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【休載】夕空に啼く烏  作者: マナ'
第二章 鏡映る影は、ナニをわらうか
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第三節 「四人」 magus+1

 真昼間の不思議な出来事に、その場に呆然と突っ立っていた隆希は後ろから声をかけられ振り向いた。そこにいたのはなんとも奇妙な男だった。外国人らしいその男は、体格がよく迫力がある。とはいえ顔立ちは強面な方ではなく、隆希に陽気な外国人というイメージを与えた。そんなことよりも奇妙だったのは彼の服装だった。この寒空の下、ハワイアンなアロハシャツに短パンしか身に着けていない。見ている方が寒くなりそうだ。

「エクスキューズミー。ちょっと道を尋ねたいんだ。いいか?」

 不必要なまでに大きな声に隆希は苦笑いをする。ただし相手が日本語ができるようで、その点はホッとし、隆希はうなずいた。

「ちょっとこの街の廃工場とやらを見に行きたいんだ」

 廃工場という単語に隆希は例の事件を思い浮かべた。

「ほら、あそこだ。この前爆発したってニュースあっただろう」

 男は両手を大きく動かし、爆発を表現(ジェスチャー)する。隆希の思った通り、この男はあの事件の場所に行きたがっているらしい。

「あそこですか。でも何の用が?」

「用、というほどではないんだがな。いわゆるあれだ。そう。ヤジウマとかいうやつなんだよ、ミーは」

 たしかに事件現場を見ようとする人はいまでもいるらしい。事件報道より早く伝わった情報によって、事件直後は沢山の人が現場に群がった。隆希がすぐに現場を見に行かなかった理由はそこにもある。

「わかりました。ちょうど俺も見に行こうと思っていたんです。場所は知っていますから、一緒に見に行きましょう」

「オゥ! それはありがたい。ユーは親切だな。センキュー」

 彼は隆希の手を握るとぶんぶんと上下に振った。感謝の意を表したかったのだろうが、彼の力は強く隆希は手の骨が砕けてしまうのではないかと痛さに顔を歪ませる。

 それから男は一歩下がり、

「そういえば自己紹介がまだだったな」

 言って男は大きな声で名を名乗った。

「ミーの名はエテジア・アークトゥルス。よろしくな案内人(ナビゲーター)

 彼の迫力にまた苦笑いをしながら、隆希も相手に合わせて名乗ることにした。

「俺の名前は蒼河隆希。よろしく」



  †



 爆発の起きた廃工場までは先程隆希のいた場所から歩いて二十分ほどのところにある。街の南側の古ぼけた区域。もともと小さな工場などの生産施設の多い地域である。隆希の聞いたところによると、昔はもうすこ活気があったらしいのだが、今は小さな町工場は二つほどあるだけでほとんどの工場は閉鎖している。今回爆発の起きた工場もその一つだった。

 工場へ向かう間、エテジアは何かにつけて隆希に話しかけてきた。彼は日本に来てからは長いがこの街に来たのは最近なのらしい。話の内容もこの街に関する他愛のないものがほとんどだった。エテジアの英語交じりの日本語にはじめ違和感を覚えていた隆希だったが、話すうちにだんだんと慣れてきた。

 途中とくに何もなく、二人は無事目的の工場へとたどり着いた。

 まず隆希の目に映ったのは工場ではなかった。

「これは……、凄まじいな」

 工場があるべき場所には何もなかったのだ。建物の面影は皆無。もともとそこに建物があったかどうかもわからないほどだ。瓦礫すら無く、ただ地面が半球状に抉られていた。まるで隕石でも墜ちたかのような形。

 エテジアもその光景を見て驚いている様子だった。

「なかなかクレイジーだな。ジャパンは安全なところだと聞いていたが……?」

 ぶつぶつと呟きながらエテジアは移動していった。別の角度から見たいらしい。

 隆希はそれを見て、近くの建物の影へ移った。折角この現場まで来た。もともとの目的であったことをしなくては意味がない。つまりは魔術の痕跡の調査だ。隆希としては一般人のいる前では魔術関係のことはしたくなかった。今は誰にでも魔術の存在が認知されている世の中ではない。騒ぎになっても隆希にはどうすることも出来ない。

