くなんてどれだけ豆腐メンタルなんだこの痴女。
「だっで、まずだーが無視ずるがらぁ~」
「だからって泣くなよ」
涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになった顔を擦り、泣きじゃくっている。
そういう仕草が、昔の幼なじみを思わせて、ついつい頭を撫でてしまった。
「ほぇ?」
「泣くなって言ってるんだよ。
ここまでしてやってるんだから泣き止まないとぶっとばすぞ」
「は、はい・・・・」
「ったく・・・・」
「マスターは泣き落としに弱い傾向がありそうですね・・・。
これはいい情報が取れましたよケヒヒヒヒヒ」
「魔導書って破ったらどうなるんだろうな」
「やめてください死んでしまいますマジすんませんした」
多分死にはしないんだろうが、それほど嫌らしいのでやめておく。僕は優しいのだ。
「では、魔界へ行きましょう!
新たなる魔導師《伊織敦》様を、選別者《カロン》が歓迎いたします!」
辺りが紅蓮の光に包まれ、僕は意識を失った。