第九節 「枯れる花」 a morning glory
すべてが終わり、隆希と玄恵はまだ気絶していた――そのままいつの間にか眠ってしまったらしい――スピカを連れて、家へ戻ってきていた。
図書館崩壊の現場は玄恵の結界により、あらかじめ人払いの術式が組まれていたため、すぐに人が来ることはなかったが、術式は簡易なもので長くは続かないので、二人は早々に引き上げていたのだ。
家に帰ってから、やたらとパトカーやら救急車やらのサイレンが聞こえてきていた。今頃図書館の方は大騒動になっていることだろう。
スピカが目覚めたのは家に戻ってから一時間ほどして、ちょうど一息つき夕食でも食べようとしていた時だった。スピカは起きて、今自分の置かれている状況を把握したらしく、不安げな表情をしていた。そこに隆希は笑顔で夕食に誘った。はじめはかたくなに拒んでいたスピカだったが、隆希や銀埜、玄恵に強引な押しに、しぶしぶと食卓についた。しばらくは表情も暗くもくもくと食べていたスピカだったが、少しすると自分から今回の件について色々と語りはじめた。
上からの任務として動いていたこと。隆希たちの拘束連行と、少女たちの件は別件であったこと。ここまではシリウスが話していたため隆希も知っていたが、そこからの情報はいささか気になるものだった。というのも、最初の少女の自殺をスピカ自身が顛末を確認できていないというものだった。曰く、スピカは自殺するように仕向けはしたが、実際にいつ墜ちたのか、そしてその後どうなったのかは知らないという。自殺した少女がいなくなったということを隆希が話すと、スピカは知らないと答えた。隆希たちはそれを聞いて互いに顔を見合わせる。依頼の任務に来たのは本当はシリウスだった。彼は明らかに、消えた少女のことを知っていた。
「じゃあ、シリウスが俺らのところへ変装してきたってのは知らないのか?」
隆希が問うと、スピカは首を横に振った。
「ううん、知ってる。変装の手助けをしたのボクだし。でも内容は知らない」
隆希は今までのことを頭の中で整理して、もう一度考えなおしてみた。
「と、いうことは、スピカの知らない任務がもう一つある……または、スピカの任務の一部にまだ明かされてないことがある、ってことか」
結局、少女が消えたことの真相は闇の中だ。手がかりは何もない。
三人がため息をついた。そこで、スピカは遠慮がちに口を開いた。
「あ……の……、シリウスが変装してた人、今、この街のどこかに監禁されてるはずなんだけど……」
それを聞き、隆希は玄恵たちとスピカを引き連れて家を飛び出した。四人で手分けして感知をし、仙人を探すことにした。とはいえ、隆希は感知の能力に劣るため、断念。玄恵も同じく断念。結局銀埜とスピカの二人が探した。
仙人は程なくして、図書館からそう遠くないアパートメントの一室で見つけられた。中から出てきた仙人は案外元気だった。本人曰く、窓も玄関の扉も開かなかったこと以外は、快適に生活できたという。水も電気も普通に通っており、食料もそれなりにあったし、夏の暑さの中にも、部屋にはクーラーがあったため問題はなかったらしい。玄関の戸と窓が開かなかったのはどうやら魔術的なものだったようだ。仙人は鍵も閉まっていない扉が開かないことを不思議に思っていたらしい。
仙人はある日、文字通り気づいたらここにいたらしい。病院にいたはずが、はっとするとここに横になって寝ていた。部屋にあった時計をみると数時間の差があり、記憶は完全に抜け落ちていた。最初こそ混乱していたらしいが、しばらく経つと落ち着きを取り戻し、困惑はあったにしても比較的のんびりと過ごしていたとのことだ。もともと、こんな適当な性格なんですよ、と仙人は冗談交じりに語った。
仙人は隆希たちへ自分を助けてくれたことへの謝礼を支払った。はじめは断った隆希だったがどうしてもというので仕方なく受け取った。
仙人は監禁されていたわけだが、警察に届け出ようとはしなかった。自分に起きたことが明らかに不可解なことであると理解していたらしい。それにこの部屋の窓からはちょうど図書館が見える。仙人はことの一部始終を見ていたらしい。魔術を使っての戦闘であり、一般人が見れば普通は驚くだろうが、仙人はそんなことなく、
「世界は広いから魔術の一つや二つ使う人がいても不思議ではないですね」
と、涼し気な表情だった。
隆希たちはそれから仙人と分かれ、家に戻った。時間が遅かったので、隆希たちはすぐに寝ることにした。隆希は自分の部屋をスピカに使わせ、リビングのソファーで寝た。
しかし、朝になるとスピカの姿はもうなかった。早起きの銀埜いわく、朝早くに誰かが外へ出ていく気配を感じたらしい。おそらく自分で帰っていったのだろう。
彼女がこれからどうしていくのか。隆希には分からなかった。ただ、すこしでもいい方向に進んで欲しいと願った。
†
窓の外で黒い影が落ちていった。空ろな思考の中で、鳥が急降下したんだなぁと理解した。
そういえば昨日からなんだか足が楽だ。夕方ぐらいからだったと思う。今まで重りを付けたように重くて、ほとんど動かすことが出来なかった足に突然力が戻った。よく分からないけど私の病気も治りかけているのかなぁ。
「おーい美波。話し聞いてんのか?」
私のベッドの横の小さな椅子に座って話していた銀埜はむすっとした声でそういった。
「うん、聞いてるよ。なるほどね、昨日そんな事があったんだ」
彼はついさっき突然何の連絡も無く私の病室に来た。なんで一人なのかな、と疑問に思いつつもそれを聞く前に向こうが勝手に色々と喋り始めた。
なんだか私が知らない間に色々とあったみたい。一番面白かったのは私の主治医だった先生が他人が入れ替わっていたという話し。驚いちゃった。
「それにしても、最初の自殺の話はよく分からないね」
その一連の出来事の発端は少女の奇妙な自殺という話だったらしい。
「そうだな、結局それについては解決していない」
「ねぇ、銀埜。人って何で自殺するんだろうね」
私はなんとなくそんな事を呟いた。
「さぁね、なかなか難しい質問だよ」
でも銀埜は間髪いれずにそんな簡単な台詞で私の質問をかわしてしまった。
むむっと私は口を尖らせる。
ふと視界の中に窓際に置かれている朝顔の鉢植えが目に入った。
「ねぇ、銀埜」
私は彼から聞いた話もふまえてある質問を思いついた。
「なんで朝顔はお昼になったら枯れちゃうんだろうね。まだお昼からも楽しい事があるかもしれないのに」
でもやっぱり銀埜は間を置かずにこう答えた。
「知らないよ。でも、見なくてもいいこともあるからな。多分見なくてもいいものがあるってわかってるんだろう」
第一章 了