 隆希はあたりに人がいないことを確認するとゆっくりと目を閉じた。本当のところは魔術を使うというほどのものではない。感知という力。魔力の流れを見る、魔術師なら誰でも使うことのできる第六感のようなもの。隆希は感知を爆発の中心へ集中させ、魔術の痕跡がないかできるかぎり詳しく調べた。

「あった……これは……黒か」

 隆希はえぐられた地面の中央辺りに残留魔力を見つけた。時間が経ち、だいぶ薄くなっているため詳しいことは分からなかったが、その性質は確かに読み取れた。黒の特性を示す魔力。黒は攻撃系の魔術によく用いられる。爆発が魔術であるとするならこれに合致する。

「やっぱり魔術師がいるのか。それにこれは……」

 出来れば会いたくない部類だった。その魔力の質。濃密な魔力に複雑な魔術回路。この魔術を使った魔術師が相当な腕の持ち主であることは容易に想像がつく。

「ん。こちらにも何かあるな……」

 別の魔力の気配を感じ、集中する箇所をずらしてみる。そこにもやはり魔術の痕跡。こちらはどうやら爆発には関わっていないようだった。橙の性質を示す回路だった。橙の特性は奮起。能力活性の魔術に用いられる。こちらの回路は先ほどの黒の性質を持つ回路とは全く質が異なっていた。別の魔術師のものである可能性が極めて高い。回路は単純なものだが丁寧な印象だ。無駄の少ない洗練された術の組み方。

 隆希はそこまで確認して、気配を感じ感知を切った。まぶたを開け、横を向く。

 そこにいたのは眼鏡をかけた背の高い少年。その秀才を絵に描いたような顔の面影に隆希は見覚えがあった。

 隆希は目を丸くして、少年を指さす。

「えっと……まさか銀埜……?」

 少年は笑みを浮かべ隆希の方を叩いた。

「おう。隆希、久しぶりだな。元気してるか?」

 彼は西大路銀埜。

 隆希が彼に初めて出会ったのは七年ほど前のことだった。彼の実家、西大路家も蒼河家同様統治家(とうちや)の一つだ。あるとき、蒼河家と西大路家両家の会議があった。そのときに幼き日の隆希は親に連れられ会議の場へと向かった。そこで隆希は銀埜と会った。子供が会議に出られるはずもなく暇だったが、そのとき二人で遊んで時間を潰したのだ。しかし、隆希にとってはあまりいい思い出ではない。遊んだといっても、あれはむしろ遊ばれていたと表現するほうが正しい。一方的に遊び道具にされていたようなものなのだ。

「なんでお前がここにいるんだよ」

 隆希が口をとがらせて言うと、銀埜は大げさに悲しげな表情をしてみせた。

「七年ぶりの再開だっていうのに、ひどいな、その言いようは」

「再開っても、別に会いたかったわけじゃないけどな」

「こっちだってそうさ。それにしても、お前よく俺のことを覚えていたな。記憶力悪そうなのに」

「余計なお世話だ……。それでなんでお前がここにいるんだよ」

「あぁ。ニュースで爆発のこと報道されてたの、俺も見たからな。その時にここの映像出てたんだけど、どうもマナの調子がおかしかったから、気になって見に来たんだ。どうせこちらへ用事があったしな」

 隆希はその言葉を聞いてまた目を丸くした。

「は? 映像からマナの流れを見たのかお前」

 隆希には銀埜の言っていることの意味がわからなかった。

 映像に残るのはそこにある風景だけだ。映像は所詮データ。映像を見ても空気の動きなどわからないように、マナの動きが見えるはずはない。

「冗談はよせよ。どうやったら記録から魔力感知ができるんだ」

 銀埜は顔をしかめた。

「そんなことないさ。俺の特技の一つだからな、感知は。ほら、あそこ見てみろよ」

 銀埜は爆発の中心、地面が抉られている場所を指さした。

「お前、あそこ見て何が視える?」

「何って……」

 銀埜の指さした場所は先程隆希が感知を行った場所だった。

「黒の残留魔力(リム・オド)がある。けど、それがどうかしたか」

 隆希の言葉に銀埜は鼻で笑った。

「それだけか。まあ普通程度の分析だな」

「む。じゃあお前には何が分かるんだよ」

 簡単なことさ、と銀埜は目を閉じ、しかしすぐに開いた。

「黒系統、物理型、古式簡易術の三重魔術陣。組み方は粗があるが威力は十分というところか」

 これには隆希も驚いた。今回のように時間が経ち、微かにしか残ってない魔力ではあまり情報を読み取ることが出来ないのが普通だ。分かることといえば回路に使われた魔力の性質や回路の型――つまり色くらいのものだ。しかし、銀埜はそれだけではなく魔術の型や詠唱の方式など細部まで読み取った。並の感知能力ではないらしい。

「お前の家って感知特化だっけ」

「ああん? いや違うぞ。うちは結界と解呪あたりが専門。確かに感知能力に長けている奴は多いがな」

 なるほど、と隆希はうなずいた。解呪とは魔術回路を外部から解除する術の俗称だ。元の意味は読んで字のごとく、呪いを解除するということ。今では単に魔術回路の解除の意味に使われることもある。いずれにせよこの術は対象の回路の性質をよく見極める必要がある。そのため感知能力が役に立つ。解呪が専門であるなら、感知能力に優れた人間が多いのもうなずける。

「で、お前はなんでこの街にいるんだ。家から近くはないだろう」

 感心していた隆希に銀埜は尋ねた。

「ああ……。なんていうか一人暮らしだな」

「一人暮らし?」

 銀埜は眉をひそめた。

「修行か何かか? 親から修行してこいと言われた、みたいな」

「ん……まあ自分から言い出したんだけど、ほぼそんなところ」

「へぇ。湖の街を選んだのは親父さんか」

「え、うん、まあ。いくつか候補挙げられて俺が選んだ」

「そうか。センスいいなお前」

「?」

 銀埜の言いたいことの意味がわからず隆希は首を傾げる。なぜか銀埜はにやにやとわらっている。

「なんだよ……」

「突然だけどさ。お前のとこに居候させてもらうから。お前に拒否権はない」

「は……?」

 隆希はぽかんと口を開けた。あまりにも突然のことに隆希は拒否することすら出来なかった。



  †



「なんだこの狭い部屋は。とても人間の住むところとは思えないな」

 部屋に入っての銀埜の一声はそれだった。歯に衣着せず、その後も二言三言部屋に関する悪口を言っていたにもかかわらず、きちんとストーブの前を占拠していた。

「なあ。悪口を言いに来たのなら帰ってくれ」

 銀埜の荷物を抱え、隆希は銀埜に文句を言う。しかし、その言葉に銀埜はまったく動じなかった。ストーブのスイッチを勝手に入れ、一人暖を取っている。

「ああ、暖けぇ……。それにしても、本当になにもないなこの部屋」

 隆希はもう銀埜の言葉を気にしない事にした。隆希は銀埜の荷物を適当に床に置き、彼の近くへ座った。

「お前、家はどうしたんだよ。居候だなんてさ」

「なに、簡単な理由さ。いろいろの都合があっておやじから支丞市へ行くように指示されたんだ。学校もこちらへの編入手続きは済ませてある。で、問題はすむ場所だったんだが、あいにくまだいい場所が見つかっていないんだ。見つかるまででいいから場所を提供してくれってことさ」

 銀埜は説明したようで核心を突くところははぐらかした。ただし隆希はそれ以上追求することをしなかった。事情を深く知る必要はない。彼はとにかくしばらくの間すむ場所が必要なだけの話だ。

「まあ心配するなよ、隆希。迷惑はかけないさ」

 どこか上から目線の口調に隆希はため息をつく。

「当たり前だ。居候するだけでも迷惑なのにさらに迷惑を重ねるやつがどこにいるってんだ」

「それもそうだな」

 銀埜は案外素直に納得したようだった。しかし、やはり物足りなさそうに辺りを見回す。

「必要最低限の家電くらいはそろえておけよ。よくこれだけで生活できるな」

「うぐ……」

 悔しいことに銀埜の言うことに間違いはない。この部屋にある家電と言えばストーブと今はしまってある小さな扇風機。それに旧型のノートパソコンだけだ。隆希自身も分かっていることだが、これでは生活感がなさすぎる。しかしお金がないことには仕方がない。

 落ち込む隆希は銀埜が自分をしばらく奇異の目で見ていることになにも言えなかった。しかし、突然銀埜は玄関の方へ目をやると大きく一つため息をついた。突然の変化に隆希は首を傾げる。

「どうした、銀埜?」

「……あぁあ。ばれちゃったか」

 落胆の色を見せる銀埜に隆希がその理由を問おうとすると、大きな声が隆希の声を遮った。


「銀埜ぁ――――――!」


 バン、と激しい音が鳴る。はじめなにが起きたのか隆希は理解できていなかったが、それが扉が蹴破られた音だと理解して、唖然とした。もちろん日本の玄関の扉は外開きなわけで。逆に力をかければいうまでもなく普通は開かないが、あまりにも大きな力の前に扉は内側に倒れてしまった。

「な、な、な……」

 わけが分からず、隆希は埃舞う玄関を見つめる。

 そこには二人の少女が立っていた。


「こんなところにいたんだ、銀埜。何で逃げるのよ」

「そうだよぉ。突然姿をくらますなんてひどいよ」


 手前にいる少女は身長が高く、銀埜と同じくらいの背があるだろうか。大人びた顔立ちに長い黒髪がよく似合う。見ただけなら清楚な印象なのだが、どうも彼女が大きな声を上げてドアを蹴り破った張本人らしい。もう一人の少女は背は小さく、顔も声もともに幼い印象。でこぼこの二人だった。

「なあ、銀埜。あれ誰だ? おまえの知り合いか?」

 扉を壊されたことへの不満を言葉に織り交ぜつつ、銀埜の顔色をうかがう。見事に顔を逸らし他人のふりなどをする銀埜。

 その間に、二人の少女は部屋の中へ入ってきた。壊れた扉はそのままに。

 背の高い方の少女が前へ出、隆希に軽くお辞儀をした。

「私は文墨。文墨玄恵。それでこっちが紅尾美波ちゃん。よろしく、蒼河くん」

 隆希は二人の名前を把握し、だいたい状況が飲み込めてきた。二人の名字には聞き覚えがあったからだ。

「なるほど。二人とも統治家なのか」

 統治家。日本に五つ存在する魔術師の家計の中で強い権力を持つ名家。文墨も紅尾もその一つだ。

 玄恵は隆希に自分たちがここに来た理由を語った。文墨、紅尾両家の任務によって二人がこの街に来たこと、任務を手伝ってもらおうとこの街にいた銀埜にかけあったら逃げられたことなど。隆希はようやく状況を把握することができた。突然銀埜が居候するといってきたのも単に銀埜が任務がいやで二人から逃げたかっただけだったのだ。

 ストーブの前の領地はいつの間にか玄恵と美波に占領され、銀埜はしぶしぶ隆希の横に座っていた。

「さてと。銀埜は見つかったし、早速本題に移りましょうか」

 いいながら玄恵は隆希の方を見る。

「蒼河くん。あなたももちろん協力してくれるよね。うん、君は協力してくれる」

 承諾もしない内に勝手に玄恵は話を進めようとした。

「ちょっ……、だれもやるとは言って……」

 勢いに押されながらも隆希は最大限反論しようと試みる。なるべくめんどうなことはしたくないからだ。しかし玄恵の意味深な笑みに封殺された。

 そのやりとりを見ていた美波が口を挟む。

「玄恵ちゃんの言うことは絶対聞いておいた方がいいよ。なんたって怖いからねぇ」

「変なこと言わないで。まるで私が暴力少女みたいな言い方じゃん。初めて会う人に誤解されたらイヤだよ、私」

 玄恵は美波を軽くにらみつけ、再び隆希の方へ向き直った。

「とりあえず概要を説明するね」

 玄恵は手に持っていたハンドバッグからクリアファイルを取り出した。中には数枚の紙が挟んである。

「私たちの任務はある人物の調査。近辺調査も含めて、もし異常があればそれを排除すること」

 クリアファイルから紙を取り出すといくつかの人間の顔写真と彼らのプロフィールのようなものが書かれていた。

「調査対象は華雪の長女。華雪家も魔術師の家系なんだけど、蒼河くんは知ってる?」

 隆希は少し記憶を探り、すぐに首を横に振った。それを見て銀埜が口を開いた。

「華雪は輝有家の分家筋だ。有名な魔術家の分家だから華雪もそこそこ有名だ。彼らは精神関連の魔術ではトップレベルを誇る。とくに深心潜行(しんしんせんこう)術は有名だ」

 銀埜の言葉に、美波がはいっ、と元気よく手を挙げた。

「私も深心潜行(しんしんせんこう)術できます!!」

「うん、おまえのことはどうでもいい。それに、おまえのは少し毛色が違うだろう」

「そ、そこまでいわなくても……。いいもん。私の力は私のものだもん」

 ふてくされる美波を無視し銀埜はさらに続けた。

「ただし華雪は五十年ほどまえに表舞台から姿を消した。まあこんな世の中だしいまはどうなっているのか知っているものは少ないらしい」

「へぇ……」

 銀埜の補足を受けて玄恵がさらに説明を続ける。

「とりあえずそんな感じなんだけども、正直言ってその華雪家の面々が今どこにいるのか見当もつかないの。だからまずはそれを探っているというわけ」

 だいたいのところを把握し、隆希はうなずいた。しかしどうも何か引っかかる。隆希は玄恵の持ってきた資料に目を通し、そこではっと気づいた。最初に名前を聞いたときに思い出すべきだった。

「華雪って名前、どこかで聞いたこと有るなとは思ってたんだ」

 言って隆希は左の壁を見る。

「その名字、うちのお隣さんなんだけど」


「「「え?」」」

 三人はほぼ同時に間の抜けた声を上げた。

「それ、本当なの?」

「本当、だけど……」

 隆希は資料の写真に目を落とす。

「ほらターゲットっていうこの華雪友香。俺見たことあるぞ。たしかに隣の家の長女だ。間違いない」

「なるほどね。こんなところにいたんだ……」

 驚いていた玄恵は冷静になり、クリアファイルから白紙の紙を一枚取り出した。ついでにボールペンらしいペンを取り出すとさらさらと紙に何かを描き始めた。どうやら魔法陣のようだ。その魔法陣は簡単なのものだった。二重円を描き、その中に五芒星のラインにそって英文を書く。一番単純な詠唱を省略できる型の陣だ。

 魔法陣を書き終えると玄恵はそれを部屋のほぼ中心においた。それからちらっと玄関の扉の方を見た。

「ちょっとそれ直してくれない? 同調(シンクロ)に支障がでるかもしれないし、第一見られたくないしね」

 隆希と銀埜は玄恵に従い、しぶしぶ扉を直した。立てかけただけだが、問題はないだろう。

「それじゃあ準備完了。覗き見(ピーピング)を発動させるよ。この部屋に直接投影するから驚かないように」

 玄恵はどこからかライターを取り出し、床においた紙に火をつけた。紙は瞬く間に燃え上がり、燃え尽きた頃には紙に描かれていた魔法陣が床に刻み込まれていた。すると変化はすぐに現れた。部屋全体に別の部屋らしき映像が投影された。おそらくこれが隣の華雪家なのだろう。隆希の部屋とは異なりものがたくさんある。隆希の部屋だけはほかの部屋の間取りと違う。隆希の部屋はワンルームだが、ほかの部屋はたいていあと二三個部屋を持つ。その違いからか投影には歪みがあった。

 玄恵が顔をしかめた。

「これ、まずい……」

 しばらく投影された映像は安定せずゆらゆらと陽炎のように揺れていた。しかし、とつぜんその揺らぎが激しくなったかと思うと、激しいノイズへと変わった。テレビのアナログ放送で見たような灰色の砂嵐に包まれる。

「これ察知妨害(ジャミング)……。抜かったわ。向こうも魔術師だから当然か」

 どうやらピーピングは失敗したらしい。しかし、この一面のノイズは目に負担をかけすぎる。

「なあこれ、失敗したならもう切ってもらえないか? 目が痛いというか、気が狂いそうなんだけど」

「うーん。ごめん。これ簡易術式で効果が切れるまで基本的に解除できないの。ごめんね。二十分もあれば切れると思うから」

「まじで……か」

 二十分もこんなものを見続けていたら、冗談でもなく本当に気が狂ってしまう。すでに銀埜も美波もぐったりして床に伏せてしまっている。

「とりあえず私はこれから美波ちゃんといっしょに華雪家に行こうと思う」

「え? 俺はどうすれば?」

「蒼河くんはお隣さんと面識あるんでしょう? ならやめておいたほうがいいよ。私たちで華雪友香の友達を装っていくから。待っててよ」

「ちょっ……。待ってて、ってここでか?」

「ほかにどこがあるって言うの?」

 きっぱりというと、玄恵はぐったりしている美波をひきずるようにして部屋から出ていった。

 後に残された隆希は頭を抱えながら床にうつ伏せになっている銀埜を見た。

「なあ、銀埜どうする?」

 問いかけてみたものの、返事はなかった。



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